閑話 地獄への階段
皆様、あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年一発目の更新ですが、閑話というか続きというか。
ムコーダ一行と別れた後の“アーク”の話です。
Aランク冒険者パーティー“アーク”がロンカイネンの冒険者ギルドに入ってきた。
ちょっとばかし名の通っている彼らを見て、周りにいた冒険者たちは道を空ける。
疲れた顔をした“アーク”の面々は、そのまま受付窓口へと向かった。
「俺たちはAランクの“アーク”だ。すまんが、ギルドマスターを呼んでくれないか」
リーダーであるガウディーノがそう言うと、彼らのことを把握していた受付嬢は「はい」とすぐさまギルドマスターを呼びに行ったのだった。
「話をしたとして、すんなり信じてもらえるかねぇ」
ギディオンがげんなりした表情でそうつぶやいた。
「信じようが信じまいが、そこは儂らが実際に見てきたことを話すしかないじゃろう」
いつもは豪快なシーグヴァルドが、疲れた表情でそう答える。
「シーグヴァルドの言うとおりだ。俺たちは、見て経験してきたことをそのまま話すだけだ。それに、あのムコーダさんたちが一緒だったんだ。少なくともそれだけで、信憑性も増すだろう」
今回のダンジョン探索で、一番心労が絶えなかったと言っても過言ではないガウディーノが静かにそう言った。
「私たちが知り合いなのは、冒険者ギルドも把握してるはず」
いつもギルドに来ると、併設する食事処に直行しようとするほどの、何よりも食い気が勝るフェオドラも今は疲労の色が濃く表われていた。
“アーク”の面々がそんなことを話しているうちに、ここロンカイネンの冒険者ギルドのギルドマスターであるオーソンがやって来た。
「これはこれは“アーク”の皆さん、私に話があるとか」
「ああ」
「それではこちらへ」
ギルドマスターは“アーク”の面々の表情を見て、個室へと案内したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なんとも重い雰囲気の漂う室内。
テーブルを挟んで向かい合うように猫足の豪奢なイスに座るギルドマスターとガウディーノ、シーグヴァルド。
ギディオンとフェオドラは、ギルド職員が持ち込んだ木製の簡易イスに座っている。
職員が淹れた茶でそれぞれが口を潤し、少し落ち着いたところでギルドマスターが口を開いた。
「それで、話というのは?」
そう聞かれても、すぐには口を開かない“アーク”の面々。
そんな中、ようやくリーダーのガウディーノが重い口を開いた。
「小国群にあるダンジョンを踏破してきた」
「…………ハァ?」
いきなりの突拍子もない宣言に、思わず腑抜けた声を出すギルドマスター。
「ギルドも小国群、この街から北西に行った国境沿いの荒野にダンジョンがあることだけは把握しているんじゃないのか?」
ガウディーノにそう言われて、必死に記憶を探るギルドマスター。
記憶をたどるうちに、ロンカイネンの冒険者ギルドのギルドマスターに就任したばかりのころに、そのような話をチラリと聞いたことを思い出した。
「聞いたことがありますね。しかし、そのダンジョンは場所が場所だけに、手付かずとなっていたはずですが……」
「そうだ。そこだ。そこを踏破した。証拠はこれだ」
ガウディーノがムコーダから譲り受けたマジックバッグから、フェオドラは自分のアイテムボックスから、ダンジョンのドロップ品の一部を取り出した。
レッドテイルカイマンの皮にブルーヘッドオッターの皮、ネオンバッジーの羽根、ケートスの皮。
そして、“アーク”としての今回の一番の成果と言っても過言ではない(ムコーダから譲り受けたマジックバッグを除いてではあるが)シーサーペントの牙と魔石だ。
次々と出される素材を目にし、驚きを隠せないギルドマスター。
「こ、これはっ!」
どれもが貴重であり高価なものだ。
そして、ここロンカイネンではどう考えても手に入るような素材ではなかった。
その素材が目の前に。
しかも、その入手先はダンジョンだという。
ダンジョンの場所は小国群とはいえ、ここロンカイネンからは遠過ぎるというほどではない。
上質な素材の入手先が増えるかもしれない。
ここロンカイネンの冒険者ギルドがさらに発展していく未来を予想して、ギルドマスターは色めき立った。
それとは対照的に“アーク”の面々は冷めた表情を浮かべていた。
そう単純な話ではないことは、身をもって重々理解していたからに他ならない。
「これだけのものが手に入るならば、すぐにでも情報を公開してっ」
「まぁ待ってください」
興奮するギルドマスターに待ったをかけるガウディーノ。
「確かに、あのダンジョンのドロップ品は全て価値のあるものだ。だが、あのダンジョンにもう一度潜るかと言われたら、俺はごめんだ」
「俺もだな。稼げるかもしれねぇけど、それも上手いこと生きて戻れたらの話だからなぁ」
「あのダンジョンじゃあ無事に生きて戻った姿が想像できんわい」
「私たちじゃ入ったら死ぬだけ」
Aランクの冒険者が口を揃えてそう言うダンジョンとは……。
自分の思うようにそう簡単にはいかないことを悟り、身を引き締めるギルドマスター。
「そもそもがだ、俺たちがあのダンジョンを踏破できたのだって、ムコーダさんたちと一緒だったからだ」
ガウディーノがそう言うと、他のメンバーたちも深く頷いた。
