閑話 それぞれの反応
ちょっと短め閑話。
次回から再びの肉ダンジョン編です。
~ヴィクトル一家の場合~
これから私たちが住むという家を案内してくれていろいろと説明してくれたテレーザさんが去っていくと、私たち家族4人は家の中で呆然と立ち尽くしていた。
テレーザさんが説明してくれたことは聞こえてはいたがすべてに実感がなく夢の中にいるようだった。
「あなた……」
「ネリーナ、私たちは夢を見ているんだろうか……」
木の香りのする真新しい家。
かつての故郷で住んでいた家よりも広い。
ここに家族で住んでいいという。
私たちは奴隷なのに。
「私たち、騙されているんでしょうか?」
ネリーナが不安そうだ。
「…………それはないだろう。ムコーダ様が私たちの代金を支払うのを見た。あんなに大金を使ってまでただの平民だった私たちをだます意味がないだろう。それに……」
テレーザさんが言っていた。
テレーザさんたちが住むという隣の家と同じ間取りの家をムコーダ様が「働いてもらうんだからやっぱり同じ条件じゃないとね」と用意したのだと。
「ムコーダさんはね、私らを奴隷だなんて思っちゃいないんだよ。みんなここの勤め人だと思っているのさ」
テレーザさんがそう言っていた。
本当にお人好しだと思うけどそれに助けられたのだと笑っていた。
「それじゃあ本当に私たちはここで家族みんなで……」
「ああ。家族みんなで」
涙があふれてくる。
「あなたっ」
ネリーナも私の腕にしがみつき泣いていた。
「お父さん」
「お母さん」
息子のニコライと娘のカトリーナもつられるように私の足にしがみついて泣いていた。
ずっと後悔していた。
私があいつらに騙されてしまったために家族全員を不幸にしてしまった。
奴隷の身分に貶められて、食事も満足に与えられず乱暴な扱いを受けながらいつ誰に買われるのか、家族バラバラになってしまうのか、そんな恐怖の連続だった。
そしてなによりソレスとルバノフでの奴隷商のあの劣悪な環境ではいつ死んでもおかしくはなかった。
それが…………。
しんみりとした中、ググゥ~と場違いな音が聞こえた。
「わ、お兄ちゃんのお腹の音……」
「あっ」
ニコライがしまったというような顔をしている。
「ハハッ」
「フフフ」
涙に濡れたグシャグシャの顔に笑顔を浮かべ私とネリーナが顔を見合わせる。
「笑わないでよ! だって、すごくいい匂いがするだもん」
「私もお腹空いた」
テレーザさんが「今日は家族水入らずで食べな」と温かいスープの入った鍋と焼きたてのパンを置いていってくれたのだ。
「いただこうか」
「ええ」
家族みんなで久しぶりに食卓を囲む。
肉と野菜がたっぷり入ったスープとパン。
素朴だけれどこんなにも美味しいものを食べたのは久しぶりだ。
ネリーナ、ニコライ、カトリーナの顔にも笑みが浮かんでいる。
今までの人生で一番美味しい夕食だ。
私は一生この光景を忘れないだろう。
~傭兵組の場合~
今日から住む場所だと案内された一部屋。
六人で住むにはちと狭いが新築の建物の一室をもらえたんだから文句はねぇ。
それどころか俺たちが腕の立つ傭兵と知ってのこの好待遇なんだろう。
なんて思っていたんだが……。
「他の部屋も同じだからあんたらで適当に部屋割りしてね」
案内役のテレーザにそう言われた。
「「「「「「………………はぁ?」」」」」」
ホントわけわかんねぇぜ。
「まさか一人一部屋とはなぁ……」
「おまけに新築……」
「家具も全部新品だぜ……」
「しかも部屋に風呂があんだぜ……」
「それを言うなら便所もある……」
「服に靴も、食い物やら他の生活必需品も支給だってよ……」
「「「「「「………………」」」」」」
「確認だが、俺たち奴隷だよな?」
「そのはずだ」
「ルバノフでロッコたちに裏切られてクソみてぇな奴隷商に売られた」
「そっからレオンハルトの奴隷商に売られて~」
「そこで買われてここにいる」
「間違いない」
「「「「「「………………」」」」」」
「いやいやいやいやっ、奴隷にすることじゃねぇだろう!」
「ルバノフじゃ首輪つけられた上に手枷足枷までされてたんだぜ!」
「しかも汚ねぇ檻に閉じ込められてよぉ!」
「食事も日に一回でうっすい水みてぇなスープとカビの生えたパンだった!」
「便所も汚ねぇ壺が一つ置いてあるだけでそっからあふれようがお構いなしだったんだぜ!」
「いつ病気になって死ぬか冷や冷やしっぱなしだった!」
レオンハルトの奴隷制度はしっかりしているとは聞いていたが、あのクソみてぇなルバノフでの奴隷制度と違い過ぎんだろ!
なんなんだよここは!
フゥフゥフゥ、落ち着け俺。
冷静に、冷静にだ。
「アンドレイ、俺ら人殺しでもやらされんのか?」
「強盗とかよ」
「人攫いかもしれん」
「いや、冒険者やってるって言ってたから魔物の相手させられるんじゃねぇの」
「ダンジョンで肉壁とか」
「だから最後にいい目見させてやろうって?」
普段は弱気を見せないヴァジムもキリルもマルティンもデルクもネストリも、みんな不安そうな顔をしている。
かくいう俺も隠してはいるが不安がぬぐえない。
しかしだ、俺たちを買った男の顔を思い浮かべる。
人の好さそうな細っちい優男だ。
確かに表では人の好さそうにふるまっていて、裏ではあくどいことをしている奴なんて掃いて捨てるほどいる。
だが、あの男がそんな器用な真似ができそうかというと……。
「………………それはねぇな。そもそもフェンリルやらドラゴンを従えているんだぜ。そんなチンケな犯罪に手を出す意味がねぇだろ」
フェンリルやドラゴンを使ってまっとうに金ならいくらでも稼げるはずだ。
「ってことはだ、なかなか信じられる話じゃねぇが、案内のとおりここはただ単に住居として提供されたってだけだろうな」
「「「「「………………ヤベェな」」」」」
本当にな。
こんなの“暁の旅団”で一番稼いでいた時よりいい生活だぜ。
あの男、ホント何考えてんだ?
お人好しにも度が過ぎるだろ。
一方そのころのあの男ムコーダはというと……
『おい、ステーキおかわりだ!』
『儂もじゃ!』
『俺も!』
『スイもー!』
「はいはい、ちょっと待って! ……ぶぇ、ぶぇっくしょん!!!」
『おいっ! 我のステーキに唾を飛ばすな!』
「ちゃんと横向いてくしゃみしただろ!」
ったく、風邪でも引いたのかなぁ?




