第五百七十八話 あー、あー、聞こえない聞こえない
懐かしのカレーリナの街が見えてきた。
「もうすぐだ」
ゴン爺の背中からカレーリナの街が見えてくると、蒼い顔をしてゴン爺の背中にべったりとへばりついていたギルドマスターが「早く、早く、地上へ……」と呟いていた。
行きと違ってさすがに気を失いはしなかったけど、やっぱり空の旅は苦手のようだ。
そんな様子のギルドマスターに苦笑をしていると……。
『そろそろ着陸するぞい』
ゴン爺がそう言うと、みるみるうちにその巨体が下降していった。
そして……。
ドシンという音と若干の揺れと共に、いつものカレーリナの街の門の前の草原に到着した。
それと同時に地面へと飛び降りるギルドマスター。
「か、帰ってきた。儂はカレーリナに帰ってきたぞーっ!」
分かったから、叫ばないで下さいよ。
両手を挙げてそう叫ぶギルドマスターにちょっと呆れてしまった。
「地に足を付ける。これほど安心感があることはないなぁ……」
しみじみとそうつぶやくギルドマスター。
そして、ゴン爺から降りて草原に立った俺の方を振り向いて、「儂は二度とドラゴンには乗らないからな!」と宣言した。
俺は、ギルドマスターのその宣言を聞きポリポリと頬を掻きながら「まぁ、そういう事態にならないように祈っています」と心の中で呟いたんだけどね。
「よし、冒険者ギルドに行くぞ」
そう言うギルドマスターに「えっ、家には……」と思わず口にすると、ギロリと睨まれた。
「儂は今までの諸々のことを書類にまとめねばならんというのに……。大まかなところは当然分かってはいるが、細部まで聞いているわけではないからなぁ。疑問点なども多少あるわけだ。その辺の聞き取りをせにゃあならんというのに、当事者のお前はのうのうと家に帰りたいと」
蛇に睨まれた蛙のように冷や汗が出てくる。
そして、王都に行くことになった経緯やら、王都でいろいろとやらかしたことが脳裏をよぎる。
「ぼ、冒険者ギルド、行きましょうか」
俺にはそれしか言えなかったよ。
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイは『腹が減った』『飯は?』と大いに不満そうだったけど、帰ったらいろんな肉でステーキ三昧にしてやるからと宥めすかす。
ステーキ三昧と聞いて、目をギラギラさせた食いしん坊カルテットに『本当だな?』とせまられて、顔を引き攣らせながらも頷くとみんなニンマリしていたよ。
どんだけステーキを焼かされることになるかと考えると頭が痛いが、とにかく今はギルドマスターに付いて冒険者ギルドに行くしかないよなぁ。
どうなることやら……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
疲れ切った足取りでトボトボ歩いた末に……。
「う、家だ~」
我が家の門が見えてきたことで、少しだけ足取りが軽くなる。
カレーリナに到着したのが昼下がり午後だった。
それからギルドマスターに連れられて冒険者ギルドへ。
そこからみっちり聴取されて(その間に『腹減った』と騒ぎ出した食いしん坊カルテットに飯を出したりなどはあったものの)俺自身はほぼノンストップでギルドマスターに付き合わされた。
そしてようやくギルドマスターに解放されると、外は真っ暗だった。
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイには『早く帰って飯だ(ご飯)』とせっつかれるし、フェルには背中に乗せられそうになったけどなんとか阻止。
疲れ切った今フェルの背中になんか乗ったら、走り出した途端に踏ん張れずに吹っ飛ばされて地面にベシャッと落ちる未来しかなかったからな。
そうしたら、スイが『スイに乗るー?』って聞いてくれたんだけど、スイに乗ってもツルンと落ちそうでさ。
そう言ったら、『スイの中にちょっとだけ入れば大丈夫だよー』なんて言ってさ。
