第五百二十五話 え、槍もあるの?!
ゴン爺とリヴァイアサンとの一戦は、見事ゴン爺の勝利。
リヴァイアサンは息絶えたわけだが……。
「……消えないな」
『だな』
『おかしいね~』
リヴァイアサンが死んだからなのか、暴風雨だったのが嘘のように空は晴れ渡り海は穏やかになっていた。
そんな中、ゴン爺ががっちりつかんでいるリヴァイアサンの屍はいつまで経ってもドロップ品に変わらない。
『おい、もしやあれ自体がそうなのではないか?』
「あれ自体って?」
『だからあれだ』
そう言うフェルの視線の先には超巨大なリヴァイアサンの屍。
「………………。あれ丸ごとってことか? いやいやいや~、さすがにそれはないだろう」
ダンジョンではドロップ品だろ。
だいたいここに来るまで、魔物を倒したらドロップ品が出てきてたじゃんか。
『主殿、フェルの言うとおりかもしれんぞ。儂の若い頃だから、大分昔の話じゃが……』
ゴン爺の話では、ゴン爺が若い頃に退屈凌ぎで入ったダンジョンで同じことがあったそうなのだ。
それまでは、魔物を倒すとドロップ品で肉だのが出てきていたのが、最下層のラスボス(そのダンジョンでは、クジャタとかいう巨大な牛の魔物だったそうだ)を倒したらそのままの姿で残ったのだという。
『なぬ?! クジャタだと!』
クジャタと聞いて何故かいきり立つフェル。
『どこのダンジョンだ?!』
フェルが目をクワッと開いてゴン爺に問い質す。
『はて、どこだったかのう。…………………………忘れたわい』
とぼけた答えにズッコケた。
ゴン爺、たっぷり溜めておいてそれかよ~。
『チッ、ボケたか爺』
『なっ、ボケとらんわい!』
『しかし、現に覚えておらんだろう。だから爺は困るのだ』
『だから忘れただけだと言っておろうが』
『どうだか』
フェルとゴン爺が言い合いながら睨み合っている。
「コラコラコラ、フェルもゴン爺も落ち着け!」
ついさっきまでリヴァイアサンVSエンシェントドラゴンなんていう巨大怪獣さながらの戦いを見せつけられたんだぞ。
俺はもうお腹いっぱいよ。
続けてフェンリルVSエンシェントドラゴン戦なんて見たくもないわっ。
『主殿、きっと此奴はクジャタが美味い肉だからこれほど突っかかってくるんじゃぞ』
「そんなことだろうと思ったよ」
そう言いながら俺はフェルをジト目で見る。
『あ、あの牛は美味いのだ。また食いたいと思って何が悪いっ』
開き直るなっての。
ま、それは置いておいて、再びゴン爺がつかんでいるリヴァイアサンに目を向ける。
「やっぱりドロップ品は出ないみたいだな」
これだけ俺たちが話している間も、リヴァイアサンの屍はそのままの状態で残っていた。
フェルとゴン爺が言うとおり、やっぱりこれがドロップ品替わりってことなのか。
そうなるとだ……。
「これ、持ち帰るのか?」
『当たり前だろう。リヴァイアサンの美味い肉を持ち帰らんでどうする』
『うむ。それにじゃ、これだけの大きさのリヴァイアサンはそうそうおらんわい。肉もたんと取れそうじゃ』
『俺、リヴァイアサンの肉はまだ食ったことねぇんだ。絶対に食うからな!』
『スイも食べたい~』
フェルとゴン爺、ドラちゃんとスイも当然のようにそんなこと言ってるけどさぁ、この大きさだぞ。
島を一周するほどの今までの魔物とは桁違いに巨大なリヴァイアサンを見やる。
「俺のアイテムボックスに入るかなぁ?」
一応勇者仕様というか召喚者仕様だから相当の大きさではあるみたいだけどさ。
「とりあえず試してみるから、ゴン爺、それこっち持ってきて」
『あい分かった』
バッサバッサと大きな翼をはためかせてゴン爺がこちらにやってきた。
「ゴン爺、リヴァイアサンの頭をこっちに向けて」
ウゲッ、グロい。
ゴン爺に手伝ってもらいながら、リヴァイアサンの皮一枚で繋がった頭をアイテムボックスへと突っ込んだ。
すると……。
『入ったな』
『入ったのう』
『よっしゃ! これでリヴァイアサンの肉が食える!』
『ヤッター!』
あの巨体のリヴァイアサンがスルッと入っていったよ、スルッと。
自分のことながら、このアイテムボックスって実際どれだけ入るんだろうと空恐ろしくなったよ。
『よし、島に上陸するぞ!』
『おう!』
『じょうりく~』
さっさと島へと向かおうとするフェル、ドラちゃん、スイを「ちょっと待って!」と止める。
「あれに上陸するって、どうするんだよ?」
目の前にあるのは、ゴツゴツした岩が垂直に切り立った岸壁の島だ。
『登っていけばいいだろう』
さも当たり前のように言うフェル。
「登っていけばってね……。普通の人間が登れるかっての!」
