第六百三十三話 いつの間にやら街の名物に
『やはり我の鼻に間違いはないな。この舌にピリッとくるのがなかなかに我好みだな』
『悔しいが美味いわい。これは酒が欲しくなる味わいじゃのう。ビールと抜群に合いそうじゃわい』
『うんうん。悪くないな』
フェルの鼻を頼りにやってきた屋台の串焼きを美味そうに頬張っているフェルとゴン爺とドラちゃん。
ダンジョン豚の肉の串焼きで、ピリッとした辛みの中にさわやかなハーブの香りと塩味が絶妙の味わいだ。
これは確かにゴン爺の言うようにビールと相性抜群だろうな~。
あー、ビール飲みたくなってきちゃうじゃないか。
もちろん出さないけどね。
昼間だし子どもたちも一緒なんだからさ。
ゴン爺よ、こっちをチラチラ見てアピールしてもダメだぞ。
『スイはね~、辛くないこっちの方が好きー!』
『お、スイ分かってんじゃん。俺のオススメのこっちも美味いよな!』
ドラちゃんのオススメは、こちらもダンジョン豚の肉の串焼きなんだけど、シンプルに塩焼きした串焼きにトマトソースがかかったものだ。
トマトソースのうま味がダンジョン豚によく合っていてこちらもなかなかに美味い。
『ドラのオススメも悪くはないぞい。要は好みの問題じゃ』
『そういうことだ。我はこういう舌にピリッとくる大人の味が特に好みだからな』
『ピリッとくる味だけが大人の味じゃねぇんだよ~』
ったく何言ってんだか。
フェルは大人の味とか言ってるけど、酒も飲まないのにね~。
そういや前にこの街に来たときはこういうトマトソースをかけた串焼きはなかったな。
屋台もいろいろ進化しているんだなぁ。
「あ、ヴェルデさんたち、もっとどうです?」
トマトソースの串焼きの載った皿をハイエルフさんたちに差し出した。
手持ちの皿を出してまとめ買いしているので、まだ串焼きは残っているのだ。
とは言っても、フェル推しのピリ辛串焼きは完売しているのだが。
食いしん坊カルテットにはそれぞれ専用の別皿にこんもり載せられるだけ載せて出したのに、いつの間にか俺たちの分のピリ辛串焼きが食われていた。
「一本ずついただいたから十分だ。他にも食べてみたいしな」
「ええ。美味しそうなのがいっぱいで目移りしちゃうわ」
「ちょっと前にいた人の街にはこんなに美味そうな屋台はなかったんだが……」
「何を言ってるのよ。私たちにはちょっと前でも、人にとってはそうじゃないでしょ」
ハハ、ハイエルフさんの時の流れと一緒にしちゃダメですよラドミールさん。
ちょっと前って言ってるけどあなた達ってば300年は島にいたでしょうが。
「みんなはどう?」
子どもたちに声をかけると、みんな十分だと言う。
「セリヤちゃんもロッテちゃんも大丈夫なの?」
男の子たちはピリ辛とトマトソースの串焼き一本ずつ食っていたが、セリヤちゃんとロッテちゃんはピリ辛の方は口に合わなかったみたいでトマトソースの串焼き一本しか食っていなかった。
「うん、大丈夫! 美味しいからもっと食べられるけど、これ食べちゃったらお腹いっぱいになって他のが食べれなくなっちゃうもん」
セリヤちゃんもロッテちゃんの言葉に頷いている。
確かにここのっていうかどこの屋台もなんだけどヴォリュームがすごいもんね。
俺も串焼き一本ずついただいたけど、これだけでもお腹いっぱいな感じだ。
『そういうことならこれは我らで食ってもいいな』
話を聞いていたフェルがそう言いながら皿の串焼きを見ていた。
「そうだな。残してもあれだし、お前らで食っちゃって。二本ずつね」
フェルとゴン爺の皿には串を外してから載せてやるとペロリとあっという間に完食。
ドラちゃんとスイは器用に串を持ってこちらもペロリと平らげていた。
『よし、次だ次!』
『おいしいお肉、おいしいお肉~♪』
「こらこら、ドラちゃんとスイは先に行かない」
『遅いぞ! 早く早く!』
たくさんの屋台とそこから漂う肉が焼けるイイ匂いにドラちゃんもスイも張り切っちゃって。
「はい、フェルかがんで」
ぶつくさ言いながらかがむフェルにセリヤちゃんとエーリク君とロッテちゃんを乗せて再び屋台巡りに。
みんなでいろんな屋台を見ながらゆっくりと進む。
「ゴン爺はどうだ? 美味そうなのあるか?」
『うむ。あそこの屋台が気になるのう』
ゴン爺が指す屋台を見ると……。
「ホットドッグじゃん」
『あれは以前この街に来た時にお主が屋台で作っていたものだな』
『そうそう。でも、ちょっと違うな。主のは赤いソースがかけてあったぞ』
『スイも思い出したー。あれ美味しかったの~』
だよな。
あの屋台のホットドッグは、パンにソーセージを挟んだだけみたいだけど。
よし、行ってみるか。
「あの~、これってホットドッグですよね?」
「らっしゃい! そうでさぁ。この街の新しい名物のホットドッグですよ!」
ホットドッグがいつの間にやら街の名物になってるぞ。
「新しい名物……」
「へい。なんでも前回の肉ダンジョン祭りの時に屋台で出されたらしくてそこから広まったんでさぁ」
屋台のおっちゃんの話では今ではホットドッグの屋台がだいぶ増えているらしい。
