第五百二十四話 リヴァイアサンVSエンシェントドラゴン
「お、おいっ! これ、いつまで続くんだっ?」
ゴゥゴゥと吹き荒れる風。
そして、叩きつけるように降りしきる雨と、荒れ狂う波。
俺たち一行は、暴風雨圏に身を置いていた。
最後の島に近づくにつれてどんどんと天気が崩れていって、終いにはこの暴風雨だ。
フェルとゴン爺、そしてゴン爺につかまったドラちゃんは平気な顔をしているし、スイはキャッキャと波乗りを楽しんでいるが、俺と“アーク”の面々は、巨大スイの上から振り落とされないようにするだけで精一杯だ。
『もうすぐだ! もうすぐ接敵するぞ!』
『うむ! すぐだのう!』
フェルとゴン爺のテンションが上がった声が聞こえた。
「もうすぐって、ラスボスに会う前に俺たち死にそうなんだけどーっ!」
この嵐の中、スイから落ちたら絶対にただじゃ済まないぞ。
「なんでもいいからどうにかしろよぉぉぉーっ」
『まったく、人というのはひ弱すぎるな。この雰囲気を楽しめばいいものを』
俺と“アーク”の面々を見て、ヤレヤレといった感じでそう言うフェル。
「なにが『楽しめばいいものを』だよー! こんな暴風雨楽しめるかっ、ボケーッ!」
さすがの俺もキレてそう叫んだ。
『ボッ、ボケだと?! 結界を張ってやろうかと思ったが、張ってやらんからな!』
『落ち着くのじゃ、フェルよ。人は脆弱なんじゃ。儂らが守ってやらねばならんじゃろうて。特に主殿はのう』
『そ、それはそうだがっ、ボケは言い過ぎだろう!』
『まぁまぁ』
そう言ってフェルの肩を叩くゴン爺。
『なんにしろ主殿には無事でいてもらわないと困るじゃろう。いいのか? あれの肉を最高に美味い料理にしてもらわなくて』
『クッ、それがあったか』
『儂もあれの肉を食うのは久々じゃ。フェルもそうじゃろう?』
『うむ』
『あれだけの肉じゃ。最高の料理で食ってみたいじゃろうが』
『確かに。ハァ。業腹だが、結界を張ってやる。ゴン爺も協力しろ』
『うむ。儂とフェルの結界ならば、彼奴がいくら暴れようともビクともしないじゃろうて』
そうして、フェルとゴン爺が結界を張った。
荒れ狂う海に浮かぶ巨大スイの上にいる以上は揺れだけはどうしようもなかったが、フェルとゴン爺の結界で暴風と豪雨からは逃れることができた。
ここでようやく一息つけた俺と“アーク”の面々。
「あ~、助かった……」
「生きた心地がしなかった」
「死ぬかと思ったぜ……」
「うむ。こんなひどい嵐は初めてじゃ」
「死んだ最初の旦那の顔が見えた……」
しかし、俺たちには休む暇はなかった。
『ねぇねぇあるじー、なんか大きいのが出てきたよー』
『うっひょー! デケェな!』
『ようやくか』
『お出ましのようじゃのう』
みんなの声を聞き、顔を上げて前を見ると……。
あまりのことに声も出ず、ポカンと口を開けて上を見上げることしかできなかった。
俺たちの前に姿を現したそれは、細長く巨大な体で島を守るようにグルリと囲み頭をもたげてこちらを睨みつけていた。
『リヴァイアサンだ』
『海の帝王とも言われているのう』
『ドラとスイは手を出すなよ。お主らでは、まだあれには敵うまい』
『チッ、悔しいけどな』
『え~、スイもビュッビュッてして戦いたいのにー』
『スイー、わがまま言うなって。癪だけど、俺やお前じゃあまだアレには勝てないんだよ。自分の今の力を知るってことも大切なんだぜ』
『ブー』
い、いやいやいやいやいや、スイちゃん、あれに戦いを挑もうとしちゃダメでしょ!
なんなのアレ!
絶対にサイズ感おかしいって!
島をグルッと囲んでるって、島自体そんな小さくないからね!
ドラちゃんもおかしいからね!
悔しそうに『癪だけど、俺やお前じゃあまだアレには勝てないんだよ』って言ってるけど、勝てるならアレに挑むのかよ?!
そして、スイやドラちゃんよりもおかしいのは、フェルとゴン爺だよ!
なんでアレを見てギラギラした目で笑ってるのさ?!
みんな、おかしいって!
『それでは、行くか。スイよ、あれにもっと近づけ』
『ハーイ!』
そのやり取りでハッと我に返る俺。
「スイ、ストッーーープ!!! ダメダメダメッ、絶対にダメだ! 何俺たちを巻き込んで、アレに近づこうとしてんだよ! 俺たちを殺す気か?!」
『殺す気って、何を言っている。お主らには我とゴン爺で結界を張ってやっただろうが。死ぬことは万が一にもないわ!』
「攻撃はそれで防げるかもしれないけど、精神的なダメージがデカすぎるんだよ! あんなの近くに行ったら心臓が縮み上がるだろが! ってか怖すぎて心臓が止まるわ!」
今だって心臓バクバクしてんだぞ!
