第五百五十三話 思い出した!(フェルが)
わ、忘れてました……(汗)
「よっと」
切り分けられた心臓だか肝臓だかが、デッカイ壺の中へと入れられる。
只今、リヴァイアサンの内臓を取り出し中です。
グロイです……。
俺、もう帰ってもいいかな?
エルランドさんに縋りつかれたりといろいろあったけど、リヴァイアサンの血抜きも無事に終わって、次は内臓ということになってさ。
エルランドさんが嬉々として、リヴァイアサンの腹をビビビーッと魔剣で割いていった。
もちろん慎重にね。
リヴァイアサンの解体で厄介なのはとにかく硬くて頑丈な皮なんだって。
それはリヴァイアサンに限らずドラゴン種ってのはそうらしいけど。
とにかく、皮さえ切れれば(というかそれがなかなかできないから魔剣まで出すハメになったわけだけど)、内臓や肉は普通の鉄製のナイフでも切れるらしい。
まぁ、いくら強い魔物と言っても内臓までは鍛えられないもんね。
とは言っても、エルランドさんは「リヴァイアサンなのですよ! 切り口が雑になってはもったいない。当然ミスリルナイフを使用します!」ってミスリルナイフを使って切り分けているけどね。
ああ、それでリヴァイアサンの内臓なんだけど、元が巨体だから内臓もデカい。
用意されていた一番デカい壺でもそれぞれの内臓丸ごとは入らないんだよ。
だから掻っ捌いた腹の脇に木製のテーブルを置いて、そこで切り分けてから壺に入れている。
脇で見ていると非常にグロイ光景だけれども、エルランドさんは目を輝かせながら嬉々としてやっているよ。
時々「ふむふむ。心臓はこの位置にあるのですね」とか「この肝の艶と弾力……。たまりませんね」とか独り言が聞こえてくるし。
内臓を取り出しながらのこの独り言って、正直言ってキモ過ぎるよね。
そんな精神的にも疲れる時を過ごしつつ……。
「よし、今日はここまでじゃ」
ブラムさんの鶴の一声。
「え、ブラム様、解体はまだまだ終わりませんよ!」
「分かっておる。じゃが、今日はここまでじゃ」
「なんでですか?! 私は徹夜でも全然かまいませんよ!」
「お主が良くても、こちらが責任を持てんのじゃ」
ブラムさん曰く、夜通しやるとなれば、今の警備の人数だけでは心もとないということだった。
闇夜に紛れた不埒者が増えるのは間違いない。
だけど、警備する側にとっては暗闇というのは見通しがきかず厄介なうえに神経も使うことになる。
それならばいったんここで作業終了して、リヴァイアサンは俺がアイテムボックスへと収納。
そして明日作業再開とした方が安全だということだ。
「明日も今日と同じ時間から作業開始とするが、ムコーダもそれでいいかのう?」
「はい」
確かにと俺も納得。
「フェルもいいよな?」
『む、リヴァイアサンの肉を早く食いたい気持ちはあるが、そういう話であれば仕方なかろう。我も一晩中警備というのはご免だからな。既に腹も減っているしな』
そう言いながらギロリとフェルに睨まれた。
あっ、ヤベ、そういや今日は昼飯食ってなかった。
ここにいる人みんな一生懸命に仕事しているから、昼飯のことなんかすっかり忘れてた。
『お昼食べてないからスイもお腹ペコペコ~』
スイもフェルの頭の上でヘニャンとしている。
「ごめんごめん。戻ったらいっぱい作ってやるからな」
そう念話で謝る俺だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「しかし、なんの料理にしようかな、この肉……」
キッチンで白っぽい魚に似た肉質の肉塊を見て、どうしようかと迷う俺。
「ま、とりあえずちょびっと焼いて味見してみてから決めるか」
肉塊から少し切り分けて、塩胡椒を振って焼き始めた。
今焼いているのは、ブリクストのダンジョンで得たアイスドラゴンの肉だ。
ブリクストのダンジョンでは、それまでのことがぶっ飛ぶようなゴン爺出現という大イベントがあったから、すっかり忘れていたけれど、あったんだよねドロップ品の中にさ。
まったくフェルもよく覚えているよね~。
解体作業は明日に持ち越しと決まって、上空警備を担っていたゴン爺とドラちゃんにその旨を念話で伝えて合流して帰ろうとしたら、エルランドさんがちゃっかり俺たちに付いてこようとしてモイラ様の雷が落ちるなんてすったもんだがあったけれど、なんとか王都で借りた一軒家へと帰り着いたわけだ。
俺としてはさ、なんもしてないけど濃~い一日だったからコーヒーでも飲んでちょっと一服してから夕飯の用意をなんて思っていたのに、帰ってきて早々にフェルが『こういう日は美味い物を食わせるべきだろう。いや、そうせねばならん』とか言い出してさ。
その言葉にゴン爺とドラちゃん、スイまで『そうだそうだ』って言い出して……。
