閑話 嵐が去った王都では……
「ようやく帰ったか……」
「嵐のようじゃったわい……」
「儂は精魂尽き果てたぞ……」
「本当に忙しかった……」
「年寄りにはきつかった……」
王都冒険者ギルドの重鎮たちは、ようやくムコーダ一行が王都を去ったことに胸をなで下ろしていた。
「でも、仕事はまだ残ってるんじゃがのう」
「「「「それを思い出させるな……」」」」
リヴァイアサンの解体という一大事業をやり遂げている最中でも、容赦なく問題(?)を起こすムコーダ一行。
何とか無事にリヴァイアサンの解体も終えられそうだと上層部がホッと一安心しているところへ、特大の爆弾を投下してくれた。
「それでなくても薬師共がうるさいというのにのう……」
毎日毎日「リヴァイアサンの素材はまだ売り出さないのか?!」と冒険者ギルドに詰めかけてきているのだ。
「だいたい薬師共は何か勘違いをしておるのじゃ。あのリヴァイアサンを丸ごとうちが買い取りしたとでも思っているのかのう?」
「自分たちとてその価値がどんなものか分かっているだろうにねぇ」
「そうだ、そうだ。そんなことは国中の金貨を集めたって不可能だと何故わからんのか」
「そもそもじゃ、そんなことになれば我が冒険者ギルドは破産するわい」
普通に考えれば至極もっともなことを語り合う重鎮たち。
「まぁ、一生に一度手に出来るかどうかという素材が目の前にあるのでは、そのもっともなことにも考えが及ばなくなっているんじゃろうて」
王都冒険者ギルドのギルドマスターのその言葉に他の面々も「じゃろうのう」と頷くのだった。
「じゃが、こちらもリヴァイアサンの素材の販売の方針が決まったことじゃし、この騒ぎも直に解消されるじゃろうて」
この王都冒険者ギルドでも初めて扱う一級品。
薬師共に「早く早く!」とせっつかれながらも、冒険者ギルドとして重要な問題になる販売方法やら値段やらを重鎮たちが議論に議論を重ねてようやく決めたところだった。
リヴァイアサンの血は汎用性も高く、なるべく多くの薬師が買えるようにと冒険者ギルドで販売することに。
販売価格は、冒険者ギルドで用意した容器(缶コーヒー約1本分くらいだろうか)一つで金貨100枚。
少々強気な金額設定だが、これも今回の一大事業にかかった費用を回収するためだ。
とは言っても、物が物だけに無茶な金額というわけでもない。
王都に店を構える薬師ならば手が出ないということもない価格だろうということでこの価格に決まった。
買い取った他の素材については、高名な薬師や珍しいもの好きの好事家貴族やらが垂涎の品ということで、どれも高額で取り引きされること間違いなしの素材だ。
それならば、いっそのことオークションを開催して高値で販売しようということになり、近く特別オークションを開催することが決まっている。
「リヴァイアサンについてはなんとかなったが……」
「うむ。まだ他の問題が残っているからのう……」
「ある意味こちらの方が面倒かもしれんな……」
「お伽噺の場所が本当にあったというのだから……」
「しかも、新種のドラゴンじゃもんな……」
「「「「「ハァ……」」」」」
この後も、老体に鞭打って仕事をせねばならない現実にため息を吐く重鎮たちなのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さぁ~、今日も張り切ってお仕事お仕事!」
朝から隠しもしないウキウキルンルンな超ご機嫌な様子で仕事に取り掛かるエルランド。
今は、ムコーダ一行が持ち込んだ新種のドラゴンたちの解体やらに勤しんでいる。
今更なことだが、このエルフはドラゴンが異常なほど好きだ。
愛していると言っても過言ではない。
ドラゴンに関する仕事ならば、率先して、いや、自分が独占してやりたがるほどだ。
なので、何も言われなければ寝ずに仕事をし続ける。
しかも喜んで。
