第五百六十八話 王都中央市場 果物爆買い
美味しい串肉の屋台を最後に、俺たち一行はマーリア広場を後にした。
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの食いしん坊カルテットは『まだ食い足りない』と愚図っていたが、「市場にも屋台はたくさんあると思うんだけどな~」という俺の言葉にまんまと釣られた。
手のひらクルーでみんな『市場に行こう!』って言い出すんだもんな。
まぁ、あのままだったら今日一日マーリア広場で終わっちゃいそうな勢いだったから、俺としては良いんだけどさ。
そして……。
「うわぁ~、すごい人だな。それに店もいっぱいあるな~」
俺が一番楽しみにしていた王都中央市場。
活気のある市場にワクワクが止まらない。
ここの市場は「食に関することならここで揃わないものはない」と言われるほどで、王都の台所ともいえる存在だと聞いていたけど……。
「予想以上だね」
そこここで交わされる客と店主の軽妙なやり取りに心躍らされる。
『よし、早速屋台に行くぞ!』
『うむ。ここも良い匂いがしているから、楽しめそうだのう~』
『ヒャッホウ! ここでも食いまくるぜ!』
『美味しいお肉食べるよ~!』
「ちょい待った!」
匂いを頼りに早速屋台群に突撃しそうな雰囲気の食いしん坊カルテットを慌てて止めた。
『む、何だ?』
ちょっと不機嫌そうに俺を見るフェル。
ゴン爺、ドラちゃん、スイも同様にちょっぴり不機嫌な感じ。
だけどさ……。
「おいおい『何だ?』じゃないだろ。さっきのマーリア広場でお前ら散々食ったじゃないか」
『あれだけじゃあ足らんのう』
ゴン爺がそう言うと、フェルもドラちゃんもスイも『そうだそうだ』と同意する。
「お黙り! さっきあんだけ食ったんだから、今度は俺の番! 買い物に付き合ってもらうからな! 屋台巡りはその後! いいな!」
クワッと目を見開いてそう宣言する俺。
ここはフェルたちに流されるわけにはいかないのだ。
フェルたちの言うがまま屋台に向かったら、俺が楽しみにしていた買い物ができずに屋台巡りだけで今日が終わっちゃうのが目に見えているからな。
『う、うむ』
『わ、分かったわい』
『お、おう』
『あるじ、こわ~い……』
スイちゃん、怖いって言わないの。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
市場の中をいろいろと物色しつつ歩いていると、俺の目に留まったものが。
「こ、これはっ」
俺が知っている物の倍はある大きさだが、このちょぼちょぼと毛が生えた見た目は……。
「キウイだ!」
「お、兄さんよく知ってるね。これは最近になって小国群から入ってきたゴールドキウィってんだ」
ゴールドキウィ……。
ほのかに甘い香りがこちらまで届いてきているけど、俺の知っている果肉が黄色いキウイなのか?
黄色いキウイは甘くてけっこう好きなんだよね。
果物はネットスーパーで買ってもいいんだけど、フェルたちに食わせるならやっぱり影響がない方がいいってことで、あんまり買ってないから久しぶりに食いたい。
その辺のことは俺も多少気にしながら、なるべく地物を使うように心がけてるしさ。
それを抜きにしても、こっちの世界は見た目と味が一致しない場合があるから非常に気になるっていうのもある。
「で、こっちはグリーンキウィ。ゴールドキウィは果肉が黄色くて甘いのが特徴で、グリーンキウィは果肉が緑色で甘みの中にもしっかりとした酸味が感じられるのが特徴だ。少々値段は張るが、どっちも美味いぜ!」
うん、これは俺が知っているキウイっぽいね。
しかも、これはアレだろ。
「これって、もしかして栽培されているやつじゃなくて……」
「おう。冒険者が森に入って採取してるな。っつっても、これの産地ではそこまで難しくはないようだから、低ランク冒険者の仕事ではあるようだけどな」
ほ~、なるほど。
俺知ってるぞ。
ここの果物って栽培物よりも、森とかに自生しているものの方が美味い事が多いんだよな。
この世界特有の魔素とかの影響なんだとは思うけど。
だって、フェルたちが『美味いんだ』って言って一緒に採りにいった果物とかダンジョンの果物とかってネットスーパーで買う果物よりも段違いに美味かったんだから。
それを考えると、フェルたちが『美味い』って言っていた果物ほどじゃないにしてもこのキウィも美味いはず。
そうなりゃあもちろん……。
「買います。両方とも下さい」
「はいよ! いくつだい?」
「できれば全部と言いたいところなんですが、在庫がなくなっちゃったら困っちゃいますよね」
「へ、全部買ってくれるのかい?!」
「はい。できれば」
「ホントか! いや、こっちとしちゃありがたいぜ! いやぁ、珍しいってんで仕入れてみたのはいいが、値段が張るだろ? 全然売れなくて困ってたんだよ~。母ちゃんには「なんてものを仕入れてきたんだい!」ってドヤされるしよ~」
そう言ってショボン顔の親父さん。
どこの世界でも母ちゃん強しなんだな。
