第五百五十話 なんじゃとぉぉぉっ?!
「なに気持ちの悪い声を出してるんだい!」
リヴァイアサンに縋りついて頬ずりしているエルランドさんにモイラ様が怒声を浴びせているのが俺たちの方まで聞こえてきていた。
モイラ様も苦労するね……。
お偉いさん方に連れられて、仕方なしに俺たち(と言っても、いるのは俺とフェルとスイなんだけど)はエルランドさんの所へ向かっていた。
ゴン爺とドラちゃんは、奇声を発したエルランドさんに盛大にドン引きして、『わ、儂の結界は張ったぞ。あとはフェルの方で頼む。それから、儂は空から警備するとしようかのう』『お、俺も!』と言い残して早々に上空へと避難してしまった。
フェルも上空からの警備という点については異論がないのか、『うむ』とすぐに自分でも結界を張っていたよ。
まぁ、ゴン爺もドラちゃんも、あの人の一番の被害者だもんね。
あの奇声を聞いたら、逃げの一手になるのも分かるよ。
俺だって本音はあんなヤバい人に近付きたくないしさ。
しかしながら、一番のお偉いさんのブラムさん曰く「ハァ……。残念な奴じゃが、彼奴が今回のリヴァイアサン解体の指揮をとるでのう……」とのことでね。
他のお偉いさん方も「あんなじゃが、仕事はできるんじゃ……」「仕事だけはな……」「会ったことのあるお主なら分かると思うがのう」「苦渋の選択というやつじゃ」と口々に言っていた。
まぁ、そうなっちゃうよね。
心労お察しします。
本当に残念な気持ちでエルランドさんの前まで来たが、未だに恍惚とした表情のままリヴァイアサンに引っ付いていた。
そんなエルランドさんに、ブラムさんが呆れ気味に声をかける。
「エルランドよ、いい加減にせい」
「おおっ、ブラム様! リヴァイアサン、リヴァイアサンなのですよぉー!」
興奮しきった声でそう叫ぶエルランドさん。
この国の冒険者ギルドの一番のお偉いさんを前にしてもブレないね、このエルフは。
「ハァ~、そんなことは分かっておるわい。だからやむなくお主を呼んだのじゃ。しかし、間違いじゃったかのう……」
ブラムさんの言葉に俺も思わず頷きそうになる。
この姿を見たら、呼び出したのは間違いだったかもって思いたくなるよね~。
「は? なにを言っているのですか?! リヴァイアサンの解体ですよっ! 私以上の適任なんていないじゃないですかっ!!!」
ブラムさんの言葉に、自分以上の適任はいないと荒ぶるエルランドさん。
「そう言うのならさっさと仕事を始めるんじゃな。あまりガッカリさせるな」
ブラムさんの言葉に他のお偉方も「そうじゃ」とエルランドさんを急かす。
「言われなくったってきっちり仕事はやりますよ! ただその前にこのリヴァイアサンを堪能させてくれたっていいじゃないですか!」
そう啖呵を切るエルランドさんの頭をべチンッと容赦なく叩く音が。
「痛い!」
「さっきから話を聞いていれば、なにを威張っているんだい! さっさと仕事をしな!」
鬼の形相でエルランドさんの前に立ちはだかるのは、もちろんお目付け役のモイラ様だった。
「も~、みんなしてそんなに急かさなくったっていいじゃないですかぁ~。このリヴァイアサンと出会えた幸せをかみしめる時間を少しくらいはくれたっていいのに」
そうブチブチ文句を垂れるエルランドさん。
しかし……。
エルランドさんの前に立ちはだかるのは一層険しくなる鬼の形相のモイラ様、そして絶対零度の見ているこっちがブルリときそうになるくらいな冷たい視線を向けるお偉いさん方。
さすがにばつが悪くなったのか、「や、やりますよ~。やればいいんでしょ」と小さくつぶやくと、仕事モードに入ったのか真剣な目つきでリヴァイアサンを確認していったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リヴァイアサンの全身を確認するだけで、それなりの時間がかかった。
なにせ超巨大だからね。
途中で「俺たちは別に付き合う必要はないんじゃね?」とも思ったんだけど、そうはならなかった。
フェルとスイに『フェルとゴン爺の結界も張ってあるし、不埒者が出たとしても、フェルならば休んでいてもすぐに分かるだろ。俺たちが手伝えることはないし、どっかで座って待っていようよ』と念話を送ったものの、フェルが納得しなかった。
フェル曰く『此奴のリヴァイアサンへの執着ぶりを見るからに、一番危ないのは此奴だ。離れるわけにはいかぬ』だそうだ。
確かに一連のエルランドさんの振る舞いを見るとねぇ……。
フェルの気持ちも分からなくはなかった。
そもそもがだよ、エルランドさんの監視役のモイラ様がいるのは当然としても、冒険者ギルドのお偉いさん方まで誰一人欠けることなくエルランドさんに付いていっているんだから。
どんだけ信用ないんだよって話だよね。
まぁ、そんな感じでエルランドさんの確認作業に、モイラ様、お偉いさん方、俺たちが付き添っていたわけだ。
その確認作業中に、王様と王妃様+貴族連中が到着して騒然となる場面もあったが、王様の「そのまま作業を続けよ」という鶴の一声で作業続行。
そして、ようやくエルランドさんによるリヴァイアサンの全身の確認作業が終わったわけだが、当のエルランドさんは渋い顔をしていた。
「どうしたんじゃ、エルランド?」
「ブラム様……、今回のリヴァイアサンの解体は無理かもしれませんね…………」
「なんじゃとぉぉぉっ?!」
エルランドさんの今更のその回答に驚愕するブラムさん。
「アンタ、楽しみだって言ってたほどじゃないかっ」
「自信満々じゃったぞっ」
「リヴァイアサンを早く見たいと我らを急かしていたのにっ」
モイラ様も他のお偉いさん方も、エルランドさんの予想だにしていなかった言葉に驚いている。
『そうだ! 今更できないとは何事だっ!』
フェルまでが声を出して抗議している。
そして、フェルを含むみなさんが「何故だっ?!」とエルランドさんに詰め寄った。
まったく、できないならできないって最初から言えばいいのに、安請け合いで「任せてください!」とか言ったんじゃないの~?
そう思いながら、大勢に詰め寄られて焦っているエルランドさんをジト目で見ていると……。
「ま、待ってください! 今からちゃんと説明しますから!」
タジタジになりながらそう声を出すエルランドさん。
『ねぇねぇあるじー、りばいあさんのお肉、食べられないのー?』
ちょっぴりショボンとしたスイがそう聞いてくる。
『残念だけど、そうなっちゃうかも』
『うー、りばいあさんのお肉~。あるじー』
フェルの背中にいたスイが俺の胸に飛び込んできた。
スイ、楽しみにしてたもんなぁ。
俺はスイをしっかりと抱きとめてよしよしと撫でて慰めながら、エルランドさんの説明に耳を傾けたのだった。




