第六百四話 必殺! 上目遣い
皆様、お待たせいたしました。そして、ご心配をおかけしました。
前回の更新時は、いろいろなことがありちょっと感情的になってしまったところもありましたが、皆様の温かいお言葉に本当に救われました。
ありがとうございます。
まだまだ忙しくはありますが、更新頻度も少しずつ元に戻していきたいなと思っております。
とりあえずは隔週ごとに、11月ごろには週一更新に戻せたらなと思いますのでよろしくお願いいたします。
母屋の陰に隠れるように集まっている小さいおじさんたち。
最初は気付かないふりしていたんだ。
あっちは一応仕事中だろ。
依頼した以上は、そっちをしっかりやって欲しいじゃん。
だけどさ……。
あのおっさん連中、いつになっても仕事に戻りゃしない。
俺とゴン爺がビールを楽しむ姿に目が釘付けで、ああだこうだと騒いでてさ。
どいつもこいつも仕事に戻ろうっていう気配がないんだもん。
こりゃあもうこのおっさん連中、今日は仕事が手につかないなって思って諦めたわ。
まぁ、仕事自体は早いし確かな腕前だしね。
今日くらいはいいかと小さいおっさんたちに声を掛けたら、そりゃあもう嬉しそうにいそいそと寄ってきてたよ。
そして、冷えたビールをご馳走すると……。
「カーッ、ウメェな!」
「冷えたエールかっ。こりゃあウメェ!」
「おうさ! 冷やしてあるだけでこんなに違うとはのう。驚きじゃわい!」
「一仕事終えた体に染みるのう」
「親方~、こりゃあ美味いっすねぇ~」
「今度うちで飲む分のエールも冷やしてみましょうよ、親方!」
かけつけ一杯とでも言うように、ガラスのビールジョッキに注いだ冷えたビールをゴッゴッゴッゴッと喉を鳴らしながら実に美味そうに飲み干すブルーノさんをはじめとした小さいおっさんたち。
一仕事終えたとか言ってるけど、まだお昼過ぎたばっかりなんだけどねぇ。
それで、ビールジョッキは当然空になっているわけなんだけど、それを手にこちらをチラチラと見てくる。
苦笑いしながらも、しょうがないからおかわりのビールを注いでやった。
あと、ビールだけっていうのも寂しいと思って一応おつまみとして“豚バラ肉の簡単ベーコン風”を出してやったら、「こりゃあ酒のつまみに最高じゃわい!」ともう止まらない。
ビールをゴクゴク、おつまみの“豚バラ肉の簡単ベーコン風”をパクパク。
またもや自分で楽しむ前に“豚バラ肉の簡単ベーコン風”が無くなりそうな危機感に、BBQコンロを投入。
肉も出してやって、自分たちで焼いて食えと。
ニッコニコの小さいおっさんたちにめっちゃ感謝されたけど、俺は心の中で「その分明日からはしっかり仕事してよ~」と思ってたよ。
んで、肉と一緒にこっちの方が一般的かなとハーブソルトを出してやったんだけど、小さいおっさんたちは慣れた手つきで肉にハーブソルトをかけて焼いてバンバン食ってやんの。
もちろんビールも豪快に飲みながらさ。
肉が出てきたら、当然うちの食いしん坊カルテットも黙っちゃあいない。
ということで、フェルたちの分は俺が焼くことに。
小さいおっさんたちとわちゃわちゃと肉を焼いていると……。
「いや~、酒は美味いし肉も美味いし最高だな!」
ブルーノさんがそう言って俺の背中をバンバンと叩く。
「イテテッ」
ドワーフは力が強いんだからもうちょっと加減してよ。
「お~、すまんすまん」
上機嫌のブルーノさん。
他の職人さんたちももちろん上機嫌。
ニッコニコで上機嫌の小さいおっさんだらけだ。
「それでな、この冷えたエールも美味いが、もうちょっと酒精が強い酒もあると……、なぁ?」
ブルーノさんが上目遣いでこそっとそんなお願いしてくる。
なにが「なぁ?」だよ。
髭面おっさんの上目遣いなんてどこに需要があんのよ。
俺が引き攣った笑みで「ああ、ウイスキーですか?」と聞くと、「そうそう!」と満面の笑みのブルーノさん。
「して、そのウイスキーだが、聞いた話ではいろいろと種類があるらしいなぁ?」
あ~、そういやブルーノさんには俺が不定期の酒屋をやっていることバレてるからなぁ。
その辺でウイスキーにもいろいろあること知っていても不思議じゃないわ。
「まぁ」
「いつもと違うウイスキー、飲んでみたいわな~」
チラ、チラ。
だから、上目遣いやめい。
髭面おっさんの上目遣いなんて嬉しくもなんともないわっ。
「はいはい、わかりましたよ。ちょっと用意してきますから待っててください」
一度母屋に戻ってヤケでウイスキーをネットスーパーで用意する。
どうせ大量に飲まれることになるんだろうからと、テナントのリカーショップタナカは使わずにネットスーパーでも売っているお手頃価格のウイスキーを選んだ。
