第五百四十話 お前らはまた余計なことをーっ!
ジュゥゥゥッ―――。
なんとも言えない肉の焼ける匂いが豪華なキッチンの中に充満していく。
俺は今、愛用のフライパンで赤竜の肉を焼いている最中だった。
フェルとゴン爺がドラゴンステーキなんて声に出して言っちゃったものだから、そのままハイさようならというわけにもいかずね。
だって、あれで帰りますなんてとても言えないだろ。
帰ったら帰ったで、俺たちだけでドラゴンステーキを楽しむって丸分かりだしさ。
だから、俺からの申し出で伯爵一家とギルドマスターもご一緒にドラゴンステーキをって話になったんだよ。
フェルとゴン爺は『なぜ此奴らに?』とか『ドラゴンの肉は限りがあるじゃろう』とか文句タラタラだったけどね。
だいたい元はと言えばフェルとゴン爺がドラゴンステーキなんて言ったのが原因なんだしさ。
まぁそんなわけで、伯爵様の別邸のキッチンをお借りしてドラゴンステーキを焼いているというわけだ。
ゴクリ―――。
唾を飲み込む音が聞こえてくる。
イイ匂いだもんね……。
というか、肉を焼くだけなのにここの料理人が見物しているんだもん。
やりにくいったらありゃしない。
ま、ここはこの人たちの神聖な職場だから他人に勝手に使われるのは面白くないのかもしれないけどさ。
とりあえず、大量のレッドドラゴンの肉を焼いていく。
地竜の肉もまだ残ってはいるが、赤竜の肉の方が在庫的にはまだまだ余裕があるからな。
とは言え、ドラゴンなんてそうそう獲れないから、貴重な肉であることは間違いない。
その貴重な肉を最高の状態で出すためにも、美味そうに焼き上がったドラゴンステーキは冷めないようにアイテムボックスへ一時保管だ。
どんどん焼いていって……。
「まぁ、こんなもんで足りるかな」
ラングリッジ伯爵一家とギルドマスターの分をメイドさんに運んでもらう。
食器類は、こちらにあったものをお借りしてある。
伯爵一家とギルドマスターに出すドラゴンステーキの味付けは、シンプルに塩胡椒のみだ。
この方が肉の味を存分に楽しんでもらえるからな。
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの分は、約束どおりドラゴンステーキ丼だ。
アイテムボックスに保管してあった土鍋で炊いた飯をいつものようにそれぞれの皿に大盛りにして、その上にドラゴンステーキを隙間なく並べていく。
その上から、事前にソースポットに移していたステーキソースをかける。
かけたのはニンニク風味のステーキ醤油だ。
これはみんな好きだからね。
ここで作ることになって、こっそりステーキ醤油をソースポットに移しておいて正解だったな。
さすがにステーキ醤油入りのビンを見せるわけにはいかないし。
「さてと、俺も行くか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シャンデリアが吊るされた広々としたダイニング。
着席した伯爵一家とギルドマスターの前には、分厚いステーキの載った皿があった。
「これが、ドラゴンの肉…………」
伯爵様の声が良く響いた。
「はい。今回は赤竜の肉を焼きました」
…………。
え、なぜに沈黙?
「……ムコーダよ、今回は、とはどういう意味だ? まさか、他にもドラゴンが?」
えっと、あれ?
俺たちがというか、フェルが地竜と赤竜を獲ったって伝わってないの?
ギルドマスターを見ると、またあのアチャーという顔をしていた。
ちょっと、ちょっと、なんで伝わってないんだよ~。
「えっと、その、地竜も……」
「まさか、そのようなものまでとは……」
伯爵様が把握していなかった事実に少々責めるように俺を見ている。
あのー、そんな目で見られてもですね……。
そんな伯爵様に意見する者が。
「あなた、いいではありませんか。フェンリル様と古竜様がいるのですよ。それほど驚くようなことでもないのではないですか」
さすが奥様。
ここんちも奥様が強そうだ。
『よく分かっているではないか。我がいるのだ、ドラゴンを狩るなど造作もないわ』
『うむ。儂もかち合えば狩るぞ』
フェルとゴン爺がすかさずそう声に出して言った。
「そ、そうですか」
「あ、あの冷める前に、どうぞ」
また何か言われる前にと、ドラゴンステーキを勧める。
「う、うむ、それではいただこう」
伯爵様が緊張した面持ちでドラゴンステーキにナイフを入れた。
そして、上品に切り取り口の中へ。
目をつむり、じっくりと噛みしめていらっしゃる。
「これがドラゴンの肉か……。想像以上に美味いものだな」
伯爵様のその言葉を聞いて、奥様、セレステお嬢様、バスチアン坊ちゃんもドラゴンステーキを召し上がる。
「まぁ、これは……」
「こんなに美味しいお肉、初めてだわ!」
「ドラゴンのお肉、すっごく美味しいね!」
うんうん、そうだろうそうだろう。
「まさか、儂もご相伴にあずかれるとはな。いただくぜ」
俺の隣に座っていたギルドマスターもそう言ってドラゴンステーキを食い始める。
「ドラゴンの肉は極上だってのは聞いていたが、こりゃあ聞きしに勝る美味さだな」
ギルドマスターが目を丸くして驚いていた。
まぁ、その気持ちもわかるよ。
ドラゴンの肉、美味いからね。
『それはそうと、我らの分はどうした?』
『主殿、腹が減ったわい』
『そうだそうだ、俺らの分はどうしたんだよー?』
『スイ、お腹減った~』
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの食いしん坊カルテットが騒ぎ出す。
「あ、ごめんごめん」
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの前にドラゴンステーキ丼を出してやった。
その途端に待ってましたとばかりにガッツく食いしん坊カルテット。
『うむ。やはりドラゴンの肉は美味いな!』
『そうだのう。儂も次は積極的に狩るとしよう』
『いつ食ってもやっぱ美味いよな~』
『美味しいね~』
『『『『おかわり』』』』
最初のドラゴンステーキ丼をペロリと平らげてすぐさま『おかわり』の大合唱の食いしん坊カルテット。
「早いよ」
そう言いつつドラゴンステーキ丼のおかわりをみんなに出していく俺。
「ムコーダよ、お主たちが食べているものはなんなのだ? 我らのとは少し違うようだが」
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイと俺が食っているものを見て伯爵様が聞いてきた。
「あ、これですか? これは、私の故郷の主食の“米”という穀物でして、それの上にドラゴンステーキを載せています。伯爵様方には馴染みがないかと思いますので、ステーキだけにさせていただきました」
「そうか。しかし、そちらも美味そうだな」
伯爵様がそう言うと、奥様もお嬢様も坊ちゃまも同意する。
それならば……。
「食べてみますか?」
「おお、ぜひに」
伯爵一家、ドラゴンステーキ丼も食うつもりらしい。
ということで、伯爵家にあったお上品なお皿に飯を盛り(少なめでな)その上に切り分けたドラゴンステーキを載せて、いつものニンニク風味のステーキ醤油をかけてお渡しする。
しかし、出しておいてなんだけど、伯爵様は成人男性だからまぁいいけど、奥様やお嬢様、坊ちゃん、そんなに食えるのか?
