第五百二話 豪胆なムコーダ
アリ塚を後にした俺たちは、再び巨大スイに乗りこんで進んで行った。
ちなみにだが、ドラちゃんとスイがくれた白っぽいキラキラした石だが、鑑定してみるとホワイトオパールと出た。
これは記念にとっておいて、ランベルトさんとこに頼んで俺が身に着けられるようなものに加工してもらおうかななんて思っている。
アリ塚から少し離れたところで、10メートル級の巨大なアリクイがのそのそと歩く姿を見かけたが(アリ塚があるんだから、当然いるよね……。前にテレビで見た湿地帯のドキュメンタリーでも出てたし)、顰め面のフェルの『あれの肉はどうしようもなくマズいぞ』の一声で放置となった。
俺としちゃ本音を言うと、あんなのまで口にしていたのかとちょっぴり引いたんだけどね。
まぁ、それはいいとして、その後はフェルたちからしてみれば雑魚扱いのものばかりで、これといった獲物もいなくて、進むことに専念した感じだった。
そして、暗くなってきたことで本日の探索を終えた。
こういうフィールドダンジョン系の階層だと、ダンジョンの中でも時間に合わせて明るくなったり暗くなったりするんだよね。
不思議だけど。
地面が比較的乾いている草地を探し出して、今日の野営地と定めた俺たち一行は腰を下ろした。
昼飯に鍋を作ったから、夕飯は作り置きで。
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの食いしん坊カルテットは『ワニ肉でから揚げ~!』とか騒いでいたけど、もちろん却下。
夕飯には、作り置きしていたダンジョン牛で作った牛丼を出した。
みんなブツブツ文句を言っていた割には、ものすごい勢いでガツガツ食っておかわりもしまくっていたけどね。
“アーク”の面々は牛丼が相当気に入ったらしく、肉ダンジョンのダンジョン牛を使っているんだって教えたら、「今度は肉ダンジョンに行ってみるか」なんて本気で話し合っていた。
食いしん坊エルフことフェオドラさんは、美味い物さえ食えれば問題ないとばかりに目をキラキラさせながら牛丼を平らげていたよ。
もちろん、尋常じゃないほどのおかわりをしてね。
そんな感じで夕飯を終えて、しばしの食休みを挟み、あとは寝るだけとなったのだが……。
「あの、本当に見張りを立てるんですか?」
「一応な」
「フェルとゴン爺の結界が張ってあるんで、余程のことがない限り大丈夫だと思いますけど」
「冒険者の習性みたいなものだから気にするな」
フェルとゴン爺にお願いして、“アーク”の面々も含んでみんなを囲う結界を張ってもらっているんだけどなぁ。
『そこまで言うのだ。放っておけ』
俺とガウディーノさんの話を聞いていたフェルが、ちょっとムッとした感じでそう言い放つ。
『しかし、古竜とフェンリルの張った結界を信じていないとは、なにを相手に想定しているのかのう?』
ちょっぴり嫌味っぽくも聞こえるゴン爺の言葉。
フェルとゴン爺の気持ちも分からなくもないけど、“アーク”の面々の気持ちも分からないでもない。
きっと、見張りを立てない野営なんてしたことないだろうし、そんなことは死ぬようなものだと思ってるだろうしさ。
普通の冒険者はそういう考えだろうし。
『おい、そんなことより早く寝床だ』
布団かぁ。
まぁ、俺がアイテムボックス持ちなのは“アーク”の面々も知っているし、今出さないと今後の野営でも布団は使えないって考えると、敷布団くらいなら出してもいいか。
俺はそう考えて、アイテムボックスからみんなの敷布団を出して敷いていった。
フェルもゴン爺もドラちゃんもスイも待ってましたとばかりに横になる。
「それじゃあ俺たちは休ませていただきますんで」
「ああ。お休み」
ガウディーノさんがそう返してきて、他の面々も手を挙げて返してくれた。
俺は、布団の上に集まって眠るみんなの下へ。
寝そべるフェルの腹に寄りかかって目をつむった。
ダンジョンということで思っていたよりも疲れていたのか、俺はほどなくして深い眠りに落ちていったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ペチペチ。
『……ある……なかすいたー』
ペチペチ、ペチペチ。
「んぁ……」
頬をペチペチと叩く感触に、ゆっくりと目を開けた。
『あるじー、お腹空いたー』
胸元に乗っていたスイが触手で俺の頬をペチペチと叩いていた。
「おはよう、スイ」
『オハヨー、あるじー。スイ、お腹空いたのー』
「そっか。ちょっと待っててね」
そっとスイを横に下ろして、背筋を伸ばす。
「んんーーーっ。ふぅ。朝飯の前に、スイ、顔を洗うのにお水いいかな?」
『いいよー。はい』
スイがバスケットボール大のウォーターボールを出してくれる。
それに顔を浸けてバシャバシャと顔を洗った。
そして、アイテムボックスからタオルを出して顔を拭いた。
「あー、サッパリした。ありがとな、スイー。さぁてと、そんじゃ朝飯の準備するか」
そう言いながら立ち上がると……。
視界にゲッソリとした顔のギディオンさんが目に入り、ギョッとした。
「ギ、ギディオンさん?!」
「ああ、ムコーダさんか。オハヨー…………」
「ど、どうしたんですか、その顔? なんか、ものすごく疲れた顔してますけど」
目の下にはクッキリとしたクマが見て取れた。
「いや、気にしないでくれ。大丈夫だから。ちょっと精神的に疲れただけだからよ……」
疲れた声でそう言うギディオンさん。
見張りで疲れてるのかな?
