第五百五十八話 うっ……、頭が…………。
『よし、今日は狩りだな』
『うむ、それがいい。特にやることもないしのう』
『賛成~。昨日、来なくていいって言われたもんなぁ~』
『狩りー!』
本日の予定は既に決まっていると言わんばかりに口々にそう言うフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイ。
「またそれ言うの? 確かに今日の予定はないけどさぁ。狩りならリヴァイアサンの解体が始まる前に行ったじゃないか。そんでドラゴンタートルなんて大物を狩っただろう。十分だろう、それでー。今日はゆっくり過ごそうぜ~」
朝食後に美味いコーヒーを飲みながらくつろいでいるっていうのに、『狩りに行きたい』だなんてお前ら無粋だよ。
とは言っても、フェルたちが言い出しそうだなぁとは思ってはいたけど。
今日の予定が無くなった時点でさ。
昨日、冒険者ギルドに行ったら、作業の要であるエルランドさんがゴン爺とドラちゃんを見て暴走したんだよ。
いきなり抱き着こうと突進してくる変態っぷりを見せたんだから。
最近は本当に自重もへったくれもない状態だよね。
で、そんなことがあって、昨夜、王都の冒険者ギルドに詰めているはずのカレーリナのギルドマスターが来て、「あとは頭部の解体のみだから、ギルドには来なくてもいいぞ。というか、来られると仕事が進まん」と伝えられたんだよ。
俺のアイテムボックスにあったリヴァイアサンの頭部も昨日置いてきたし、まぁ俺たちがいなくても支障はないわな。
だけどさ、確かにそうかもしれないけど、依頼主なのに邪魔者扱いな感じがするのがなんかモヤッとするよね~。
まぁ、一番悪いのは自重しないドラゴン愛が行き過ぎたあの人なんだけど。
そんなわけで、頭部の解体作業が終わるまでは時間に余裕ができたのだ。
暇っちゃあ暇なんだけど、俺としては、普段は超アクティブなフェルたちに付き合ってあっちこっちに動いているから、こういうときこそゆっくりゆったり過ごしたいよね。
暇な時間、どんとこいだ。
それなのに、うちのみんなときたら……。
『ゆっくり過ごすなんてつまらん』
『儂も主殿と会う前には、ダンジョンで十分過ぎるほどに寝たからのう』
『やっぱ動いていた方が楽しいよな』
『スイも狩りの方がいいなぁ~』
もー、お前らはアクティブすぎるんだっての!
俺は元はインドア系なんだから、たまにはゆっくりさせろよ。
「君たちの予定にゆっくり過ごすって選択肢はないわけ?」
ジト目でフェルたちを見ながらそう聞いてみる。
『ないな』
『同じくじゃのう』
『俺もないな』
『スイもー』
素直過ぎるみんなの返事にガックリと項垂れる俺。
『ということで、行くぞ』
既に狩りに行く気満々のフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイに急かされながら外に出る俺だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テクテクと王都の通りを歩く俺たち一行。
「で、狩りに行く先は決まっているのか? というか、こっちでいいの?」
いつもの、というか、王都に出入りしている大門とは逆の方向へと当然のように向かっているんだけど。
『うむ。今回の行く先に向かうなら、こちらの方の門から出た方がいいんじゃ』
「ふーん。てか、こっちにも門あったんだな」
『その辺はちゃんと確認済よ。な、ゴン爺』
『うむ。儂もドラも無駄に上空の警備をしていたわけではないからのう。今回の狩りの行く先も空から見て思い出した場所じゃ』
リヴァイアサンの警備のついでに、上空からあれこれと見ていたってわけか。
そして、前回のドラゴンタートルの狩場同様に今回の狩場もどうやらゴン爺の既知の場所らしい。
『フハハ、ゴン爺から話を聞いたけど、なかなかに面白そうな場所だぜ~』
テンション高そうにそう言いながら、空中でクルッと宙返りして見せるドラちゃん。
ドラちゃんが面白そうだっていう場所。
しかも、テンションが高い。
…………なんか嫌な予感がするんだけど。
『面白そうな場所なの~?』
『そうだぜ、スイ。なんかな、獰猛で地竜に似たヤツがいるらしいんだ。しかもだ、大きいのやら小さいのやら、集団でいるようなヤツらと、とにかくいろいろいるんだってよ』
『わ~! それじゃあいっぱいビュッビュッてできる~』
『ああ。いっぱい狩れるぞ!』
ドラちゃんとスイが楽しそうに会話しているけど……、内容がすこぶる物騒。
獰猛でアースドラゴンに似たヤツってなんだよ?
