ウメ
親愛なる小さなレディ
少し日差しが暖かくなってきたけれど、元気にしているかな。
図鑑を楽しんでもらえたようで、何よりだ。お茶を作ってみるという発想はなかったよ。さすがイリスだ。それから、木も年をとると丸くなるとは知らなかった。人間にはアガタ様のやわらかい人柄の人も、殿下のような人もいるけれど(どういう人か、は言わないでおくよ。決して殿下が嫌いなわけではないけれどね!)、木にもそういう個人差というか個体差はあるのかな。
最近、ヨウムのキュイがだいぶやんちゃになってきて、殿下は苦労しているよ。よく誰に似たんだってぼやいていらっしゃるけれど、私は殿下に似たんだと思うね。あのわがままっぷりは、間違いない。飼い犬は飼い主に似るってよく言うらしいし。
殿下に似ているからか、アガタ様はキュイを大変かわいがっていらっしゃる。キュイが突然歌いだしたり、しゃべったりするのにも、嫌な顔一つせず対応していらっしゃるのは本当にすごいと思う。私はときどき嫌な顔をしてしまう。それがわかるんだろうね、キュイは最近、私よりもアガタ様になついている。少し寂しい気もするけれど、日ごろの態度を考えれば当然かな。
ヨウムは南の鳥だから、寒いと調子が悪いそうだ。だから冬の間は王宮のオランジェリーで過ごしていた。君もオランジェリーには一度来たことがあったと思うけれど、南向きにガラス窓をひろくとってあって、冬の間も割と暖かいんだ。だから晴れた日の昼はオランジェリーで、夜や雨の日は殿下の部屋の暖炉の前で過ごしている。アガタ様が王宮にいらっしゃるとオランジェリーでお茶をすることが多いんだけど、そうするといっつも殿下とアガタ様の間に入り込んでくるんだ。それでキュイと殿下がけんかになるってわけ。
ところで、うれしいお知らせがある。春になったら少し休暇がもらえそうだ。最近休みがなかったから、殿下が配慮してくださったんだ。そちらへ訪問させていただこうと思っているのだけれど、どうかな。シルウァ伯爵にはすでに打診していて、ご了承いただいている。
そちらへ行ったら、ぜひ伯爵領主館のお庭を案内してね。サザンカとツバキの花は終わっているかな。木だけで見分けられるか、挑戦してみようかな。
それでは、
フェリクス
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親愛なるフェリクス様
こちらにいらっしゃるのですね!とても楽しみですわ!
お休みをくださった殿下に、たくさんお礼をお伝えしてくださいませ。
きっといろいろなお花が咲くころですわ。もちろん、お庭を案内して差し上げますね。
サザンカはほとんど終わっていて、いまは水仙とパンジー、それから園丁さんが大事にしている梅が見ごろですの。先に咲いた白い梅は、晴れた日に見ると空にかすんで、なんとなくかなしい感じがいたしましたの。白い梅はもう終わりかけているのですけれど、この頃は赤い梅が見ごろで、こちらは太陽の光にてらされても、あざやかさを失いません。
庭の梅もすてきですけれど、この間お父様と訪れた山里で見た梅は本当にすてきでしたわ。雪がはらはらとふる中、ほのかに良いにおいがして何かしらと思ったら白い梅が咲いていましたの。においがなかったら気が付かなかったと思います。けれど気が付けて良かったわ。雪といっしょに消えてしまいそうなはかなげな色なのですけれど、その一方で雪さえ溶かしてしまいそうなあたたかみをもっているような気がいたしますの。だからこそ、春を告げる花として人に喜ばれるのでしょうね。それまでは、赤い梅のほうが好きでしたけれど、白い梅もすてきだと思うようになりました。
同じ木の花でも、桜は満開が見ごろだけれど、梅は咲ききらないうちが美しいと思います。もしかしたら季節の気分の問題かもしれません。桜が咲くころはもう完全に春ですけれど、梅は春のはじまりに咲きますもの。梅の咲き始めは、長い冬がすぎて春が来た、という喜びなのだと思います。
春のはじまりはうれしいですけれども、冬も好きですのよ。だんろの前にすわって火をながめたり、ご本をよんだり(もちろん、フェリクス様にいただいたご本も何回も読みましたわ!)。太陽が出ている時間が短いから、一日は短いですけれど、時間はとてもゆっくり流れる感じがいたします。
フェリクス様がいらっしゃるころには、太陽の出ている時間は長くなっていますから、お外をたくさん歩きまわれますわね。私が馬に乗れたら、領内のみどころをいろいろ探しておくのですけれど、まだ一人では乗れませんの。ごめんなさいね。
いらっしゃったときには、またいっしょに馬にのせてくださる?お天気にめぐまれたら、遠乗りに行くのはいかがかしら。このあたりはとてものんびりして、良いところなのです。特に春は。いっしょにすてきな場所をたくさん見つけられたら、すてきだと思うのです。
それでは、ご来訪楽しみにしております。体調くずされてお越しになれないなんてこと、いやですからね。
かしこ
イリス