第六百六話 揉めてるよ……
みんなが寝静まった夜。
「さてと、やっちゃうか」
そして俺もとっとと寝たい。
昨日はあれからどうなったのやら俺には知る由もないけれど、面倒なことになってなきゃいいけど。
「えーと、皆様、いらっしゃいますか?」
俺の声掛けに待ってましたとばかりに神様たちからの返事が。
『いるのじゃー!』
『待ってたわよ~』
『よっしゃ! 来たな!』
『待ってた』
『待ちくたびれたわいっ!』
『ようやく来たか!』
こりゃあ首を長くして待っておられたようですねぇ。
『そうじゃ! 甘味を食べねばやってられんのじゃ!』
なんだかプリプリ怒っていらっしゃる様子のニンリル様。
『なんだよ~。そんなに睨むなよ。ちゃんと謝ったじゃねぇか~』
アグニ様の弱りきった声。
『フンッ。アグニとはしばらく口を利かないことにしたのじゃ』
『なんでだよニンリル~』
『フンッなのじゃっ』
おうおう、なんか揉めていらっしゃる。
これは早いとこ進めた方が良いな。
そそくさとニンリル様の分の段ボールをアイテムボックスから取り出してテーブルの上に置いた。
「えっと、それじゃあこれはニンリル様の分です。お納めください」
『むっほ~! ケーキ、どら焼き、妾の甘味~♪ ありがとなのじゃ~』
お供え物を出すと一転してすこぶるご機嫌な様子のニンリル様。
『さ、帰って存分に楽しむこととするのじゃ! …………フンッ』
『ニンリル~』
まだまだアグニ様には冷たいご様子だね。
『アグニちゃんなんて放っておいて次は私よ』
おぅ、キシャール様もかい。
『ちょっ、俺なんてってどういうことだよ~』
『そう言われてもしょうがないことを口にしたのよ、アナタは』
『なんだよ、昨日のことならキシャールにも謝っただろが~』
『謝って済むことと済まないことがあるの! 私、すっごく傷ついたんだから』
『そんな傷ついたって大袈裟だろ~、ハハ』
あ、そんなこと言ったらダメだって、アグニ様!
『も~っ! アグニちゃんのそういうデリカシーの欠片もない所がイヤなのよ! 私もアグニちゃんとはしばらく口を利かないことにするからっ』
うわ~、キシャール様が激オコじゃないか。
こっちも早いこと進めた方が良いな。
キシャール様の分の段ボールをそそくさと用意した。
「キシャール様、こちらです。お納めください」
『ありがと~! これで今日からさらに気合を入れてお肌のお手入れに励むわよ~。誰かさんに二度と“シワがある”なんて言わせないんだからっ』
フンスッと気合を入れてドスドスと去っていくキシャール様。
キシャール様がおっしゃっていたレチノール入りのアイクリームもドラッグストアのマツムラキヨミでバッチリ仕入れましたんで存分にお使いくださいな。
『なんだよ~……。去り際にキシャールからすっげぇ顔で睨まれたぞ』
アグニ様がショボンと落ち込んだ声でそう言った。
でもそれはアナタが余計なことを言ったからでしょ。
容姿についての失言は、特に女性は根に持つんだぞ。
実体験者の俺が言うんだから間違いない。
それで姉貴に何度シメられたことか……。
思い出すだけでブルリと震える。
ここは関わらずにスルーするのが一番の得策だよな。
ということでアグニ様の分もさっさと進めようとアイテムボックスから段ボールを取り出そうとしたところでルカ様の声が聞こえてきた。
『アグニが悪い』
『ルカまで俺が悪いっていうのかよ~。だいたいニンリルもキシャールも俺のこと責めるけどさ、そもそもなんで俺が悪いんだよ?! 本当のことを正直に言っただけだろ!』
