第五百四話 アサシンジャガー
昨日のスッポン鍋のおかげか、朝から食いしん坊カルテットは元気いっぱい。
作り置きから選んだダンジョン豚のカツサンドをモリモリ食っていた。
“アーク”の面々も元気溌剌。
今朝は、当人たちの希望で食いしん坊カルテットと同じ肉メニューだ。
フェオドラさんなんて、カツサンド食いながら自分の頬をさわってニンマリしていたよ。
スッポン鍋の効果で肌がプルンプルンになってたもんね。
その効果がガウディーノさん、ギディオンさん、シーグヴァルドさんにも出て、顔がツヤッツヤになっていたけどね。
ムサい男のツヤ顔って誰得だよ。
そう思いながらも、いや待てよと思った俺。
俺も昨日スッポン鍋を味わったのだから……。
自分の柔らかい張りのある頬に触れつつ顔が引き攣った。
しばらくはスッポン鍋を作るのは自重しようと思う俺だった。
朝食を食い終えた俺たち一行は、巨大スイに乗り先へと進んだ。
フェルとゴン爺が言っていた通りであれば、もうすぐこの階層も終わりということで、ゴン爺とドラちゃんもスイに乗り一緒に進む。
しばらく進んだところで、フェルがスイを止めた。
「あ、あれか……」
階層が終わるということは、その前にボスが必ずいるわけで……。
苔むした岩と岩が重なる間にある、洞窟の入り口のような穴を守るように動き回る金毛に黒の斑点がある2匹の獣。
その獣は、岩の大きさからみると、3メートルくらいの大きさはありそうだ。
「ジャガー?」
『うむ。あれはアサシンジャガーとかいう魔物だ。素早さだけは我も認める』
『確かにすばしっこい魔物じゃのう。まぁ、儂ならブレス一発じゃが』
ゴン爺、それを言っちゃあお終いよ。
ゴン爺のブレスなら、それこそフェル以外は一発でたいがい終わるでしょうよ。
「お、おい、アサシンジャガーだってよ。名前からしてヤベェ……」
「俺の記憶が正しければ、アサシンジャガーはSランクの魔物だ。昔、バルカルセの街の冒険者ギルドにあった本で見たことがある」
「バルカルセっちゅうと、ペラレス大森林地帯か」
「ああ」
「魔境とも言われるあの辺りの魔物っちゅうだけで、儂らが手を出していい相手じゃないわい」
「それが2匹も……」
青い顔をした“アーク”の面々が話す内容が耳に入ってきた。
やっぱりSランクなんだ。
フェルが『素早さだけは我も認める』って言ってた時点でそんな気はしてたけど。
というか、ここのダンジョン、俺たちだから10日足らずでここまで来られたけど、普通の冒険者じゃ何か月もかかる道のりなんじゃないかと思う。
しかも、1階層目のボスからSランクとか、よくよく考えたら相当な鬼畜ダンジョンなんじゃなかろうか。
「えーと、2匹いるけど大丈夫か?」
『フン、当たり前だろうが』
『じゃから儂のブレスで』
「それは止めて、ゴン爺。俺たちにも被害出そうだから」
古竜のブレスだぞ。
さすがにダンジョンが壊れるかもしれないだろ。
今から思うと、ブリクストのダンジョンでゴン爺がブレスぶっ放したときも本当はヤバかったんだろう。
あの時は、ブラックドラゴンが消滅しただけでダンジョン自体には何事もなかったから事なきを得たけど、いつもそうとは限らないもんね。
古竜のブレスなんて、この世界じゃこれ以上ないほどの究極的な攻撃力を持ったもんだろ。
そんなのをぶっ放されたんじゃあ何があるかわからんわ。
『まったく、何故ドラゴンは何でもかんでもブレスで片付けようとするのか』
『む。ブレスはドラゴンの最大の攻撃なのだから当然じゃろう』
『だからと言ってブレス一辺倒とは、頭が固いのう』
『ぐぬぬぬぬぬ』
睨み合うフェルとゴン爺。
「コラコラ、言い合いしないの」
『主殿、そうは言うが、最初に突っかかってきたのはフェルからじゃぞ』
『我は本当のことを言っただけだ』
「あーもう、いいから! それより、あれをどうするのさ」
言い合いしてる場合じゃないだろうが。
大人げない年長組に呆れていると、ドラちゃんがゴン爺の頭に留まった。
『おいおい、さっきから聞いてりゃあドラゴンはブレス一辺倒だとかなんとか。フェル、俺を忘れちゃいないか?』
『む』
『俺は魔法は得意だし、すばしっこさもピカ一だぜ』
『ドラは頭の固い此奴やそこら辺のドラゴンとは別だ』
『分かってんじゃん。つーことで、あいつらは俺が相手すっからな』
そう言い捨てると、アサシンジャガーへ向かって飛んでいくドラちゃん。
『あー! ドラちゃんズルーい! スイもたーたーかーうー!』
巨大スイがそう言って動き始めて、俺とフェルとゴン爺、そして“アーク”の面々が慌ててスイから飛び降りた。
