第五百十一話 タイラントソードフィッシュ
冷製パスタで大分早めの夕飯をとった俺たちは、そのまま早めに就寝。
カリブディスのおかげで疲れ果てて(食いしん坊カルテットを除く)、すぐに寝入った。
俺なんて横になって1分もしないうちに爆睡だったよ。
“アーク”の面々も同じようなものだったみたいだけど。
よく眠ったおかげか今朝の目覚めはスッキリだった。
“アーク”の面々も一晩グッスリ寝たことで気を取り直していた。
ガウディーノさん曰く「今更帰ろうったって、俺らだけじゃどうにもならないからな。それに、ムコーダさんたちがいれば、なんとかなるってのが実感できたしな。俺らは、死に物狂いで付いていくだけさ」とのこと。
その言葉に他の皆さんもウンウンと頷きながら静かに笑っていたよ。
諦めの境地というか達観したというか、“アーク”の面々のその姿を見てなんとも微妙な気持ちにさせられた。
うちのみんなは、ダンジョンは踏破しないと気が済まない質だからね。
ここから戻るなんてことは、転移の魔法陣でもあって、すぐに戻ってこられるって状況でもない限りはあり得ないし。
俺も「ま、まぁ、とりあえず朝飯にしましょう」としか言えなかったよ。
朝飯には、俺のあっさり朝食の洋食メニューの一つ、プレーンオムレツに野菜たっぷりのコンソメスープにバターロールを出した。
もちろんこれは俺と“アーク”の面々用のだ。
食いしん坊カルテットには、リクエストもあってギガントミノタウロスのステーキ丼だ。
俺以外はおかわりをしてガッツリ朝飯を食ったあとは、巨大になったスイに乗りこんで再び海へと繰り出した。
燦々と降り注ぐ太陽の光に穏やかなマリンブルーの海。
何もなければ最高のシチュエーションだ。
しかしながら、ここはダンジョン。
そうは問屋が卸さなかった。
「おい、あれ動いとるよな?」
シーグヴァルドさんが、穏やかな海面を動く影を発見した。
俺は、シーグヴァルドさんが指差す海面に目を凝らした。
「動いてますね……」
「ああ」
「ありゃあ、背ビレか?」
同じように、シーグヴァルドさんが指差す海面に目を向けていたガウディーノさんとギディオンさんも動く何かを確認したようだ。
「背ビレって……」
嫌な予感がするな。
そう思った瞬間。
ザッパーン―――。
その影が水しぶきを上げて飛び上がった。
「カ、カ、カジキ?!」
特徴のある鋭く伸びた上顎は見間違えようもない。
某俳優さんの釣り番組でお馴染みのカジキは、大型の魚だと知っていたけど、それにしたって……。
「大き過ぎだろーっ」
遠近法が絶対におかしい。
ここから見てもかなりの大きさに見えるカジキは、伸びた上顎を含めると20メートル、いや、もしかすると30メートル以上はありそうだった。
「あ、あれは、おそらくタイラントソードフィッシュだ……」
ガウディーノさんがつぶやくようにそう言った。
「タイラントソードフィッシュ、ですか」
「ああ。以前読んだ本によると、外洋に出ないと出会うことのない魔物ということもあってAランクだが、船乗りにとってはクラーケン並みにやっかいな魔物なんだそうだ。あの尖った上顎の一突きで大型船を沈没させるらしい……」
「マ、マジですか……」
「一突きかよ……」
「儂、泳げないんじゃが……」
ガウディーノさんの説明に、俺もギディオンさんもシーグヴァルドさんも唖然とした。
「来るっ!」
静かだったフェオドラさんが叫んだ。
『あるじー、おっきいお魚さんが来るよ~』
「うえっ、えーーー?!」
タイラントソードフィッシュが白波を上げてこちらに向かっていた。
あたふたする俺をよそに……。
『つっかまえた~』
「スイ?!」
