第五百七話 ケートス
俺たち一行は、巨大スイに乗って大海原を進んでいた。
「しかし、ダンジョンにこんな階層があるとはねぇ……」
周り一面に広がるコバルトブルーの海を眺めながら、一人つぶやく俺。
そのつぶやきを聞き取ったフェルがフスンと鼻を鳴らした。
『我もこのようなダンジョンは初めてだ。しかも、手応えがありそうな気配もちらほら点在している。このダンジョンに来て正解だったな』
何が正解だよ。
というかさ、怖いから笑顔でサラッとそんなこと言わないでほしいよ。
フェルが手応えがありそうとか言うのって、ほぼほぼとんでもない魔物ってことなんだからさ。
『儂もこのようなダンジョンがあるとは思ってもみんかったわい』
側にいたゴン爺も会話に参戦してくる。
『この世で一番長生きしているジジィが知らないことがあるということは、まだまだこの世にも面白きことがあるということだ。特にダンジョンにはな! だからダンジョンは止められぬ』
目を爛々とさせてそう宣うフェル。
『だよな~。俺も一人でいるときは、ダンジョンなんてあんま興味なかったけど、入ってみると楽しいよな!』
ドラちゃんもダンジョン大好きだもんね、ハハ。
『此奴の従魔になってから、人間の街にあるダンジョンにも気軽に行けるようになったのがいい。これからも人間の街のダンジョンに入るのはもちろん、ここのような手付かずのダンジョンにも積極的に入るようにしていきたいところだな』
そう言うフェルに、ゴン爺もドラちゃんも同意するように頷いている。
『スイもいっぱいダンジョン行く~』
みんなを乗せるスイからも、そんな念話が届く。
これからもダンジョン参りする宣言をした従魔ズたちにガックリする俺だった。
そんなやり取りをする俺たちの一方で……。
「フェオドラ、あそこにいるの狙えるか?」
「大丈夫」
ガウディーノさんが指差す先には、けっこうな大きさの魚影が。
その魚影に狙いを定めて弓を引き絞るフェオドラさん。
ヒュンッ―――。
矢は見事に命中した。
魚影が消えてドロップ品に変わったようだ。
そして、そのドロップ品と矢を回収するのは……。
『はい、どうぞ~』
ドロップ品と矢を持って、ニュルッと海中から出てきたのはスイの触手だ。
「ありがとな、スイ」
いろいろと吹っ切れた“アーク”の面々は、海の上でも狩りに勤しんでいた。
とは言え、海の中で仕留めても、ドロップ品の回収がままならないとあって、俺がスイとの仲を取り持って回収はスイに任せた。
まぁ、海ゆえに魚が多くドロップ品も身がほとんどなので、俺たちの飯の食材として提供されることがほとんどだが。
さっき回収したのも、サケの身に似たドロップ品だったしね。
それでも、小型のウミガメの魔物からは甲羅のドロップ品もあって、それだけでも相当の利益がでると“アーク”の面々はホクホク顔だった。
「ぬ、何じゃあれは……」
獲物はいないかと海面を見ていたシーグヴァルドさんが、そう言って怪訝な顔を浮かべた。
俺を含めたみんなの視線が、シーグヴァルドさんの視線の先へと向いた。
「は? 犬?」
いるはずのない犬が、大海原を泳いでいた。
『馬鹿者。犬がこのようなところにいるはずなかろう』
フェルからの容赦のない突っ込み。
「そ、そりゃあ分かってるよ。だから驚いてんじゃん」
あれも魔物なんだろうけどさ。
見たこともない犬顔の異様な魔物に、俺たちは呆気に取られていた。
『あれは、ケートスじゃな』
「……ゴン爺、知っているのか?」
さすが年の功。
ゴン爺が知っていたようだ。
『海獣型の魔物じゃ。それよりも、みな警戒じゃ。あれは、群れで行動するからのう』
そうゴン爺が言った直後。
次々と海面に犬顔が現れる。
そして、いつの間にか俺たちは多数のケートスに囲まれていた。
『あるじー、これ倒すのー?』
「そ、そうだ! 倒しちゃって、スイ!」
『ハーイ。エイッ』
「グギャッ」
スイの触手に貫かれるケートス。
「お、俺たちも戦うぞっ」