大きいのやら小さいのやら、集団でいるようなヤツら?
そんなんはなから会いたくないんだけど。
すっごく嫌そうな顔をしてみんなにアピールするけど、そのくらいじゃ誰も突っ込んでくれない。
『面白い場所じゃよ。今までの狩場とは全く違う様相じゃからのう。フェルなら恐らくは行ったことがあるんじゃないか?』
『今までの狩場とは全く違う様相の場所だと?』
『そうじゃ。ほれ、ここからもチラッと見える山。その山のてっぺんの窪地にある……』
『山のてっぺんの窪地? ………………むむっ、あそこか!』
ゴン爺からの説明で、合点がいったというように何度も頷くフェル。
『確かにあそこなら面白いかもしれん!』
『食える肉があまりないのが難点じゃがのう』
『うむ。食える肉がないこともないが、そこそこの味だしな。そこだけが残念だな』
『だが、狩場としては面白かろう?』
『あそこは特殊だからな』
さらに嫌な予感がするワードが。
特殊ってなによ……。
ジト目でフェルとゴン爺を睨む。
「盛り上がっているところ悪いけど、特殊ってなんだよ? そんな場所なのか?」
『うむ。まぁ、行けば分かると思うが、山のてっぺんの窪地にある森でな。あまりここら辺では見ない魔物が多いのだ』
『そうじゃのう、生息している魔物はまったく違うが、特殊という意味では、ほれ、主殿も前に行った狩場、一部地面が天高く飛び出た場所があったじゃろう。あそこと似ておる。あそこも特殊な魔物が多いからのう』
『おお、確かに。あそこも変異種が多い。まぁ、今回の場所は変異種とは違うがな』
一部地面が天高く飛び出た場所……。
変異種の魔物……。
うっ……、頭が…………。
………………嫌だけど、覚えてるよ。
ってか、忘れられないよ。
あそこだろ、“天空の森”別名“ウラノス”。
「うん、止めよう」
『は? 今更何を言っている』
『そうじゃぞ、主殿』
『そうそう。それによ、行ってみたら案外楽しいかもしれないじゃん』
『あるじー、行こうよー』
「ドラちゃん、楽しいってのは絶対ない。断言できるぞ! そこ、“ウラノス”に似た場所なんだろ? そんなとこ楽しいわけないじゃないか! 俺はあそこに嫌な思い出しかないぞ!」
野生のベヒモスに追いかけられるわ、魔道コンロを壊されるわ。
散々だったんだから。
『ええい、往生際が悪い! この門を出れば、あとはゴン爺に乗ってひとっ飛びだ。四の五の言わずに行くのだ!』
そう言うフェルに背中を頭で押されて、門の外に呆気なく出される。
そして……。
『ゴン爺、準備だ』
『うむ』
『ドラもスイもすぐにゴン爺に乗れ』
『おう!』
『分かったー!』
『お主も、ホレ!』
フェルに襟首を噛まれてポイッと放り上げられた。
「わわわぁぁ~」
ベシャリ。
ゴン爺の背中に着地。
『ゴン爺、全員乗ったぞ』
『うむ。では行くぞい』
みんなを乗せたゴン爺が舞い上がる。
「いやいや! ちょっと、ダメだって! “ウラノス”に似た場所なんてろくな場所じゃないんだからぁぁぁぁぁっ」
俺の叫びは空しくも天空に消えたのだった。