コンビニなんかでも簡単に手に入る庶民の味方のウイスキーを3種。
ハイボールにするとなかなかに美味いヤツだ。
一つはいつもブルーノさんに渡しているお馴染みの四角い瓶が特徴のウイスキー。
もう一つはコミカルなおじさんのキャラクターが印象的なウイスキー。
最後は立派な髭の紳士のキャラクターが目印のウイスキーだ。
俺はハイボールでしか飲んだことがないんだけど、どれもロックでも水割りでも割といける(酒好き先輩談)らしいからね。
その三種のウイスキーを多めに仕入れて持っていくと……。
「三種類用意してみましたよ」
「「「「「おおぉ~!」」」」」
小さいおっさんたち歓喜。
早速ストレートでグビグビ飲み始める。
「ク~、やっぱりこれだな!」
「この酒精がたまらんわい!」
「この喉をカッと焼くような感覚がクセになんだよなぁ~」
ストレートでよくそんなにグビグビ飲めるよなぁ。
俺は、ちょっと呆れつつもジュースのようにカパカパグラスを空けていくのを眺めた。
『主殿、儂にも強い酒を飲ませてくれるかのう』
ああ、うちにも酒に強い飲兵衛がいたわ。
「ハイハイ。でも、ほどほどにしておけよゴン爺。前みたいに外で寝こけても知らないからな」
あの時は、バルテル、ルーク、アーヴィンと酒盛りして、そのまま無防備に腹見せて爆睡してたんだもんなぁ。
『あれはだらしのない姿だった』
『ドラゴンにあるまじき姿だったな』
『ゴン爺お腹出して寝てたの~』
俺の言葉で、フェルもドラちゃんもスイも思い出したようだ。
『ぐぬっ。あ、あの時は、こんなに強い酒は初めてじゃったからだ。今なら問題ないわい』
「ならいいけど、とにかくほどほどにな」
そうゴン爺に釘を刺してから、ボウルにウイスキーを注いでやった。
「カ~、本当に美味いのうこのウイスキーっちゅう酒は!」
「おっ、そうじゃ。この間作った腸詰を持ってきてつまみにするのはどうじゃ?」
「それはいいな! この間のは出来が良いんだ。みんなに食ってもらおう! おいっ」
ブルーノさんが若い衆に指示を出すと、その若い衆が駆けていった。
しばらくすると、出て行った若い衆と一緒に姿を現したのは……。
「アニカさん」
「ゲッ、来たのか?!」
「なにが「ゲッ」だい! あんたらだけで飲もうなんざ許さないよ!」
強い小さいおばちゃんに小さいおっさんたちもタジタジだ。
「いやぁ~、ムコーダさん。うちの者たちがすまないねぇ。これ、うちで作った腸詰だから食べてよ」
「あ、ありがとうございます」
けっこうな量の自家製腸詰をアニカさんからいただく。
「おいっ、今焼いて食わせる分はあるのか?!」
「うるさいねぇ。アンタはちょっと黙ってなよ! 気の利かないアンタと違ってちゃんと分けて持って来てるよ!」
アニカさんにピシャリと言われてションボリなブルーノさん。
見事に尻に敷かれてんなぁ~。
まぁそれくらいの方が夫婦円満なのかもしれないけど。
ちょっとクスリとしながら、アニカさんにウイスキーをすすめた。
「ハ~、美味しいねぇ」
ドワーフは女性でも酒好きで強い。
アニカさんもウイスキーをストレートでグビグビ飲んでいる。
「あ、腸詰が焼けたようだわ。ムコーダさん食べてみて」
「いただきます」
『おい、我も食うぞ』
『儂もじゃ』
『俺も!』
『スイもー!』
ああ、そうだったね。
「あ、従魔たちの分もいただいていいですか?」
「もちろんだよ!」
ブルーノさんとこの自家製腸詰をみんなでいただく。
香ばしく焼き上げられた腸詰に齧りつくと、プツリと皮がはじけて中から肉汁があふれてくる。
「アチチ。でも、美味い!」
「ハハ。だろう。うちの腸詰は美味いって評判なんだよ。しかも、今回は会心の出来でさ」
『うむ。なかなかに美味いぞ』
『肉の旨みが口の中に広がるのう。美味いわい』
『こりゃあいいな! 何本でも食えるぞ!』
『あるじのやつも美味しいけど、これも美味し~』
食いしん坊カルテットも満足の美味さのようだ。
俺の作るものより少し塩分きつめで、このハーブはなんだろう?
肉の美味さをより引き立ててくれるな。
ハーブの種類や配合割合にも秘密がありそうだな。
うーむ、この世界での主たる調味料ハーブソルトは奥が深いね。
「あ、アニカさん。この肉も焼いて食ってみてください」
「あら、いただくわ」
「ガッハッハッハッ! 美味い酒に美味い肉! 今日は最高だな!」
「アンタ! 楽しいのは分かるけど、いきなり大声出すんじゃないわよ!」
「す、すまねぇ」
そんな感じで、騒がしいドワーフたちとの楽しい宴が続いた。
そして、そこに仕事を終えたうちの従業員たちと冒険者ギルドから帰ってきたハイエルフさんたちも加わり、さらに騒がしくなった宴は暗くなるまで続いたのだった。




