第五百二十九話 がま口財布
マリーさんのテンションに押されっぱなしだったところを、出してもらったお茶を飲んで一息入れる。
お、相変わらずここで出してくれるお茶は美味いな。
ゴクリゴクリとお茶を飲んで疲れを癒したら本題だ。
「ランベルトさんにお土産があるんです。それと、お願い事が……」
そう言ってアイテムボックスから取り出したのは、鮮やかな緑色をした皮だ。
「ええと、確か、ハンターグリーンアナコンダだったかな? の皮です」
例のダンジョンでのドロップ品だ。
ランベルトさんの店でも、ここまで鮮やかな緑色をした皮は見たことがなかったからお土産にいいなと思ってたんだ。
それと、うちの奴隷のみんなにもこれで小物を作ってもらって、それをお土産代わりにしたいんだよね。
「ム、ム、ムコーダさぁぁぁん!」
何故か必死の形相で俺の名前を叫ぶランベルトさん。
「あらあら」
困ったような顔をして苦笑いしているマリーさん。
「ムコーダ様、私はお店に詰めかけているお客様のお相手をしなければなりませんので、ここで失礼いたしますね」
「はい。どうぞどうぞ」
マリーさんの美容製品コーナーは大繁盛してたもんね。
しかも、女性客の方も真剣だから、いろいろと聞きながら商品選びして買っているみたいであそこのコーナーの店員さん(ちなみにみんな女性の店員さんだったぞ)はめちゃくちゃ忙しそうだった。
しかし、承諾した俺とはうらはらに、席を立つマリーさんをランベルトさんが「マリ~」と縋るように呼び止める。
ランベルトさん、マリーさんと離れるのがイヤだからって束縛し過ぎは嫌われるぞ。
本音はリア充滅べだ。(俺の心の叫び)
「アナタ、ムコーダ様のお相手をしっかりなさってくださいね」
そう言ってニッコリ笑い、縋るランベルトさんを振り切ってマリーさんは部屋を出ていった。
目の前のポッチャリして人の良さそうなランベルトさんを見やる。
ハァ、名うての商人さんとは言え、がっつりしっかり“おじさん”と呼ばれる年齢に見えるランベルトさんにあんな若くて美人な奥さんがいるのがおかしいんだよ。
やっぱり金か? 金なのか?
しかし、金なら俺もあるんだけどなぁ。
なんで出会いがないんだろう。
元の世界でも出会いがなかったんだから、こっちでは出会いがあったって罰は当たらないと思うんだけどなぁ。
「……もう、私にどうしろと言うんだ。ムコーダさんの世間知らずもここまでくると、どう伝えていいやら困るんだよ(ボソリ)」
「ん? ランベルトさん、なにか言いました?」
ランベルトさんへの恨み言をつらつらと考えていたから、なにを言ったのかよく聞いてなかったぞ。
「いや、なんでもありませんよ。ハァ~」
いやいや、なんです最後のため息。
ため息つきたいのはこっちですからね。
「ムコーダさん」
「はい」
「さすがにこの皮は受け取れませんよ」
「え? どうしてですか? せっかくお土産にと持ってきたのに。それにお願い事もあるし……」
俺がそう言うと、ランベルトさんが真剣な顔でこちらを見てくる。
「ムコーダさん、いいですか? このハンターグリーンアナコンダの皮は、手軽にお土産と言って渡して良い物ではないんですよ。非常に価値の高いもので、去年、王都で開かれたオークションでは金貨1000枚近くの値が付きました」
「金貨1000枚、ですか?」
「そうです。しかも、傷が多かったにもかかわらずですよ。去年のオークションには私も参加しましたので、現物を見ていますからね」
「傷が多い……」
俺が取り出していたハンターグリーンアナコンダの皮をまじまじと見る。
……この皮には傷なんて一つもなくね?