前回の肉ダンジョン祭りっていうと完全に俺じゃんね。
別に俺が発明したってわけじゃないんだけど、なんか嬉しいかも。
「それで、うちのホットドッグいかがでやすか?」
「もちろんいただきましょう」
食いしん坊カルテットの分と俺たちの分とで大量購入だ。
次から次へと新しいホットドッグを作って忙しそうだったけど、おっちゃんもホクホク顔だった。
「これは美味いな」
「パンと腸詰めが一緒になっているのがいい」
「この腸詰いい味してるわ~」
「ホント。ハーブが良い感じに利いて肉がしつこくないからいくらでも食べられそうだわ」
ハイエルフさんたちに大好評で聞いていた屋台のおっさんがニッコニコ。
「美味いな」
「うん。パンと肉が一緒に食べられるっていうのがいいな」
「美味しい。これ母ちゃんに頼んだら作ってくれるかなぁ?」
「これなら作れそうだよ。うちのお母さんもテレーザおばちゃんも腸詰は作れるもん。そしたら私もお手伝いする」
「これ、美味しい! ロッテ好きー!」
このホットドッグは子どもたちにも大好評だ。
『うむ。悪くないな』
バクバク食いながらそう感想を漏らすフェル。
『さすが儂じゃな。実に美味い屋台を見つけたわい』
大口を開けてホットドッグを数個まとめて頬張りながら満足気にそう言うゴン爺。
それでもって『ここにビールがあったら最高なんじゃが』とつぶやきながらチラチラと俺を見ている。
だからこっち見んなって。
子どもも一緒なんだからビールは出しません。
『赤いソースがないと物足りないと思ったけど、そんなことはないな。うん、美味い!』
『この真ん中のお肉がねー、ジュワッとして美味しいの~』
ドラちゃんとスイも気に入った様子だ。
俺もかぶりついてみる。
「美味い」
ドラちゃんの言う通りトマトソースなりケチャップがないと物足りないかと思いきや、そんなことはなかった。
このソーセージが抜群に美味い。
粗びきのどっしりとしたソーセージで一見重たそうだけど、味付けが絶妙。
セルマさんが言ってたけどハーブの使い方が秀逸で、一口かじればさわやかな香りが鼻を抜ける。
このおかげでソーセージの脂っこさも抑えられている。
それに加えて初めからソースなしを想定しているからか塩味が少し強めに作られているからパンと一緒に食うとちょうどいい塩梅なのだ。
「こりゃ美味いですね~」
しみじみ言うと屋台のおっちゃんが照れたように「ありがとうごぜぇます」と返してくる。
「ハーブの香りがなんとも言えませんね。パンに挟むことを前提に味も濃くしているようで満足感もあるし」
「分かりますか? 嬉しいねぇ。ソースをかけるやつもあるんですが、うちはそれをなしにして腸詰とパンの相性を突き詰めたんでさぁ」
話を聞いてみると、肉ダンジョンの街ということで美味い屋台が多い街としても有名だが、このホットドッグが出てきてさらに拍車がかかったということだった。
「美味くなきゃあ客が来やせんからね。みんな互いに味を競い合ってやす」
なるほどねぇ。
ということは前に来た時よりも美味い屋台が増えてるってことか。
ホットドッグの店もたくさんあるようだし、これは楽しみが増えたな。
『おい、おかわりだ!』
『儂も頼む』
『俺も!』
『スイもー!』
そうなるよなぁ。
これだけ美味いホットドッグならそう言うと思った。
「はいはい、分かった分かった。あ、ヴェルデさんたちは?」
「いや、これ以上食べたらそれこそ次が入らなくなる」
ヴェルデさんがそう言うと他のお三方もうんうんと頷きながら「もうけっこうお腹いっぱいになってきているし」なんて言っている。
美味いけどここのホットドッグはソーセージもぶっとくてかなりヴォリュームがあるもんな。
そこも食いしん坊たちは気に入ってそうだけど。
「コスティ君たちはどう? おかわりは?」
「いえ、もうお腹いっぱいです」
「僕も」
「僕ももう入らない」
「私も」
「ロッテも~。もっと食べたいのにもう入らない~」
子どもたちもみんなお腹いっぱいみたいだ。
男の子たちは先に串焼きも食ってたからなぁ。
そこにこのホットドッグじゃお腹いっぱいになるか。
ロッテちゃんはお腹いっぱいでもう入らないことが悔しそう。
いつも一緒に食事するのがフェルたちだからかいつも量多めに考えちゃうんだよなぁ。
「そっか。でも、みんな今食べなくても食べたいものがあったら言うんだぞ。アイテムボックスに入れておけば明日でも明後日でも好きな時に食えばいいんだからさ」
そう言うと子どもたちも嬉しそう。
美味そうな屋台いっぱいあるもんな~。
「ホント?! ヤッター! ムコーダのお兄ちゃんありがとう!」
ロッテちゃんなんて両手を突き上げて喜んでるよ。
うんうん、みんな素直でよろしい。
なんてほっこりしていると……。
『おい! 早く我らのおかわりだ!』
「おーごめんごめん」
食いしん坊どもに急かされて屋台のおっちゃんにフェルたちの空になった皿を差し出して「すいません、この皿それぞれ山盛りいっぱいで追加でお願いします」と注文を出す俺だった。