という心配を他所に、「さっきのステーキも良いですが、こちらも美味しいですわね」「うむ。この“コメ”という穀物とステーキ、そしてこのソースの相性がすこぶる良いな」「本当に美味しいですわね!」「美味しいね!」とお上品にパクパク食って完食。
さすがにこれ以上は入らなさそうだが、よく食ったよ。
俺なんてこの丼一杯で十分なのに。
まぁ、その間も食いしん坊カルテットは食いに食っているけどね。
しかも、ステーキ醤油のニンニク風味、タマネギ風味、おろし風味、バター風味といつもの4種を一通り楽しんだ後は、自分の好みでおかわりしているし。
「気になっていたのだが、ムコーダよ、スライムや子ドラゴンにまでドラゴンの肉を与えるのか?」
一息ついた伯爵様がワインを嗜みつつ、俺にこんなことを聞いてきた。
未だモリモリとドラゴンステーキ丼を食うドラちゃんとスイが気になるようだ。
「もちろんです。みんな私の従魔ですから。いつも同じものを食べています。それと、子ドラゴンではありませんよ。ピクシードラゴンという種です。この大きさでも成体なんですよ」
「そ、そうか」
そうなんですよ。
子ドラゴンと誤解されるのは、ドラちゃんの沽券に関わるもんね。
「お父様、僕もムコーダさんに質問してもいいですか?」
バスチアン坊ちゃんも気になることがあるようで、伯爵様に質問の許可をとっている。
「ムコーダ、バスチアンが聞きたいことがあるそうだがよいか?」
「はい」
俺がそう言うと、伯爵様が坊ちゃまを促すように目を向けた。
「あの、大きいドラゴン様と小さいドラゴン様は、ドラゴンなのに同じドラゴンのお肉を食べても大丈夫なんですか?」
あ~、やっぱりそこのところ気になっちゃうか。
『うむ。そこは儂が答えてやろう。弱肉強食という言葉は知っておるかのう? 強き者が弱き者を食らう。これはお主たち人間にも通じることじゃろう。それが全てじゃわい。狩られたドラゴンは儂らよりも弱かった。それだけじゃ』
ウンウンとドラちゃんも頷いている。
『だいたい同種、俺ならピクシードラゴンを、ゴン爺なら古竜を食わない限り共食いとは言わねぇしな。だいたい、そんなこと言ってたら生きていけねぇもん』
確かにドラちゃんそんなようなこと前にも言ってたね。
「坊ちゃま、まったくの同種を、ピクシードラゴンならピクシードラゴン、古竜なら古竜を食わない限り、禁忌というものはないようですよ。そうでないと、生き残ってはいけないそうです」
ドラちゃんが念話で話していたことを、バスチアン坊ちゃんにも話して差し上げた。
「へ~、そうなんだ」
「うむ。厳しい自然界ではそうなのかもしれんな」
坊ちゃまも、坊ちゃまの様子を見ながら話を聞いていた伯爵様も納得顔だ。
「もう一ついいですか?」
「はい」
「こんなに美味しいお肉は初めてというくらいにドラゴンのお肉はとっても美味しかったけれど、他にも美味しいお肉ってあるんですか?」
興味津々というようにそう聞いてくるバスチアン坊ちゃん。
「他にですか? う~ん、ワイバー」
『ドラゴンにも引けを取らない美味さの肉なら最近手に入ったぞ』
フェルが俺が答えているのにかぶせるようにそう言った。
「ちょっ、お前なに」
なにを言うつもりだと焦る俺の言葉を遮るように、今度はゴン爺の声が。
『うむ。リヴァイアサンじゃのう』
お前らはまた余計なことをーっ!
「ブフォッ」
優雅にワインを飲んでいた伯爵様が盛大に咽ているじゃないかよ!
さすがにワインを噴き出すのは耐えたようだけど。
奥様もお嬢様も目を見開いて固まっているじゃないか。
ギルドマスターは、既視感のある姿でアチャーと額に手を当てて頭を振っているし。
これ、どう収拾しろっての?
またもや額から汗ダラダラな俺。
「リヴァイアサン! すごーい!! どんな味がするんだろうなぁ?」
なんとも言えない雰囲気が漂う中、バスチアン坊ちゃんの無邪気な声が響いた。
バスチアン坊ちゃん、案外大物なのかもなぁ……。




