第四百八十八話 カニを食らう
3巻、またまた重版いたしまた!
これも読者の皆さまのおかげです!
それから、嬉しいことに最近ちょこちょこファンレターをいただくようになりまして。
送ってくださった方本当にありがとうございます!
大切に読ませていただき、励みにしております。
本当にありがたいことです。
週一更新がんばらねばと気持ちも新たに思っている次第です。
読者の皆様、今後ともよろしくお願いいたします!
再び街の外へと繰り出してきた俺たち一行。
着いた場所は、エレメイ川の河原から少し離れた開けた場所だった。
川に近すぎると、魔物が寄ってくる可能性もあるからね。
ここら辺の方が落ち着いて作業もできるし、カニを茹でたお湯の排水も問題ないだろうと思うしね。
ということで、まずはバーサクマッドクラブをアイテムボックスから取り出した。
『おい、それでどうするのだ?』
「どうするってね、それはな……。スイ、ちょっと来てくれるかな」
『なぁにー、あるじー』
ゴン爺の背に乗っていたスイがポーンと飛び降りて、俺の方へと寄ってくる。
「あのね、お水の魔法で、このカニさんが入るくらいの大きな水の玉を作ってくれるかな?」
『分かったー』
そう言ってスイが『んん~』と力を込めると、水が集まり出して巨大な水の玉を形成した。
『あるじー、これで大丈夫ー?』
「ああ。上出来上出来」
そこに……。
塩をポイッとな。
もちろん最初は少なめで。
指を入れてペロッと舐めてみる。
「さすがにこの水の量にこの塩じゃあ薄いか……」
さらに塩を追加。
再び指につけてペロリ。
「ほんのり塩味。入れ過ぎてもあれだし、ま、これでいいか」
その次は、こうだ。
「ファイヤーボール」
バレーボール大の火の玉を投入。
ジュッ―――。
すぐに消えてしまった。
『何をやっているのだ、お主は。まぁ、今ので何をしたいかは分かったが、それでは小さ過ぎだろう』
呆れ顔でフェルがそう言う。
『うむ。その水の玉を熱したいという主殿の趣旨は分かったが、その火の玉は小さ過ぎよのう』
ゴン爺までそんなこと言ってくる。
「ぐぬっ、わ、分かってるよ。最初だから試しただけ!」
こういうのは調整が大事なんだよ。
『なんだよ、そんなことなら俺がやってやるよ』
そう言ってドラちゃんが直径3メートルくらいはありそうな大きな火の玉を……。
「ちょっ、ちょっ、ダメダメッ! ストーップッ!」
慌ててドラちゃんを止めた。
『なんで止めるんだよー』
「なんでって、そんな大きなファイヤーボールを入れたら水が蒸発しちゃうだろ!」
『めんどくせーなぁ。じゃあどうすんだよ?』
「こういうのは加減が大事なの。火魔法が使えるフェル、ゴン爺、ドラちゃんはスイのウォーターボールの周りに集まって。あ、ゴン爺はもちろん火魔法は使えるよね?」
『無論じゃ』
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、そして俺と火魔法使いがウォーターボールの周りに展開した。
「まずは、これくらいの大きさのファイヤーボールを投入してくれ」
バスケットボール大のファイヤーボールを作ってみんなに見せた。
『そんなちっさくていいのか?』
「様子見だからとりあえずはな」
魔力が多くて魔法もお手の物のドラちゃんは当然のようにすぐにできたけど、フェルとゴン爺がね……。
『おい、これでいいか?』
「フェル、それ大き過ぎ」
俺はバスケットボール大のを作ってみせたのに、それ直径1メートルはあるでしょ。
『むぅ……。……むむ…………ふぅ、こんなものでどうだ?』
「うーん、ちょっと大きいけどまぁいいだろう」
バスケットボールより一回りくらい大きいけど、とりあえずはいいだろう。
『主殿、儂のはどうじゃ?』
「どうじゃって、明らかに大き過ぎでしょ。さっきのフェルのよりも大きいじゃないか、それ」
