第五百八十五話 島っ?!
「おい人間。どうやってここに来た?」
そう言って矢をつがえたまま俺を睨むハイエルフ。
「どうやってって……」
困惑しながらゴン爺を見る。
「そのドラゴンに乗ってやって来たのか」
「まぁ」
俺から目を逸らさないハイエルフ。
しかし、その目は厳しい物で友好的とは言い難い。
俺はビクビクしながら、フェルたちに念話を飛ばした。
『な、なぁ、ものすごい敵視されてるんだけど、どうしたらいいんだ?』
『そんなんぶっ飛ばしゃあいいだろ。俺がやるか?』
『ちょっ、ドラちゃんダメだからね!』
会話ができる相手なのに、いきなりぶっ飛ばすとかないでしょ!
ってか、ドラちゃんってそういうイケイケなとこあるよね。
『じゃあスイがやるー?』
『スイちゃんもダメだから!』
あ~、癒しのスイちゃんが周りに毒されてきてる~。
よし、ここは会話だ。
言葉が通じるんだから、話し合いでなんとか友好的にっ。
「ゴホン。あ、あのっ、私はムコーダという者でして、カレーリナの街から「黙れ」」
…………話の途中で遮られたよ。
ちょっと~、話くらい聞いて~。
「フェンリルと高位のドラゴン。ドラゴンの子もいるな。人間ごときが従えられるわけがない。どうせ卑怯な手をつかっているのだろう」
そう言って一層厳しい目つきで俺を睨むハイエルフ。
『ハァ? 俺、子どもじゃねーし!』
『??? スイもいるよ~』
ドラちゃんにスイちゃん、ちょっと黙ってようね。
スイを撫で繰りつつ俺を睨むハイエルフに頭を抱えたくなってくる。
卑怯な手って、違うから。
完全なあなたの勘違いですからねっ。
「卑怯な手なんて使ってませんよ。ここにいるみんなとは従魔契約を結んでいます」
「嘘をつくな! フェンリルやドラゴンが人間風情の従魔になどなるものか!」
「嘘なんてついてませんって!」
「フン、まぁいい。とにかくフェンリルやドラゴンを解放し、さっさとここから出て行け。さもなければ……」
そう言ってハイエルフが矢じりを俺に向けてロックオン。
「この距離ならば万に一つも外すことはないぞ」
そう言って俺を脅すハイエルフ。
脅すだけならいいけど(いや、よくはないけども)、弦をギリギリと引っ張り今にも矢を放ってきそうなのがめっちゃ怖いわ。
『お、おいっ、フェル、ゴン爺、何とか言ってくれよ!』
『安心しろ。結界は張ってあるから、あの矢がお主に届くことはない』
『うむ。放っておいても問題ないじゃろう』
頼みの綱のフェルとゴン爺だが、なんともパッとしない返事だ。
『結界のおかげで矢で射抜かれることがないのは分かったけど、問題ないってことはないでしょ! 完全にあの人ってかハイエルフは勘違いしてるじゃんか! お前らから説明してくれよ!』
ハイエルフを刺激しないように念話でそう言うと、フェルとゴン爺が黙ったまま目配せするように互いを見合う。
『いやなぁ……』
『のう……』
『『彼奴、なんだか面倒な輩の匂いがしてな(してのう)』』
なにそれ?
野生の勘か?!
『だからって黙っていないでよ!』
『いやな、変にかかわるとそれこそ面倒だし、もうそろそろ彼奴を振り切って進もうと思っていたのだ』
『うむ、うむ。面倒なのとはかかわらないことが一番じゃしのう』
『いやいやいや。振り切ることはできるだろうけどさ、その後のことはどうするの? 今は彼一人だけど、きっとハイエルフって他にもいるよね? 振り切って逃げたりなんかすれば、悪いことをしている証拠だと思われて追われるんじゃないの?』
フェルとゴン爺がいるから、このハイエルフを振り切ることは可能だろうけどさ。
心配なのはその後だよ。
『まぁ、そうなるだろうな。だが、問題ない』
『うむ。そうなればその追手も振り切ればいいだけじゃ』
フェルとゴン爺はそう簡単に言うけどさ……。
『追手がいて、狩りを楽しめるの?』
『むぅ……』
『そう言われるとのう……』
『だろ。だから説明して納得してもらうのが一番なんだって』
俺がそう言って、フェルもゴン爺も『しょうがない』とボヤキながらようやく口を開いた。
『おい、そこのハイエルフよ。此奴は卑怯な手など使っていない』
『うむ。儂らはちゃんと主殿と従魔契約を結んでいるぞい』
フェルとゴン爺がそう言うと、ハイエルフは「なっ?!」と言って固まった。
『おい、これでいいだろう。よし、行くぞ』
『うむ。あのハイエルフが静かなうちに行った方がいいのう』
フェルとゴン爺の言うとおりだな。
みんなでコソコソと去ろうとすると……。
「ちょっと待ったーっ!」
復活したハイエルフが俺たち一行を呼び止めた。
「な、なんです?」
フェルに乗ろうとしていた俺は恐る恐るハイエルフに顔を向けた。
「フェンリルとドラゴンという強者が人間風情と従魔契約だと?! 何故だっ!!」
「何故と言われても……」
フェルとゴン爺はそこは説明するつもりがないようで、そっぽを向いている。
ここで俺が「飯のために」って言って信じてくれるかな?
「やはり卑怯な手を使っているのだな!」
「ですからっ」
このハイエルフはなにがなんでも俺を悪者にしたいのか?!
