第四百九十六話 手付かずのダンジョン到着
「し、死ぬかと思った……」
生まれたての子牛のように今にも倒れそうなヨタヨタとした足取りでゴン爺から降りて膝を突いたギディオンさんが、青い顔のままそう言った。
ハリウッド俳優並みのイケメンが台無しだね。
「よいしょっと! カ~、こいつ重いったらねぇな!」
背は低いがガッチリとした筋肉の塊のようなシーグヴァルドさんを担いでゴン爺から降りたガウディーノさん。
そして、ドサリと少々乱暴に地面へと寝かせた。
シーグヴァルドさんは、ゴン爺が飛び立って早々に白目を剥いて気絶してしまっていたのだ。
「二人ともだらしない」
華麗に地面へと飛び降りたフェオドラさんからの鋭い突っ込みだ。
「う、うるせぇ~。俺は気絶まではしてねぇよ!」
ギディオンさん、膝を突いたまま青い顔をして反論しても説得力ないからね。
でもまぁ、気持ちは分からないでもない。
ゴン爺に何回も乗っている俺だって、最近になってようやく慣れてきたって感じだし。
“アーク”の面々のやり取りを聞きながら、ゴン爺から降りた俺たち。
ふぅ、やっぱり地面はいいなぁ。
『よし、早速入るぞ』
『儂でも楽しめるといいのう』
『よっしゃ、行くぜ!』
『ダンジョン~!』
着いた途端にダンジョンに入る気満々のフェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイ。
「いやいやいや、今日は止めとこう」
俺がそう言うと不満そうな面々。
『何故だ?』
「何故って、もうすぐ陽も落ちるだろう。今から入るより、今晩は夕飯食ってゆっくり休んで明日からの方がいいだろう。俺たちだけじゃないんだし」
そう言いながら“アーク”の面々を見やる。
ギディオンさんはまだ青い顔してるし、シーグヴァルドさんに至ってはまだ目を覚ましてないんだから。
『軟弱な奴らだな』
『ケッ。ホントだぜ』
『なんじゃくー』
『儂の背に乗れたというのに失礼な奴らじゃのう。こんなことでは次は乗せてやらんぞい』
「そういうこと言わないの」
まったく、念話で聞かれなかったからいいものの声に出てたら“アーク”の面々というかギディオンさんとシーグヴァルドさんが落ち込んじゃうでしょ。
誰にでも苦手なものはあるもんだろ。
というか、そもそもが……。
「フェルもゴン爺も『すぐに見つけられるから大丈夫だ』とか自信満々に言ってたのに、ダンジョンを見つけるのに手間取ったからだろ」
それがあったから空の旅が長時間になったんだから。
『こ、こんな見つけにくい場所にあったのだからしょうがないだろう』
『そうじゃぞ、主殿。こんな辺鄙な場所にあるのだからのう。儂とフェルがいたから見つけられたようなものじゃ』
「それは確かにそうかもしれないけどさぁ」
フェルとゴン爺の言うとおり、小国群にあるこのダンジョンは確かに辺鄙で見つけにくいだろう場所にあった。
何せ、西部劇に出てきそうな荒野の岩が重なり合った隙間に開いた穴がダンジョンの入り口だというのだから、よく見つけたなとも思わないでもない。
「まぁとにかくだ、入るのは明日。いいな」
『むぅ、しょうがない』
『うむ』
「ドラちゃんもスイも、ダンジョンは明日からな」
『チェッ、しょうがねぇなぁ』
『明日か~』
入れないってわけじゃないんだからいいじゃないの。
俺としては入らないほうが本当はいいくらいなんだけどさ。
「俺は夕飯の用意するからな」
家で作ってきたストックはあるものの、ダンジョンでの食事に回したほうがいいだろうからな。
今回はちゃっちゃと手早く作ることにする。
ということで、手に入れたばかりの魔道コンロをアイテムボックスから取り出した。
「ム、ムコーダさん?!」
ガウディーノさんが驚いた声を出した。
ああ、皆さんの前で魔道コンロを出したのは初めてだったか。
「今から夕飯の準備です。うちはみんな大食いなんで、魔道コンロを持ち歩いているんですよ」
「持ち歩くったって、デカ過ぎんだろ…………」
ガウディーノさん、小声でつぶやいてるけど、しっかり聞こえてるからね。
まぁ、初めて見たら驚くよね。
こんな大型の本格的な魔道コンロを出したら。
でも、うちはこれくらいないと間に合わないんだわ。
とにかくだ、さっさと夕飯を作っちゃうか。
うちでは絶対条件の肉で簡単に作れるメニューと言ったら、やっぱり丼ものだな。
丼ものは、もはやうちでは定番メニューだし。
んで、作るのは……、よし、あれにしよう。
ゴマ香る豚キャベ丼。
すりゴマをたっぷり使ったゴマの香ばしい風味が食欲をそそる一品だ。
何よりネットスーパーで買い足すものがないメニューなので大助かり。
さすがに“アーク”の面々がいる前でネットスーパーを開くわけにもいかないし。
今日はみんなが寝静まったあとに、調味料とかある程度ネットスーパーで買い足しておいた方がいいかもな。
ま、そんなことはさておき、ゴマ香る豚キャベ丼を作っていこう。
肉はダンジョン豚の肉を使って、キャベツはアルバンが家の畑で育てたアルバン印のキャベツを使う。
作り方は超簡単。
キャベツを適当な大きさにざく切りにして、ダンジョン豚の肉を薄切りにしてこちらも適当な大きさに切っていく。
そうしたら、醤油、酒、みりん、砂糖、白すりゴマを混ぜて合わせ調味料を作っておくだろ。