そう言って開き直るアグニ様。
アグニ様、それ一番ダメなやつだよ。
ルカ様もそう思ったのか『ハァ……』とため息が聞こえてきた。
『それがダメ』
『正直なのが悪いっていうのかよ?』
『正直なのは悪いことじゃない』
『だろっ』
『でも、なんでも正直に言うのが良いとは限らない。黙っていた方が良い時もある。時と場合。それができないからアグニはデリカシーがないって言われる』
『ぐぬぬ』
『アグニは武芸ばかりに勤しんでないで、いい加減そういうことを学んだ方が良いと思う。場の空気を読めないのは嫌われるしその場を白けさせる』
『ぐあぁぁぁ~! 年下のルカに説教されたぁ~!』
女神様が同じ女神様に説教か……。
うん、とてつもなく居心地が悪いぞ。
スルースキル発動。
俺は何も聞いていませんよ。
『酒だ、酒だ、酒だ! こんなん飲むしかないだろ! ビールを浴びるほど飲んでやる~。うわーーーーん』
ア、アグニ様…………。
『ビールだビール! ビールをよこせ~~~』
俺は顔を引き攣らせながらアグニ様分の段ボールを用意した。
「ど、どうぞ」
『ビールだぁぁぁ~。ありがとうなぁ~』
ダダダダダッと騒々しい足音が聞こえた。
…………帰ってしこたまビールを飲んで憂さを晴らすんだろうなぁ。
『ハァ~。お酒飲んで私が言ったこと忘れなければいいけど』
ルカ様、キビシィ。
『ガハハハハハッ。アグニの奴は一番若いルカにまで説教されてちゃあお終いじゃのう』
『まぁ、あいつは武芸ばかりに力を入れてる単純バカだからな~。空気を読むなんて芸当無理だわ。グハハハハハッ』
この声はヘファイストス様とヴァハグン様か。
なかなかに手厳しいこと言ってるなぁ。
なんて思っていたら……。
『ヘファイストスとヴァハグンはアグニのことをどうこう言えない。デリカシーないし、ガサツで空気読まないところは同じ』
『ぐぬっ……』
『グハッ……』
余計なことを言ったばっかりに、ヘファイストス様とヴァハグン様にルカ様の鋭い言葉がクリティカルヒット。
ルカ様キレッキレだね。
というか、さっきからずっと居心地が悪いんだけど。
神様たちの揉め事やらを俺なんかが聞いていてもいいのでしょうか?
そういうことは俺が関係ない時にやってほしいです。
もう間を置かずに、さっさとルカ様に渡して、ヘファイストス様とヴァハグン様の酒好きコンビにも渡してしまおう。
アイテムボックスから段ボールを出して、まずはルカ様の分をテーブルの上に置いた。
「ゴホン、ルカ様の分です。お納めください」
『ありがと。帰ってアイス食べようっと』
タタタッと軽やかな足音が聞こえた。
「ヘ、ヘファイストス様、ヴァハグン様、お納めください」
『おう、いつもすまんな……』
『ありがとよ……』
いつもと違ってヘファイストス様とヴァハグン様の声に力がない。
『戦神の、今日はヤケ酒だ~。飲み明かすぞ!』
『そうだな、鍛冶神の!』
ドスドスドスと重い足取りの足音が遠退いていった。
「ハァ~。飲み明かすって、アナタたちはいつもでしょうよ……」
やっと終わったよ。
人騒がせな神様たちだよ。
というか、一番大人なのが一番若いルカ様ってどういうことよ?
神様、大丈夫?
そんなことを考えた俺だった。
あ、デミウルゴス様にはいつものとおりに日本酒セット&缶つまセットを献上しておいたよ。
軽い感じで『ありがとなのじゃ~』ってご機嫌な声と共に段ボールも消えていった。
ニンリル様たちもこれくらい軽いといいんだけどね~。
こだわり&希望(欲望)が強すぎてすんなり終わらないのが困りものだわ……。




