第五百九十話 それ料理用に買ったワインなんだけど……
ヨルゲンさん、ヴェルデさん、ラドミールさんに真剣な顔で「酒を持っていないか?」などと聞かれて思わず「ハァ?」と答えてしまった。
「いや、そのな、自分たちでも酒は造っているのだが……」
「この島に自生している果実で造った酒なのだが酒精が弱過ぎて、酒とは呼べぬ代物でな。それこそ味は甘い果実水のようなもので……」
「妻たちは気に入っているのだがな……」
ああ~、アルコール度数が弱すぎて酒として満足出来ないってことね。
甘い果実水みたいっていうのなら女性は好きだろうけど。
「街で飲んだエールが恋しい……」
「果実酒も街の物の方が遥かに美味かった……」
「街で飲んだ甘いハチミツ酒でさえ酒精はもっとあったのに……」
ハチミツ酒、ミードって甘くてまろやかな味わいだけど、アルコール度数はけっこう高いみたいだからねぇ。
まぁ、それはいいとして、この世界の酒と言えど、素人が造るよりは専門家が造った酒の方が美味いってのは当然の話か。
いろいろと話を聞いてみると、ドワーフほどではないにしろハイエルフたちも割と酒は好きな方で、森に住んでいたころも酒だけはわざわざ街で調達していたらしい。
この島にくるに当たって、酒も相当仕入れて持ってきたらしいけど、何百年も島に住んでいるわけだから、当然それが残っているわけもなく……。
要は酒に飢えているわけだ。
絶世の美青年と言っても過言ではないお三方が、俺を縋るような目で見つめている。
女性だったら目をハートにして喜ぶ場面なんだろうけど、俺にされてもねぇ。
心の中で「誰得だよ」と思いながら、料理用にと買っておいた赤ワインと白ワインを出してやった。
途端に「おお~」とキラキラした目で喜ぶお三方。
対価だとなんだかわからない魔物の皮を渡されそうになったけど、押し留めて「これから頼むことになる解体をがんばってください」と言った。
めちゃくちゃ喜んでくれているところあれだけど、それ、料理用のだからどっちもめっちゃ安~いワインなんだよね……。
この島の魔物の皮だからそれなりに価値がありそうだし、それをこの安いワインの対価にもらうなんてことしたら、こっちが罪悪感にかられるわ。
お三方はなんだか感動した顔で俺を見てるけども。
いや、だから、それ日本円にするとウン百円の安~いワインだから、そんな感動しないでほしいんだって。
「ゴホン。それじゃあ、ほどほどにしてくださいよ」
「ああ、ありがとうな!」
「ありがとう!」
「恩に着る!」
俺からワインを受け取ったお三方はホクホク顔で去っていった。
それを疲れた顔で見送った俺はというと……。
「さてと、俺も寝るか~」
フェルの腹を枕に横になる俺だった。
眠りに落ちる直前に「美味いーーーっ」という泣き声交じりの叫びが聞こえた気がしたけど、多分気のせいだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、早朝から元気いっぱいのフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイから起こされて、早々に朝飯を強請られた。
みんな『飯を食ったらすぐに緑竜狩りだ!』と朝からヤル気満々だ。
だからってこんなに朝早くから起きなくてもいいのにね。
欠伸をしつつ朝飯の準備に取り掛かる。
みんなが『早く早く』とせっつくので、まずはアイテムボックスにある作り置きを確認。
幸いなことに、ダンジョン牛とダンジョン豚の合いびき肉で作ったそぼろが残っていた。
豆板醤でピリ辛味に仕上げたそぼろだ。
作り方は超簡単。
鍋に油をひいてみじん切りにしたニンニクを香りが立つまで炒めて、ダンジョン牛とダンジョン豚の合いびき肉を入れて炒めて肉に火が通ってきたら、醤油、酒、砂糖、豆板醤を入れて汁気がなくなるまで炒めたら出来上がり。
そぼろは簡単だからと、ちょっと時間の空いた時に作って、作り置きとして常備するようにしておいたけど正解だったな。
このピリ辛のそぼろを使って、朝飯はピリ辛そぼろ丼にしよう。
これまたアイテムボックスに保存しておいた土鍋の炊き立てご飯を器によそってピリ辛そぼろを敷き詰めたら温泉タマゴをのっけてゴマをパラリ。
そぼろならば朝でもそうクドくはないかと、俺も同じメニューでいただくことに。
ちなみにだけど、俺が自分の分を用意している間に、フェルたちは2回ほどおかわりをしており、今日も問題なく絶好調の様子。
ということで俺もパクリ。
温玉を潰してピリ辛のそぼろに絡ませるとまろやかな味になって非常に美味しい。
これならば朝飯でもイケるなぁなどと思いながらピリ辛そぼろ丼を味わっていると、ハイエルフのみなさんが次々と起き出してきた。
「おはようございます」
挨拶をすると、まだ眠そうな顔で「おはよう」と返してくるみなさん。
昨日の酒の影響かなと思ったけど、奥様方も眠そうにしているから、ハイエルフのみなさんは朝が苦手なのかもしれないな。
しかし、ガツガツとそぼろ丼を食すうちの食いしん坊カルテットと、俺の手元にあるそぼろ丼を目にすると……。
パチリと目が開いて、6人が6人ともそぼろ丼を凝視している。
それこそ穴が開きそうなほどに熱心に。
…………めっちゃ食い難いんですけど。
しょうがないからハイエルフのみなさんにも同じものを出してやったら、みなさんめっちゃ嬉しそうな顔してる。
みなさん「悪いなぁ」って言ってるけど、今にも涎垂らしそうな顔して見られたらこっちがいたたまれないっつうの。
めっちゃ美味そうにモリモリ食ってるから悪い気はしないけどさ。
ってか、食うの早いな。
俺が一口二口食っている間にどんどん減っていくそぼろ丼。
『おい、おかわりだ』
『主殿、儂も頼むぞい』
『俺も!』
『スイもおかわり~』
食いしん坊カルテットから声が掛かりおかわりをよそっていると……。
空になった丼ぶりを手に期待を込めてこちらを見ているハイエルフたちと目が合った。
あ~、はいはい。
アナタたちもおかわりね。
空になった丼ぶりを受け取っておかわりをよそって渡してやると、嬉しそうにまたそぼろ丼をパクつくハイエルフのみなさん。
エルフに負けず劣らずハイエルフも食いしん坊ってことなのかな。
まぁ、ここのみなさんは今までの食生活の反動もあるのかもしれないけどね。
そんなこんなで朝飯を食い終わると、フェルたちがギラついた目に。
『よし、行くぞ!』
フェルなんて今にも走り出しそうになっている。
「ちょっと待ってよ。少しは食休みを」
『そんなものはいらん』
そう言ったフェルにいつものようにポイッと背中に乗せられた。
『それでは緑竜狩りに行くとするかのう』
『よっしゃ! 俺が仕留めてやるぜ!』
『スイがビュッてやって倒すもんねー!』
「いや、だからなっ、少し休んでからっ」
俺の抵抗空しく、ハイエルフの村から飛び出すフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイ。
フェルに乗せられた俺も当然それと一緒というわけで。
「朝のコーヒーくらいゆっくり飲ませてくれよぉぉぉーっ」
俺の叫びも空しく、どんどんとハイエルフの村から離れていく。
そして、「いってらっしゃ~い」と後ろからハイエルフのみなさんたちの見送りの言葉が響いてくるのだった。