『だから言っておるだろう。此奴は卑怯な手など使っていないと。だいたいな、たとえ卑怯な手を使ったとしても、我らほどの者を従えられると思うのか?』
『そうじゃ。こう言ってはなんだが、主殿は弱いぞ。卑怯な手を使ったとて、儂らをどうこうする余地もないわい。儂らは自らの意志で主殿と従魔契約を結んでいるんじゃ』
ちょっと!
本当のことではあるけど、フェルもゴン爺も言い方があるだろがぁ。
「なら、何故にっ?!」
そこに戻っちゃうんだよねぇ。
もう仕方がないので俺が言うことにした。
「飯のためですよ」
「…………飯、だと?」
ハイエルフが「何言ってるんだコイツは」っていうような顔をしている。
そんな顔をしても美男子は美男子のままなんだなぁなんて思いながら、フェルやゴン爺、ついでにドラちゃんとスイが俺と従魔契約を結ぶことになった経緯を話して聞かせたのだった。
「……というわけです。だから、俺は卑怯な手なんて一切使ってないんですよ」
「信じられん。たかが飯のために……」
「そんなこと言われても」
これが事実なんだからしょうがないじゃないか。
「ならば俺にもお前の飯を食わせてみろ。フェンリルやドラゴンが魅了されるほどの飯なのか、俺の舌で判断してやる」
『おい、何を偉そうに言っている』
『そうじゃ。なぜお主に主殿の飯を食わせてやらねばならんのじゃ』
『おいおい。コイツただで美味い飯にありつこうとしてやがるぜ』
『あるじー、やっぱりスイがビュッビュッてするー?』
スイちゃん、ダメだからっ。
スイちゃんがビュッビュッてしたら死んじゃうからーっ。
スイを止めつつ、みんなを宥める。
「いいよいいよ、俺の飯を食ってもらおう。それで納得してくれるんならその方が早いよ。みんなもそろそろ腹減ってきたころだろ?」
『まぁ、確かにな』
『うむ。腹は空いてきたのう』
『だな』
『スイもお腹減ったー』
「じゃあ決まりだ。えーと、あなたは」
「ヨルゲンだ」
「ヨルゲンさんは、肉、大丈夫ですか?」
「肉は好物だが?」
まぁ、そうだよね。
この世界のエルフは何でも食うし。
ハイエルフだからってベジタリアンってわけじゃないよな。
「ハハ、じゃあ問題ないですね」
『おい。それで何を作るつもりなのだ?』
「フフッ。みんなも大好きなアレだよ」
みんなが大好きでしょっちゅう作ってくれって言われるからさ、最近は肉を漬け込んであとは揚げるだけにしてあるのをアイテムボックスにストックしてあるんだよね~。
用意しておいて良かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジュワァァァッときつね色に揚がっていく肉を凝視するフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの食いしん坊カルテット。
これだといつもの光景なのだが、今日はそれにプラスしてハイエルフのヨルゲンさんもいる。
というか……。
「ヨルゲンさん、涎が垂れてますよ」
そう言うと慌てて服の袖で涎を拭き取るヨルゲンさん。
そして……。
「な、何を言うか。涎など垂らしてない!」
はいはい、そうですか~。
『おい、まだか?』
「はいはい、もうちょっとだよ。二度揚げしてカリッと仕上げるから」
用意してあったのは、醤油ベースの味付けのから揚げだけだけど、量は準備してあったから十分でしょう。
そうこうしているうちに、二度揚げしてカリッと揚がった大量のから揚げが完成。
それぞれの皿に盛って……。
「はい、コカトリスのから揚げだよ」
待ってましたとばかりにバクバクと頬張る食いしん坊カルテット。
「ヨルゲンさんもどうぞ」
「あ、ああ」
ヨルゲンさんがゴクリと喉を鳴らした後、フォークで刺したから揚げにかぶりついた。
そして、から揚げを咀嚼して飲み込む。
「……美味い! なんだこれは?! こんな美味い物、初めて食ったぞ!!!」
「ハハッ、それは良かったです」
余程気に入ったのか、バクバクとから揚げを食っていくヨルゲンさん。
『分かっただろう。此奴の飯は美味いのだ』
『主殿に付いていけば、いつでもこの美味い飯にありつけるじゃろう。だから儂らは従魔契約を結んだのじゃ』
『そういうことだな。おかげで美味い飯食い放題だしよ』
『あるじのご飯はおいしいもんね~』
ドラちゃんとスイの言葉はヨルゲンさんには聞こえてないからね。
というか、ドラちゃんや、食い放題ではないから。
そこ間違えないでよ。
『おい、おかわりだ』
『儂もお願いするわい』
『俺も!』
『スイもー!』
「ハイハイ、おかわりね。あっとヨルゲンさんはどうします?」
「ああ。俺もおかわりを頼む」
から揚げのおかわりを出してやっていると……。
「この人間に付いていけばいつでもこの美味い飯にありつける、か」
ヨルゲンさんの口からボソリとつぶやかれた言葉。
無駄に美男子な顔の目がキランと光っていたような……。
いやいやいや、付いてきたって美味い飯にありつけるわけじゃないですからね。
ってか、聞かなかったことにします。
「よし、お主ら一行を村に招待する」
「え?」
「これを食い終わったら、村に招待するから付いてきてくれ」
「いや、あの」
「先に言っておくが、逃げようとしても無駄だぞ。我らはこの島のことを熟知している。どこにいようとすぐに分かるからな」
ちょっ、フェル、ゴン爺、どうすんだよ?!
おいーっ、から揚げに夢中で聞いてないじゃんっ。
ってかさ、ヨルゲンさんさっき島って言ったよね?
島ってどういうこと?!
ゴン爺は俺たちをどこに連れてきたんだよぉぉぉっ!




