第五百六十一話 ぼくのかんがえたさいきょうのきょうりゅう
「ううっ、怖かった……」
今、俺を鏡で見たら、きっと病み上がりのようなゲッソリとした顔をしているだろう。
マジで怖かった。
何度チビリそうになったことか。
ここの恐竜、怖すぎ。
そんな心境の俺とは裏腹に、フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイは実に清々しい顔をしていた。
お互いに相手をした恐竜のことを語り合ったりなんかしちゃっている。
『フハハハハハ。純粋に向かってくる相手を倒すのは楽しいな。我が最初に相手をしたのは大したことがなかったが、二番目に相手をしたのは大きさもさることながら、それに見合った顎の力の持ち主であったわ。そんなことが起きるはずもないのだが、もし、あれに咬みつかれていたら我でも危なかっただろう』
『うむ。フェルの相手は、儂らが相手にした中でもひときわ大きかったからのう。儂の相手は、すこぶる獰猛じゃったわい。古竜の儂に怯みもせず、逆に食おうと幾度も襲ってきてのう。その心意気は良かった。即死級の毒も持っていたようじゃが、まぁ、儂には効かぬのじゃがのう。ワッハッハッハッ』
『フェルとゴン爺の相手も強そうだったよな。でも、俺の相手もなかなかだったぜ! 咬みつかれたらヤバいってもんじゃなかったし、爪も鋭くてヤバそうだった。あの爪がかすっただけでも、パックリいきそうだったぜ。ま、そんなもの俺の素早さの前には何の役にも立ちゃしないんだけどな! どんなに咬む力が強かろうが、爪が鋭かろうが、躱しゃあいいんだから!』
『スイの相手も強かったよ~。すっごくすばしっこかったの~。でもね、スイはひょいっひょいってよけてね~、ビュッてやって倒したの~! スイのが強いもんねー!』
戦いの後だからか、みんなものすごくテンションが高いし。
こっちはものすごい低いっていうのに。
テンション高く語り合うみんなをよそに、俺は一人で倒された恐竜を回収していった。
首チョンパされた“アクロカントサウルス”に、腹がパックリ割けて飛び出しちゃいけないものがデロンと飛び出した“ギガノトサウルス”。
所々にグッサリと深く抉られた爪痕と首を噛み千切られ、頭が取れそうになっている“Tレックス”。
口の中から喉の奥までが焼けただれた“カルカロドントサウルス”。
胸元から背中まで溶けたような穴が開いた“カルノタウルス”。
そして、上半身と下半身がお別れしてしまっている複数の“ヴェロキラプトル”。
現実逃避しながら無心で回収したよ……。
そして、テンションの高いみんなとともに再び森の中を進んだ。
道中は何度も何度も肉食恐竜に襲われた。
その都度、嬉々として恐竜を狩るフェルにゴン爺にドラちゃんにスイ。
でも、慣れって怖いね。
「ここにはどんだけ恐竜がいるんだよ!」って思うほど何度も襲ってくるから、戦いが始まってからの避難も慣れてきたよ。
今も、ドラちゃんとスイが“Tレックス”と戦っている。
しかし、本当に多いな。
ここじゃあ恐竜同士で食い合いしてるって話だから、もしかして、数が減らないようにそれぞれの繁殖能力も高いのか?
