第六百五話 時には真実を受け入れられないこともある
トンカンコン、トンカンコン―――。
今日も大工仕事の音が鳴り響いていた。
うちのみんなも加わっての飲めや食えやの酒宴から数日。
あれから小さいおっさんたちはさらにヤル気を出して仕事に励んでいるよ。
なんだかゴン爺が酒の勢いで、いつの間にか仕事が仕上がった暁にはまた酒宴を開くなんて約束したみたいでさ。
翌日にサラッとゴン爺から報告されて驚いたわ。
さすがに勝手に約束したのはバツが悪かったのか、ゴン爺が小さいおっさんたちに『早く仕上げようと思っていい加減な仕事をするようなら承知せんぞい』と釘を刺しに行ったら、「何を言うか! そんなドワーフの矜持を汚すようなことせんわい!」とおかんむり。
鼻息荒く「特上の仕上がりにしてみせちゃるから黙って見てろい!」と返してきたよ。
すごい剣幕で、俺もゴン爺もすごすごと退散してきたわ。
ドワーフ連中がそこまで言うんだから大丈夫でしょう。
まぁ、特上の仕上がりって言ってもそこまで求めていないんだけどね。
普通に住めればいいわけだし。
とにかくだ、そんな感じで住宅建築工事の方も順調に進んでいる。
フェルたちはまた暇そうにしているが、俺が先手を取って「工事の間はどこにも行かないからね! 梃子でも動かないから!」と宣言したからしょうがなく諦めているようだ。
工事が終わったら、どんな要求があるのか戦々恐々ではあるけどね。
そういうことで、とりあえずは落ち着いてゆっくりした時間が取れている。
トンカンコン、トンカンコン―――。
まぁ、工事の音が少々うるさくはあるけども。
でだ、少々早くはあるんだけど、時間があるうちに神様たちにお供えをしておこうと思ってな。
皆様からのリクエストは昨日のうちに聴取済だ。
期日よりも少し早かったものだから、皆さんテンション爆上がりで騒がしいのなんのって。
しかも、また俺たちを覗いていたのか、アグニ様とルカ様からBLTサンドのリクエストもあったから作らなきゃいけないし。
なんかアグニ様は『ビールとの相性抜群なんだろ? たまには地上の食い物食ってみんのもいいかなと思ってな!』なんて気まぐれにリクエストしてきたみたいで、ルカ様は単に『美味しそうだから』だってさ。
BLTサンドは作るの簡単だからまぁいいけどさ。
俺の“豚バラ肉の簡単ベーコン風”がどんどん減っていくのが悲しいけど、女神様のリクエストだからしょうがない。
ま、とりあえずはネットスーパーで、皆様のリクエスト品を調達しますか。
っとその前に。
アイテムボックスにあるマグカップと最近お気に入りのドリップパックコーヒーを取り出してと。
マイマグカップにコーヒーをセッツ。
お湯を注いで……。
「ハァ~、いい香り~」
お供のコーヒーも準備できたし、さてと、やっていきますか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーん、どうすっかな……」
まずはニンリル様のリクエストからと、不三家のページを開いたはいいが、いつにも増して種類が増えていた。
限定フェアのケーキもあれば新作のケーキも出ていた。
限定もの優先でとは言っていたけど、新作が出てるんであればそれも入れないといけないだろうし。
新作ケーキがあったことが後でニンリル様にバレたら『なんで新作を入れなかったんじゃ!』って絶対に面倒なことになりそうだしね。
それから、ニンリル様が『デッカイケーキも三ついや四ついやいや五つは必要じゃな!』とかって言ってたから、ホールケーキも用意しなきゃいけないし。
他にも定番の『アレとアレとあのケーキも欲しいのじゃ!』とか言ってたけど、予算内に収まるかな?
あ、それからニンリル様の大好物のどら焼きも『こしあん、粒あん、栗入りをそれぞれ最低でも十個ずつは欲しいぞ!』とか言ってたな。
いつものこととは言え、聞いているだけで胸焼けしそうなほど見事に甘味だけだったわ。
女神様とは言え、毎回毎回こんな甘味ばっかりで体重は大丈夫なのかな?