「見て分かりますよね。この皮には傷一つなくとても綺麗な状態ですから、少なくとも金貨1000枚以上の価値はあるということです」
「いや、その……」
言いたいことは分かったよ。
でも、この皮の利用価値なんて俺にとってはあんまりないし。
それこそ買い取りしてもらうしかないんだけど、フェルたちが間髪容れずに稼ぎまくるから今のところ金には困っていない。
キレイな色の皮だし、ランベルトさんのお土産にピッタリだと思ったんだけどなぁ……。
「いいですか、ムコーダさん。そのようなものをお土産だと渡されて、「はい、そうですか」と受け取るほど私も厚顔無恥ではありません」
「でも、お願い事もあるし……」
俺を諭すように言葉を発するランベルトさんをチラチラ見ながら、少しばかりの抵抗を試みる。
「ハァ~……。そのお願い事というのは、この皮と相殺になるくらいのお願い事なのですか?」
「それは、その……」
「ムコーダさん」
「ええと、その、う、うちのみんなへのお土産代わりに、この皮で小物でも作ってもらって渡そうかなって……」
「ハァ~……」
ランベルトさん、ちょっとちょっと。
ため息つきながら頭振らなくてもいいんじゃないんですか。
「みんなって、ムコーダさんのところの奴隷たちですよね?」
「はい。みんなうちの大事な従業員ですから」
うちのみんながいなきゃ、俺たちの旅したりっていう気ままな今の生活は成り立たないからね。
みんながいてくれるからこそ、安心して方々に出られるわけだし。
本当にうちには欠かせない人員だよ。
「奴隷にハンターグリーンアナコンダの皮で作った小物を授けようと考えるなんて、ムコーダさんくらいのものですよ……。ハハハ」
ランベルトさん、乾いた笑いとともにそんなこと言わないで~。
「ですから、小物の作製は是非ともお願いしたいんです」
「……ハァ~。分かりました。請け負いましょう。それから、残りの皮も私どもで買い取らせていただきましょう。ハンターグリーンアナコンダの皮などめったにお目にかかれない代物ですからな。この際手に入れさせていただきましょう。ハハハハハハハハ」
……ランベルトさん、自棄になってない?
その後、ハンターグリーンアナコンダの皮に金貨1200枚出すというランベルトさんと、小物作製の分の皮は差し引くんだからもっと低いでしょと言う俺との間ですったもんだしたが、小物の分の皮と手間賃を差し引いて金貨600枚でという俺の意見で落ち着いた、というか押し通した。
しかしながら、まだ納得がいかない風のランベルトさん。
「本当にこの値段で良いのでしょうか……」
「売り手の俺がこれでいいって言っているんですから、いいんですよ!」
ここは譲らないからね。
だいたいお土産にって持ってきたのに、金貨持ち帰ることになっちゃった俺の身になってくださいよ。
カッコ付かないじゃないですか。
もう、小物の話に移るからね!
「それでですね、この皮で作ってもらいたい小物なんですが、財布をお願いしたいんです。それでですね……」
俺は考えていたことをランベルトさんに話した。
こっちの世界で、この店にも売っているような革製の財布を持っているのは小金持ちしかいない。
普通の冒険者や町民たちは、麻袋に入れて持ち歩いているんだ。
しかも、巾着のように紐が通してあるのならまだ上等なほうで、袋状の麻袋にポイっと硬貨を入れて口を畳んで使っているということがほとんどだ。
かく言ううちのみんなもそんなような財布を使っていた。
さすがに俺も「それはちょっとなぁ」と思っていたので、今回の小物は財布にしようと考えたわけだが、財布にするなら使い勝手がいい物が良いなという思いがあった。
それというのも、こっちの財布は、入れ口がボタン掛け式だったりベルト式だったりで、硬貨の出し入れが地味に面倒くさいんだよね。
慣れればどうってことないんだろうけどさ。
実を言うと、それがあって、ここで前に買った財布もあんまり使っていないんだよね。
それで俺は考えた。
がま口財布があったら便利なんじゃねと。
パチンと開けてパチンと止める。
がま口財布ほど硬貨を入れるのに最適な財布はないんじゃないかと思うんだ。
そんなわけで、ランベルトさんにがま口財布のことを口で説明しているのだがなかなか伝わらない。
「えーと、そうだ、絵に描いて説明しますね」
アイテムボックスから取り出したのは、前に物珍しさで手に入れたこちらの紙とインク壺と羽根ペンだ。
ザラザラぼこぼこの質の良くない紙になんとか拙い絵を描いていく。
「それで、この金具のところが開いたり閉まったりするんです」
「ほうほう。この上の玉になっている部分が開閉の肝になってくるわけですね。なるほど、絵にしていただいたおかげでよく分かりました。これくらいならうちの者にもできるでしょう」
おお~、がま口財布大丈夫そうだね。
ランベルトさんによると、小物ということもあってがま口の金具部分も含めて3日もあれば出来上がるとのことだ。
さすがランベルトさんとこだ。
やっぱりここに頼んで正解だね。
「それで、ご相談なのですが、この“がま口財布”というのですか? 是非ともうちの店でも取り扱わせてください」
「それは別にいいですけど」
「ありがとうございます! 私の予想が間違っていなければ、これは売れますよ!」
「は、はぁ」
「売上によって、ムコーダさんに還元させていただきますので!」
「え?」
「それではムコーダさん、私は仕事に戻らせていただきますね! さぁて忙しくなるぞー!」
「ああ、ランベルトさんっ」
行っちゃった。
「てか、ただのがま口財布だぞ。まぁいいや、俺も帰るかな」
フェルたちが首を長くして待っているだろうしね。