ゴン爺のファイヤーボールは、俺がダメ出ししたフェルのファイヤーボールよりも一回り大きかった。
『ダメかのう。うーむ……むむむ…………ふん、これでならどうじゃ?』
「ゴン爺のもまだちょっと大きいけど、まぁいいよ」
フェルが作り直したファイヤーボールと同じくらいの大きさになっているから、これもまぁいいだろう。
「それじゃ、いくぞ」
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、俺がそれぞれ作ったファイヤーボールをウォーターボールの中に投げ入れた。
ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ―――。
4つのファイヤーボールが水の中で消えていく。
うーむ、見た感じはまだまだのようだけど……。
恐る恐る指をチョンとウォーターボールに浸けてみた。
ぬるいな。
ということで、もう一回。
今度はもう少し大きめのファイヤーボールにしてみる。
「みんな準備はいいか? よし、今だ」
ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ―――。
再び4つのファイヤーボールが水の中に消えていった。
ウォーターボールから湯気が立ち上っている。
でも、見た感じはカニを茹でられるほどにはなっていない感じだな。
また指をチョンと浸けて温度確認。
風呂の温度くらいかな。
これではまだ足りない。
ということで、もう一回だ。
今度はさっきよりも大きめのファイヤーボールを。
「みんないいな? いくぞ」
ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ―――。
三度目のファイヤーボールが水の中に消えていく。
今度はどうだろう?
お、今度はいい感じかも。
ウォーターボールの上の方に向かってボコボコと気泡が立っている。
「うん、これで大丈夫そうだ」
『やっとか』
『面倒だのう』
『ホントだぜ』
「そう言わないの。あとはこの熱湯ウォーターボールを……。スイの出番だよ。このウォーターボールの中にその大きなカニさんを閉じ込めて」
『ハーイ!』
スイが『ムムム』とウォーターボールを動かして、その中にバーサクマッドクラブを閉じ込めた。
『フゥ、あるじー、これでいーい?』
「うん、バッチリ」
しかし、ウォーターボールの中の気泡が無くなっている。
カニを入れたことで少し温度が下がったようだな。
ファイヤーボール、もう一回いっとくか。
「フェル、ゴン爺、ドラちゃん、もう一回ファイヤーボールだ。最後のよりも小さめでいいからな。あと、カニに当たらないように注意だぞ」
『そのくらい分かっておるわ』
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、俺が、カニに当たらないよう隙間にファイヤーボールを入れる。
ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ―――。
4つのファイヤーボールが水の中で消えると、再びウォーターボールの中でボコボコと気泡が立っていった。
カニを茹でる途中も温度が下がらないようにファイヤーボールを投入しながら茹でていく。
そして。待つことしばし……。
『おい、まだか?』
『主殿、さすがに腹が減ったんじゃがのう』
『腹減った~。カニはまだか?』
『あるじー、お腹空いたぁ』
「もうちょいだよ」
茹で上がって赤く色づき始めた巨大ガニ。
「…………よし、もうそろそろいいかな。スイ、熱いお水捨てちゃっていいよ。あ、みんなにかからないようにしてね」
『ハーイ』
バッシャーン―――。
「ウアッチチッ!」
熱い湯の飛沫が頬にかかり、思わず叫ぶ。
