第五百九十八話 悪いヤツっていうのはどこにでもいるもんだ
俺は、ギルドマスターの目力に負けて、観念して全てを話した。
「ええとですね…………」
かくかくしかじかと洗いざらい話した後、ギルドマスターの様子を窺う。
ギルドマスターはため息を吐きながら眉間の皺を揉んでいた。
俺とギルドマスターの話を聞いていた、ハイエルフのみなさんは「あれ、俺たちがハイエルフってバレてるぞ?」「何で?」とか言い合っているし。
みなさん、ちょっとのんき過ぎやしないですかね。
そんなハイエルフのみなさんを見つつギルドマスターが口を開いた。
「事情は分かった。本音を言えば、知りたくなかったがな……。とにかくだ、この六人はしばらくの間、このカレーリナの街の住人になるっていうわけだな」
「そういうことになりますね」
聞いていたハイエルフのみなさんもウンウンと頷いている。
「それなら、雇い主となるお前も、そしてこの街に住むことになるあんたらもこれから話すことをよく聞いておいてくれ」
そう言って真剣な顔付きになるギルドマスター。
「いやな、前から噂話としてはあったんだ。街に暮らしているエルフの中にハイエルフが混じってんじゃねぇかってのはな」
そりゃあそういう噂話が出るのも分からなくもない。
どっちも美形だし、見た目だけじゃエルフかハイエルフかなんて判断できるわけないし。
「だが、噂話は噂話でしかねぇ。実際のところ誰がハイエルフかなんて誰も分かりゃあしねぇんだから」
だよねぇ。
見た目じゃ判断できないから、ステータスを見るくらいしか確認する術がないし。
それだって万全ではないだろうからね。
それこそ年齢やステータス値の高さくらいしか判断材料がないんじゃないかな。
「世間一般ではハイエルフがどんな風に思われているか知ってるか? 十中八九“見目麗しく魔力が高い森に棲む高貴な方々”ってな感じだ」
“高貴な方々”と聞いて、ざわつくハイエルフのみなさん。
ちょっとテンション高くなってるよ。
ギルドマスターが真剣に話しているところなのでどうどうとみなさんを落ち着かせる。
「でだ、その“高貴な方々”がいると分かったらどうなると思う?」
「まぁ、騒がれるでしょうね」
そりゃあ誰しも珍しいものには興味をそそられるから。
「そうだな。それと同時に、悪い奴らにも目を付けられることになる」
「悪い奴ら、ですか?」
「お前、この国をどう思う?」
ギルドマスターのいきなりの質問だが、俺は正直に答えた。
「平和だし、比較的治安も良いし、良い国だと思いますけど……」
「そうだよな。俺もそう思う。だがな、そういうこの国でも、未だに人攫いが絶えないってのを知っているか?」
「……え?」
さすがにゼロということはないだろうけど、そんなに言うほど多いの?
「この街だけでも毎月二十件近い報告がある。確認できるものだけでもな。王都やドランならもっと多いだろう。目撃者すらいないもんや農村部での事件を含めると、この国で一体どれだけの人間が被害に遭っているかなんて正確には誰もわからん」
マ、マジか……。
衝撃の事実。
「ただ一つ言えることは、人攫いに遭う被害者は見目の良い者が多いということだ。エルフの被害者も案外多い」
エルフって魔力豊富で強いイメージだったけど……。
でも、大人数でこられたら、さすがに多勢に無勢か。
「そんな中にハイエルフがいたら格好の餌食だと思わんか?」
衝撃の事実を聞かされた俺は、顔を引き攣らせながら「ですね」と答えた。
すると、今まで話を聞いていたヨルゲンさんが声を出した。
「あー、いいか? そういう話なら俺たちも承知している。昔からそういう輩はいるしな。でも、俺たちは強い。そう簡単には捕まらんよ。だが、要は俺たちがハイエルフだと知られなければいいわけだろ」
ヨルゲンさんに続いてアデラさんも口を開く。
「それなら大丈夫よね。自分たちからハイエルフだなんて言わないし、そもそも街に居る時には私たちいつもエルフの振りをしているし」
二人の言葉にヴェルデさんとセルマさん、ラドミールさんとラウラさんも大きく頷く。
「ならいいが。立場上、この国の悪い面も知っているからな。爺のちょっとした忠告とでも思ってくれ」
ギルドマスターがそう言うと、ハイエルフのみなさんが胸の前で右手を拳にしてそれを左手の手の平で包む。
そして……。