あんなとこ登っていけるわけないだろ、まったく。
それにな……。
「話は“アーク”の皆さんを起こしてからだ!」
『そういえばいたな、其奴らも』
ちょっと、みなさんのことすっかり忘れてるじゃん。
絶賛気絶中の“アーク”の面々の肩を揺すりながら声をかけていく。
「ガウディーノさん! ギディオンさん! シーグヴァルドさん! フェオドラさん! 起きてください!」
しかし、“アーク”の面々はうんともすんとも言わない。
「あれ、起きないな。失礼して……」
ペチペチとそれぞれの頬を叩いた。
そして、ようやく“アーク”の面々の目に光が戻る。
「はっ、俺はなにを…」
「な、なんかとてつもないものを見た気がするんだがっ」
「リ、リヴァイアサン、リヴァイアサンじゃあぁぁ……」
「あわわわわわ」
気が付いたのはいいものの、顔面蒼白のまま焦る“アーク”の面々。
「皆さん、落ち着いてください!」
そう声を張り上げると、“アーク”の面々の視線が俺に向いた。
「もう、終わりましたから。大丈夫ですから」
俺がそう宣言すると、“アーク”の面々は半信半疑の顔に。
「終わった?」
「はい」
「あれを、か?」
「ええ。バッチリ倒しました」
「リ、リヴァイアサン、じゃぞ?」
「こっちはエンシェントドラゴンですから」
「ほ、本当に?」
「本当です」
そこでようやくホッとした顔を見せる“アーク”の面々。
「ということで、島に上陸しましょう。あそこが最後らしいので、やっと地上に戻れますよ」
「戻れるのか……」
「ようやく……」
「死なんでよかったわい……」
「地上……」
「そうですよ、戻りましょう。そういうことだから、ゴン爺、みんなを乗せて島まで行ってもらえるか」
『承知したわい』
海面すれすれまで下降してきたゴン爺に、真っ先に飛び乗るフェル。
ドラちゃんは自分で飛んでいくようだ。
俺と“アーク”の面々はゴン爺の太い後ろ足をよじ登って背中へ。
最後に……。
「みんな乗ったから、スイ、おいでー!」
『ハーイ』
元の大きさに戻ったスイがスルスルとゴン爺の体を登ってきた。
「ゴン爺、お願い」
『うむ』
ゴン爺の巨体が宙を舞い、一気に俺たちを島へと運んでいった。
草一本生えていないゴツゴツとした岩だらけの島の中央にぽっかりと口を開けた洞窟が見えた。
『あそこのようだな』
洞窟の前に着陸するゴン爺。
みんなが降りると、ゴン爺が小さくなった。
「それじゃあ、行くか」
俺たち一行は洞窟を進んだ。
進んだ先の小さなドーム状の部屋には……。
「宝箱だ」
ゴクリと喉が鳴る。
外装は木でできた質素な箱だが、かなり横に長く、今までの宝箱とはどこか違った。
「罠は?」
『知らん。面倒だ、我が開けてやろう』
そう言ってフェルが器用に前足で金具を外して宝箱を開けた。
プシュ―――ッ。
ドス黒い煙がフェルを包む。
「フェルッ?!」
『大丈夫だ。ただの毒煙だ』
「いやいやいやっ、ただの毒煙って、全然ただのじゃないだろーっ」
あわあわと焦っていると、『主殿、彼奴に毒は効かんじゃろう』とゴン爺。
次いで、『そうだぞ。加護があるから大丈夫だって。お前も俺もあるだろう』とドラちゃん。
ゴン爺とドラちゃんの言葉で冷静になる俺。
た、確かにそうか。
あのドス黒い煙を見て焦ったけど、フェルだもんな。
『あるじー、ピカピカがいっぱいあるよー』
スイは俺の焦りもなんのそので既にフェルの横で宝箱の中を覗いていた。
「大丈夫みたいなので、行きましょう」
そう言うと、引き攣った顔の“アーク”の面々が頷いた。
『大したものはないな』
『うむ。リヴァイアサンを倒した報酬にしてはしょぼいのう』
『こりゃあまた黄金ばっかで偏ってんなぁ~』
フェル、ゴン爺、ドラちゃんからはひどい言われよう。
まぁ、確かに黄金特化って感じの宝箱だけど。
金貨の他には黄金のブレスレットに黄金の指輪、黄金の冠に黄金のゴブレットなんかが所狭しとひしめき合っている。
そして、その黄金の中に埋まるように置かれているのは、二又に分かれた特徴的な槍とボロい布切れ。
「ゴクリ……」
「すげぇ……」
「これだけの金を見たのは初めてじゃ……」
「黄金いっぱい……」
“アーク”の面々は宝箱の中を見て小刻みに震えていた。
「ええと、みんなで分けますか」
「何を言ってるんだムコーダさんっ! これはリヴァイアサンを倒した報酬だろう。俺たちがもらう権利はないっ」
珍しく焦ったようにそう否定するガウディーノさん。
そして、その言葉に何度も頭を縦に振るギディオンさんとシーグヴァルドさんとフェオドラさん。
えー、そうなの?
