第五百八十一話 行かないよ!
ギリギリになって申し訳ありません(汗)
『狩りに行くぞ』
朝飯を食い終わり、食後のコーヒーを飲みつつゆっくりしている時にいきなりフェルがそう言い出した。
「は? 行かないよ。王都から帰ってきたばっかりじゃないか」
『それは終わったことだろう』
「終わったことだろうって、王都から戻ってきたばっかりで疲れているんだし、しばらくは家でゆっくりするの」
『しばらくって、どれくらいだ?』
「うーん、ブルーノさんの工事が始まったら、そっちで忙しくなりそうだから、工事が始まるまでの2、3週間?」
『その間はすなわち暇ということだろう』
「暇じゃない。ゆっくり過ごすって言ってるだろ」
暇とかじゃなく、何もしないでゆっくり過ごして王都での疲れをとるの!
それじゃなくても王都ではいろいろと大変だったんだから。
俺の疲労もMAXよ。
『ゆっくり過ごすって何をするつもりだ?』
「そりゃこうしてコーヒーを飲みながらボーッとしたり、昼寝をしたり、いろいろだよ」
フェルにそう言うと、俺たちの話を聞いていたゴン爺がこちらを見た。
『それは、結局は何もすることがないということじゃろう?』
「うっ……。ま、まぁ、そうかもしれないけど…………」
俺がそう言うと、今度はそれを聞いたドラちゃんが眉間に皺寄せて顔を顰めている。
『さすがに2、3週間もそれに付き合うのはイヤだぜ。そんなだったらフェルの言うとおり狩りに行く方が絶対楽しい』
ドラちゃんのその言葉にスイも同調して『スイも狩りに行きたいな~』などと言っている。
ぐぬっ……。
なんで狩りへ行く方向へ進んでいくんだ。
お前らは疲れるということを知らないのか?
どんだけアグレッシブなんだよ。
みんなの後押しに、フェルはフフンとドヤ顔をかましているのがムカつくぞ。
そして……。
『この間、ゴン爺が話していた緑竜が気になっていてな。どうせ狩りに行くのなら、美味い肉が良いだろう。どうだ?』
などと言って話を進めていく。
おいおい、狩りに行くとは決まってないからな。
『それはいいのう。美味い肉で祝杯といこうではないか』
『賛成! 美味い肉はいくらあってもいいもんな。それがダントツに美味いドラゴンの肉なら大歓迎だぜ!』
『ドラゴンのお肉食べた~い!』
くぅ~、やっぱそうなるのかよ!
ゴン爺がいらない情報出すからだよー、も~。
しかし、俺は絶対に嫌だぞ!
「だ~か~ら~、狩りには行かないってば!」
そう宣言するも、フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイは緑竜を狩りに行く話で盛り上がっている。
この~、行かないって言ってるのに~。
四面楚歌の状況にやきもきする俺。
くそ~、絶対に行かないからな!
やっと王都から帰ってきたってのに、間髪入れずにドラゴン狩りに行くだなんて願い下げだよ。
ここは絶対に阻止せねば!
ええと、ええと、何か違うことを提案して意識をそっちに……。
盛り上がるフェルたちを横目に考える。
……そうだ!
アレだアレ!
王都で狩ってきたアレ!
ドラゴンタートル!
あれはギルドマスターがこっちで買い取りしてくれるって言ってたんだ。
ギルドマスターが忙しそうだったから、もうちょっと後にと思っていたけど、この際背に腹は代えられん。
ドラゴンタートルの肉は、みんなも楽しみにしていたし、これで何とか気を逸らしてドラゴン狩りのことは有耶無耶に。
よし、この作戦で行くぞ!
「はいはい、みんなこっち見て。肉ならさ、わざわざ狩りに行かなくてもあるだろ~。王都で狩ったのがさ」
『む、ドラゴンタートルか』
『あれじゃな』
「そうそう。あれはまだ解体もしてないんだぞ。みんな楽しみにしてたじゃん」
『そういやそうだった』
『亀のお肉美味しいって、フェルおじちゃんとゴン爺ちゃん言ってたー』
「ドラゴンタートルを解体してもらえば肉だって問題ないだろ。あんなに巨体なんだから大量の肉が手に入るぞ」
だからドラゴンなんざ狩る必要ないんだよ。
『確かにドラゴンタートルの肉も久しぶりに味わいたいな』
『うむ。ドラゴンほどではないがあれの肉も美味いからのう』
『俺も食ったことないから食いたいな』
『スイもカメさん食べたいなぁ~』
よしよし、みんなの意識がドラゴンタートルにきてるぞ。
「だろう。だからさ、今日は、ドラゴンタートルの解体を冒険者ギルドに頼みに行こうよ」
『むぅ、そういう話ならばしょうがないか』
『だのう。こちらも食いたいし』
『だな。今日はそうしようぜ』
『カメさんのお肉~』
よっしゃー!
