第五百五十二話 ブッシャァァァァァ
投稿、ギリギリ間にあった……。
「ちょっと待つのじゃ。今、フェンリル様は『何本か』と言ったかのう?」
ヤ、ヤバい。
ブラムさんの目がっ。
「あの、いや、そのっ……」
暑くもないのに滝のように汗が流れてくる。
『確か4本あったな』
フェルゥゥゥッ!
またもやあっさりとバラしやがったフェル。
そして俺が持っている魔剣が4本だと聞いて、一緒にいたブラムさんをはじめとする冒険者ギルドのお偉いさん方とモイラ様、エルランドさんは唖然としている。
このままとんずらしちゃおうかななどと頭をよぎる最中、逸早く復活したエルランドさんが、さらに目を血走らせてガッチリつかんだ俺の肩を揺すった。
「ム、ムコーダさんっ! “魔剣カラドボルグ”以外にも持っているんですかっ?!」
コ、コワいコワいコワいーっ。
血走った眼をした顔を寄せてくんなぁーっ。
「ちょっ、エルランドさんっ、落ち着いてください! そんでもって顔が近いですって!」
俺は引き攣った顔でエルランドさんの胸を押し返した。
それでもエルランドさんはムフー、ムフーと鼻息も荒く、絶対に逃してなるものかとガッチリと俺の肩をつかむ手は緩めない。
「落ち着け、エルランドよ」
そう言ってエルランドさんの背中をポンポンと叩くブラムさん。
「それでムコーダ、お主は魔剣を“4本”所持しているというのは、本当なのかのう?」
ゴクリ……。
そう聞いてくるブラムさんの口調はあくまで穏やかで、口元には笑みさえ浮かべている。
それなのに……、目が笑ってないんだよー、目がぁ。
コワいってばー。
「いや、あの、ええとですね……」
ブラムさんをチラチラと窺いながら、口ごもってしまう。
「ムコーダよ、はっきり言うんじゃ」
「…………本当、です。4本、持ってます」
ブラムさんの眼力に負けて白状した。
俺の告白に場がザワついたが、ブラムさんが押しとどめる。
そして、「見せてみろ」というので観念してアイテムボックスから4本の魔剣を取り出した。
「これが魔剣カラドボルグです……」
そう言いながらアイテムボックスから取り出すと、すかさずエルランドさんが手を出したので思わず渡してしまう。
「ドランのダンジョンのダンジョンボスのベヒモスを倒して得たというアダマンタイト製の魔剣ですね!」
嬉々として説明するエルランドさん。
そうそう、アダマンタイト製だから重いんだよね~って、情報ダダ漏れやん。
今更もういいけどさ。
「そしてこれが魔剣フルンティングに魔剣グラム、魔剣エッケザックスです」
ブラムさんとお偉いさん方2人が手を出してきたので、こちらも順に渡した。
このお三方が上位ナンバー3なのかな。
まぁ、そんなことはいいんだけど、魔剣を手にしたお偉いさんが喜色満面の笑みを浮かべ「おおぉ、わ、儂の手に魔剣がっ」とか言ってワイワイやってる。
童心に帰ってるね。
なんだかちょっと微笑ましい。
お偉いさん方のそんな姿をしばらく見ていると……。
「コホン、えー、よろしいでしょうか?」
魔剣を手にして、すぐにでも解体作業に入りたいだろうエルランドさんが、童心に帰っているお偉いさん方に声をかける。
ハッとしたお偉いさん方はなんだかばつの悪そうな顔をしているよ。
笑っちゃ悪いけど、ちょっとクスッとしちゃったね。
「ムコーダさんに借り受けた魔剣でリヴァイアサンの解体は問題ないと思いますが、まずは試さねばなりません。まずは、血抜きということで、こちらに」
移動するエルランドさんに付いていって辿り着いた先は、リヴァイアサンの頭部だった。
首元にはゴン爺が噛み千切った大きな傷跡が。
そこから青い血が流れ出ているが、少しでも血を回収するべくタライが横並びに置かれていた。
抜け目ないなぁ。
「えーと、本来ならこの頭の付け根の辺りをザクッと切るのですが、ゴン爺様が付けた傷がありますので……、ハッ!」
傷を避けた胴体側に持っていた魔剣カラドボルグで斬りつける。
ブッシャァァァァァ―――。
一太刀で半分以上切れたその場所から、勢いよくリヴァイアサンの青い血が噴き出した。
エルランドさんはもちろんのことだが、近くにいたブラムさんをはじめとした冒険者ギルドのお偉いさん方やモイラ様に俺もその青い血を盛大に浴びる。
『阿呆が』
そう言ってあきれるフェル。
というか……。
なんでお前は血を浴びてないわけ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「生臭い……」
リヴァイアサンの青い血を浴びた自分の臭いに顔を顰める俺。
そしてフェルを恨めしそうに見る。
「自分だけ結界張って免れて、ズルいよなぁ~」
『フン、我の力だ。自分のために使って当然だろう』
