第五百一話 過保護なあるじ
昼飯を終えて、再び探索を開始した俺たち一行。
しばらくは目立った獲物も見当たらず、巨大スイの上に乗った俺たちは平穏に進んでいた。
しかし、俺たちが進む草原の前方から急に火の手が上がった。
「おわっ、何があったんだ?」
『あれはドラの疑似ブレスだな』
前方を見ていたフェルがそう言った。
「え? あの辺になんかいるのか?」
『アリだろうな』
「アリ?」
『尖った石の塔のようなものがいくつも見えるだろう』
「ああ。あれ、岩じゃないの?」
確かにフェルの言うように、尖った石のようなものがいくつも見えているが、俺はてっきり岩だと思っていたんだけど違うのか?
『あれはアリ塚だ』
「アリ塚?!」
岩だと思っていたものがアリ塚だと言われて驚いていると、先行していたドラちゃんが戻ってきた。
『この先に白いアリがいたから始末しておいたぜ』
すぐ後にゴン爺も戻ってきて巨大スイの上に着陸する。
『儂がブレスで始末しても良かったのじゃが、ドラがやると言うのでのう』
『ゴン爺ばかりにやらせるかよ』
その掛け合いにちょっぴり顔を引き攣らせる俺。
ゴン爺のブレスって、強力過ぎてこっちも被害被りそうだからヤメテ。
そうこうするうちにドラちゃんの疑似ドラゴンブレスの火の手が上がった辺りに到着。
焼けて黒くなったアリ塚と、未だにピクピクと動く所々焼け焦げた1メートルはありそうな白っぽいアリが10匹近くいた。
岩だと思っていたアリ塚も、近くに来てみると10階建てのビルくらいの高さがありそうだ。
「あれは、キラーターマイトか?」
ガウディーノさんが顔を顰めながらそうつぶやいた。
「知ってるんですか?」
「ああ。俺が冒険者になったばかりのころなんだが……」
ガウディーノさんの話によると、冒険者になりたてのころ一度だけ見たことがあるとのことだった。
なんでも、とある村で白っぽいアリの魔物が出て畑の農作物を食い荒らす被害があり、冒険者ギルドに討伐依頼が出されたそうだ。
アリの魔物は一匹一匹のランクは低いが、一匹いたということは近くに巣があることは間違いない。
ある程度のランクのある冒険者に依頼しなければということで、当時そのギルドでも破竹の勢いで頭角を現し始めたBランクパーティーが受けることになった。
「当時の俺より二つか三つ年上なだけなのに、もうすぐAランクになるのは確実だって言われててな。果てはSランクにまでなるんじゃないかなんて噂もされてて、俺も憧れてたぜ」
当時を思い出すようにそう語るガウディーノさん。
だが、そのBランクパーティーからは1週間経っても何の音沙汰もない。
「ギルド期待のパーティーだったこともあって、ギルドから確認の依頼が出されてな。それを俺と当時の仲間たちで受けたんだ。あれほど受けなきゃよかったと思う依頼はないな……」
ガウディーノさんたちが村に向かうと、人っ子一人いなかった。
おかしいと思いながら、被害にあった畑の奥の森を探索してみたそうだ。
すると、少し行ったところに塔のようにそびえ立つアリ塚があり、その周りには大量の白いアリの死体があったそうだ。
「そして、食い散らかされてバラバラになったBランクパーティーの姿もな……」
その時、生き残っていた白いアリがバラバラになった遺体に食らいついているのを見て、夢中で剣を振るったのを今でも覚えているそうだ。
「田舎から出てきたばっかりの15、6の若造にゃあ衝撃的すぎる光景だった。俺たちは4人組のパーティーだったが、そのことがきっかけで俺以外は冒険者を辞めちまったよ」
あとで分かったことだが、白いアリはキラーターマイトという名前の魔物で、よくいるアリ系の魔物よりも食欲旺盛でランクも一段階高いのだそうだ。
しかも、その周辺でキラーターマイトが現れたのは30年ぶりくらいだったらしい。
「よくいるアリ系の魔物と同列に考えていたギルドの不手際だったんだろうがな、それを知ったのは大分後になってからでどうしようもなかった」
それからは折を見ては魔物図鑑を見るようになったそうだ。
冒険者って因果な商売だけど、15、6でそんな光景見たら辞めるわなぁ。
逆に冒険者を続けているガウディーノさんを尊敬するわ。
「まぁ、そんな俺の昔話はいいとして。俺としては因縁のあるキラーターマイトが、こうも簡単に蹂躙されるとはね……」
「いや、まぁ、うちの従魔たち強いですから」
それに尽きる。
「進みますか」
「ちょっと待った! ドロップ品に顎が大分落ちているが、拾わないのか?」
ガウディーノさんに言われて初めて気が付いたけど、少し茶色い尖ったものがあたり一面に落ちていた。
「さすがにこれ全部拾うのは面倒ですし、別にいいかなーと」
そう言うと、ギョッとしたような顔をするガウディーノさん。
「キラーターマイトの顎はナイフの素材として珍重されているんだぜ。切れ味もさることながら、磨くと透明感が出るとかで工芸品としても人気があるそうだ」
え、マジ?