数多のケートスに、アイテムボックスからミスリルの槍を取り出して覚悟を決める。
『言われんでも分かっとるわ。スイだけでも大丈夫だとは思うが、こう多くては進路の邪魔だからな』
そう言いながら、フェルが前足を振るう。
すると、ヒュンッと海面がいくつもに割れると同時に赤く染まっていった。
『うむ。邪魔だのう。しかも、此奴ら、鼻が利くのかけっこうしつこいのじゃ。ここできっちり始末するのが良かろう』
ゴン爺がそう言うと、目の前の海面がケートスを巻き込みながら渦を巻いた。
その渦はだんだんと赤く染まっていった。
『おいおい、お前らだけで片付けんなって』
ドラちゃんがそう言うと、得意の氷魔法で現れた何本もの氷の柱がケートスたちを貫いていった。
『おい、お前たちもうかうかするな。そこ、登ってこようとしているぞ』
そうフェルから声を掛けられた“アーク”の面々がハッと我に返る。
覗き込んだ先には、スイの丸い体を器用に登ってくるケートスの姿があった。
「キモッ……」
ケートスという魔物、犬顔の下の胴体はイルカというかクジラというか、そんな感じになっている異様な姿だった。
「気持ち悪いんだよ! 登ってくんな、ボケェッ」
ケートスのその異様な姿に、ギディオンさんが悪態をつきながら槍を突き刺した。
「ギエェェッ」
なんとも耳に残る汚い鳴き声をあげながら海に落ちていくケートス。
「登ってこさせるな! 手分けして落とすぞっ!」
ガウディーノさんがそう言うと、ギディオンさん、シーグヴァルドさん、フェオドラさんが散っていった。
俺もそれに乗っかる。
広範囲攻撃は、フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイに任せて、“アーク”の面々と俺は、スイの体を登ってこようとするケートスを落とすことに専念したのだった。
………………
…………
……
俺たちの周りを埋め尽くすかのようにいたケートスは姿を消していた。
「あ~、疲れた」
スイの上に大の字になって寝転んだ俺。
“アーク”の面々もさすがに疲れたのか、座って休んでいる。
『あのくらいで音を上げるとは、相変わらず軟弱だな。お主は』
俺を見下ろしたフェルがそう言った。
「ヘぇへぇ、俺は軟弱ですよーだ。お前らと一緒にするなっての」
てか、あんなのがいるなんてね。
海、怖いわ。
『あるじー、これー』
ザパンと海中からスイの触手が伸びた。
触手の先には何かの皮が。
「ん? ドロップ品か?」
『いっぱい落としたんだけど、全部は拾えなかったのー。ゴメンなさぁい』
「いいよいいよ。というか、期待してなかったのに、拾ってくれただけ嬉しいよ。ありがとな、スイ」
数えると、ケートスの皮が16枚。
全部“アーク”の面々に渡そうとしたんだけど、それ程役に立っていなかったからと固辞された。
でも、そもそもがうちの面々は食えるもの以外のものには極端に興味なしだからねぇ。
俺としても、“アーク”の面々ほど活躍したかというと、正直そうとは言えないし。
しばらくの問答の末に、俺たちと“アーク”で半々に分けることに。
共闘したんだからと、半ば押し付けるようにだけどなんとか納得してもらったよ。
うちの食いしん坊カルテットは食えるもの以外だと基本は興味なしだからねぇ。
とにかくだ、今はさっさと地に足を着けたい気分だぜ。
「なぁ、フェル。次の島はまだなのか?」
『まだだ。…………む?』
フェルが顔を上げて遠くを見つめた。
『スイ、あっちへ向かうのだ』
『あっちー? まっすぐじゃないのー?』
『ちょっと寄り道だ。とにかく我の指示する方角に向かえ』
『わかった~』
『フェルが寄り道ってことは、あれか~?』
『ほぅほぅ、なかなかの気配じゃ』
…………。
「おいおいおいおい、どこ行く気だよ、フェル~」
『先ほど言った通り、ちょっと寄り道するだけだ。心配するな』
心配するなって、フェルが言うと心配しかないんだけど……。




