第五百八十話 押しの強い小さいおばちゃん
昼飯を終えた俺たちは、ある所に向かっていた。
フェルたちも暇だと俺に付いてきている。
まぁ、ゴン爺は今朝のことがあったので、ご機嫌伺いを兼ねて一緒に来ている感はあるが。
ジトーッ。
フェルとドラちゃんがゴン爺を呆れたような目で見ている。
そして、伏し目がちにしながらいたたまれない様子のゴン爺。
『いい加減そういう目で見るのは止めてもらえんかのう……』
そうボソリとつぶやいたゴン爺。
『いい加減も何も、お主のあの姿には失望したぞ』
『俺も~』
『クッ』
そう言われても仕方がないと思っているのか、ゴン爺も言葉に詰まっている。
『我と対等にやり合ったお主を少しは認めていたのだがなぁ。それが、たかが酒であの姿。情けないとは思わぬのか?』
『本当だぜ。だらしなく腹丸出しで熟睡してるんだもんなぁ。ドラゴン種最強が聞いて呆れるぜ』
『ぐぬぬ』
手ひどい言われようだが、本当のことだからゴン爺も反論出来ない。
もうそろそろ助け船を出すとするか。
まったく、フェルもドラちゃんもここぞとばかりに咎めるんだから。
「まぁまぁ。フェルもドラちゃんもそんなに責めてやるなよ。家でのことなんだから。ゴン爺もこれからは飲み過ぎには注意するだろ。な?」
『も、もちろんじゃ!』
俺の言葉に勢いよく返事をするゴン爺。
ま、こうして助け船は出したけど、無防備に腹丸出しでイビキかいて寝ていたゴン爺のあの姿を見たら、フェルとドラちゃんがいろいろと言いたくなる気持ちになるっていうのも分からないではないけどさ。
あんまり油断してると、ヤマタノオロチじゃないけど、酒に酔わされて討伐されちゃうかもしれないぞ。
『あのねー、ゴン爺ちゃんお腹出して『グゴォ~』ってイビキかいて寝てたの! 面白かった~』
ゴン爺の背中に乗っていたスイが、ポンポンと飛び跳ねながら楽しそうにそう言う。
当然、スイの言葉に一切の悪気はない。
ないんだけども……。
せっかく収まったのに蒸し返しちゃダメでしょうよ。
ほら、ゴン爺が項垂れちゃったじゃないか~。
それ見てフェルとドラちゃんは笑っているし。
そんなやり取りをしているうちに目的の場所へと到着。
やって来たのは、以前に風呂の拡張工事をお願いした工事業者のブルーノさんの事務所だ。
「んじゃ、フェルたちは外で待っててな」
『うむ』
事務所の中へは体の大きなフェルたちは入れないから外で待機だ。
「こんにちは~」
声を掛けながら事務所の中へと入る俺。
風呂の拡張工事をお願いした時に、ついでに新しい奴隷用の家の建築をお願いしたんだけど、請け負っている仕事の都合で2か月後くらいになるって言われてたんだよね。
それで、お願いしてから2か月ちょいは経ったからどうかと思って来てみたわけだ。
「あ、ムコーダさんじゃないかい。久しぶりだね~」
にこやかに迎えてくれたのはブルーノさんの奥さんのアニカさんだ。
「聞いたけど、王都に行ってたんだって?」
「ハイ」
いろいろと大変でしたよ……。
「Sランク冒険者ともなれば王都からもお声が掛かるんだろうね~」
お声が掛かったというよりも、こっちから押し掛けたってのが正解なんだけどね。
そんな内々のことは知らないだろうアニカさんに苦笑しつつ、こちらに伺った理由を伝える。
「お久しぶりです。あのお願いしていた家の建築、もうそろそろかなと思って来てみたんですが……」
「あ~、それなんだけどねぇ……」
アニカさんが困った顔をする。
なんでも、今請負中の工事がまだ終わりそうにないんだそうだ。
とある商人さんの息子さん夫婦の新居なんだそうだけど、どうも嫁さんのこだわりが強いらしく、いろいろと注文が多いらしいのだ。
建築の途中に、こうしてほしいああしてほしいという注文は割とよくある話で、手先の器用なドワーフ連中なら臨機応変にその場その場で対応するのだが、今回はその件の嫁さんの注文が次々と入ってきてなかなか工事が進まないようだ。