【 キラーターマイトの顎 】
軽い上に丈夫でナイフの素材に最適。磨くと透明感が出ることから工芸品の素材にもなる。
本当だったわ。
「全部はさすがに無理なんで、麻袋一つ分くらい拾っていきます」
「他はどうするんだ?」
「そのままですね。あ、そうだ。みなさん要ります?」
「いいのか?!」
食い気味に聞いてくるガウディーノさん。
そして、黙っていたギディオンさんやシーグヴァルドさん、フェオドラさんまで俺を凝視してるよ。
というか、圧がすごいんだけど。
「えーと、ドラちゃん。ドラちゃんが倒した白いアリの素材、みなさんに分けてもいい?」
『んー、いいぞ。どうせ食えないし』
ドラちゃんに念話で聞いてみたところOKがもらえたので、“アーク”の面々に「どうぞ好きなだけ」と伝えると、「ありがとう!」の大合唱の後に喜び勇んで巨大スイから飛び降りていった。
「さてと、俺も拾うか」
巨大スイからそろりと降りた。
そして、ドロップ品のキラーターマイトの顎を拾い始めようかと思ったところ、巨大だったスイが小さくなっていく。
『ねーねーあるじー、アリさんの巣の中に入ってみてもいいー?』
「スイ一人でか?」
『うん』
「ダメダメ。危ないでしょ」
『えー、ヤダヤダ! 行ってみたいー! スイ、ずーっとあるじやみんなを乗せてばっかりで、ビュッビュッて倒せてないんだもんっ。つまんないー!』
「ぐっ、それを言われると……。そうだ! フェル、暇だろ? 付いていってやってくれよ。な!」
そう言うと、何を言っているんだというような胡乱な顔をして俺を見るフェル。
『おい、入り口を見てみろ。我が入るにはギリギリの大きさだぞ。そこを行けというのか?』
「ぐぬっ」
『儂もあの大きさは無理だのう』
ゴン爺に先手を取られた。
というか、フェルでもギリギリなんだから、ゴン爺も同じか。
『しゃーねーなー。俺が付いていってやるよ』
「ドラちゃん……」
『ヤッター! ドラちゃん行こー!』
『おう。んじゃ行ってくるわ』
『あるじー、行ってきまーす!』
そう言うと、ドラちゃんとスイはすぐさまアリ塚の中に入っていってしまった。
「ああ~、スイ~」
『何て声を出しているのだ』
フェルは呆れたようにそう言うけどさぁ。
「だってスイだぞ。まだまだ子供なんだぞ。心配じゃないか」
『ドラが一緒なのだ。心配いらぬ。だいたいな、ドラとスイがいて手古摺る相手などそれこそドラゴンくらいなものだ』
「そ、そうなの? いや、でもさ……」
『でもも何もないっ。スイだけだったとして、アリなどスイにとっては一捻りの相手に決まっているだろうが』
「フェルはそういうこと言うけど、スイなんだよ! まだ子どもなんだよ!」
『まったくお主は過保護過ぎる! 我が認めるほどに強いスライムなど、スイの他いないというのに』
「フェルが認めようが関係ないの! ああ~、スイ~早く戻ってきてよー……」
キラーターマイトの顎を拾うことなど忘れてやきもきする俺。
『……フェルよ、主殿はいつもこうなのか?』
『ハァ、困ったことにな』
『スイは、末はエンペラースライムかという強さじゃろうに』
『スイは生まれたてのころから一緒にいるからな。まだまだ子どもという思いがあるのだろう。しかし、此奴の過保護ぶりには困ったものだ……』
おい、フェルにゴン爺、しっかり聞こえてるからなー。
というか、過保護で何が悪いってんだ。
あー、そんなことよりまだ戻ってこないのかな。
ドラちゃんとスイが入っていったアリ塚の前で右往左往することしばし……。
「よっと」
背負っていた重そうな麻袋を地面に置くガウディーノさん。
ギディオンさん、シーグヴァルドさん、フェオドラさんの麻袋もガウディーノさんと同じくらいにパンパンだ。
「ムコーダさん、ありがとうな」
たくさん拾えたのか、みなさんホクホク顔でお礼を言ってくる。
「あれ? ムコーダさんは拾わなかったのか?」
何も持っていない俺に、不思議そうにそう聞いてくるギディオンさん。
「いや、それが……」
ドラちゃんとスイがアリ塚の中へ入っていってしまい、気が気じゃなくてそれどころじゃなかったのだと説明した。
「え? 従魔だろ?」
「従魔ってそういうもんだよな」
「儂もそう思うんじゃが」
「従魔ってそう」
俺の説明を聞いて、微妙な顔をして“アーク”の面々がコソコソ話しているけど、そういうのはうちには当てはまらないんですって。
「うちの従魔は仲間であり家族みたいなもんなんです! 特にスイはまだまだ子どもなんですよ~」
「あ、ああ、そう……」
人が力説しているのに、何で引くんですかぁぁぁ。
『おい、戻ってきたぞ』
フェルのその言葉に、パッと振り返ってアリ塚を見ると……。
『戻ってきたぜー!』
『あるじー、ただいまー!』
ドラちゃんとスイが飛び出してきた。
「ドラちゃん、スイーーーッ」
スイに抱き着いて頬ずりする。
『フフフ、あるじ、くすぐったぁーい』
「も~、心配したんだからなぁ」
『そうだ! あるじにおみやげー!』
そう言って伸ばした触手の上に載っていたのは、大きなビー玉大の魔石と長さ5センチくらいの楕円形をした白っぽいキラキラした石だった。
『俺とスイでデカい白アリを倒したら、出てきたんだ』
「そうか。ありがとな、ドラちゃん、スイ」
何はともあれ、ドラちゃんとスイが無事に戻ってきてホッとした俺だった。