疲労回復には豚肉がいいって聞くし、朝飯には作り置きの豚汁を出してやるか。
俺は、そんなことを考えながら朝飯の準備に入った。
………………
…………
……
朝食に集まった“アーク”の面々がとても疲れた顔をしていらっしゃるんだけど……。
ギディオンさんはさっき見たけど、ガウディーノさんもシーグヴァルドさんも、いつもは無口だけど飄々としているフェオドラさんまで目の下にクマを作っているよ。
「だ、大丈夫ですか? みなさん……」
そう声をかけると、大丈夫だとでも言うように頷く面々。
頷いてはいるけどさ、見た感じ大分お疲れの様子だぞ。
ホント、何があったの?
ってか、見張りってそんな疲れるものなのか?
よくわからんけど、だから見張りはなくても大丈夫だって言ったのに。
「これ食って元気出してください」
俺と“アーク”の面々の朝飯メニューは、ダンジョン豚とアルバンがうちの畑で育てた野菜をたっぷり使った豚汁にこれまたアルバンが育てたダイコンを使ったシラスおろし、それにワカメとゴマの混ぜ込みごはんの素で作ったおにぎりだ。
確か、シラスとゴマとワカメも疲労回復に良い食材だったはずだし。
出した朝飯を黙々と食っている“アーク”の面々。
いつもフェルたちの肉たっぷりの飯を、羨ましそうに見ているフェオドラさんでさえも今日は大人しい。
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの食いしん坊カルテットの朝飯メニューは、ダンジョン牛の上位種を使ったローストビーフ丼だというのに。
いつものフェオドラさんなら食いつかないはずないんだけどなぁ。
本当にどうしちゃったんだろうね?
~side アーク~
「いろんな意味で神経を削る見張りだったな……」
ガウディーノがボソリと言うと、他のメンバー全員が頷いた。
「俺が見張りの時、ヘルスパイダーがすぐそこまで来ていたことに気付いて、思わず叫びそうになったわ……」
ギディオンが力なくそう言った。
ちなみに、ヘルスパイダーとは大きさは手のひらサイズのクモの魔物だが、超攻撃的かつ猛毒持ちで、噛まれると全身の穴という穴から血が噴き出してのた打ち回りながら死ぬとされている。
「お主の時もか。儂の時も来よったわ。5匹同時にのう……。結界に阻まれて、儂らの近くには来れないようじゃったが、生きた心地がせんかったわい……」
いつもパワフルなドワーフであるシーグヴァルドも、疲れが色濃く残る表情でそう言った。
「私の時は、ヴァンパイアバットが出た……」
色白な顔をさらに青白くさせたフェオドラが、ポツリとそうこぼすと、ガウディーノ、ギディオン、シーグヴァルドがギョッとした顔をする。
「マジか……」
ヴァンパイアバットとは、頭の先から足先までが2メートルはある巨大なコウモリの魔物で、獲物に麻痺毒を注入し、生きたまま獲物の血を吸い取っていく。
その遺骸はカラカラに干からびた状態で、見るも無残な姿なのだという。
ちなみにだが、ヘルスパイダーもヴァンパイアバットもAランクの魔物だが、得られるものは魔石くらいしかなく、冒険者の間では忌み嫌われている。
命を懸けるまでもなく、見かけたらとにかく逃げろというか、そもそもその生息域には行かないとまでされているくらいなのだ。
「「「「ハァ……」」」」
“アーク”の面々が一斉にため息を吐いた。
「しかし、こんな状況でぐっすり眠ってたムコーダさんって、案外豪胆だな……」
ガウディーノがこぼした言葉とともに一同が一斉にムコーダに目を向けるのだった。
ムコーダ「え、何ですか?」(。・ω・。)?




