第五百二十話 シーサーペントといえば……
島に到着した途端に、食いしん坊カルテットが『シーサーペントを早く食わせろ』とうるさい。
「もう、こっちだってどんな料理にしようかっていろいろ考えてるんだから、急かさないでよ」
『なに言ってんだよ。シーサーペントといやあ、断然あれだろ!』
『うむ。あれだ』
フェルとドラちゃんが目を合わせてニンマリしている。
それを見て、ゴン爺は不思議そうに『あれとはなんじゃ?』とフェルとドラちゃんに聞いている。
それに元気よく答えたのはスイだ。
『から揚げー!』
『うむ。シーサーペントのから揚げは美味い』
『そうだ。めっちゃ美味いんだぞ!』
フェルもドラちゃんもスイも、海の街ベルレアンで食ったシーサーペントのから揚げの味をしっかりと覚えているようだ。
『ほ~、みなが美味いというのじゃから期待が高まるのう。実に楽しみじゃ』
そう言ってゴン爺もニッコリしている。
確かにシーサーペントのから揚げは美味いよ。
でもさ……。
「から揚げって、昨日もから揚げだったじゃん。さすがに続けては飽きるだろ」
昨日はコカトリスのから揚げだったけどもさ。
『飽きぬ。から揚げなら毎日でもいいくらいだ』
『うんうん。から揚げ、美味いからなぁ~』
『スイも毎日から揚げでもいいよ~』
「いやいや、毎日から揚げて。さすがに嫌だぞ俺は」
毎日から揚げウェルカムなから揚げ大好きフェル、ドラちゃん、スイの返しに苦笑いの俺。
『肉が違えば味わいも変わるじゃろう。これだけみなが美味いというシーサーペントのから揚げは儂もぜひとも食いたいのう。主殿、頼むぞい』
真顔になったゴン爺に、そのゴツイ前足で肩をつかまれそんなことを言われる。
どんだけ必死なんだよ、ゴン爺。
というか……。
「ちょちょっ、痛っ、痛いから! 力入れ過ぎだからっ!」
『おっと、ついつい力が入ってしもうた。で、主殿、作ってくれるのじゃろうか?』
「分かりました! 作ればいいんでしょ」
ゴン爺の圧に負けて、昨日に続いてまたから揚げを作ることになった俺だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アイテムボックスから魔道コンロを取り出して準備に取り掛かる。
から揚げは、いつもの醤油ベースと塩ベースの定番は当然作るとして、昨日に続いてのから揚げなので他の味付けでも作ろうと思っている。
フェルたちは飽きないって言っているけど、“アーク”の面々もいるし。
なにより俺が飽きちゃっているしさ。
連日同じメニューで同じ味じゃあね。
ということで、定番の他にカレー風味と柚子胡椒風味、味噌味のから揚げも作っていこうと思う。
まずは、“アーク”の面々に見つからないように魔道コンロの陰に隠れてこっそりとネットスーパーを開いた。
材料のうち、手持ちになかったカレー粉と柚子胡椒をパパッと購入。
あとはどんどんとから揚げの仕込みをしていくだけだ。
まずはシーサーペントの肉を適当な大きさに切り分けていく。
そうしたら、まずは定番のものから。
いつも通りの定番の醤油ベースのタレと塩ベースのタレを作って、特大のビニール袋を使って肉を漬け込んでいく。
カレー風味のから揚げは、下味でカレー味を付けるというよりは、醤油ベースのタレに漬け込んだ肉を、カレー粉を混ぜた衣で揚げるだけなので、醤油ベースのたれに漬け込む肉を多めに仕込む。
ただし、味はちょい薄めでね。
柚子胡椒風味のから揚げは、柚子胡椒、鶏がらスープの素、酒、おろしニンニク、おろしショウガを混ぜたタレに漬け込む。
味噌のから揚げは、味噌、酒、みりん、醤油、おろしニンニク、おろしショウガを混ぜたタレに漬け込む。
もちろんどちらも醤油ベースと塩ベースの定番と同じく特大のビニール袋を使って大量に漬け込んだ。
特大のビニール袋を何枚使ったことか。
おかげで在庫が無くなったよ。
後で補充しとかないと。
それはいいとして、シーサーペントの肉をそれぞれのタレに漬け込んだら、味が染み込むまでしばし待つ。
…………おい。
「な、なにかな?」
魔道コンロの周りを取り囲んでいるフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの食いしん坊カルテットと食いしん坊エルフことフェオドラさん。