そうだけどさぁ、俺にもかけてくれたっていいじゃんか。
咄嗟のことだったからしょうがないかもしれないけどさぁ。
『あるじー、大丈夫ー?』
「大丈夫じゃない。もう、帰ろうか。着替えたいし」
ちなみにスイはあの時、フェルの頭の上にいたことで危機を免れている。
俺だけリヴァイアサンの青い血ブッシャーだよ。
『なにを言うか。まだ途中のうえ、これを置いて帰れるわけなかろうが』
帰る気満々でいる俺に、待ったをかけたのはフェルだ。
「えー、でも気持ち悪いよ」
さすがに顔や頭は拭いたけれど、青い血で濡れ濡れのシャツとズボンはどうにもならない。
『それくらい我慢しろ。ここで帰っては不埒者が出た場合に対処できんだろうが』
「それを言われると……」
なんだかんだで、いつの間にか見物人もわんさか集まってきているしね。
警備に雇われた冒険者が抑えて、リヴァイアサンには近寄らせないようにしているし、もしそれを抜けてリヴァイアサンの近くに寄れたとしても、最終防衛線のフェルとゴン爺の結界があるから触れることもできないとは思うんだけど。
でも、確かに、盗人がいるだけで気分良くないよねぇ。
「もう、しょうがないな。スイちゃん、フェルおじちゃんを洗うときみたいにお水シャーッて出してくれる?」
『うん、いいよ~』
スイが、シャーッとシャワーみたいに水を出す。
「ありがとね」
スイシャワーを浴びて生臭いリヴァイアサンの青い血を落とす。
「おいフェル、乾かすくらいはしてくれよな」
『しょうがないな。ほれ』
温風が体を撫でる。
しばらくその温風を受けて、ようやく服も乾いたのだった。
まだ匂いは若干残っているけどね。
「あっちもようやく落ち着いたみたいだね」
リヴァイアサンの血が噴き出したあとは、もうてんやわんやだった。
なにせ途轍もない価値のあるものだ。
回収しなければ金貨をドブに捨てているようなもの。
冒険者ギルドのお偉いさん方もモイラ様も、リヴァイアサンの青い血まみれもなんのそので職員や冒険者に大声で指示を出していた。
そして、ようやく出血の量も収まり、エルランドさんの魔道具も使いつつ、しっかりと血を回収できるようになったようだった。
場が落ち着いたことで、冒険者ギルドのお偉いさん方とモイラ様の目が向くのは当然この人。
「エルランド……」
「ハイ、申し訳ありません……」
皆さんの前で正座するエルランドさん。
とりわけ厳しい顔をしたブラムさんが口を開いた。
「儂らが血を浴びたのはいいんじゃ。いや、よくはないが、まだ我慢できる。しかしのう、リヴァイアサンの血という途轍もなく貴重な素材をダメにしよったことが我慢ならん! その思いは我らだけではないのだぞ! 見てみい、あそこの集団を」
ブラムさんが指す集団を見やる。
鬼の形相で「なんてことをするんじゃ!」とか「ヘボ解体師が!」とか「死んで詫びろ!」等々と叫んでいた。
「王都におる薬師たちじゃ。あの者たちにとって、この血がなんとしてでも手に入れたい貴重な素材だということは分かるじゃろう」
アチャー、薬師の集団か。
リヴァイアサンの血も、貴重な薬の材料になるんだろうなぁ。
そりゃあ怒りたくもなるか。
「その貴重な血がどれだけ大地に吸われたことか!」
「申し訳ありません!」
額を地にこすりつけるエルランドさん。
見事な土下座だけど、この世界にも土下座ってあるのかななんて考えていると……。
「謝る相手が違うじゃろうが! そもそもこのリヴァイアサンの持ち主は誰じゃ!」
ブラムさんにそう言われて、エルランドさんが俺の前にきて土下座する。
「ムコーダさん、申し訳ありませんっ!」
「え? いやいや、ちょっと、立ってくださいよ!」
いきなり土下座されても困るんだけど!
「私としたことが、貴重なリヴァイアサンの血を無駄にしてしまいましたっ。本当に本当に、申し訳ありません!」
そう言いながらダバーッと滝のような涙を流すエルランドさん。
ちょっと、ちょっと、おっさんエルフの泣き顔なんて誰得だよ。
「だ、大丈夫ですからっ。そもそもうちのみんなも、血とかは興味ないですからっ。な、なぁ」
『うむ。血などに興味はない。それよりも肉を早くよこせ』
『りばいあさんのお肉~』
「ほ、ほら、こういうことなので」
うちのみんなは、獲った獲物については基本肉にしか興味がないからね。
だから、もう泣くのヤメテ。
方々から向けられる視線が痛いから。
「ム、ムコーダさぁぁぁぁん! やっぱりあなたは私の心の友ですーっ! ウワァァァァァァン」
号泣しながら俺の足に縋りつくエルランドさん。
「ヒェッ! ヤ、ヤメテ! は、放してください!」
「心の友よぉぉぉぉっ」
「ちょっ、放してくださいってばぁぁぁっ!」




