第五百二十七話 ギルドマスターおかんむり
「あのさ~、無理だと思うよー」
『む、わからんではないか』
「いやいやいや、前に地竜の解体を断られてるじゃん」
『むむぅ……』
アースドラゴンの件を思い出したのか、フェルが鼻にしわを寄せて苦い顔をしていた。
「あと考えられるのは、エルランドさんかな。嫌だけど」
ドラゴンLOVEなエルランドさんなら喜んで引き受けてくれそうだけど、あの人と会うのもねぇ。
『エルランドというと、あのうるさいエルフか』
フェルがそう言うと、ゴン爺とドラちゃんが盛大に顔を顰める。
『あのエルフに会うのは勘弁願いたいのう。気持ち悪くてかなわんわい』
『俺も断固拒否だ!』
そりゃあゴン爺とドラちゃんが一番被害受けていたからねぇ。
「エルランドさんがダメとなると、しばらくはアイテムボックスの中で保管ってことになるかもね」
『ぐぬぅ』
そんなことを念話で話しながら通りを歩く俺たち一行。
俺たち一行は、昨日のうちにカレーリナの街に帰ってきていた。
閉門寸前だったとはいえ、ゴン爺の機動力のおかげでなんとかね。
疲れていたのもあって(ま、疲れていたのは俺だけだけども)、うちのみんなに軽く挨拶だけして、食いしん坊カルテットに飯を食わせたら風呂に入ってすぐさま泥のように眠ったよ。
久しぶりのベッドは天国のようで、横になったら秒でグッスリだったね。
翌日は、食いしん坊カルテットに朝飯を食わせたらゆっくり一休みして、それから冒険者ギルドに向かおうと思っていたんだ。
一応、帰ってきた報告はしないといけないしね。
まぁ、取り急ぎの報告はそれだけだから、場合によっては午後から向かうのでもいいかなくらいに思ってたのに……。
フェルもゴン爺もドラちゃんもスイも、『リヴァイアサン、リヴァイアサン』って騒いで急かせるもんだからさ。
しょうがなく早めに家を出てきたってわけだよ。
そして、冒頭の話となるのだが……。
『主殿、では、リヴァイアサンは食えぬのかのう?』
「解体できない以上は、食えないだろうねぇ」
『えー、すっげぇ期待してたんだぞー!』
『スイもりばいあさんっていうの食べてみたい~』
「そんなこと言っても」
『は、話してみなければわからんだろうがっ。もしかすると、できるかもしれんだろう』
「まぁ、フェルがそう言うなら話してはみるけど、あんま期待するなよ」
そうこうするうちに、冒険者ギルドへ到着。
勝手知ったるで、みんなして中へと入っていくと……。
「お前たち、ようやく来たか」
腕を組んで仁王立ちしたギルドマスターが待ち構えていた。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたじゃないわいっ! お前ら付いてこい!」
青筋を立ててすごい剣幕のギルドマスターに気圧されて無言のまま連行されたのは、馴染みの倉庫だ。
ヨハンのおっさんの姿も見える。
「お前ら、なにをしてくれてんだよ!」
険しい顔のギルドマスターにそう怒鳴られるが、心当たりが多過ぎる。
「え、ええと……」
「お前、ロンカイネンに行くっていったよなぁ」
ギクリ。
「え、ええまぁ」
も、もちろんロンカイネンの街にも行ったよ。
「じゃあよう、なんでルバノフ神聖王国の方角に向かうブラックドラゴンが多数目撃されてるんだぁ? あー?」
いや、ほら、俺が言ったのは「ロンカイネン他」だから。
「方々の街でえらい騒ぎだったんだからな! うちにも問い合わせが山のように来たわ!」
す、すんません……。
「それにだ、ルバノフ神聖王国の総本山の教会、潰されたらしいなぁ~。フェンリルと古竜によー」
「そ、そ、そ、そうなんですか?」
汗が止めどなく流れてくる。
「そうなんですかじゃねぇよ! フェンリルとエンシェントドラゴンのコンビなんて、お前んとこだけだろうが!」
『おいおい、俺もいるぞ!』
『スイだっているもん!』
ドラちゃんもスイも、君たちの声はギルドマスターには聞こえてないから、ちょっと黙ってらっしゃい。
「え、いや、それは、その、ほ、他にも、いるかもしれないじゃないですか」
そう苦し紛れの言葉を発すると、ギンッと眼力だけで射殺しそうな目を俺に向けてくるギルドマスター。
「そんなのいるわけねぇだろうがっ!」
ピシャリと言われてビクっと体がすくむ。
手を下したフェルとゴン爺は、いつものごとくの素知らぬ顔だ。
フェルは呑気に顎下なんて掻いてんじゃないよ!
