第五百三十六話 ムコーダ一行、やらかす
扉が開き、豪奢な赤い絨毯の上を歩く。
ギルドマスターの後ろについて歩き、ギルドマスターが止まったら俺も止まる。
そこで片膝を突いて、頭は下げたまま左手を胸へ。
よし、大丈夫。
「面を上げよ」
よく通る低く渋い声が謁見の間に響いた。
そして、顔を少しだけ上げる。
おお、あれが王様か。
40前後の金髪で髭を蓄えたガタイの良い偉丈夫だ。
王様というより、将軍と言った方が似合いそうな感じだ。
隣に座る王妃様は、20代に見える北欧系な感じのもの凄い美人さんだ。
その後は、ギルドマスターと王様とのやり取りが。
でも、何を話しているのか俺の頭には全然入ってこなかった。
だって、それよりも気になることがあってさ。
謁見の間の両脇にズラリと並ぶ身なりの良い連中。
きっと貴族なんだろうけど、その連中の目が俺の後ろに向いてるんだもん。
俺の後ろにいるのは、もちろんフェルとゴン爺とドラちゃんとスイだ。
そのフェルたちを見て、引き攣った顔やら顰め面でコソコソ話しているんだぞ。
お前ら、何やってるんだ~。
後ろがもの凄い気になる。
めちゃくちゃ振り向いて確認したいけど、この場でそれが出来るはずもないし。
あれだけ言い聞かせたんだ、大丈夫だよな?
ちゃんと言うこと聞いてくれたら、ご褒美に久しぶりにドラゴンの肉でドラゴンステーキ丼を作ってやるからって言ってあるし。
そうしたらみんなも『分かった!』ってニッコニコで返事してたんだから。
ちゃんと大人しくしてるはず。
うん、大人しく……。
ハッ!
ま、まさか、大人しくって、ただ黙ってればいいとか思ってないよな?
この場でくつろいで、寝そべってたりとか、してないよな?!
ちゃんと行儀良くしてるんだぞとも言ってあるし。
大丈夫だよね……。
あ~、むっちゃ気になる。
お前ら、本当の本当に信じてるからなぁー!
~side 食いしん坊カルテット~
ムコーダがヤキモキしているその後ろでは……。
危惧していた通り、食いしん坊カルテットが何食わぬ顔でくつろいでいた。
王の前であろうが、貴族がいようが、お構いなしだ。
フェルとゴン爺に至っては『一国の王程度に何故気を使わねばならんのだ』などと思っていたりする。
『ねぇねぇ、フェルおじちゃん~まだ終わらないのかなぁ。スイ、お腹空いてきたー』
『だなぁ~。早く屋台巡りしたいぜ』
『まぁ、そんなにかからんだろう。もう少し大人しくしておれば、夜は久しぶりにドラゴンが食える。此奴が言っていただろう。だからもう少し待て』
『はぁ~い』
『そうだった。今晩はドラゴンステーキが載った丼だったなぁ。楽しみだぜ!』
『うむ。じゃが、あまりにも時間がかかるようなら、儂が一言言ってやるかのう』
『我もな。この王は我らを害することはなさそうだが、一国の王程度に我らがこれ以上付き合う義理もないからな。今回は此奴に付き合ってこの場に来てやっただけだ』
『じゃのう。主殿の頼みでなければ、この場にいる意味などないからのう』
謁見の間で堂々とくつろぎながら、従魔たちだけの念話でそんな会話をしていた食いしん坊カルテットだった。
後ろが気になって、何度振り向こうかと思ったことか。
王に謁見しているというのに、そっちに集中できないでソワソワしっぱなしだよ。
そうこうしているうちに、話は俺の献上品のことに。
王の近くに立っている50絡みの細身のちょっと神経質そうな人、宰相さんとかなんだろう、が「冒険者ムコーダより王に献上したい品があるとのことでございます」と声を上げた。
そして、宰相さんが手を叩くと、俺が預けてあった献上品が次々と王の前へと運ばれてきた。
それを見たからなのか、謁見の間の両脇に陣取っている貴族たちが一斉に黙る。
今までコソコソと話す声が聞こえていたのにだ。
え、これってやっぱ少なすぎたかな?