ドラちゃんとスイが、アサシンジャガーの守備範囲へと侵入したのか2匹も動き出した。
「お前らはいいのか? というか、ドラちゃんとスイだけで大丈夫なのか?」
『あの程度の相手なら譲ってもかまわん。それに、ドラとスイなら問題ないだろう』
『フェルに同意する。儂らが出るまでもないじゃろう』
「いや、心配だから付いていってほしいんだけど」
『ハァ。お主はドラとスイの強さをいい加減分かれ』
フェルは呆れたようにそう言うけど、心配なんだからしょうがないだろ。
「でもさ……」
『黙って見ておれ』
フェルとゴン爺と二言三言かわす間に、戦いは始まった。
素早い動きで、ドラちゃんをその鋭い爪の餌食にしようと前足を振るうアサシンジャガー。
「あれ、魔法?」
アサシンジャガーが前足を振るう度に草が舞っているように見えるんだけど。
『うむ。彼奴は風魔法を使う』
「フェルの爪斬撃みたいなもの?」
『我のものとは完成度が違うわ。まぁ、似てはいるかもしれんがな』
似てはいるんじゃん。
その爪斬撃劣化バージョンをヒョイヒョイッと素早さでは負けていないドラちゃんが避けていく。
アサシンジャガーが前足だけの攻撃ではドラちゃんを捉えることができないと悟ったのか、今度は鋭い牙も使い噛みつこうとする。
『俺が避けるだけと思うなよ。オラッ』
ザシュッ―――。
ドラちゃんが放った氷魔法、鋭い切っ先の氷の柱がアサシンジャガーの背中から腹までを串刺しにするように貫いた。
「ギャオォォォッ」
断末魔の叫び声をあげるアサシンジャガー。
スイの方はというと……。
巨大な体から元の大きさに戻ったスイが、アサシンジャガーと対峙した。
そして、ビュッビュッと酸弾を放つが、ことごとく避けられていた。
『もー、なんで当たらないのー?!』
地団太を踏むようにポンポン飛び跳ねるスイ。
『うー、それならこうだよー!』
触手を2本伸ばし、アサシンジャガーを捉えようとするスイ。
もちろんアサシンジャガーもそうやすやすと捕まるわけがない。
アサシンジャガーとスイの攻防が続く。
そして……。
『つーかまえたー!』
スイの第三の触手がアサシンジャガーの尻尾を捉えた。
「ギャウッ」
アサシンジャガーがスイの触手から逃れようと暴れる。
『ヘッヘー、そんなんじゃ離さないもんね~』
逃れることができないと悟ったアサシンジャガーは、今度はスイの触手に噛みついた。
触手に噛みついたアサシンジャガーは頭を振り、噛み切ろうとする。
しかし、相手はスイだ。
スライム特有の軟体性の体は、切れた部分をすぐさまくっつけていった。
『そんなのスイには効かないもんね~』
そうこうしているうちに、スイの別の触手がアサシンジャガーの胴体と首に巻き付いた。
そして、一気にアサシンジャガーに取り付いたスイはそのまま頭部へと進むと、アサシンジャガーの頭を体内に収めてしまった。
呼吸ができなくなったアサシンジャガーは猛烈に暴れた。
しかし、1分、2分と時間が進むごとにその動きも鈍っていく。
5分も経つと、アサシンジャガーはピクリとも動かなくなった。
アサシンジャガーが消えた後には、魔石と金毛に黒の斑点の毛皮が残されていた。
『わーい! 勝ったー!』
ポンポン飛び跳ねながら勝ち鬨をあげるスイ。
『お、スイも勝ったな。やるじゃん』
『えへへ~』
『しかし、スイの方も落としたのは俺と同じく魔石と毛皮か~』
『お肉でなかったねー』
『まぁ、この見てくれじゃあ肉は出さなそうだし、しょうがねぇよ』
和気あいあいと話すドラちゃんとスイを、ちょっと引き攣った顔で見ている俺。
「……スイ、あんな攻撃いつ覚えたんだ?」
『知らん。だが、さすがに我もあの攻撃を受けるのはごめん被るぞ……』
『儂もじゃ……』
そう言いながらフェルとゴン爺も顔を引き攣らせていた。
窒息死じゃあねぇ……。
アサシンジャガーに心の中で手を合わせる俺。
しかし、フェルとゴン爺の二大巨頭にまでこんなことを言わせるスイ、恐るべし。
一方、お通夜のように静かな“アーク”の面々。
全員とも遠い目をしている。
「フェンリルと古竜だけじゃないんだな……」
「小さいドラゴンとスライムまで、単独でSランクの魔物を狩れるとか、何の冗談だよ……」
「ムコーダさんを怒らせちゃあならんのう……」
「私、大人しくする……」
ちょっとちょっと、現実逃避したような顔で呟かないでくださいよ。
俺、ドラちゃんとスイも強いんですよって伝えてましたよね?
というか、俺を怒らせちゃいけないって、怒っても別にみんなをけしかけたりなんてしませんからね!