ブルーノさんもほとほと困っているようで「いい加減にしろ!」と怒鳴ったほどだとか。
でも、向こうも負けていないようで「追加料金はちゃんと払う! だからきちんと仕事しろ!」と言い返してきたようで……。
「元々の工事代金の半額は前払いで受け取っていたんだけど、言葉通りにそれまでの追加工事の代金もキッチリ支払ってきたからねぇ」
ブルーノさんたちもそれ以上強くは言えずということらしい。
その商人さんの所も大分儲かっているところのようだし、聞くところによると、息子さん夫婦は新婚さんでよりこだわりが強いらしい。
夢のマイホームというわけだ。
そんなわけで、少なくともあと2、3週間はかかるらしい。
「申し訳ないねぇ」
「いえ、そういう事なら仕方がないですよ」
「ムコーダさんとこの工事に入れるようになったら、すぐに連絡を入れるよ」
「よろしくお願いします」
「ところで、旦那がムコーダさんからいただいたウイスキーとかいう酒、あたしもご相伴にあずかったんだけどさぁ、本当に美味しいわよね~」
満面の笑みでそう切り出したアニカさん。
ギクリ。
「え、ええ、まぁ……」
曖昧に返事をしたものの、アニカさんは逃がしてはくれなさそうだ。
「あんな美味しい酒は初めて飲んだからびっくりしたよ~」
「まーあの酒は酒精が強いのですが、特にドワーフの方は好まれますねぇ」
「そうそう。あのカーッと喉を焼くような刺激がたまらないったらありゃあしないのよ!」
ドワーフは女性でも酒には目がないようだね。
「でね、旦那に聞いたんだけど、ムコーダさん、不定期で酒も売ったりしているそうじゃないの」
聞いたっていうか、問い詰めたんだろうなぁ……。
ブルーノさん、どっちかっていうとアニカさんの尻に敷かれているみたいだし。
「それは、まぁ、暇なときにちょっとだけ……」
「ここではやらないのかい?」
「え? それは、その……」
「この街はムコーダさんの家もある本拠地だろ? ここに帰ってきたってことはさ、暇な時間もあるんじゃないのかい?」
めちゃめちゃ食いついてくるな。
「ま、まぁ、それはなくもないですけど」
「そうだよね、そうだよね! なら、ここでもやるでしょ? ってか、やるわよね!」
めちゃめちゃ押しも強いぞ。
というか、小さいおばちゃんなのに圧がすごいんだが。
「は、はぃ……」
「やったわ! 旦那と協力して美味しい酒買いまくるわよ~!」
飛び上がってめっちゃ嬉しそうにそんなことを口にするアニカさん。
だけど、アナタたちが暇じゃないでしょ。
ブルーノさん、今の仕事まだ終わってないじゃん。
それが終わっても、うちの家の建築もあるし。
「あ、あの! 店を出すとしても、うちの仕事が終わったあたりになると思いますよ!」
これだけはしっかりと言っとかないと。
「そうかい。ちょっと先になりそうだから残念だけど、ムコーダさんのとこの仕事が終わったら、少しは仕事に余裕も出来る予定だし、じっくり酒が楽しめると思えば悪くないか。うん、楽しみにしてるよ!」
俺の出す酒店が先になりそうだと聞いて、少し残念そうだったアニカさんだがすぐに気持ちを切り替えていた。
「うちの旦那もこの話を聞いたら、俄然張り切るだろうしね! きっと、ムコーダさんのとこも早く終わるよ~」
酒で仕事が早まるのはドワーフクオリティなんだろうか。
「あの、では、ご連絡お待ちしております……」
「あいよ!」
押しの強いおばちゃんにタジタジになりながら、ブルーノさんの事務所を後にする俺だった。
「あー、なんか疲れた」
『む、終わったのか?』
「ああ。帰ろう」
『うむ。だが、小腹が空いたな。途中、屋台に寄っていこうではないか』
『それはいい考えだのう』
『賛成!』
『お肉~!』
「ちょっとお前ら……」
暇だとか言って付いてきたのって、絶対これが目的だったろ。
その後、フェルたちに付き合って街中の屋台をあれこれと巡るハメになる俺だった。