そうすれば固定されて落ちないんだろうし、そのお誘いには心揺らぐものがあったんだけど、その絵面を想像して断念したよ。
誰かに見られたら絶対に通報案件。
街中にスライムが出て人が食われてるぅぅぅって大騒ぎになること間違いなし。
それでしょうがなく大人しく徒歩で帰宅したというわけだ。
そしてようやく家に。
「あ、おかえり~、ムコーダさん!」
「おけーり」
今日の夜の門番はタバサとバルテルのようだ。
「ただいま……」
「ムコーダさん、なんかめちゃくちゃ疲れてそうだね。大丈夫かい?」
「いろいろあったんだよ、タバサ」
「ま、今夜はさっさと寝ちゃいなよ」
「そうするよ。ありがと。あ、王都のお土産あるから明日か明後日みんなの家に行くから伝えておいてなぁ」
「はいよー」
「儂は土産より酒がいいんじゃがのう」
ドワーフは声がデカいんだっつうの。
小声で言ったつもりなんだろうけど、しっかり聞こえてるからなバルテル。
ったく生粋の飲兵衛め。
タバサとバルテルと別れて、母屋に到着。
リビングのイスへと疲れた体をドサリと預ける俺。
「あ~、疲れた」
『して、今日の夕飯はステーキ三昧だったな?』
ワクワクした顔でそう言ってくるフェル。
隣にいるゴン爺やドラちゃん、スイも心なしかソワソワした様子だ。
ステーキ三昧……、そういやそうだったわ。
冒険者ギルドに行くときに約束しちゃったね。
めっちゃ疲れてるし『今日はパパッと作った丼ものとかでいいか』とか考えてたんだけども、ダメかな?
みんなの様子をうかがうと……。
『ステーキ三昧か。いろんな肉でと言っていたぞ。我はドラゴンの肉が食いたいが、少なくなってきていると言っていたからな。やはりここはリヴァイアサンの肉だな。それからギガントミノタウロス、それにダンジョンにいた牛と豚の肉も良い』
『いいな! 俺はそこにコカトリスも入れたいところだ。こういう肉を間に挟むと、味の濃い肉がより美味く感じると思うんだよな』
『それは良い!』
『ほうほう、そんなにいろいろな肉を一度に食えるのか。それは楽しみじゃのう』
『お肉いっぱい! 楽しみだね~!』
食いしん坊カルテットは、楽しそうにそんなことを言い合っていた。
…………言えない。
ステーキ三昧を延期してくれなんてとても言えないよ。
俺は、疲れた体に活を入れて「どっこいしょ」と立ち上がると、「ステーキ焼いてくるな~」とキッチンに向かった。
そして、キッチンに居ながらも、俺はリビングで繰り広げられていた食いしん坊カルテットの会話を拾っていた。
『フェル、そう言えば先ほどドラゴンの肉が少なくなっていると言っておったが、今度狩りに行くか?』
『当てはあるのか?』
『そうだぞ。今ある地竜も赤竜も運良く出会って狩ったんだから』
『まぁのう。緑竜なんじゃが、あれなら狩っても問題ないじゃろうて』
『ほ~、緑竜とは珍しい。我も今までに二度しか見たことがないぞ』
『あいつらか~。ドラゴン種の中では一番と言っていいくらいに馬鹿だし、縄張り意識も強くて、自分の縄張りの中では威張り散らすからめっちゃ嫌われてるんだよなぁ』
『彼奴ら、格下には威張り散らすが、格上と分かれば気配を消してジッと棲み処に閉じこもり姿を消すからのう』
『げ~、そうなのか? 威張り散らしてるだけかと思ったのに、格上にはだんまりなのかよ。情けねぇなぁ、そんなヤツ遠慮なく狩っちまおうぜ』
『お主の話が本当ならば、我らでは気配を消してどこにいるのかわからんのではないか?』
『そこは棲み処を知っているから大丈夫じゃよ。ここぞという時のご馳走として生かしておいただけじゃからのう。ホッ、ホッ、ホッ』
『ドラゴンのお肉食べられるのー?』
『そうじゃスイ。そのうちみんなで狩りに行こうのう』
『うん、行くー! ヤッター! ドラゴンのお肉~』
………………。
あー、あー、聞こえない聞こえない。
聞こえないったら聞こえないし聞いてないからなっ。
お前らヤメロよなー!
話している内容がヤバ過ぎなんだよぉぉぉっ。
この後、涙ながらに無心にステーキを焼く俺だった。