これ以上近づいたら心臓が壊れるわ!
『なにを気弱なことを言っている! これだからお主はっ』
「お主ってな、俺だけじゃないってば! “アーク”のみなさんだって、ねぇ、ガウディーノさん…………、ギャーッ!」
“アーク”の面々が紙のように真っ白な顔をして呆然としていた。
まったく生気が感じられないんだけど、大丈夫か?!
「ガウディーノさんっ! ギディオンさんっ! シーグヴァルドさんっ! フェオドラさんっ!」
俺は、“アーク”の面々の近くまで必死で這っていって名前を呼びながら肩を揺すった。
しかし、誰一人としてうんともすんとも言わない。
まさか死んだのではと青くなる俺。
恐る恐る手を口の前に持っていくと……。
「息はしてる! 大丈夫、セーフだセーフ」
息はしているが、白い顔をしたまま微動だにしない“アーク”の面々。
これは……。
「目を開けたまま気絶してるのか?!」
『ハァ~、リヴァイアサンを目にしたくらいで気絶するとは情けないな』
呆れ口調でそう言うフェル。
「何が情けないだっ! 情けなくなんかない! 俺だって気絶したいくらいだよ!」
『主殿、フェル、取込み中悪いがのう、彼奴は待ってはくれんようじゃ』
リヴァイアサンの口が白く光っていた。
「ギャァァァッ、ブ、ブレスがぁぁぁぁっ」
『クッ、お主がうるさいことを言うからだっ』
俺のせいにするなよーっ!
『ここは儂が出るしかなさそうじゃのう。ドラゴンにはドラゴンをじゃ。ドラゴン種の最強は誰か教えてやらねばなるまいて』
そう言いながら巨大スイの上から飛び立つゴン爺。
『ズルいぞ、ゴン爺!』
『お主がまごまごしているからじゃろう。それに、儂もたまには主殿に良いところを見せねばのう。新参者じゃしな。フェルよ、そういうことじゃから、今回は譲れ』
『チッ、貸し一つだからな!』
暴風雨の中、天高く飛び立つゴン爺。
そして、上空で真の姿を現した。
リヴァイアサンにも引けを取らない超巨大な黒い竜、古竜。
正に伝説という言葉が相応しい姿がそこにはあった。
『フン、小賢しいわい』
ゴン爺は、今にもブレスを放とうとしていたリヴァイアサンに鋭いアッパーカットをぶちかました。
ブレスを放とうと口を開けていたリヴァイアサンの口が、牙と牙がぶつかる鈍い音を鳴らしながら閉じられる。
そして、その巨体が海面に打ち付けられるように背中からダイブ。
ザッパァァァァァン―――。
その影響で大波が打ち寄せる。
「おわっ」
落とされまいと巨大スイにしがみついた。
『結界がある、海には落ちん』
フェルが、リヴァイアサンとゴン爺の戦いから目を逸らさないままそう言った。
『やるな~、ゴン爺!』
『ゴン爺ちゃん、強ーい!』
ドラちゃんとスイも観戦モードだ。
「あわわわわわわっ」
巨大怪獣が戦っている映画のようなシーンが目の前で繰り広げられ、俺はどうしていいのかわからずに焦りまくる。
「グガァァァァァァァァァッ」
すぐさま体勢を立て直したリヴァイアサンが怒りの雄叫びを上げる。
『フン、お主は海の帝王かもしれぬが、儂は陸海空を問わずこの世界の帝王じゃわい』
そう言ってゴン爺は、鋭い爪の生えた前足でリヴァイアサンの頭と細長い胴体をガシッとつかむとその首元に噛みついた。
そして、力任せに肉を噛み千切る。
「グギャァァァァァァァァァァァァッ」
怒りの叫びだったのが、今度は悲壮感漂う叫びに変わった。
リヴァイアサンは青い血を大量に流しながら、まさに皮一枚で頭がつながっている状態だった。
『美味い肉ではあるが、やはり生より調理した肉の方がいいのう』
濃い血の匂いが漂う中、呑気に咀嚼音を響かせながらそんなことをのたまうゴン爺。
『フン、我でも勝てるわ。あと何がこの世の帝王だ。我の方が強い!』
『ひょー! さすがゴン爺!』
『ゴン爺ちゃんすごーい!』
フェル、ドラちゃん、スイが三者三様の感想を言い合う中、俺は現実逃避していた。
「ハハハ、これは夢、きっと夢なんだ…………」
青い血なのに、匂いだけは俺たちの赤い血と一緒なんだなとか、そんな今はどうでもいいことが頭に浮かんだ。
トラウマになりそうな戦いを見せつけられて、気絶してしまった“アーク”の面々が心底羨ましいと思う俺だった。
ラスボスはリヴァイアサンでした。
やっぱり海って言ったらねぇ。