でもぶっちゃけ金貨もいっぱいあるし、黄金の装飾品も買い取ってもらうしかないから、少し引き受けてくれるとありがたいんだけど。
そうだ、この槍とボロい布は……。
密かに鑑定をしてみる。
まずは槍だ。
【 魔槍バイデント 】
魔力を込めることで一撃必殺となる。ヒヒイロカネ製。
「ブーッ」
思わず噴いた。
え、え、え?
剣だけじゃないの?
槍もあるの?!
魔槍?!
『ほう魔槍か。久しぶりに見たな』
『魔槍とは。これだけはまぁまぁじゃのう。主殿が使うとよい』
フェルもゴン爺も余計なこと言って。
声に出したから“アーク”の面々にも丸聞こえじゃないか。
ほら、“アーク”の面々がポカンとしてるよ~。
「えーと、あの、ギディオンさん、使います?」
“アーク”の槍使いのギディオンさんに流れでそう聞いて見ると、真顔で「冗談でもそういうことを言うのはやめてください」と丁重に断られた。
冗談じゃないんだけどな。
俺みたいな「なんちゃって槍使い」じゃなく、こういうのはちゃんと使える人が持っていてこそだと思うんだけど。
まぁ、しょうがないか。
次はボロ布だ。
【 マジックバッグ(大) 】
麻袋(大)が100個入る大きさのマジックバッグ。時間経過なし。
このボロ布、マジックバッグだったんだ。
よく見ると袋状になっている。
なるほど、肩ひもがないだけか。
別途肩ひもを付ければ十分使えそうだ。
俺にはアイテムボックスがあるし(リヴァイアサンを入れてもまだまだ余裕そうなのがな)、マジックバッグだっていくつも所有している。
これは、“アーク”の面々に譲ってもいいよね。
とりあえず、うちのみんなにも聞いておくか。
肉じゃないからどうでもいいって言いそうなんだけど。
『なぁみんな、これマジックバッグなんだけど、“アーク”の皆さんに譲ってもいいか?』
念話でそう聞いてみると、やはり反対はなかった。
フェルなんて興味なさそうに『自由にするといい』だってさ。
「これ、マジックバッグみたいなんで、お譲りします」
フェルたちにも許可を得たので、“アーク”の面々にそう提案する。
すると、4人ともに「そんな高価なものはもらえない」と引き攣った顔で固辞された。
うちは十分足りてるから特にいらないんだけどなぁ。
まぁ、この後は一旦ロンカイネンの街に戻る予定だし、その時にでもまた話してみよう。
とりあえず今は……。
宝箱があったドーム状の部屋を抜けると、その先にまたドーム状の部屋が。
そこの床には魔法陣が描かれていた。
俺、フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイ、そして“アーク”の4人が魔法陣の上に乗った。
「よし、地上に戻ろうか」
『なかなか面白いダンジョンだった。また、来てもいいかもしれんな』
「は? 何言ってんの、フェル。嫌だからね、もう絶対に来ないからなーっ……」
ギョッとするようなことを平然と言うフェルへの反論の俺の声は、光を伴った魔法陣の中へと消えていったのだった。
よ、ようやくダンジョン脱出。