第五百八十六話 ハイエルフの村
『なぜハイエルフの村になど行かなければならんのだ』
『やっぱり彼奴、面倒な輩じゃったのう。主殿も断ればよかったんじゃ』
『なんだよ~、緑竜を狩りに行くんじゃなかったのか?』
『ドラゴンさん狩りに行かないのー?』
ハイエルフのヨルゲンさんの後に続きながら、みんなが俺に念話で文句やらを言ってくる。
特にフェルとゴン爺なんて俺を責めるように見てくるしで、さすがに俺も念話で反論。
『今更そんなこと言うなっての! から揚げに夢中で、俺たちの話を聞いてなかったお前たちも悪いんだからな!』
俺たちの話なんてそっちのけで、から揚げをバクバク食っていたクセにさ。
『それよりもだっ、ゴン爺、ここが島ってなんだよ、島って?!』
遠いところってしか聞いてなかったんだけど!
『だから遠いと言ったじゃろう、主殿』
『いや、それは聞いたけど、島なんて聞いてないよっ』
『もういいではないか。来てしまったのだから』
フェルがそうとりなすが、お前、実はワクワクしているだけだろう。
海に隔てられた島なんて、きっとフェルも初めてだろうし。
『それよりもこれからどうするかだろう』
悔しいけど、フェルの意見ももっともだ。
ハイエルフの村に行ってどうなるんだろ……。
『やはり、主殿が断りを入れてくれればよかったんじゃがのう』
ぐぬぬ。
こんな島に連れてきておいてゴン爺め。
『そんなこと言ったって断りを入れるより前に「先に言っておくが、逃げようとしても無駄だぞ。我らはこの島のことを熟知している。どこにいようとすぐに分かるからな」なんて言われたんだぞ。そんなこと言われたらどうしようもないじゃないか』
『むぅ。そんなことを言っておったのか。確かにそれは面倒だな』
『うむ。彼奴らが追いかけてくるとなると鬱陶しいことこの上ないわい』
フェルもゴン爺も顔を顰めている。
ここで逃げてもっていうか、ヨルゲンさんの村に行くのを断ったとしても、ここにいる限りずっと後を付け回されるって事だもんな。
『なにせハイエルフだからなぁ』
『ハイエルフじゃからのう』
フェルとゴン爺曰く『普通の人間ならいざ知らず、ハイエルフとなると厄介なのだ』とのこと。
そもそもの話、ハイエルフは魔力も高い上に、長く生きている分魔法にも長けている。
それに、魔法の他にヨルゲンさんのように弓の扱いに長けた者や、剣やら槍の扱いに長けた者も多く、相手にすると非常に厄介になるのだそうだ。
考えてみればそうだよな。
ハイエルフって寿命がえらく長いらしいし。
それだけ寿命が長いってことは、それだけでアドバンテージが高いってことだもんな。
魔法はもちろん、弓だって剣だって槍だって学ぶ時間が人の何倍もあるんだから。
って、あれ?
ということは、ハイエルフ並みに寿命が延びたらしい俺もそうなれる可能性があるってことか?
剣や槍は俺も使うことがあるとはいえ、自分にそのセンスがあるとはこれっぽっちも思えないしなぁ。
的にドンピシャで当てるっていう繊細な技術が必要そうな弓ならなおさらだし。
そうなると、頼みの綱はやっぱり魔法かな。
今だって曲がりなりにも火魔法と土魔法は使えるわけだし。
時間はたっぷりあるわけだし、この火魔法と土魔法に磨きをかけていって……。
キリリとした面構えの名の知れた魔法使いになった将来の俺(予想)がポワンと頭の中に浮かぶ。
「フッフッフッフッフ」
『何を一人で笑っている。気持ち悪いぞ』
『主殿……』
『おい~』
『あるじー……』
胡乱な目で見てくるフェルたちを誤魔化すように、ニヤケ顔を正してゴホンと咳払いする。
『な、なんでもないから』
『まぁ、お主のことは置いておいてだ。ハイエルフが敵対したとて、我とゴン爺が本気になれば、ハイエルフごときに後れを取ることは万に一つもないが……』
『そうじゃのう。だが、ハイエルフを滅することなど主殿の本望ではあるまい?』
『は? 滅する?!』
なんでそういう話になるのさ!