あとは、フライパンにごま油をひいて熱したら、ダンジョン豚を色が変わるまで炒めて、次にキャベツを投入。
キャベツがしんなりしてきたら、用意しておいた合わせ調味料を入れて全体に絡むように炒め合わせて出来上がりだ。
アイテムボックスから取り出した土鍋の炊き立てご飯を丼によそい、その上にたっぷりと豚キャベすりゴマ炒めを載せて白ゴマをパラリと振りかけたら……。
「よし、完成だ」
そう言って顔を上げてギョッとした。
魔道コンロの前には、今にも涎をたらしそうな顔をした食いしん坊カルテットが陣取っていた。
そして、この人も。
「フェオドラさん……」
キラキラした目で完成したゴマ香る豚キャベ丼を見つめ続けている。
「はいはい、持っていくから向こうで食いましょう」
ゴマ香る豚キャベ丼と魔道コンロをアイテムボックスにしまうと、悲しそうな顔をするフェオドラさん。
今から食うんだからそんな顔しないでくださいよ。
苦笑いしながら、ガウディーノさんたちがいる方へ向かう。
「あ、シーグヴァルドさん起きたんですね。大丈夫ですか?」
「おう。なんとかなー」
まだ本調子ではない様子だけど、これを見ればすぐさま回復するだろう。
「明日からはダンジョンなんで、今日で飲み納めです」
贈り物にするようなちょっぴり贅沢な瓶ビールをガウディーノさん、ギディオンさん、シーグヴァルドさんに出してやる。
「おおっ、いいのかムコーダさん!」
「カー、こんなとこで酒が飲めるなんざ最高だな~」
「ヒャッホウ! 酒じゃー! さすがムコーダさんじゃあ」
こんなところで酒が飲めるとは思っていなかったのか、3人ともすごい喜びようだ。
『酒か。主殿、儂もいいかのう?』
酒がイケる口のゴン爺がそう言い出した。
「しょうがないなぁ」
大きな深皿にビールを注いでやる。
1本では済まないところがアレだけど、まぁいいか。
「フェオドラさんにはこれを」
こちらもちょっぴり贅沢な瓶に入った果汁100%のリンゴジュース。
フェオドラさんは、早速ジュースをコクコクと飲んでパァッと嬉しそうな顔をしている。
「フェルとドラちゃんとスイもジュースな」
同じく果汁100%のリンゴジュースを大きな深皿に注いで出してやった。
「そして、これが夕飯だ」
ゴマ香る豚キャベ丼を各自の前へ。
待ってましたとばかりに勢いよくがっつく食いしん坊カルテット、プラス食いしん坊エルフ。
「いただくぜ、ムコーダさん」
「美味そ~」
「この香り、この酒にも合いそうじゃのう」
「よく分かりますね。この丼、ビールにもバッチリ合いますよ」
ということで、俺も瓶ビールの栓を開けた。
そしてまずは、ゴマ香る豚キャベ丼を口いっぱいにかき込む。
ん~、美味い!
甘辛い味付けにゴマの風味が加わってなんともいえないやみつき度合い。
パクパクと丼を食い進めてから……。
ゴクゴクゴク、プッハー。
「美味い!」
ビールが合うねぇ~。
たまらん。
『おい、おかわりだ』
『儂もじゃ。あ、酒のお代わりもお願いできるかのう、主殿』
『俺もおかわり!』
『スイもー! 飲み物もおかわりー!』
空いた皿を一斉に俺に向かって押し出す食いしん坊カルテット。
「……ん!」
フェオドラさんもかい。
というか、口の周りが米粒だらけですよ。
「おい、フェオドラ~、遠慮ってもんがあるだろうが!」
ギディオンさんがフェオドラさんにそう突っ込むが、ご本人はどこ吹く風だ。
「まったく美味いものには目がないのう、此奴は」
「ホント、これがなかったらいいんだけどなぁ」
シーグヴァルドさんもガウディーノさんも呆れ顔だ。
「まぁまぁ。うちは食いしん坊が揃っているんで、たくさん作ってありますから。それに、俺としては美味しそうに食ってくれるほうがいいですしね」
そう言いながら食いしん坊カルテットと食いしん坊エルフにおかわりを出してやった。
「みなさんもおかわりどうですか?」
ガウディーノさん、ギディオンさん、シーグヴァルドさんにそう言うと、遠慮気味だけどおかわりを希望していた。
そして……。
「ムコーダさん、こっちもおかわりいいかのう?」
ビールの瓶を振りながら、すがるように聞いてくるシーグヴァルドさん。
「シーグヴァルドさんにとっては、こっちがメインでしたか」
「おいおい、フェオドラのこと言えねぇじゃねぇかよー」
「そうだぜ、シーグヴァルド」
ガウディーノさんとギディオンさんは、シーグヴァルドさんにも呆れ顔だ。
「ガハハッ、いやムコーダさんの出す酒は美味いからついついなぁ~」
そんなやり取りにクスリと笑いながらシーグヴァルドさんに追加のビールを出してやった。
「明日からダンジョンなんですからほどほどにね」
「おお、分かってるわい」
そう言ってシーグヴァルドさんがゴキュゴキュとビールを喉に流し込んだ。
そして、明日から潜るこのダンジョンについて、ガウディーノさんとギディオンさんとシーグヴァルドさんは熱く語り合っている。
フェルたちも、潜る気満々で楽しそうだし……。
しかし、手付かずだったってことは、よくわかっていないダンジョンてことだろ。
本当に大丈夫なのかね?
何にもなきゃあいいけど……。
フェルやゴン爺、ドラちゃんにスイと最強戦力がいても、ちょっぴり不安になる俺だった。




