第五百八話 人生終了。かと思った
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「やっぱり俺たちがこのダンジョンに来たのは間違いだったんだぁぁぁっ」
「うぉぉぉっ、死ぬーーーーーっ!!!」
「ぬおぉぉぉぉぉぉっ」
「キャァァァァァァッ」
百戦錬磨の冒険者であろう“アーク”の面々が必死の形相だ。
「何でこうなるんだよーっ! フェルでもゴン爺でも、どっちでもいいから早くなんとかしろぉぉぉっ!!!」
轟々と音を立てて回る巨大な渦潮。
現在進行形で、俺たち一行はその巨大渦潮に巻き込まれ中だった。
俺と“アーク”の面々は、振り落とされまいと必死に巨大スイにつかまりながら阿鼻叫喚。
こんなことになっている原因は、言わずもがなのフェル。
フェルが『ちょっと寄り道だ』とか言い出して、来てみればこの様だ。
というか……。
お前、『ちょっと寄り道するだけだ。心配するな』って言ってたよなぁぁぁっ。
スイに必死にしがみついての俺の心の叫び。
『おーい、大丈夫かぁ?』
『フェルもおるし、大丈夫じゃろ』
呑気にそんな会話をしているのは、ゴン爺とドラちゃんだ。
渦潮に巻き込まれてグルグルと回る俺たちを渦の真上から見ている。
ってか、飛べるからって早々に離脱したのを、俺は忘れてないからなぁー!
『あるじー、フェルおじちゃんー、グルグル回ってるよ~。楽しーねー!』
頭に響いてきたのは、これまた呑気というか楽しそうなスイの声だ。
まるで遊具に乗っているかのようにキャッキャッと楽しんでいるスイ。
この状況で、何で楽しんでるのさぁぁぁ?
大物過ぎるよ、スイちゃぁぁぁぁぁん。
「ス、スイッ、全然楽しくないからねっ! 今、俺たち魔物に食われそうなんだよ! 大大大ピンチなんだからねーっ!」
まるで危機感のないスイにそう叫ぶが、この状況が分かっているのかいないのか。
『大丈夫だよ、あるじー。スイがやっつけるもんっ!』
そう言ってフンスと意気込むスイ。
でもさ……。
簡単に『やっつけるもんっ!』なんて言うけど、いくらなんでもあれはスイには無理でしょうよ。
ここからも見えるあの醜悪な姿。
あれは、恐怖の対象でしかない。
見えている渦潮の中心には、イソギンチャクの口にびっしりと鋭い歯が生えたような魔物が大口を開けて俺たちを待ち受けていた。
口だけであの大きさなら、海中にある本体はどれだけ巨大なのか……。
俺たちを食おうと待ち構えるあの大口の鋭い歯が、音を立てながらガチガチと合わさる光景が見えた。
「ギャーッ! もうダメだ! 死ぬぅぅぅぅっ」
これが走馬灯というやつだろうか。
生まれてから記憶のある年頃以降の人生が、映像を観ているかのように甦ってくる。
小学校、中学校、高校、大学時代……。
そして、就職してからのリーマン時代。
突然の異世界転移。
フェルやスイ、ドラちゃん、ゴン爺との出会い。
生きる世界は変わったが、それなりに愉快な生活を送っていたこと……。
しかし、それも終わり。
あの口に吸い込まれてバリバリと咀嚼されて死ぬ未来しか見えなかった。
『騒ぐな。心配いらぬと言ったであろう』
この危機的状況にもかかわらず、悠然と立ち無言を貫いていたフェルがようやく言葉を発した。
「心配いらぬって、この状況で心配しないわけないだろぉぉぉっ! ってか、死ぬー! 終わりだぁぁぁ!」
そのやり取りの間も俺たちは渦の中心に向かってグルグルと回り、刻一刻とあの巨大な大口に吸い寄せられているというのに。
「いろいろあったけど、フェルッ、スイッ、ドラちゃんっ、ゴン爺っ、お前らと出会えて良かったぞーっ!!!」
本当にもうダメだと思った俺は、遺言のようにみんなへのメッセージを口走った。
『ハァ~。まったく、何を言っておるのだ! 恥ずかしい奴だな。まだ死にはせん』
フェルがそう言った直後……。
ドッゴーンッ、バリバリバリバリィィィッ。
特大の稲妻が、渦の中心にあった巨大な口に吸い込まれるように落ちていったのだった。
数分後―――。
巨大な渦潮は跡形もなく消え去り、俺たちの前には凪いだ海が広がっていた。
俺と“アーク”の面々は、あまりの激変に呆然としていた。
『あーあ、終わっちゃった~。グルグル、面白かったのになぁ~』
『そう言うなってスイ。あれの原因は魔物だったんだからよ』
『しかし、あれを一撃で屠るとはさすがじゃのう。フェルよ』
『フン、当然だ』
『てかよ、ゴン爺はあの魔物が何なのか知ってるのか?』
『うむ』
『フェルは知ってるのか?』
『知らん。だが、あの程度を倒すことに何の問題もない』
『ハハ。フェルらしいっちゃらしいな。で、ゴン爺、ありゃあ何なんだ?』
『何の魔物~?』
『ドラもそうだろうが、フェルもスイも海へ行ったことはあっても、外洋へは出たことがないじゃろうから知らんのも無理はない。あの魔物はのう……。はて、何という名前だったか?』
『おーい、ゴン爺……』
『永い時を生きすぎてボケたか、お主』
『失礼じゃのう。だいたい永い時を生きているのは、フェル、お主も同じではないか。これは名前が思い出せんだけじゃわい。えーと、何といったか……。カ、カ、カリ…………。カリブディス。そうじゃ、カリブディスという魔物じゃ。巨体で動きも鈍く、そもそもがあまり動かん魔物じゃが、己に近付くものはすべて食い尽くす。襲われればシーサーペント辺りでもひとたまりもないじゃろう』
『ほう、シーサーペントでもか。カリブディス。覚えておこう』
呆然とする俺と“アーク”の面々の横で交わされたフェルたちの会話。
“アーク”の面々には聞こえていないけど、当然俺には聞こえていた。
こっちは死ぬかと思ったってのに、平然と会話してんなよ~。
ってかさぁ、何の魔物か知らないのに向かっていくなよ、フェルゥゥゥ!
ガックリと項垂れ、力尽きた俺は、巨大スイの上で崩れるように横になったのだった。
『あったー! フェルおじちゃん、見て見てー! さっきフェルおじちゃんが倒したやつが落としたの~』
カリブディスのドロップ品をつかんだスイの触手が、海面から飛び出してきた。
『ぬ。食えそうなものはないな。いらん。此奴に渡しておけ』
『あるじー、フェルおじちゃんいらないってー』
「んー?」
俺の目の前に置かれた三つのドロップ品。
牙と宝箱と魔石。
それを見て、俺の顔が引き攣る。
ドランやエイヴリングで出たダンジョンボスの宝箱に匹敵する大きさの宝箱と超特大の魔石。
鑑定しなくても分かる。
これ、絶対にSランクの魔物から出たやつだ。
というかさ……。
「さっきの魔物、この階層のボスじゃないの?」
『違うな』
『違うのう』
同時に答える、フェルとゴン爺。
「え? 違うって……」
『最後に待っているのは、もうちと強いのう』
『うむ。この気配はあれだな。我も久しぶりに相まみえる。さっきのよりは、手応えのある相手だ。楽しみにしていろ』
………………。
全然楽しみじゃないんだけどぉぉぉ?!




