第五百五話 潮の香り?
ちょい短めです。
1階層のボスのアサシンジャガーを倒し、岩と岩が重なる間の穴に入る。
数メートル先に階段があり、そこを下りていく。
「なんか、長い階段だな」
他のダンジョンより長い階段だ。
既に50段くらい下りたように思うんだけど。
少し緊張しながら、さらに下りていくと、ザーッザーッと音が聞こえてくる。
そして……。
「…………潮の香り?」
階段の終わりに、光と共に目に入ったのは砂浜だった。
砂地に立った俺は、周囲を見回して絶句した。
俺たち一行が立っていたのは、ヤシの木が数本立つ砂でできた島で、その周りはエメラルドグリーンの常夏の海が広がっていたのだから。
「こんなのって、アリなのか? ここ、ダンジョンだろう?」
困惑と共に思わずつぶやいた言葉。
『フハハハハハハハ。海とは面白いではないか!』
『確かにのう。儂も海は久しぶりじゃ。ワクワクするわい』
『海か! 美味い魚が食えそうだな!』
『海のお魚さ~ん!』
この光景にも食いしん坊カルテットはヤル気満々らしい。
この訳の分からない光景にもこの態度。
みんなには頼もしさを感じるよ。
一方、こちらの面々はというと……。
ガウディーノさん、ギディオンさん、シーグヴァルドさん、フェオドラさん、“アーク”の4人は呆然とした顔をして完全に固まっていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「手付かずのダンジョンと聞いて、冒険者冥利に尽きると興味本位で付いてきたのが間違いだったのかもしれん。リーダー失格だ……」
「それを言うなら、みんな同罪だろ。しかし、こう来るとはなぁ……」
「そうじゃ。儂も欲に目がくらんだ。ガウディーノだけを責められんわい」
「ダンジョンに海……。こんなの、聞いたことない…………」
砂浜に車座に座って、生気が抜け落ちたような顔で話す“アーク”の面々。
『おい、彼奴らは何故暗い顔をしているのだ?』
「そりゃあこの光景を見たからだろ」
これを見たら、そうなっちゃう気持ちもわからないでもない。
水平線まで広がる海。
これをどうやって進んでいくのか。
ここは本当にダンジョンなのか?
果てはあるのか?
あるとして、本当にそこまで辿り着けるのか?
そりゃあいきなりこの光景を見たら、いろんなことを考えちゃうってもんだよ。
俺はフェルたちがいてくれるから、まだ冷静でいられるけどさ、普通ならねぇ。
というか、ドラちゃんとスイは波打ち際でキャッキャ、キャッキャ遊んでいて、それを見守るゴン爺が好々爺よろしく『これこれ、あんまり遠くに行ってはダメじゃぞ』なんて言っているほのぼの風景と“アーク”の面々との対比がヒドい。
とは言っても、俺も全く心配がないわけではない。
「ここ、どうやって進むんだ?」
『移動はゴン爺かスイに任せればいいだろう』
「そう言うけど、ゴン爺もスイも、全く休まずにというわけにはいかないだろう?」
『なにを言っておる。休む場所ならいくらでもあるだろう』
「いくらでもあるって、どこにそんな場所があるんだよ?」
『島が点々とあるではないか。そこを伝っていけばよい』
「……島?」
『そうだ。この方角にもあるではないか』
フェルが鼻先で指す方向を、レベルが上がって良くなった目でジーッと見つめる。
ジー…………。
「んん? あれか?」
黒いゴマのような点が見えた。
『そうだ。その他にも島はあるから心配いらん』
「ほ~、そうなのか。ちょっと安心した。でも、フェルは地形までよく分かるよな」
『ま、我くらいになるとな』
そう言いながらドヤ顔をかますフェル。
「あーはいはい。さすがフェルだよ」
そう言って俺は苦笑いした。
『それよりもだ、早速食材が手に入ったようだぞ』
「食材?」
フェルが見ている方を見ると……。
『エーイ!』
ビュッ、ビュッ―――。
『ほらよっと!』
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ―――。
口を開いて次々と押し寄せてくる二枚貝を酸弾と氷魔法で屠るスイとドラちゃん。
「な、なにあれ…………」
波打ち際にいたドラちゃんとスイに殺到していたのは、シャコ貝みたいな二枚貝だった。
『魔物に決まっておるだろう』
いや、そうなんだろうけど、1メートル近いデカい貝が次々押し寄せてくるってキモイな。
顔を引き攣らせていると、戦闘は早々に終わったらしく、スイがポンポン飛び跳ねながら『あるじー』と俺を呼んだ。
「大丈夫だったか、スイ?」
『大丈夫だよー! 貝さんがいっぱい来たからドラちゃんと一緒に獲ったのー』
「そ、そうか」
『そうそう。で、これよ。身を落としたから食えるんじゃないかなーって、スイと一緒に獲りまくったってわけさ』
そう言うドラちゃんがホバリングする真下の波打ち際には、ドロップ品であろう大量の貝の身が集められていた。
鑑定してみると……。
【 ジャコ貝の身 】
食用可。割と美味しい。
ざ、雑~。
というか、俺の鑑定は食に関して特化し過ぎだと思うんだ。
食えるか食えないか、美味いか不味いか、必ず書いてあるもんな。
なんでか付いた“孤独の料理人”って称号が影響してるんだろうけどー。
ま、便利だからいいけどさ。
「割と美味しいみたいだから、あとで焼いてみんなで食うか」
『わーい』
『久々の海の幸か楽しみだぜ!』
ドラちゃんとスイの獲ったジャコ貝の身をアイテムボックスにしまっていると、ゴン爺の声が。
『第二陣が来たようじゃぞ』
「第二陣?」
不思議に思い、ゴン爺の視線の先を見ると……、
「うわっ」
ホタテに似た大量の二枚貝が、海面をピョンピョン飛び跳ねながらこちらに向かって来ていた。
『おい、あれは食えるのか?』
『儂の鑑定では、食用可となっているのう』
『スイ、あれ食えるって! 獲るぞ!』
『ハーイ!』
ドラちゃんとスイは、喜び勇んで再び貝獲りに勤しんだのだった。
………………
…………
……
俺の目の前には、俺の顔ほどの大きさの貝柱が大量に積み上げられていた。
『いや~、大漁大漁』
『いっぱい獲れたね~』
海の街ベルレアンで食ったホタテに似たイエロースカラップ、あれもデカいと思ったけど、これはその比じゃないね。
さっきのホタテに似た二枚貝は50センチ以上はあったもんな。
その貝柱だもん大きいはずだよ。
ゴン爺の鑑定だと食用可らしいけど、自分でも一応鑑定してみる。
【 ジャイアントスカラップの貝柱 】
食用可。焼いても煮ても美味。
焼いても煮ても美味か。
貝柱だもんね。
いろんな料理に使えそうだね。
最初はシンプルなバター焼きにして出しても良さそうだな、なんて考えていると……。
『よし。早速食おうぜ!』
『食べる~!』
『うむ。食材も揃ったことだし、飯にしろ』
『それはいいのう。海の物は久しぶりだ。主殿、とびきり美味い料理を頼むぞい』
まぁ、そうなるよね~。
食材があれば食いたくなるよね。
この食いしん坊たちは。
昼飯にはちょっと早いけど、まぁいいか。
落ち込んでる“アーク”の面々にも、美味いもの食って早いとこ復活してもらいたいし。
そういうわけで、久しぶりにやりますか。
アレを。
そう考えながら、アイテムボックスから特製BBQコンロを取り出して準備を始める俺だった。