『あるじーっ!』
スイがびっくりしてすごい速さで俺の足下へとやってきた。
「大丈夫大丈夫。ちょこっとだけ、熱いのが頬っぺたにかかっちゃったからびっくりしただけだよ」
『ごめんねー、あるじー』
スイのひんやりとした触手が伸びて、ピトリと俺の頬に当てられた。
「ありがと。ひんやりして気持ちいいよ」
スイの優しさにほっこりしていると……。
『相変わらず軟弱だなぁ、お主は』
「軟弱って、熱いものは熱いだろうが」
『そんなことより、もういいのだろう? 早く食わせろ』
『主殿、儂も早く食いたいのう』
『俺も~。早くカニー』
『スイもカニさん食べたーい!』
トホホ。
食いしん坊カルテットにゃあ食い気に勝るものなしってことかい。
ある程度冷めたところで……。
「俺でも足もげるかな? とりあえず……、よいしょ!」
ボキッ。
「あれ、けっこう簡単に取れた」
ということで、ボキボキボキッ。
茹で上がったバーサクマッドクラブの足を全てもいでいった。
「よしと。あとは殻を切って中の身を取ればいいんだけど……。殻、硬いって言ってたんだよなぁ」
ロンカイネンの冒険者ギルドのギルドマスター、オーソンさんがさ。
是非買い取りしたいって話だったんだけど、食うからってお断りしたら、すっごい未練タラタラッぽかったし。
それくらいに良質の素材であることは間違いなさそうなんだよね。
「やっぱり普通の包丁じゃあ無理かな?」
そう思いながらも愛用している包丁のうちの一つである、ネットスーパーで買った包丁を試しに軽く当ててみた。
パキッ―――。
「おろ? もしかして、切れる?」
ネットスーパー包丁で切り込みを入れていくと、少しの抵抗はあるものの問題なく切れていった。
この殻は硬いって言ってたけど、熱湯で茹でると脆くなるのかもしれないな。
そんなことを考えながら、カニ足の処理をしていった。
そして、ネットスーパーでゴム手袋を買って……。
「よいしょっと」
太いカニ足に詰まった身を手で穿り出すようにして取り出していく。
取り出した見るからにプリップリの身を、食いしん坊カルテットのそれぞれ専用の皿に盛っていく。
途中、下の方の細い脚を3本ほど(そうは言っても元が4トントラックの大きさのカニだから結構な太さなんだけど)とある料理に使うために確保することも忘れない。
「ふぅ、こんなもんかな」
『お、おい、まだか?』
フェルもゴン爺もドラちゃんもスイも、カニの身がこんもりと盛られた皿に目が釘付けだ。
「ププッ。はいはい、どうぞ」
みんなの前に皿を置いてやると、待ちきれないというように口いっぱいに頬張る。
俺も負けじとカニの身を口いっぱいに頬張った。
噛んだ瞬間、ビビッと電撃が走った。
フェル、ゴン爺、ドラちゃん、スイの食いしん坊カルテットと目が合う。
そして……。
『『『『「美味いっ!!!」』』』』
カニ独特の濃厚な旨味と甘み。
それが口いっぱいに広がって、自然と笑顔になる。
人生で一番美味いと思えるカニかもしれない。
食いしん坊カルテットもガツガツと夢中になって頬張っている。
それに伴い、俺もカニの身を味わいながらせっせと身を殻から外していった。
おっと、そろそろこれの出番かな。
茹でただけのほんのり塩味の利いた茹でガニもいいけど、俺はこっちも好きなんだよね。
茹でガニのつけダレにするなら、俺はこれが一番好きかも。
ということで、俺が取り出したのはポン酢醤油だ。
これをちょこっとつけて……。
「うまっ!」
酸味のあるポン酢とカニの身が絶妙にマッチしている。
『おいっ、それはなんだ?』
「ポン酢醤油だよ。これをつけても美味いぞ」
『くれ!』
『儂もじゃ!』
『俺も!』
『スイもー!』
茹でただけで絶品に美味いカニを、さらに美味くしてくれると思ったのか、みんなの目の色が変わる。
おかわり分のこんもりと盛られたカニの身にポン酢醤油をかけて出してやった。
