第五百三十九話 伯爵一家
ギルドマスターに連れられてやってきたのは、ラングリッジ伯爵様の王都にある別邸。
カレーリナにある俺の自宅よりは少し小さいかもしれないが、王都でこの大きさならば十分すぎるほどの豪邸だろう。
中へ入ると、ダンディな執事さんにすぐに伯爵様の下へと案内された。
待ち構えていたのは、カレーリナで初めて見たときの残念感など微塵も感じさせない自信に満ちあふれた渋いイケメンな伯爵様だった。
ますます5代目007の俳優に似てきたな。
マジ渋いぜ。
その隣に並ぶのは、金色に輝く髪を上品にまとめた目鼻立ちのくっきりした美人さんだ。
奥様なんだろうな。
美男美女な夫婦か……。
ケッ。
自分と比べてちょびっとやさぐれる俺だった。
そして、その伯爵夫妻に並んで十代半ばくらいの見事なドリルヘアをしたこれまた目鼻立ちのくっきりした美少女と、フワッフワなカーリーヘアのまるで天使みたいな7、8歳くらいの美少年が立っていた。
美男美女の子どもはやっぱり美少女美少年になるんだな。
遺伝子最強。
そんなことを考えていると、伯爵様の声が。
「ムコーダよ、よくぞ参った」
「お久しぶりでございます」
緊張しながらもそう答える。
「今日は、妻のオリアーヌと娘のセレステ、そして下の息子のバスチアンも同席している。上の息子はどうしても外せない用事があってな。同席できないことを悔しがっていたよ、ハハハ」
奥様とお嬢様、坊ちゃんに挨拶をする。
「ム、ムコーダと申します。よろしくお願いいたします」
「まぁ、そう堅くなるな。ここには私たち以外いないのだからな。そして……、フェンリル様、お久しぶりですな」
『うむ。仕方ないから来てやったぞ』
コラコラコラ~、なに偉そうに言ってんだよ!
「フェル! は、伯爵様、すみませんっ。あとで、きつく言っておきますのでっ」
あわあわしながらそう言うと、伯爵様が笑った。
「いやいや、かまわんよ。フェンリル様は王でさえ敵わぬ存在なのだからな。それと……、古竜様は初めてですな。この国で伯爵の位を賜っております、エドワード・ラングリッジと申します。お見知りおきを」
『主殿が世話になっていると聞いておるわい。これからも主殿を頼むぞ』
「もちろんですとも」
『チェッ、俺だっているのによ~』
『スイもいるの~』
ドラちゃんとスイが不満を漏らす。
『まぁしょうがないよ。伯爵様に念話は通じないんだからさ』
俺が念話でそう言うと、『まぁいいけどよ。つまんないし、俺は寝てるからな』『スイもねんねしてる~』とドラちゃんもスイもフェルの背中で寝入ってしまった。
『そんなに時間かからないと思うから、ごめんな~』
俺たちの間でそんなやり取りがあるとも知らず、伯爵様はなぜか終始笑顔。
「ムコーダ、これからもよろしく頼むぞ。それから、確認をしたかったのだが、これからもカレーリナの街を拠点に活動するということでよいか?」
「はい。あの街が気に入ってますし、家もありますから。もちろん方々に出かけていくことはあると思いますが、拠点はあの街です」
あの街には、家もあって奴隷のみんなもいるからね。
それに、あの街の住民たちもフェルとゴン爺に慣れてるし、当然だよね。
「そうかそうか。それが聞けてなによりだ」
そう言いながら深い笑みを浮かべて、フレンドリーに肩をパンパンと叩く伯爵様。
「伯爵様、ムコーダが驚いていますのでその辺に」
知己の間柄であるギルドマスターが伯爵様を止める。
た、助かった。
「ムコーダ、用意したものを」
小声でギルドマスターに言われて、そうだとアイテムボックスから用意した献上品を取り出した。
ギルドマスターから事前に、中身が見えるようにして出すよう言われていたので、入れ物にしている宝箱のフタを開け伯爵様に差し出した。
「こ、こちらを……」
「おお、すまぬな」
「あらあら、まぁまぁまぁまぁ~」
静かに立っていた奥様とお嬢様が、伯爵様を突き飛ばす勢いで宝箱の中を凝視していた。
目がギラギラしているんだけど……。
「このシャンプーとトリートメント、そしてヘアパック。愛用させていただいてますのよ~。本当にありがとう」
「ありがとう! あ! お母さま、見て! 見たことのないものが入っていますわよ!」
「あら? あらあらあら~」
こちらを見る奥様とお嬢様。
「え、えと、それは、顔につけるクリームです、はい」
獲物を狙うようなギラギラの目に気圧されながらも答える。
「顔につけるクリーム! それはあれですわね! ランベルト商会のマリーがここ最近美しくなった原因の!」
カッと目を見開いてそう言う奥様。
迫力満点のその顔、美人さんだから余計に怖いよ。
「た、多分そうだと思います……」
タジタジになりながらそう答えると、満面の笑みを浮かべる奥様とお嬢様。
そして、「そうだと思ったのよ!」とか「やっと手に入るのね!」とかやんややんやと2人で大盛り上がり。
「それで、どういう風に使えばいいのですか?」
「ええとですね……」
奥様とお嬢様に、使い方の説明をする。
オールインワンジェルの入っていた箱にあった使い方にはサクランボ大をとあったけど、それだとサクランボが何かって話になるから親指の先くらいの量を、朝晩に石鹸で顔を洗った後に付けるようにと説明した。
