第五百二十二話 “アーク”ノメンメンガナカマニナリタソウニコチラヲミテイル。
今晩の寝床になる島に上陸した俺たち。
俺は、夕飯の支度をしないといけないわけだが、非常に困ったことになっている。
フェルたち食いしん坊カルテットが、凶悪ウミガメを食ってみたいと言い出してさ。
どう食っていいか分からんし、「今じゃなくてもいいだろ」って言ったんだけど『大丈夫。お前ならなんとかなるだろう』なんて押し通されちゃって……。
「ホント、どうすんだよコレ……」
皮付きのグロい肉塊を前に、俺は途方に暮れているというわけだ。
しかし、このままではどうしようもない。
味を確かめなければ、前に進まないな。
キモイと思いながらも皮を剥いで、肉を切り取る。
そして、塩胡椒を軽く振ってフライパンで焼いてみた。
焼けた凶悪ウミガメの肉を箸でつまんで目の前に。
「大丈夫だ。ダンジョン産のスッポンだって食ったじゃないか。それと似たようなもんだ」
自分自身に言い聞かせるようにそう言った。
「よし、俺も男だ。いくぞっ」
勢いで凶悪ウミガメの肉を口の中へと放り込んだ。
恐る恐る噛みしめながら味わうと……。
牛肉っぽくもあるし、豚肉っぽくもあるし、鶏肉っぽくもある。
ちょっとずつそれっぽいところがありながらも、どれに似ているといわれると、うーむ……。
そうだ、感じで言うと、この肉はちょっと独特の臭みもあるし、羊肉っていうのが一番似ているかもしれない。
同じカメの魔物でも、スッポンことビッグバイトタートルの肉とは大違いだなこりゃ。
この肉だと、ハーブソルトをまぶして焼いたらどうだろう。
それなら臭みも気にならないと思うんだ。
いろんな街でちょこちょこ集めてたから、いろいろと種類もあるし。
というわけで、さっき皮を剥いだ肉を骨付きのまま適当に切り分けて、ハーブソルトをまぶしていく。
使ったハーブソルトは、少し前に手に入れた、香りは強めだが爽やかな風味のハーブソルトだ。
フライパンにオリーブオイルを引いて熱したら、そこにハーブソルトをまぶした凶悪ウミガメの肉を焼いていく。
「うん、香りはいいな。問題は味だけど……」
焼けた肉を試食してみる。
爽やかなハーブの香りが鼻を抜け、肉のうま味もしっかり感じられる料理に仕上がっている。
気になっていた臭みも一切ない。
「これならイケるな」
俺は、凶悪ウミガメのハーブソルト焼きを量産していった。
グロい肉の皮剥ぎには手こずったけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『うむ。悪くないが、カメの肉ならば、あの鍋にした方が上だな』
凶悪ウミガメのハーブソルト焼きをバリバリと骨ごと噛み砕きながら、フェルがそう言った。
『確かに。これも悪くはないが、あの鍋にしたカメの肉に比べると味は落ちるかのう』
フェルの言葉にゴン爺も同意しながらそんなことを言う。
『あの鍋のカメ肉と比べたらダメだろう。あれは美味過ぎだもん。あー、思い出したら食いたくなってきた』
凶悪ウミガメの肉を食いながらもそんなことを言うドラちゃん。
『あるじー、これも美味しいよー。お鍋にしたカメのお肉の方がもーっと美味しいけどー』
スイまでそんなこと言っている。
ぐぬぬぬぬ……。
「もー、食いたいって言ったのお前らじゃないかぁー! あのグロい肉から皮を剥ぐの大変だったんだぞ!」
確かに味はスッポンの方が格段に美味いよ。
それは俺も認める。
でもさぁ、それを言っちゃあお終いだろうが。
お前たちが食いたいっていうから、俺はあのグロい肉塊と格闘したんだぞ!
あの足がそのまんまの肉塊とか、皮付きの腹の辺りだろう肉塊とか。
我慢して皮を剥いで料理したっていうのに、お前らときたら。
『い、いやな、美味いのは美味いぞ』
『そ、そうじゃ。ハーブの香りが肉とよく合っているのじゃ』
『あ、ああ。これも悪くない、悪くないぞ』
『あるじー、えっとねー、美味しいよー?』
俺がプンプン怒っていると、さすがにマズいと思ったのか、焦った感じでフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイがそんなことを言ってくる。
というか、スイちゃん、なんで疑問形なのよ。
ハァ……、もういいよ。
「お前らが食いたいって言ったんだから、残さずに食えよな」
そう言ったら、食いしん坊カルテットは『当然だ』と言いながらバクバク食っていった。
いろいろ言ってはいるけど、不味いわけではないってことなんだろう。
まったく、うちのみんなは良い肉ばっかり食ってるから舌が肥えていかんね。
肉はいろいろストックはしているものの、それが何かの拍子に無くなった時のことを考えると恐ろしいわ。
そんなことを考えながら凶悪ウミガメのハーブソルト焼きを食っていると、“アーク”の面々の会話が耳に入ってきた。
「最初は、マーダーシータートルの肉って食えるのか?って思ってたんだが……」
「俺も」
「儂もじゃ」
「私も」
まぁ、あのグロい肉塊見たらそう思うよね。
「フェル様たちは、前に食ったビッグバイトタートルより一段劣るようにおっしゃられてたが、これ、十分美味いよな」
「ああ。全然いけるぞ。ってか王都の高級レストランより確実に美味いっしょ」
「前の鍋とやらにしたビッグバイトタートルも美味かったが、こちらも美味い。特にこれは酒に合いそうな肉じゃから、それだけで儂にとってはご馳走じゃ。エールと一緒に腹が破裂する寸前まで存分に食らいたいくらいじゃわい」
「とっても美味しい。いくらでも食べられる」
おお、絶賛の嵐じゃん。
皆さん、ありがとう~。
苦労して作った甲斐があるってもんだよ。
「しかし、これで文句というか、一言あるとはのう」
「ムコーダさんとこは、良いもの食ってるからなぁ」
「それに比べていつもの俺たちの食事ときたら……」
「思い出させんなよ、リーダー」
「ダンジョンの中では本当に最悪」
「ダンジョンの外でもこんな美味いもんは食えんわい」
そう言い合いながら、凶悪ウミガメのハーブソルト焼きをしっかりと味わうように噛みしめている“アーク”の面々。
そして……。
「なぁ、思ったんだけどさ、俺たち、こんな美味いもんばっかり食ってて、元の生活に戻れんのかな……」
ギディオンさんが不意に言った一言。
“アーク”の面々が一斉に俺を見た。
“アーク”ノメンメンガナカマニナリタソウニコチラヲミテイル。
ナカマニシマスカ?
→YES NO
一瞬そんなことが頭に浮かんだ。
額から汗が垂れる。
アカン。
これは目を合わせたらアカンやつだ。
必死に気付かないふりをしながら、黙々と凶悪ウミガメのハーブソルト焼きを食い進める俺。
ってかさ、そんなん知らないよ!
このダンジョンだけって思ったから食事こっち持ちって約束したんだし。
だからこのダンジョンの中では食事を提供するけど、その先のことは知らないからね。
俺は食いしん坊カルテットで手一杯なんだから、アナタたちのこの先の食事の面倒まで見切れないからねー!