ゴン爺も大口開けて欠伸なんかすんな!
我関せずのフェルとゴン爺を恨み節で見やる俺。
「まぁ、あのいけ好かないルバノフ教の総本山の教会が潰れたのは、いい気味だ。それに関しちゃあ文句はない」
ホッ。
「だがよぅ、ロンカイネンの冒険者ギルドから、お前らが小国群にあるダンジョンを踏破したのかって問い合わせが来てるのはどういうことなんだ?」
ちょっとぉぉぉ!
“アーク”の面々が上手い具合に説明してくれているんじゃなかったの?!
そう言ってくれたから任せたんだよ!
ガウディーノさん、どうなってるのーっ。
「とにかく、なにがあったのか話せ! 一つも漏らさずだぞ!」
「ハ、ハイィィィッ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちの前には、疲れ切ったギルドマスターとヨハンのおっさんがいた。
ヨハンのおっさんは、ギルドマスターに「お前も一緒に聞け」と巻き込まれた形だ。
二人とも灰になっている。
「お前ら、とんでもねぇな…………」
「俺を入れないでくださいよ。俺は止めたんですよ。だけど、うちのみんなが張り切っちゃって」
「なにを言ってんだよ! 全部お前の従魔だろうが!」
「いや、それはそうなんですけどぉ。みんな無類のダンジョン好きだから……」
そこだけは止めても言うこと聞かないんですよ。
『ダンジョンは面白いからな!』
『ダンジョン楽しい~』
ドラちゃんもスイも、これからも行く気満々だね。
『ダンジョンに潜ってもいいだろう。別にお主たちに迷惑はかけてないではないか』
フェルがそう声に出した。
『そうじゃのう。それどころか、持ち出した素材でお主たちは潤っているのではないのかのう?』
ゴン爺もそう声に出して言う。
「いや、まぁ、そういうところもあるっちゃあるんだが。あれやこれやと引っ掻き回されるとな、儂らもいろいろとな……」
冒険者ギルドとしてフォローが大変てことだろうね。
とは言っても、うちのみんなのダンジョン好きは収まりそうにもないけどさぁ。
一番大変なのは俺なんだから。
「そうだ、ドロップ品の買い取りします?」
「どんなのがあるんだ? とりあえず見せてみろ」
「ええと……」
まだ整理はできていないんだけど、とりあえずあのダンジョンで拾ってきたもの(当然肉以外だが)を順に出していく。
もちろんヤバそうな代物、カリブディスの宝箱(あの中に入っていたこの世界じゃ貴重過ぎる真珠がふんだんに使われたティアラが曲者だから)や賢者の石、それに魔槍バイデントは除いてな。
手始めにレッドテイルカイマンの皮に牙を多数。
それからエンペラードラードの魔石にエンペラードラードの宝箱に入っていた黄金の鱗と小粒のエメラルドとルビー、ハンターグリーンアナコンダの皮、キラーターマイトの顎が多数、キラーターマイトのアリ塚から出たホワイトオパール数個、ビッグバイトタートルとジャイアントバイトタートルの甲羅が多数、アサシンジャガーの毛皮と魔石。
その他細々としたものを次々と出していった。
「1階層で出たのはこんなもんですかね」
「「1階層っ?!」」
ギルドマスターといつの間にか復活していたヨハンのおっさんの声が重なる。
「1階層ってお前、これで全部じゃねぇのかよ……」
そう言って呆然とするギルドマスター。
ヨハンのおっさんはあんぐりと口を開けている。
「半分ってところですかね。他にもけっこう肉とか出たんですけど、それはほら、うちで食いますから」
半分とは言っても、2階層のドロップ品は大物が多いんだけどね。
「続き、出しますね」
2階層のドロップ品の最初は、ケートスの皮だ。
あの気味の悪い姿を思い出すと触りたくないところなのだけどしょうがない。
あとは主なものとして、カリブディスの牙と魔石(超特大)、超巨大ザメの歯と魔石(そこそこ大きい)、フェルたちが洞窟で取ってきた宝箱に有った宝石が装飾されたミスリル短剣と大粒のダイヤモンドが10個、サメ皮が多数にシーサーペントの牙や皮が多数。
「もういい」
「え?」
「もういいって言ってんだよ! この倉庫をお前のドロップ品で埋め尽くす気か?!」