「乾燥がひどい時は少し多めに付けると良いようです」
「なるほど。分かりましたわ」
「お母さま、早速今日から使ってみましょう」
「ええ。もちろんよ」
「ゴホン。2人共、もういいかな?」
「あら、ごめんなさい、アナタ。私たちでムコーダ様を独占してしまったようですわね」
「お父様、ごめんなさい」
伯爵様が間に入って、ようやく奥様とお嬢様も落ち着いた。
やっぱり女性は、こういうものに目がないのは世界が違ってもおんなじだねぇ。
「ムコーダ、すまないな。妻も娘もムコーダの美容製品に夢中なのだよ。まぁ、それは私もなのだがね」
はいはい、分かっておりますよ。
例のもの、もちろん入ってますよ。
「もちろん育毛剤とシャンプーも入っております」
「うむ。すまないな。私の生活に、これは既になくてはならぬものになっているのだ」
そう言ってファサァッと豊かになった髪をかき上げる伯爵様。
そして、それにウンウンとうなずくギルドマスター。
そういやアナタも薄毛に悩んでらっしゃったんですよね。
今ではその面影もないですが。
「ムコーダ、それと、ポーションがあるんだろ?」
「そうでした。ギルドマスターがおっしゃるとおり、ポーションも入ってます。下級は3本、中級と上級は1本ずつです」
「おお、それはありがたい。本当にすまぬな、ムコーダ」
喜んでくれてホッとした。
しかし……。
伯爵様と奥様、お嬢様のことを考えて用意したものだから、坊ちゃんだけが何もないんだよね。
というか、坊ちゃんもいるなんて知らなかったし。
別に問題にはならないんだろうけど、なんとなくモヤモヤする感じ。
なにか坊ちゃんが喜びそうなものはと考えるが、坊ちゃんくらいの年齢の子が喜びそうなものが思いつかない。
そんな中、坊ちゃんが何かを熱心に見つめているのに気付いた。
視線の先にいたのは……。
どっしりと寝そべり、まるで我が家のように振る舞うフェルとゴン爺の姿が。
あー、そりゃあの年頃の子は興味津々かぁ。
そんな風に思っていると、伯爵様も息子の視線の先に気付いたようだ。
「バスチアン、気になるか?」
「はい」
伯爵様の問いに少し気恥ずかしそうにしながらも答える坊ちゃん。
「バスチアン様、触ってみますか?」
俺が聞くと「いいのですか?」と嬉しそうにしている。
『フェル、ゴン爺、バスチアン坊ちゃんにちょっとだけ触らせてやってくれ』
念話でそう伝えると、少し嫌そうに『この小童にか?』『なぜじゃ?』と返ってくる。
『まぁ、少しくらいはサービスしろよ。ドラゴンステーキのためだと思ってさ』
『チッ、しょうがない』
『ハァ、しょうがないのう』
渋々ながらも承諾が得られた。
「バスチアン様、どうぞ」
フェルに近づくバスチアン坊ちゃん。
『小童、乱暴にするなよ』
「はい!」
「フェ、フェル!」
伯爵様のご子息に小童はないだろうがっ。
「フハハ、かまわんかまわん。フェンリル様にとってはバスチアンなど小童だろう」
伯爵様は笑って許してくれた。
「うわぁ~、ふわふわだぁ」
フェルを撫でて、嬉しそうにニッコニコなバスチアン坊ちゃん。
「ドラゴン様もいいですか?」
キラキラのお目目のバスチアン坊ちゃんにそう聞かれる。
「ゴン爺、いいな?」
『うむ。しょうがない』
「バスチアン様、大丈夫ですよ」
俺がそう言うと、恐る恐るという感じでゴン爺に触れる坊ちゃん。
やっぱり見た目がね。
ドラゴンドラゴンしているゴン爺の方が、興味はあるものの子どもにとってはちょっぴり怖いのかも。
「うわぁ~、ゴツゴツして硬いよ、お父様」
「良かったな、バスチアン。フェンリル様と古竜様に触れる機会などそうそうないぞ」
ゴン爺の表皮を確かめるように撫でるバスチアン坊ちゃんを優しい目で見守る伯爵様と奥様がいた。
貴族の家ってもっと寒々しているのかと思ったけど、伯爵様のとこは違うみたいだね。
なんだかほのぼのした雰囲気の中、伯爵様が声を上げた。
「そうだ、ヴィレムもムコーダも今日は我が家に泊まっていくといい」
え゛っ……。
「いや、それは、その、みんなもいますし……」
俺がフェルたちを見やる。
「ん? もちろんフェンリル様や古竜様、他の従魔も泊まっていいぞ」
伯爵様はそう言うがねぇ。
「夕飯も食わせねばなりませんし……。その、食わせる飯が大量なのです」
うん、フェルたちに食わせるって大変なんだよ、ホント。
「それくらいなら問題ないぞ。なにを出したらいいのだ? 生肉か?」
みんな、生肉は出されてももう食わないだろうなぁ。
俺たちが食うのと同じメニューじゃないと。
それに今日は…………。
『我らは生肉などもう食わんぞ。今日はドラゴンステーキを食う予定なのだから邪魔するな』
『うむ。ドラゴンステーキ、楽しみじゃのう』
フェルとゴン爺がそう声に出して言ってしまう。
「…………ド、ドラゴンステーキだとーっ?!」
驚いて叫ぶ伯爵様。
そして、固まる奥様とお嬢様。
ギルドマスターは、アチャーと額に手を当てて頭を振っていた。
俺は額から汗ダラダラ。
フェル、ゴン爺、なんでそこで声に出して言うかな……。
「ドラゴンのお肉かぁ。僕も食べてみたいなぁ」
一番冷静なのはバスチアン坊ちゃんなのであった。