『ハイエルフ一人ならいざ知らず、数人で徒党を組めば我らとて手加減は難しい』
『うむ。そうなると生かしておくということは約束できんということじゃわい』
『ヒェッ……。や、止めて。敵対なんてする必要ないからっ。話をすれば分かってくれるよ。ってか、面倒だけど、ヨルゲンさんの村に付いて行けばいいだけなんだしっ』
そんな物騒な話ヤメテ。
そもそも相手を滅するとか、そこまでの話じゃないし。
『まぁ、面倒な話ではあるが、それが一番じゃろうのう』
『そうそう。ゴン爺の言うとおり!』
なんだか話が物騒になってきて冷や汗をかいていたら、ヨルゲンさんが止まった。
「着いたぞ」
そう言ったヨルゲンさんの前には草木や蔦で覆われた藪のような場所。
一瞬「え?」と思うが、ヨルゲンさんが手をかざすと、草木や蔦がシュルシュルと自らの意志で動くかのように入口を作っていった。
それを見て、ドラちゃんとスイが『すごい!』とはしゃいでいる。
ハハ……。
ここではしゃげるドラちゃんとスイって大物だよ。
そして、ヨルゲンさんが先に入っていって「我が村へようこそ」と俺たち一行を招き入れたのだった。
俺たち一行が村へと入ると、何事かと人が集まってきた。
とは言っても、顔を見せたのは五人。
ハイエルフなだけあって、みなさん美男美女だ。
男性二人に女性が三人。
見かけない俺たちに刺々しい視線を浴びせてくる。
うう、美男美女に睨まれるとそれだけでなんか身が竦むね。
「ヨルゲン、なぜ人間を連れて来たの?」
厳しい顔で問いかけるハイエルフの女性。
「そ、それはな……」
蛇に睨まれた蛙のようにタジタジになっているヨルゲンさん。
おろ?
ハイエルフの女性って強い?
『ハイエルフたちよ、そう怒るでない。お主たちなら、儂やこのフェンリルが本気を出せばどうなるか分かるじゃろうが。その儂たちがこうして大人しく付いてきているんじゃ』
『うむ。こうして大人しく付いてきているのだから、お主たちを害するはずがないのは分かるだろう』
見かねたのかゴン爺とフェルが声に出してそう言った。
なんか珍しくフォローを入れてるね。
「しかし、人間は……」
『此奴は大丈夫だ。我とこの爺は、此奴の従魔だ』
『うむ』
フェルとゴン爺の言葉に唖然とするハイエルフたち。
「俺も最初は嘘だと思ったんだがな、どうやら本当らしいのだ」
そう言って、ヨルゲンさんが俺たちと出会った時のことを仲間たちに説明している。
「それでな、フェンリルとドラゴンの言葉が本当なのか「俺にも飯を食わせてみろ」って食わせてもらったんだ。そうしたらな……」
から揚げを思い出したのかうっとりした顔つきになったヨルゲンさん。
「この世のものとは思えぬほどに美味かったのだ! それをアデラにも味わって欲しくてな……。それで村に連れて来たのだが、ダメだったか?」
そう言ってハイエルフの女性、アデラさんをチラチラと窺い見るヨルゲンさん。
「あなた……」
しょうがないわねって感じで厳しかった顔を崩すアデラさん。
「ヨルゲンのところは、いつになっても夫婦仲がいいなぁ」
「あら、私たちのところだって結婚して400年経つけど夫婦仲はいいじゃない」
「まぁな」
「私たちのところだって負けてないわよ。この間ももう一人くらい子どもが欲しいわねなんて話していたくらいだし。ねぇ、アナタ」
「ああ」
………………俺は何を見せられているんだ。
ここにいるのは三組のハイエルフの夫婦だってことは分かったよ。
「ムコーダよ」
いきなりヨルゲンさんに名前を呼ばれてビクッとする俺。
「あの“からあげ”というものを作ってはもらえないだろうか? どうしても妻に食べさせたいのだ」
「おいおい、アデラだけはズルいだろう。俺たちにもだ」
ハイエルフの男性が突っ込みを入れると「分かってるよ!」と言い返すヨルゲンさん。
「肉はもちろん俺たちが用意する。それに、“からあげ”を作ってもらう対価には魔物の素材も渡す。この島の魔物の素材はなかなかに良いものだぞ」
「えっと、それくらいでいいのなら」
もっと無茶なお願いされると思ってたけど、から揚げを作るくらいなら全然かまわない。
ましてや肉も用意してくれて、対価に素材もくれるっていうんだし。
「よし、みんな! 用意するのはコカトリスだ。ムコーダ、少しだけ待っていてくれ」
ヨルゲンさんがそう言うと、俺たちを残して全員出て行ってしまった。
そして、ポツンと残された俺たち一行。
「今日の夕飯もから揚げだな……」
『から揚げは美味いから問題ない』
『うむ。だが、揚げ物ならば、とんかつも一緒に作ってくれると嬉しいのう』
『お、それいいなゴン爺。から揚げととんかつなんて最高じゃん!』
『からあげー、とんかつー、どっちもスイ大好き~!』
「なら、とんかつの準備でもして待っているか」
そう言ってゴン爺からのリクエストのとんかつの準備に入る俺だった。