「いや、でも、見せてみろって言ったのギルドマスターじゃないですか」
「限度っちゅうもんがあるだろ! 限度っちゅうもんが!」
「まだまだあるんですけど……」
クラーケンとアスピドケロンの魔石とかマーダーシータートルの甲羅とか、他にも細々したものがけっこうあるし。
「出されても全部買い取りなんてできるかっての! ここのギルドを破産させる気かってんだよ、まったく」
そんなつもりはないんですけど、邪魔だし買い取ってくれたら嬉しいなとは思うかな。
「うちで欲しいのは……」
冒険者ギルドで買い取ってくれたのは、レッドテイルカイマンの皮と牙、エンペラードラードの魔石、キラーターマイトの顎、ビッグバイトタートルとジャイアントバイトタートルの甲羅、ケートスの皮、超巨大ザメの歯、サメ皮、シーサーペントの牙と皮の3分の1だった。
ギルドマスター曰く「お前に触発されたのか、この街じゃあ成り上がってやろうって気張る冒険者が増えてな。武器防具の素材の需要が急上昇してんだよ」とのことだった。
「んじゃあ買い取り金は、計算して3日後には用意しておくからよ」
「分かりました。3日後に取りに来ますね」
ギルドマスターとのやり取りが終わったところで、フェルが俺を小突いてきた。
「なんだよ?」
『アレのことは聞かないのか?』
「あれのことって?」
『忘れたのか? リヴァイアサンだ、リヴァイアサン!』
「あ、そうだった。えーっと」
ギルドマスターとヨハンのおっさんに向き直ると、二人とも引き攣った顔をしていた。
「お、お前、まさか、リヴァイアサンを買い取れとか言うんじゃねぇだろうな?」
「い、いやぁ、さすがにそれは」
先手を打ってきたギルドマスターにそう言う。
こちらの目的は……。
「なに俺を見てんだよ! 解体もダメだからな! できるわけないだろ!」
やっぱりダメかぁ。
「フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイ、ダメだってー」
ガックリ項垂れる食いしん坊カルテット。
『リヴァイアサンは美味いというのに……』
『食えないとはのう……』
「「食うつもりだったのかよ?!」」
またもやギルドマスターとヨハンのおっさんの声が重なった。
「いや、まぁ、美味いらしいです。フェルもゴン爺も力説していましたから」
俺がそう答えると、二人とも呆れたようにため息を吐いていた。
「それよりよ、お前、こういう時こそ王様になんか献上したほうがいいんじゃねぇのか」
ギルドマスターが言うには、ルバノフ神聖王国の総本山の教会が潰された一件で、ルバノフ神聖王国からこの国に抗議が来るだろうとのことだ。
ルバノフ教を嫌っている王様がまともに相手にするわけはないが、迷惑が掛かるのは間違いない。
だから、今こそというわけだ。
言われてみれば確かに。
今、献上することでその件についてどうぞよしなにって意味にもなるだろうしね。
「言われると今こそって感じですよね。お願いしてもいいですか?」
「まぁ、頼まれれば行くけどよ、お前、よしなにって頼むなら、一度くらいは王様に謁見しておいたほうがいいんじゃねぇのか?」
「ええ~」
お偉いさんと会うの面倒。
「お前自分だったら、誰かに言伝で頼まれるのと本人から頼まれるのと、どっちが気分いい?」
そう言われると……。
やっぱ1回くらいは会っといたほうが今後のためにもいいのかなぁ。
「それによ、さっきのリヴァイアサンの件、王都の冒険者ギルドなら解体受けてくれるかもしれねぇぜ」
『よし、王都に行くぞ』
『うむ。王都じゃ』
『王都だな』
『おうと~』
「お前らなぁ~」
「ま、3日後またここに来るんだ。それまでにゆっくり考えておけ」
「そうさせてもらいます」
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイは、もう王都に行く気になっているけどねぇ。
俺としても、ギルドマスターの言うことももっともだと思うし。
王都行きは免れそうにもないな。
ハァ~、お偉いさんには会うの面倒なんだけどな。
まぁ、とにかく帰ってきたばっかりだし、少しの間はここでゆっくりさせてもらうからな!