んで、みんなにとって美味いものって言ったらそりゃあドラゴンの肉ってなってさ。
だけど、この前もラングリッジ伯爵様の家で食ったじゃん。
もうそろそろ、地竜の肉も赤竜の肉も在庫がヤバい。
特にアースドラゴンの方は、俺たち基準であとギリ2食あるかないかくらいなんだよ。
そうなると、俄然惜しくなったみたいでさ。
地竜の肉や赤竜を立て続けに見つけられたのも運が良かったということらしいし。
(まぁ、うちはなんだかんだでドラゴンに縁があるようだけどさ。)
それで『うーむ』と唸っていたフェルが、パッと思い出したような顔をして『そう言えば、アイスドラゴンの肉がなかったか?』とか言い出したんだ。
そんなのあったかな? と思いつつアイテムボックスを確認したら、これがあったんだよね~。
『リヴァイアサンはまだ食えんが、前座としてアイスドラゴンはなかなかいいだろう。味も少し似ているところがあるしな。よりリヴァイアサンへの期待が高まるというものだ』
『ほ~、アイスドラゴンとはまた珍しい物を持っている。確かにリヴァイアサンに少し似ているかもしれんのう。楽しみじゃわい』
『そういやあのダンジョンのだよな。あの後、ゴン爺が出てきてすっかり忘れてたぜ!』
『あいすどらごんのお肉~♪』
とフェルもゴン爺もドラちゃんもスイも、今日の夕飯はアイスドラゴンに決定! みたいな感じになっちゃってさ。
俺は、みんなの期待のこもった目に見つめられながらキッチンへと送られたというわけだ。
「そろそろいいかな」
アイスドラゴンの肉が焼けた。
焼けた感じも、白身魚っぽいな。
パクリ。
「これは……」
ホクホクホロホロと崩れる身。
「なんか、身質はタラに似ているかも」
もちろんうま味をギュッと濃縮したような味わいでタラの比ではない美味さだけれど。
「美味いもんだね。さすがドラゴン。でも、これならいろんな料理に合う。シンプルにムニエルもいいけど、これならば……」
ボリューム満点のフィッシュアンドチップスなんてどうだろう。
うん、いいかも。
ということで夕飯はフィッシュアンドチップスに決定!
ネットスーパーでパパっと材料を調達したら、調理開始だ。
まずは、アルバン印のジャガイモを皮つきのままくし切りにして水にさらしておく。
その間にアイスドラゴンの肉を適当な大きさに切り分けて、塩胡椒をふって小麦粉をまぶす。
そうしたら衣作りだ。
ボウルに小麦粉、ベーキングパウダー、塩を入れて、ビールで溶いていく。
ベーキングパウダーとビールを入れたことでカリッと仕上がる。
あとは、アイスドラゴンの肉に衣をつけて揚げていく。
そんでもって水にさらしていたジャガイモも水気をよ~く拭いて揚げていく。
こういう時、何口もあるコンロは便利だよね。
ほどよくこんがり色が付いたらバットに上げて油をきって……。
「よし、出来た。あとはケチャップと~」
アイテムボックスをまさぐって目当てのものを取り出す。
「自家製タルタルソース!」
ゆで卵とタマネギ、ピクルスをみじん切りにしてマヨネーズと酢と塩胡椒を加えた簡単自家製タルタルソース。
前にたくさん作ったから残してあったんだよね。
「よっしゃ、これで完璧」
出来上がったフィッシュアンドチップスを皿に盛ったらアイテムボックスにしまい、いざフェルたちのいるリビングへ。
「ほい。揚げ物にしてみた」
そう言いながらみんなの前へとフィッシュアンドチップスの載った皿を出していく。
『ふむ。悪くない。このイモはいらんな』
フェルが早速パクつきながらそんなことを言う。
「この料理にはフライドポテトがつきものなの。ってか、フライドポテトも美味いだろうが」
『サクッとして美味いのう。なんだか酒が欲しくなるわい』
ゴン爺は口をもぐもぐ動かしながらそんな感想を言う。
「分かるか~。これにはビールが合うんだよ」
あとでゴン爺にはビールだな。
ついでに俺も。
『この白いのタルタルソースってんだよな。これと合うな~』
ドラちゃんは相変わらず分かってんなぁ。
これはタルタルソースとよく合うんだよ。
『あるじー、美味しいー!』
スイも気に入ってくれたようで良かった。
さて、俺も食うか。
とその前に……。
「ゴン爺、ビール飲むか?」
『む、いいのかのう?』
「もちろん。ま、明日もあるからほどほどにだけどな」
前にアグニ様へのお供え物を選ぶときに、自分でも飲んでみたくて買ったやつが冷やしてあったんだよね~。
「あった。ギフト用の瓶に入ったちょっとお高いビール」
ゴン爺には深めの皿に開けてあげて……って3本分入っちゃったよ。
ま、まぁ、いいけどね。
「はい、どうぞ」
『おお、すまぬのう。どれ』
ゴクリゴクリと匠のビールを豪快に飲んでいくゴン爺。
『ブハーッ、これは美味いのう! 前に飲んだ人の酒とは段違いじゃわい』