「「「「「「ご忠告感謝する」」」」」」
おお。
みなさんそういうこともできるのね。
それを見て照れたように右頬を掻くギルドマスター。
「まぁ、悪いヤツっていうのはどこにでもいるもんだってこった。お前も注意しろよ」
俺にとばっちりかよ。
悲しいかな見目の部分で、俺は人攫いに遭うことはないから大丈夫だと思うけど。
「とは言っても、お前には恐~い守護神が後ろに控えているから大丈夫だろうけどな」
ギルドマスターがそう言うと、我関せずで寝そべっていたフェルとゴン爺がチラリと片目を開けていた。
というか、倉庫に来てからフェルとゴン爺とドラちゃんとスイは、我関せずでずっと寝てるよね。
ギルドマスターの話も終わり、今度はハイエルフのみなさんに解体してもらった緑竜の素材を見せることに。
「分かっているとは思うが、全部は買い取りできんからな。というか、この間のドラゴンタートルだって精算がまだだろうが」
あー、そうだった。
急いで解体してもらった残りのドラゴンタートルをヨハンのおっさんが解体して、その解体が全部終わってからまとめて精算って話だったんだよな。
「ま、いい。とりあえず見せるだけ見せてみろ」
ギルドマスターがそう言うので、グリーンドラゴンの素材をアイテムボックスから取り出して全て並べていった。
「ほ~、キレイなもんだ。ドラゴンなんて大物を解体しているってのに、この皮なんか一枚皮でキレイに剥ぎ取られているわ」
素材を見てそう言うヨハンのおっさん。
いろんなものを見てきているからか(主に俺たちのせいで)、ヨハンのおっさんもドラゴンの素材を見せられても驚かなくなってきているね。
「こりゃあかなりの腕前だな」
ヨハンのおっさんの素直な賛辞に、ハイエルフのみなさんも嬉しそうだ。
特にヴェルデさんは当然だとでも言うように得意げな顔をしている。
「ヨハンが褒めるってこたぁ相当だな」
ギルドマスターの目がキランと光った。
「よー、物は相談なんだが……」
要は、俺に対しては、大物の解体場所としてこの倉庫を提供するってことで、ハイエルフのみなさんに対しては、俺たちの狩った大物を解体していないときは冒険者ギルドの解体の臨時職員として働きませんかって話だった。
「いやよー、Sランクのお前に触発されたのかうちの冒険者たちの活動も活発になってきてなぁ。納められる魔物も増えてんだよ」
ヨハンのおっさんも「お前のおかげで解体部門で働いている奴らは大忙しだ」なんて言っている。
「嬉しい悲鳴ではあるが、さすがにもうそろそろ人も増やさにゃならんと思っていたところだったんだ。だが、解体は経験が物を言うからなぁ」
経験が物を言うだけに人材確保が難しいのだとギルドマスター。
なるほど。
そこに相当な腕前のハイエルフさんたちが現れたということか。
そりゃあ是が非でも働いてもらいたいわなぁ。
「俺たちの解体を優先してもらえるなら、俺は別に構わないですけど」
実を言うと、家に解体場所造らないといけないかなって思ってたくらいだから、解体場所も提供してくれるって言うし俺にとって損はない。
「そうか。あんたたちはどうだ? もちろん報酬もそれなりに支払うぞ」
ギルドマスターがそう言うと、ハイエルフのみなさんが頭を寄せて相談し合っている。
そして、話し合いがまとまったのか代表してヨルゲンさんが一歩前へ。
「願ってもない話だ。もちろんムコーダのを優先させてもらうが、それ以外の時間は是非働かせてほしい」
現金ゲットのチャンスだもんね。
「そうかそうか、良かった!」
解体要員確保でギルドマスターもニッコリだ。
「それじゃあ細かい話を詰めようじゃないか」
そう言って、ギルドマスターがハイエルフのみなさんを連れて行ってしまった。
「えー…………」
俺は~?
取り残されたんだけど。
「あー、ドラゴン素材なぁ、買い取りするにしてもすぐには決まらんから、決まったらその時にするかってギルドマスターが言ってたぞ」
ヨハンのおっさんがバツが悪そうにそう言った。
へいへいそうですか。
ハイエルフのみなさんのことで『緑竜を狩りに行く!』言い捨て案件は有耶無耶になったみたいだし、まぁいいか。
俺は、グリーンドラゴンの素材をしまって、どうせ向かったのはギルドマスターの部屋だろうと当たりを付けて、遅ればせながらフェルたちを引き連れて向かうのだった。