しかし、さすがにそうなると監視をしているモイラ様にも支障が出てくるので、最近は引き摺ってでも夕刻には帰らされていた。
だけれど、結局は待ちきれずにこうして朝も早くから元気いっぱい出勤してきているというわけだ。
「フンフンフン~♪ 今日は、こちらの個体を解体して、以前に解体した個体とじっくり比べてみましょう。個体ごとにどれほど差があるのか、いや~楽しみですね~」
毎日が天国。
正に今、エルランドは人生、いや、エルフ生を謳歌していた。
「ハァ~。あんたがどんな仕事もこうして真面目に取り組んでいたら、アタシはこんなに苦労しなかったのにね……」
いつの間にかやって来ていたモイラ様が、機嫌よくテキパキと仕事を始めるエルランドを見て呟いた。
「あ、モイラ様、おはようございます!」
そう言った後、すぐに新種のドラゴンに向き合うエルランド。
「アタシの呟きは無視かい。まったく困った奴だよ」
ガックリと項垂れるモイラ様。
「ドラゴン関連のことにゃあ右に出る者がいないほどに知識もあって優秀だし、仕事も熱心でデキるのにねぇ。その代わり、それ以外はてんでダメなんだけどさ……」
仕事をしない上に、問題児なエルランドだが、ドラゴンについては第一人者と言ってもいい人材なため、冒険者ギルドとしても切るに切れないというわけだ。
モイラ様の大きな独り言も新種のドラゴンに夢中なエルランドには聞こえていないようだ。
「おおっ、フムフム。こちらはこうなっていると。なるほど~」
新種のドラゴンの腹をムコーダから借り受けている魔剣で掻っ捌いて、内臓をしげしげと観察しながら声をあげるエルランド。
そんなエルランドを見て、呆れたように大きなため息を吐きながら首を振るモイラ様だった。
「ああ、そうだ。あんたに伝えておかなきゃならないことが一つ。ムコーダさんたち、帰ったからね」
思い出したようにモイラ様がそう伝えると、新種のドラゴンの腹に屈んで頭を突っ込みそうなほどに近づいていて観察していたエルランドがガバリと起き上がって振り返る。
「えっ、帰られたんですか?! なんで言ってくれなかったんですかーっ!」
ギャイギャイ騒ぎ出すエルランド。
「ドラちゃんとゴン爺様をお見送り出来なかったじゃないですかぁぁぁっ!」
「……見送りだけで済んだのかい?」
胡乱げな目でそう問うモイラ様。
「え、いや、そりゃあ付いていきたかったって気持ちもありますけど、でも、今はこの新種のドラゴンの仕事が……。いや、ドラちゃんとゴン爺様という生きたドラゴンと接するというのも逃せない機会。…………くぅ~、究極の選択ではないですか!」
苦悶の表情でそう叫ぶエルランドをバコンと殴るモイラ様。
「馬鹿者! そうなるのが分かっていたから知らせなかったんじゃないかっ。だいたいあんたは冒険者ギルド所属なんだから、冒険者ギルドの仕事が第一に決まってるだろ! 分かったら目の前の仕事をしっかりおやり!」
モイラ様にそうピシャリと言われてすごすごと仕事に戻るエルランドだった。
しかし、そんなことでへこたれるようなエルフではない。
ドラゴンのためならば、どこまでもしぶとくなれるのだ。
それこそ全人類の敵であるゴキ○リ並みに。
そのしぶとさで新種のドラゴンの観察をしながら考えていた。
『今までの関係性から考えても、ドラちゃんとゴン爺様がすぐにムコーダさんから離れることは考えられないだろう。そう急がなくとも大丈夫。この仕事が終わってドランに戻ってから、なんとかしてモイラ様の監視を掻い潜ってムコーダさんたちのところへ! そして、私もみなさんと一緒に冒険の旅に出るのです! 私はまだまだ諦めませんよ! ドラちゃん、ゴン爺様、待っていてください!』
ゾワワッ。
ムコーダ「なんか、今、もの凄い寒気がしたんだけど……」
ゴン爺『主殿もか。儂は寒気というよりは、逆鱗を緩く撫でられたようななんとも言えぬゾワッとした感覚がしたのじゃが……』
ドラちゃん『俺もだ……』
ムコーダ&ゴン爺&ドラちゃん「『『…………』』」