献上品を預けたときも「本当にこれでいいのか?」って念を押されたし……。
あ~、不安になってきた。
後ろにいるフェルたちのことも気になるし。
なんか、胃が痛くなってきたんだけど……。
やっぱり王様に謁見なんてするんじゃなかったかも。
慣れないことはやるもんじゃないよね。
俺は、この場に来たことを後悔し始めていた。
そんな中、俺の献上品の読み上げが行われた。
「まずは、パールがあしらわれたティアラにございます」
王様と王妃様の前へ運ばれたもので一番目立つそれが紹介される。
ティアラを見つめる王妃様の目がらんらんと輝いているように見えるから、これは問題ないように思える。
「そして、サファイアがあしらわれた短剣でございます」
次に目立つ宝石ゴッテゴテの短剣。
これも見栄えだけはいいから合格だと思うんだけど……。
やっぱ、何かしら付与されたもんが良かったのかな?
俺が使っているヴァンパイアナイフみたいなさ。
でも、これは自分で解体するときの必需品だから譲れないし……。
あと残ってるのは、ポイズンナイフだかのロクなものじゃないんだよね。
ま、今回はどうしようもないな。
残りの細々としたものを宰相さんがさらに説明していった。
うーん、やっぱもうちょっと追加しときゃ良かったのかなぁなどと悩んでいると……。
前にいたギルドマスターの巨体が震えていた。
え、どした?
「お前ぇ、あれほど献上品は大丈夫かと聞いたのにっ……」
ギルドマスターの囁き声が聞こえた。
うえ……、なんか怒ってる。
やっぱり少なすぎたか。
「もっと多くなきゃダメですよね。すんません」
小さい声でギルドマスターにそう返す。
「逆だっ。多いなんてもんじゃないわいっ。というか、なんちゅうもんを献上してくれとんのじゃっ」
エエェ、そっち?!
多過ぎたの?
というか、多いんだったら、それはそれで大丈夫なんじゃ……。
そう思っていたが、ダメだった。
王様は、目を見開いて固まってらっしゃった。
王妃様は、目をギンギラギンに輝かせてニンマリ笑ってらっしゃった。
目を左右に動かしてそっと貴族の様子もうかがってみたけど、口をポカンと開けて呆然自失状態だった。
公の場で貴族様がそんな表情しちゃいかんでしょって突っ込みたかったよ。
というか…………。
俺、やっちゃった?
ヤ、ヤベェ……。
暑くもないのに汗が止まらない。
ど、ど、ど、どうしよう。
どうすればいいんだぁぁぁ?!
俺がプチパニックを起こしていたその時。
『人の王よ、まだ終わらんのかのう? 主殿の頼みゆえ付き合ってやったが、もういいじゃろう』
後ろから聞こえてきた声。
ゴ、ゴ、ゴン爺ィィィッ!
失礼のないようにって、言ったじゃぁぁぁん!
『うむ。此奴も我らも暇じゃないのだ。あまり手間をかけさせるな』
フェルもぉぉぉっ!
『そうだぞ。こんなとこ居てもつまんねぇよ。早く屋台巡りに行こうぜ!』
『あるじー、お腹空いたー』
ドラちゃんもスイもぉぉぉ!
ドラちゃんとスイは念話だから聞こえてないけど、そんな呑気なこと言っている場合じゃないからぁーっ。
さすがに我慢できなくなって、振り返る俺。
「ゴン爺もフェルも黙って!」
そう言ってから深々と頭を下げて「すみません、すみません」と謝り倒す俺。
献上品にポカンとしていた貴族たちが、ゴン爺とフェルの言葉に我に返ったのか、今度は「無礼者!」とか「獣風情がなにを言う!」とか「陛下に向かってなんということを! 死刑だ!」とかやんややんやと罵詈雑言をぶつけてきた。
一気に血の気が引いていく俺。
もう、俺、倒れてもいいかな?