ドラゴン狩り阻止成功!
あ~、ホッとした。
とは言え、まだまだ油断は禁物だ。
とにかく冒険者ギルドに行かねば。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに到着して、受付で買い取りの話をしたら即倉庫に向かうように指示された。
受付の職員も慣れたもんだよ。
倉庫で待っていると、疲れた顔のギルドマスターが現れた。
「ったく、少しは休ませろっての」
倉庫にやって来て早々、そうボヤくギルドマスター。
「俺ももう少し後に来たかったんですがね……」
「で、何の用だ?」
「何の用だ? じゃなくてですね、王都で狩ったドラゴンタートルをここで買い取りしてくれるって言ってたじゃないですか」
「あ~、そうだったな~」
そう言うギルドマスターの顔が曇る。
「なにかマズいことでも?」
「いやな、お前の目的は解体だろ?」
「はい。肉が欲しいので」
「だから今は無理なんだよ」
「は?」
「お前も知ってるだろうが。ヨハンは今は王都に……」
「あっ」
そうだった。
リヴァイアサンの解体にヨハンのおっさんも呼ばれて王都にいた。
「で、あいつな…………」
ギルドマスターの話では、ヨハンのおっさんの妹夫婦が王都に住んでいるらしく、久々に家族水入らずで過ごすってことで休暇願が出されたそうだ。
本音は「せっかくの久々の王都だ。はっちゃけてやるぜ!」ってことらしいけど。
「集められた奴らも、解体の仕事は大分前に終わってるから、その後十分に楽しんで、アイツもようやく帰路についたころじゃねぇか?」
うちみたいに王都からカレーリナまで一日で帰ってくるなんてことは無理だから、当然ここに戻って来るまでに日数もそれなりにかかるわけで……。
「そういうことだから、今すぐってのは無理だな」
「そこをなんとか!」
祈るように俺がそう言うと、ギルドマスターが不思議そうな顔をする。
「おいおい、何でそんなに必死なんだ? 食う肉がないのか? いや、そんなことはねぇよな。リヴァイアサンがあるんだからよ」
「いや、実はですね……」
かくかくしかじかと、ギルドマスターにドラゴン狩りのことを小声で話していく。
「ハァ~、ドラゴンの肉が少なくなってきたから、また狩りに行くとはねぇ。お前らじゃなかったら正気を疑う話だぜ」
ですよね~、ハハ。
「緑竜ねぇ。本でしか見たことねぇよ」
「ゴン爺が居場所を知ってるらしいです」
フェルもゴン爺も長生きしているからいろんなこと知ってるんだよね~。
それがありがたいこともあるけれど、こういう、特に凶暴な魔物がどこどこに生息してるとかいうのはまったくいらない情報なんだけどな。
「だが、ドラゴンを狩ってきたって、ここじゃあどうしようもないぜ?」
そうなんだよ。
そこんとこフェルたちは分かってないんだよなぁ。
狩ってくれば美味い肉が食えると思っているんだから。
野生だった頃の名残なのか、解体ってものがどうもすっぽ抜けてるところがあるんだよね。
しかもだ、ドラゴンの解体と言ったら、あの人が出てくる。
「王都から帰ってきたばっかりで、また王都に行くとか嫌です。しかも、あの人の相手をまたするなんて……」
ゴン爺もドラちゃんも分かっているのかな?
また追われるというかストーカーされることになるんだぞ。
「だよなぁ」
ギルドマスターから憐れむような目を向けられる。
「だから、なんとしてもドラゴンタートルを!」
「そう言われてもなぁ。甲羅が粉々になったってヤツはなんとかなるかもしれんが……」
「そ、それでいいです! 他のはヨハンさんが帰ってからでも! とにかく預かるだけでも!」
「お、おぅ」
押し切った。
とにかく時間を稼げればなんでもいいんだい。
というわけで、冒険者ギルドにドラゴンタートルを押し付けて帰路についた。
すぐに肉が手に入らないことに、フェルたちはブツブツ文句を言っていたけど、リヴァイアサンの肉を食ってまぁ落ち着けやってことで何とか宥めすかした。
これでドラゴン狩りも有耶無耶になってくれるといいんだけどなぁ……。