まぁ、でもこれはなかなか売れないわな。
だってグリーンキウィは1個で銀貨1枚と銅貨7枚もするし、ゴールドキウィに至っては1個で銀貨2枚もするんだから。
これじゃ庶民には気軽に買える値段じゃないよ。
でも俺は買っちゃうけどね~。
グリーンキウィが29個でゴールドキウィが30個。
お値段は金貨10枚と銀貨9枚。
端数の銅貨は切り捨てしてくれたよ。
「毎度あり~」
親父さんもニッコニコだけど、俺もニッコニコ。
これぞWINWINの関係だね。
なんて思いながら機嫌よく店を離れると、無粋な声が。
『おい、まだ終わらないのか?』
「フェル~、まだまだに決まってるでしょ。まだ果物しか買ってないんだから」
『大分買ったんじゃなかろうかのう』
「何言ってんだよゴン爺。まだ3種類しか買ってないじゃん。アプールにオランジュに、さっきのキウィだけだぞ」
アプールというのは酸っぱいリンゴだ。
縁があっていただいたことがあったのだが、アップルパイにしたらめっちゃ美味いのだ。
ジャムにしてもいいしということで、市場に入ってすぐに売っているのを見つけて大量買いした。
あとはオランジュっていうのは、ミネオラオレンジに似た柑橘で、こちらではポピュラーな果物だ。
そのままでも割と美味いので、こちらも大量購入してある。
『十分だと思うけどなぁ』
そうつぶやいたドラちゃんをキッと睨みつける。
「十分なわけないだろ! 果物は手に入りにくいんだからな。アプールとかオランジュならまぁ手に入らなくはないけど、ここの方が断然質は良いんだぞ! さっきのキウィなんか、ここで初めて見たんだから。他にも珍しい果物があるはずだ。まだまだ買うぞ!」
『あるじー……』
フェルの背中にいたスイがデロンと伸びている。
クッ、スイは飽きてきたのか?
ええっと、そうだ、これっ。
皮は、スイだから溶かしちゃうし、とりあえず剥かなくても大丈夫か。
「スイ、さっき買ったゴールドキウィだぞ。甘くて美味いんだって。はい」
さっき買ったゴールドキウィをスイに差し出した。
それをスイが取り込んでいくと……。
ブルンッ。
『あま~い!』
「だろ~。もっと美味しい果物があるかもしれないんだぞ。スイは食いたくないか?」
『食べたーい!』
「そうだろそうだろー。ということで、買い物続行な!」
強引に買い物続行として、再び市場内を物色。
そうしていると、小綺麗な店構えでちょっとお高めの果物を扱っている店にあるものに目が釘付けになった。
そして、吸い寄せられるように店へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
店と同じく小綺麗で少し神経質そうな細身の店主が寄ってくる。
「こ、これは、もしかしてマンゴーでは?」
甘くかぐわしい香りを放つ赤い卵型の果実から目が離せない。
俺が知っているマンゴーよりも一回りくらいデカいけど、これ、マンゴーだよな?
「よくご存じで。小国群の一部とガイスラー帝国の一部でしか採れない果物でして、これもBランク冒険者に依頼して採取された貴重な果実なのです。その分値段もそこそこ致しますが、味は天下一品でございますよ」
うん、知ってる。
マンゴー、美味いもんね。
「その芳醇な甘さに一口でこの果実に魅了されることでしょう」
ゴクリ……。
「それで、お値段は……?」
「一つで金貨7枚でございます」
ヒェッ……。
い、一個で金貨7枚。
Bランク冒険者が採取してるし、ここまでの輸送のこと考えると、それくらいになっちゃうか。
気軽に食える果物じゃないな。
でも……。
このマンゴー食いたい!
「あの、在庫はいかほど?」
「今出ているものの他に10個ほどありますね」
というと、全部で11個金貨77枚。
これは、しょうがないんだ……。
必要経費なんや……。
「全部いただいてもいいですか?」
俺がそう言うと、店主は一瞬目を見開いたけれど、次の瞬間には「もちろんでございます!」とニッコニコ。
店主の指示で従業員が用意をしている間に、俺の目に留まった果物が。
「これは、ライチか?」
「お目が高い。それはクラーセン皇国の北部でしか採れないライーチです。その実は瑞々しくさっぱりとした味わいで、皇妃様がこよなく愛する果物だとか」
瑞々しくさっぱりとした味わい……。
これもライチに間違いなさそうだ。
俺の拳よりちょい小さいくらいの大きさではあるけども。
「お、お値段は?」
「一つ金貨1枚と銀貨3枚です」
うぉー、これも高いー。
でも、フレッシュなライチ、食いたい!
まんまと買ってしまった。
全部で32個、金貨41枚。
端数は負けてくれた。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
店を出る際は店主自らお見送り。
もう満面の笑みだったさ。
そりゃあこの店だけで金貨100枚以上使ったもんな。
笑顔にもなるさ。
この店、しかも果物だけで金貨100枚以上……。
食道楽もびっくりな金額だよね。
しかし、後悔はしていない。
キリッ。