「ハハ、これは俺がいた世界の酒だからな」
『主殿、追加でいいかのう?』
そう言って器用に前足の爪の先で皿を押してくるゴン爺。
「もう飲んじゃったのかよ? さっきも言ったけど、ほどほどにだからな」
そう言いながら追加で3本開けてやる俺だった。
そんな感じでいつものようにワイワイと夕飯を食っていると……。
「おう、戻ったぞ」
ギルドマスターが戻ってきた。
「お疲れ様です」
「ったくお前らはもう飯食ってんのか。こっちは忙しいってのに、呑気だよなぁ」
「だって俺らがやれる仕事ってそんなないじゃないですか」
ギルドの中のことなんてわかんないし。
「まぁそうなんだけどよー」
「とりあえず飯食いますか?」
「お、儂もご相伴にあずかれるのか。んじゃいただくとするか」
ギルドマスターにもフィッシュアンドチップスを出してやった。
もちろんビールも。
「カーッ、なんだこのエール! ものすごくウメェな!」
「偶然手に入れたものです」
ということにしておく。
「こんなウメェ酒飲ましてもらって、最高だな、おい」
酒は嫌いじゃないみたいで、ギルドマスターもご機嫌だ。
「んで、こっちはジャガイモみたいだが、こっちはなんだ?」
「まぁ、美味いから食ってみてくださいよ。そこの白いソースをつけて」
俺がそう言うと、言われたとおりにタルタルソースをつけてアイスドラゴンの肉にかぶりつくギルドマスター。
「ほっほ~、これもウメェな! もしかして、こりゃ魚か?」
「アイスドラゴンの肉です」
俺がそう言った瞬間に固まるギルドマスター。
そして、食べかけをゆっくりと皿に戻して深呼吸する。
「今、アイスドラゴンと聞こえたんだが」
「ええ」
「また、お前はぁぁぁ~」
だってしょうがないじゃんよ~。
みんなが食いたいっていうんだもん。
「じゃあギルドマスターは食わないんですか?」
そう言ってやると、ギルドマスターも「いや、食うけどさぁ」と言って開き直ってバクバク食っていた。
「ま、お前に常識を求める方が間違いだってことに、儂もだんだんと気付いてきた」
フィッシュアンドチップスをパクつきながらやさぐれるギルドマスター。
「えー、なんですかそれー」
「フェンリルやら古竜やらを従魔にするお前も普通じゃねぇってことよ。ったく、そうなんだよな。だからこそ王様だって一歩引いてるし、貴族連中にも釘を刺したってのに、アイツらてんで分かっちゃいねぇ」
「そういや王様と王妃様も観覧に来てたんですよね。いつの間に帰ったんだろ」
「お忙しい方々だ。リヴァイアサンの血を採取している途中で王宮に帰ったわ」
ほ~、そうなんだ。
魔剣よこせとか言われるかと思ったけど、なんもなかったな。
「お前、魔剣献上しろとか言われると思ってたんだろ」
「まぁ」
「そういう話も出たみたいだけどな。そんなことを言って他国へ逃げられたらどうするんだって言って、王自ら潰したそうだ」
それでも「逃げられないようにすればいいだけでは」って進言した貴族もいたみたいだけど、王様は「相手はフェンリルと古竜だぞ。それができれば誰も苦労せんわ」と鼻で笑ったとか。
「あと、お前に対してリヴァイアサンの素材を渡すように圧力をかけるようなこともするなって厳命が下ったそうだぞ」
これについては、王妃様が「そんなことをして、この国がフェンリルと古竜に敵対しているとみなされれば、この国は終わってしまいますのよ? まさかそんな国家反逆罪のようなことを犯す方がいらっしゃるはずないじゃないですか」とおっしゃったそうだ。
ま、まぁ否定はしない。
フェルとゴン爺が本気になったら、国なんて吹っ飛びそうだもんな。
とにかく王妃様、ナイスアシスト。
「ま、そんな感じで、お前ら相手に気を使ってらっしゃるっていうのによ、王様がだぜ。それなのに、うちに押し寄せた薬師や商人どもはまったく気に掛けちゃいねぇんだから」
「そんなに来てるんですか?」
「おうよ。大挙して押し寄せてるわ。目血走らせて「売ってくれ売ってくれ」ってな。まぁだ冒険者ギルドのものじゃねぇっつってんのによ」
思い出したのか、ギルドマスターは辟易とした顔をしている。
「お前からなにを買い取りするかってのだって決まってねぇってのに」
「え、全部買い取ってくれるんじゃないんですか?」
肉以外はこれと言っていらないんだけど……。
「バカ野郎! そんなことしたら冒険者ギルドが破産しちまうわっ」
そ、それほどなんだ。
「ま、それでもブラム様はできるだけ買い取りさせてもらうとは言ってたぞ」
ありがたい。
血とか内臓とか戻ってきても、どうしようもないんだけどなぁ。
ま、あまりにも多いようだったら王様に献上してラングリッジ伯爵にも献上しよう。
それでも残ったら、今度はスイにエリクサーを作ってもらえばいいか。