スイが触手をタイラントソードフィッシュの鋭く伸びた上顎に巻き付けていた。
『あれ? あれれれれ』
タイラントソードフィッシュは、スイの触手などお構いなしにその丸い体を貫こうと突き進んでいた。
それに押されるようにスイの体も後ろ向きに下がっていく。
『おーっしゃ、俺がとどめを刺してやる! スイ、そのままだ!』
ドラちゃんが助太刀の名乗りを上げた。
そして……。
ドスッ―――。
その鋭く伸びた上顎にも負けない鋭さを持った氷の柱が、タイラントソードフィッシュの胴体を貫いた。
『あー! スイがやろうと思ったのに~』
『なんだよ! 押されてるから手伝ってやったのによー』
……そうだね、この程度の相手は君らには朝飯前だったか。
あたふたすることもなかったわ。
肩の力が抜けていくのを感じていると、“アーク”の面々も同じ思いだったよう。
「あー、それほど心配する必要もなかったな……」
「ある意味どんな要塞にいるより、安全かもしれないわ……」
「フェンリル殿と古竜殿など寝ておるわい。スライムと小さいドラゴン殿で十分対応できると踏んでいるからじゃろうなぁ」
「いろいろおかしいけど」
まぁ、そうですねとしか言いようがないわ。
というか、「いろいろおかしいけど」ってフェオドラさんにだけは言われたくないからね。
そんな中、まだプンスカ言い合いをしているドラちゃんとスイに念話を送る。
『ハァ……。ドラちゃんもスイも、言い合いしないの。それよりドロップ品はあった?』
『あ、ちょっと待ってて~。んーと、これ!』
何か大きな塊をつかんだスイの触手が海面から姿を現した。
「ドロップ品は、タイラントソードフィッシュの身か」
『あるじー、それ美味しい?』
「ちょっと待ってね」
鑑定してみると、焼くと美味と出た。
「焼くとおいしいみたいだね。照り焼きにしたりニンニク醤油で食ったら美味そうだな」
カジキの定番メニューで食ったら普通に美味そうだ。
『おいスイ、さっきの美味いってよ』
『うん。あるじが美味しいって言ってるー』
『よし、もっと獲るぞ!』
『うん!』
は?
盛り上がってるところ悪いけど、あんなのそんなにいないでしょ。
『よーっしゃ! 俺が飛んで見つけるぞー!』
そう言って張り切って飛び上がるドラちゃん。
『右前方に背ビレ発見! スイ、進めー!』
『ハーイ!』
って、え、え?
発見ってタイラントソードフィッシュって、そんなすぐ見つかるほど生息しているのーっ?!
「ちょ、ちょちょちょっ、ドラちゃんもスイも勝手に何してるの?! フェル、ゴン爺、起きろっ!」
『なんだ? 人が気持ちよく寝ているというのに』
『そうじゃ。人の眠りを妨げてはいかんぞ、主殿』
「何のんきに寝てるんだよ! ドラちゃんとスイが魔物を見つけるって、勝手に動き回ってるんだよ!」
『ドラとスイならば問題ない。好きにさせておけ』
「好きにさせておけって、進む方向と逆に行ってたらどうするんだよ!」
『その辺も大丈夫じゃ。儂もフェルも進む方向は分かっているからのう』
『そういうことだ』
『そういうことだのう』
そう言って再び寝入るフェルとゴン爺の二大巨頭。
「も~っ、お前ら放任主義にもほどがあるだろう!」
『よーし、フェルとゴン爺からのお墨付きももらったし、やるぞースイっ!』
『やーるー!』
その掛け声とともにスピードを上げるスイ。
「コラコラコラッ、ドラちゃんもスイも止まれぇぇぇーっ」
俺が叫ぶ横には……。
「フッ、俺たちではどうしようもないな……」
「止められるわけがないじゃろう……」
「せいぜい死なないように気を付けようぜ」
「うん、死なないように」
いろいろと悟ったように穏やかな顔をした“アーク”の面々がいたのだった。