『まだなのか?』
『早く食いたいのう』
『腹減ったぜ』
『お腹減ったー』
「……(ワクワク)」
「ハァ、料理には手順ってものがあるの。から揚げは、肉に味が染み込むまで少し時間がかかるんだから待ってなさいって。そうじゃないと美味しいから揚げが食えないぞ」
も~、せっかちなんだから。
そんな目で見られたって早くできるわけじゃないんだぞ。
だいたいそんな飢えたギラギラした目で見られたらプレッシャーでしかないんだが。
食いしん坊カルテット&食いしん坊エルフに囲まれながらも、やることは揚げ油と衣の用意くらいだ。
カレー風味のから揚げの衣にはカレー粉を混ぜておくことも忘れない。
食いしん坊カルテット&食いしん坊エルフのプレッシャーにさらされることしばし。
よし、もうそろそろいいかな。
特大ビニール袋で漬け込んでいたシーサーペントの肉に衣をつけて揚げ始めると、辛抱たまらんと言うかのようににじり寄ってくる食いしん坊カルテット&食いしん坊エルフ。
空きっ腹に染みるいい香りが漂ってくると……。
涎を垂らしながら、こんがりと揚がったから揚げを凝視する面々。
そんな様子に苦笑いしながらも、俺は揚げたてのから揚げをみんなに出してやった。
「揚げたてで熱いから気を付けろよ」
熱さよりも食い気が勝る食いしん坊カルテット&食いしん坊エルフは、嬉々として食っている。
『うむ、美味い!』
『ほ~、これは美味いのう。絶品じゃわい!』
『いつもと違う味のがあるな。これも美味いじゃんか!』
『美味しい~』
「……ハフハフ(バクバク)」
待ちに待ったシーサーペントのから揚げを頬張るみんなは満面の笑みだ。
食いしん坊カルテットの中に違和感なく食いしん坊エルフがいるのがなんとも言えないけど。
「ガウディーノさんたちもどうぞ」
「お、すまんな。というか、うちのフェオドラが毎度毎度迷惑かける」
「ありがとうな、ムコーダさん。ったく、フェオドラの奴は」
「いただこう。美味いもの好きのエルフの中でも、フェオドラは別格じゃからな。ホント、すまんのう」
食いしん坊カルテットと一緒になって、両手にフォークを持ちバクバクから揚げを食うフェオドラさんの姿に苦笑いのガウディーノさん、ギディオンさん、シーグヴァルドさん。
「フェオドラさん、シーサーペント楽しみにしていたようですからね。それより、うちのみんなが『シーサーペントを食うならから揚げだ』とか言って昨日と同じくから揚げになっちゃってすみません」
「いやいや、この“から揚げ”っていう油で揚げた料理は、美味いからまったく問題ない」
「うんうん。すっげぇ美味いもんな、これ」
「うむ。酒との相性も抜群なのが最高じゃわい」
そんなこと言ったってさすがに今日は酒はなしですからね、シーグヴァルドさん。
『おい、おかわりだ! いつもの味を多めに頼むぞ』
『儂もじゃ。儂は、このピリッとするのを多めにお願いしたいのう』
『俺は、こっちのいつもと違う味のを多め!』
『うーんと、スイはね~、全部いっぱーい!』
「はいよ」
俺はどんどんどんどん揚げていく。
から揚げを揚げながら、ちょいちょいつまんでいきながら。
柚子胡椒と味噌のから揚げがめちゃ美味だな。
カレー風味も美味いけど、もうちょっとカレー粉が多くても良かったかも。
「シーサーペント、初めて食ったが美味いな」
「そりゃあそうだろう。しかも、ムコーダさんが料理してくれてるんだぜ。マズいわけがない」
「だのう。しかし、このピリッとしたのが絶品じゃのう。これで酒があれば最高なんじゃが」
「おいおい、ダンジョンの中なんだからあんま無理言うなよ」
「そうだぞ、シーグヴァルド」
そんな会話をしながらこちらをチラチラ見てくるガウディーノさん、ギディオンさん、シーグヴァルドさん。
柚子胡椒のから揚げ美味いですよね。
これにビールなんかあったらもう最高ですよね~。
でも、出さないですよ!
そんな期待したような目で見たってダメダメ。
明日もダンジョンの中を進むんですから。
というかさ……。
俺、ずーっとから揚げを揚げ続けているんだけど。
俺にも落ち着いて食わせろやー!