いつも声だけで当然お会いしたことはないけど、教会で見るニンリル様の像はほっそりしていらっしゃったんだよなぁ。
それが実際は……。
「ぽっちゃり女神だったりして。プププ」
『ぽ、ぽ、ぽっちゃりではな~い! そのような不敬なことを考えずに早う妾の甘味を調達せんかっ!』
わわっ、しっかり覗いていたようで。
というか、俺の思考を読むのはいい加減にやめてもらいたいです。
ま、まぁ、気を取り直して、ニンリル様のリクエスト品を購入していきますか。
ポチポチとどんどんカートの中へと入れて……。
「こんなもんかな」
和栗のモンブランやふじりんごのアップルパイ、シャインマスカットのタルト等々の限定もののケーキや新作のカフェモカケーキ等も加え、定番ケーキにホールケーキ五つ、こしあん、粒あん、栗入りどら焼き十個ずつのラインナップが完成。
これだけ詰め込めばニンリル様も満足だろうさ。
『うむ。明日が楽しみなのじゃ!』
ああ、そうですかい。
次はキシャール様だな。
キシャール様のリクエストは当然だけど美容製品だ。
まずは鉄板のST-Ⅲの化粧水。
キシャール様曰く『化粧水はケチらずたっぷり使うのが美肌の第一歩なんですって』だって。
どっかの美容雑誌の受け売りだろうけど、高価な化粧水なのにケチらずたっぷりなんておっそろしい。
それから同じくST-Ⅲの美容液。
キシャール様曰く『これも私の肌には欠かせない一品になったわ』とのこと。
それから新しくリクエストされたのがアイクリームだ。
これも美容雑誌から仕入れた情報だろうけど、なんでもレチノールという成分が今一番きているらしく、そのレチノールが入っているアイクリームが欲しいのだそうだ。
キシャール様曰く『今はそれほどでもないっていうか、小じわなんてないんだけれども、予防が大切っていうのよね。だから私も使ってみようと思っているの』とのこと。
なんだかやけに予防ってのを強調されていたけど。
『予防もなにも目尻に小じわ、できているではないか』
ボソリと聞こえたニンリル様の声。
『ニンリルちゃん! 嘘は言ったらダメなのよ!』
『嘘ではないわ。アグニやルカにも聞いてみい』
『うぐっ……。ニンリルちゃんなんて、この短期間に横に大分育ったじゃない!』
『なっ、なぁっ』
『まぁまぁまぁまぁ、そんくらいにしとけよ。デブも皺も体を動かせば解決するぜ! 俺を見てみろよ。毎日、体を動かしてたっぷり汗をかいてるからずっとこのスリムな体型を維持してるし、肌だってシミも皺も一つもないぜ!』
『デ、デブ……』
『シ、シワ……』
『『アグニ(ちゃん)……』』(ゴゴゴゴゴゴゴォッ)
『な、なんだよ? なんでニンリルもキシャールも怒ってんだ?』
アグニ様ェ…………。
『ハァ。ニンリルもキシャールも本当のことを言っている。でも、時には真実を受け入れられないこともある』
ルカ様、アナタが一番大人だよ。
『『許さんっ』』
『ちょーっ、何で追いかけてくんだよ~!』
『アナタが逃げるからでしょっ、アグニちゃん! 先程の暴言、撤回しなさいっ! そして、一発殴らせなさいよっ!』
『そうじゃそうじゃ!』
『なんで俺が殴られなきゃいけないんだよ~!』
ダダダダッと駆け回る足音が聞こえてくる。
『ハァ~…………。異世界人、明日楽しみにしている』
ルカ様のその声の後にブチッと通信が切れる音がした。
………………。
「何をやっているんだかねぇ。さてと、続き続き。アグニ様にルカ様の分、ヘファイストス様とヴァハグン様のウイスキーもあるし、デミウルゴス様の分も用意しなきゃだもんな」
女神様たちが騒がしいのはいつものことだ。
俺は何事もなかったかのように、神様たちのリクエスト品の調達を再開したのだった。