というか、お、俺は、捕まるのか?
クソ~、あれだけ言い聞かせていたのに、フェルとゴン爺がやりやがった~。
どうしよう、どうしたらいいんだよぉぉぉっ!
気絶寸前にまで追いやられていた俺に、さらに追い打ちが。
『黙れ、人間ども。フェンリルたる我をただの獣風情と言うのか?』
『それを言うなら、儂は古竜じゃ。そこらのただのドラゴンと一緒くたにされるのは業腹だのう』
『やるというのなら、我はいくらでも受けて立つぞ』
『じゃのう。儂にしてもフェルにしても、この国一国を滅ぼすくらい容易いことじゃしな』
そう言って高密度の殺気を両脇に居並ぶ貴族たちにぶつけるフェルとゴン爺。
白目をむいて倒れる者、失禁してその場に蹲る者、涙を流し恐怖にゆがんだ顔で後退る者、ものの数分でまともに立っている者はいなくなっていた。
「あわわわわ……」
ふ、不敬罪だぁぁぁ。
一巻の終わりだぁぁぁぁぁっ。
『人の王よ。此奴の頼みでここまで付き合ってやったが、もう終いだ。我らは帰る。もう邪魔はするなよ』
『うむ。ここに居ても不愉快なだけじゃしのう』
そう言ったフェルとゴン爺に焦る王。
こめかみにツーっと汗を流しながら必死に呼び止める。
「ま、待ってくれ! 臣下の無礼な態度、真にすまぬ」
一国の王が謝罪の言葉を発したことに、傍にいた宰相が諫めるように声を上げた。
「へ、陛下っ」
「黙れ! フェンリルと古竜だぞ! お前はこの国を滅ぼしたいのか!」
『フン、安心しろ。此奴はこの国を気に入っているようだから滅ぼしはしない。我も今の生活はまぁまぁ気に入っているからな』
『儂もじゃ。じゃが、主殿を害するようなことをすれば、その限りではないがのう』
『うむ。それは当然だ。此奴に何かあっては、美味い飯が食えなくなるからな』
フェルとゴン爺の言葉に、王様は顔を引き攣らせながらも「もちろんムコーダ殿を害するようなことは一切しないと誓う」と言った。
そして、王様の後に口を開いたのは笑みを浮かべた王妃様だった。
「もちろん、そのようなことはいたしませんし、させませんわ。それから、フェンリル様も古竜様も、そしてムコーダ殿もあまり干渉されるのはお嫌なご様子ですわね。その辺のことも私どもにお任せください。皆様方はどうぞこの国ではご自由にお過ごしくださいませ」
「おいっ」
「アナタは黙らっしゃい。フェンリル様に古竜様ですよ。この国、いいえ、どの国の軍事力を総動員しても、勝てる相手ではないでしょう。それが分かっているなら、懐に入れて心地よく過ごしてもらい、この国を好きになっていただいた方が余程この国のためになりましょう」
『ほ~、お主、話が分かるようじゃな』
『うむ。何かあれば此奴を通じて言ってくるがよい。一度くらいは願いを聞いてやろう』
「ありがとうございます。それから、ムコーダ殿、大変に良いものをいただき、私、感激しきりですわ。本当にありがとう」
『む……。フェルよ、主殿は、目を開いたまま気絶しておるぞ』
「……ふ、不敬、罪…………」
寝言なのか何なのか、時折ボソリとつぶやきながらも微動だにしないムコーダ。
『ハァ~。まったく此奴はいくつになっても小心者だのう』
そう言いながら頭を振るフェル。
『おい、我らは此奴を連れて帰るからな。おい、ゴン爺、此奴を我の背に』
『うむ』
ゴン爺に襟首をつかまれて、フェルの背に乗せられるムコーダ。
『ドラ、スイ、帰るかのう』
『おう! やっとか~。この後は屋台巡りしようぜ!』
『するー! スイ、お腹空いたもん!』
ムコーダ、フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの一行は、誰にも止められることなく、謁見の間を悠々と去っていったのだった。