よくわからんけど。
だとしたら、たまたま来た俺にとっては迷惑な話だな。
『よっしゃー! 勝った!』
『ヤッター! 倒した~』
ドラちゃんとスイがTレックスに勝利したようだ。
本日何頭目か定かではないこのTレックスも回収しておく。
すると、またドスドスドスと足音が聞こえてきた。
『また来たようだな』
『どれ、次は儂の番かのう』
『うむ。その次は我の番だ』
年長者組までそんなウキウキすんなって。
ハァ、早く帰りたいわ~。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
歩きに歩いて、俺たち一行は、森を抜けて草原地帯に出た。
そして、そこには……。
「めっちゃ大きいな……」
大きかったあの“ギガノトサウルス”が子どものように見える大きさの首の長い恐竜がいた。
それも3頭。
でも、俺、知ってるぞ。
ああいう首の長い恐竜は全部草食なんだって。
少し安心していると、目の前で予想だにしないことが起こった。
草原で小さい恐竜を捕食していたTレックスを、首の長い恐竜がその長い首を伸ばしてバクリと咥えたのだ。
「え?」
人間って、予想だにしないことが起きると、なんの反応もできないのな。
ただ唖然とその光景を見つめているだけだった。
そして、次の瞬間、またもや予想もしないことが。
Tレックスを咥えた首の長い恐竜が、その長い首をしならせてTレックスを地面に叩きつけたのだ。
ドンッという大きな音とともに叩きつけられたTレックスはピクリとも動かなくなった。
その光景に目を見開いていると、またしても予想外のことが起きた。
首の長い恐竜が、動かなくなったTレックスをガツガツとむさぼり始めたのだ。
「うっそ~ん」
イヤイヤイヤ、待って、待って。
草食恐竜じゃないの?!
なんでTレックスをむさぼってんの?!
「お、おい、なんでTレックス食ってんの?!」
フェルの背をべチベチ叩きながらそう聞くと、フェルが事も無げに『そりゃあ肉食だからだろう』と答える。
いやいや、それはそうなんだろうけども!
『しかし、彼奴がここの頂点なのは変わっとらんな』
『うむ。今も昔も、彼奴がこの場所の最強種じゃのう』
『でっけぇな~。倒し甲斐があるぜ!』
『おっき~』
というか、お前ら、アレとやるの?
やるつもりなの?!
既にヤル気満々なフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイを見てギョッとしていると……。
「あ」
急にこちらに頭を向けた首の長い恐竜と目が合った。
あ、これ死んだ。
長い首をこちらに伸ばしてくる恐竜がスローモーションのように見えた。
そんな時、ドンッと背中を引っ張られて尻もちをついた。
『お主は下がっていろ』
『主殿は待機じゃな』
『まぁ、安心して待ってろよ。大物獲ってきてやっからよ』
『あるじー、スイ、がんばるね~!』
そう言って、フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイは、意気揚々とここの最強種だという首の長い恐竜に向かっていったのだった。
「ハハハ……」
なんであの恐竜が肉食なのかな?
あれって草食だよね?
恐竜が火を噴いたり、草食のはずの恐竜が肉食だったり、ここにいると恐竜の概念がおかしくなってくるわ。
ホントもう乾いた笑いしか出てこないよ。
というか、原因はもろデミウルゴス様だよね。
「なんでこんなん創造しちゃったの、デミウルゴス様……」
思わずポロリとそう零すと、また頭の中に声が響いた。
『いや、あの時はそれがカッコイイと思ったんじゃよ~。お主のいた世界風に言えば「ぼくのかんがえたさいきょうのきょうりゅう」というヤツじゃ。“大きい=強い”と思っておったからのう。儂にもそういう青い時代があったということじゃ。ふぉっふぉっふぉっ』
あのね~、『ふぉっふぉっふぉっ』じゃないですよ、『ふぉっふぉっふぉっ』じゃ!
絶対笑ってごまかそうとしたでしょ!
「あのですね、こんな恐竜はここ以外にはいないようだし、ここの立地からもここから恐竜が出ていくことはなさそうだからまだいいですけど、こんなのが人里に出たらとんでもない惨劇ですからね! ホント、なんでこんなトンデモ生物創っちゃったのか……」
そう思ってハッとした。
「デミウルゴス様、まさかとは思いますけど、もう、こんなトンデモ生物がいる場所はないですよね? トンデモ生物、創ってないですよね?」
『…………………………多分』
「その盛大な間を空けての多分ってなんですか?」
『多分は多分なのじゃ! さらばじゃ~』
「ちょっと! デミウルゴス様?! それってただ覚えていないだけなんじゃないですか?! デミウルゴス様ぁぁぁ?!」