「Sランクのムコーダさんですか。そう言えば、あなたたちは知り合いだったようですね」
「ああ。その関係で一緒に潜ろうって話になったんだが、ムコーダさんたちと一緒じゃなきゃあ、俺たちはあのダンジョンからこうして生きて戻ってくる事はなかっただろうさ」
それから、“アーク”の面々はダンジョンでのことを、どんな階層だったのか、どんな魔物が出てきたのか、どう対処したのか、包み隠さず事細かに話して聞かせたのだった。
………………
…………
……
「ハァ~……。広大な湿地帯に広大な海、ですか」
「もしかしたらだが、Sランクの冒険者なら1階は攻略できるかもしれない。それだって、長い期間かけてだろうがな。だが、2階に下りた途端に海だぞ。あの大海原を進むには巨大な外洋船でも持っていかなきゃあ無理だ」
そう断言するガウディーノ。
「しかもだ、船があったとしても、あの魔物の大群が待ち受けてるんだぜ。すぐに沈没させられて終わりだぜ」
ギディオンがそう続けた。
「いやいや、その前に、海を見た途端に茫然自失じゃろう。そうなったとして、あの1階の湿地帯をまた戻らねばダンジョンの外には出られんのじゃぞ。進むにしろ戻るにしろ正に地獄じゃわい」
シーグヴァルドもそう続けた。
「地獄への階段ってか? ハハハ」
ギディオンが空元気で軽口をたたくが、「そのまんま過ぎて笑えんわい」と顔を顰めるシーグヴァルド。
「地獄っていうのもあながち間違っていない。あんなダンジョンは普通の冒険者じゃ絶対に無理。無駄死にするだけ」
珍しいことだが、フェオドラもそう力説した。
「正直言って、あそこを攻略できるのはムコーダさんたちくらいだろう。フェンリルや古竜、他にも強い従魔を従えている冒険者が他にもいるのなら別だけどな」
深く息を吐きながらそう言うガウディーノ。
それに何度も頷きながら同意する“アーク”のメンバー。
「なにせ、カリブディスやらリヴァイアサンやらなんて化け物が出てくるんだからなぁ……」
「おうギディオン、その前の1階にアサシンジャガーなんてもんが出てくるんだから、その時点で詰みじゃろ」
「シーグヴァルドも間違い。そこまで行く前に死ぬ」
冷静に突っ込むフェオドラに、ギディオンもシーグヴァルドも「「だな……」」と納得顔でそう言ったのだった。
一方ギルドマスターは、お伽噺でしか出ない魔物の名前に顔を引き攣らせていた。
「ほ、本当に、カリブディスやらリヴァイアサンやらが出てきたんですか?」
「まぁ、こんな魔物の名前が出て疑う気持ちも分からないでもないが、本当の事だ」
「今更嘘なんてついても仕方ないしな」
「ま、倒したのは当然ムコーダさんたちじゃがのう」
「ドロップ品も向こう」
「そ、そうですか」
「確認を取るなら、ムコーダさんは本拠地のカレーリナに戻ると言っていたから、そっちのギルドでしてもらったらどうだ」
「そうさせていただきます……」
「俺たちは義務として報告させてもらったまでだ。ただ、あのダンジョンの情報は公開すべきでないと個人的には思うがな」
「俺もだ」
「儂もじゃな」
「私も」
“アーク”の面々は、あのダンジョンを経験したからこそそう考えていた。
「まぁ、その辺の判断はギルドに任せる。一冒険者がどうこう言って変わるとは思わんからな。ただ、あのダンジョンの情報を公開するなら、向かった冒険者が誰一人戻ってこない事態を覚悟することだな」
ガウディーノはそう言うと、他のメンバーを促して部屋を後にした。
冒険者ギルドを出て、通りに出た“アーク”の面々。
「情報公開、すんのかね?」
「さぁな。俺たちとしてできることはした」
「じゃのう。これ以上はどうすることもできんわい」
「しかしよう、最後の最後にリヴァイアサンが出た時にゃ、ビビったぜ。恥ずかしながら気絶しちまった」
「俺もだ……」
「儂もじゃ。リヴァイアサンっちゅうのはあんなにデカいもんじゃとは思ってもみんかった」
「私も気を失った。でも、あれはしょうがないと思う」
そう言いながら4人とも頷き合う。
「実を言うとよ、ムコーダさんについていくのも面白いんじゃないかなって思ったんだぜ。実入りも良さそうだしよ」
ギディオンがそう言うと、「俺もそういう選択肢もアリかと思っていた」「儂もそれもいいかと思っておったわい」「私も。なにより美味しいご飯が食べられる」とガウディーノも、シーグヴァルドも、フェオドラも、同じようなことを思っていたと告白した。
「でもなぁ、リヴァイアサンを見た途端にそんな思いも吹っ飛んじまったぜ」
「そうじゃのう。あんなのを相手にするくらいなら、実入りはそこそこでも今の方がよっぽどいいわい」
「それに、私たちが危機に陥っても、きっとフェンリルもエンシェントドラゴンも助けてはくれない」
「ムコーダさん以外は、フェンリル様にとっても古竜様にとっても羽虫同然なんだろう……」
ガウディーノの考えは、図らずも的を射ていた。
フェルもゴン爺も、結局のところ認めている人間はムコーダだけなのだから。
「ま、俺たちは今まで通り地道に稼いでいこうぜ。やっぱそれが一番だぜ」
「それが儂らにゃあ合ってるわい」
「美味しいご飯も捨てがたいけど、安全が一番。孫に会えなくなったら死んでも死にきれない」
「フッ……。そうだな」
後日、冒険者ギルドは、小国群にあるダンジョンの情報公開を見送ることを決定した。