『むむぅ、これも美味いぞ!』
『うむ。この酸っぱいのが意外と合うのう!』
『うっま! これもうっま!』
『これもおいしー!』
食いしん坊カルテットはポン酢醤油をかけたカニの身も気に入ってくれたようだ。
そして、最後はこれだな。
巨大な甲羅を、ふんぬと捲りあげて……。
「うひょー、身も詰まってるしカニ味噌もたっぷりだ!」
『ん? なんだそれは』
耳の良いフェルがなんだと聞いてくる。
「カニ味噌だよ。前にも海で食わなかったっけ?」
『そうだったか? なんか気持ち悪い色だなー』
気付いたドラちゃんも覗いてくるが、気持ち悪いって失敬だな。
まぁ、海で食ったカニはこんなにデカくなかったし、あの時は確か身を和えてからだしてやったからな。
「色で判断するなって。カニ味噌はなー、濃厚でコクがあって、ほのかな苦味もあって美味いんだぞ」
『なんだ苦いのかぁ。スイ、苦いのはいいや~』
『俺もパス。その色と見た目を見てからじゃあとても食い物とは思えねぇもん』
クッ……、ドラちゃん前にも味わったってのに。
カ、カニ味噌は大人の味だから。
ドラちゃんとスイはしょせんお子ちゃまだからしょうがない。
そう思いながら、取り出した甲羅の身をカニ味噌につけてパクリ。
「く~、美味い。酒が欲しくなるなぁ」
『どれ、そんなに美味いなら我にも食わせてみろ』
「フェルも確か海で食ったはずなんだぞ」
食いたいと言うフェルのために、カニ味噌をつけた身を皿に置いてやった。
パクリ。
「どうだ?」
『…………マズくはない。マズくはないが、身だけの方がより美味いな』
ぐぬぅ、大人の味ってものがわからん子ども舌のフェルめ~。
確かに、確かにこのカニの身はめっちゃ美味いよ。
美味いけど、カニ味噌もいいだろがぁ~。
「いいさいいさ、カニ味噌は俺一人で楽しむさ。酒と一緒にね!」
『主殿、お供するぞ』
「ゴン爺~」
『儂、酒は嫌いではないのでな』
「よーしよーし、ゴン爺、俺と一緒に大人の味を楽しもうじゃないか!」
ということで、準備準備。
この甲羅はデカすぎるから……、これでいいや。
甲羅じゃないけど、カニ味噌の甲羅焼だ。
足の殻の一部を使って、そこにカニ味噌とほぐした身を入れて混ぜ混ぜ。
そして日本酒と醤油少々を入れて、BBQコンロで焼いていく。
水分が飛んだら食べごろだ。
「ほい」
深皿に一升瓶の日本酒をドボドボと注いでゴン爺に出してやる。
選んだ日本酒は、リカーショップタナカでも人気だった新潟の酒だ。
日本酒好きの先輩が、淡麗ですっきりとした飲み口で料理にも合うからおすすめなんだって力説していたのを思い出して買ってみた。
俺は手酌で透明なコップに。
わざわざネットスーパーで買っちゃったよ。
日本酒を飲むならこの昔ながらの透明なちょい小さめのコップだよねぇ。
そしてカニ味噌をちょびりとつまんで、ゴクッ。
「く~、美味いね~」
『どれ、儂も』
ゴン爺もちょびりと前脚の爪でとって舐めるようにパクリ。
そして、日本酒は口をつけてゴクリ。
『ほっほ~、こりゃあ悪くないのう主殿~』
「だろだろう。これぞ大人の味。日本酒とカニ味噌の組み合わせは、絶品だよな~」
俺とゴン爺で酒盛りを楽しんだ。
『なにが大人の味だ。ただの酒呑みではないか』
そう言ってフェルが呆れているけど、あーあー聞こえませんねぇ。
「お、ゴン爺なかなかいける口だな」
ゴン爺の酒がもうなくなっている。
「ほい、もう一杯」
そう言いながら再び注いでやる。
『お、すまんのう主殿。しかし、このカニ味噌とやら、この酒に恐ろしく合うのう。ついつい飲んでしまうわい』
「そうなんだよ。これをつまみにするとチビチビ飲んでいるつもりでも、いつの間にかな」
ゴン爺とそんなことを話していると……。
『うぉっほん。無類の日本酒好きがここにおるんじゃがのう』
「デミウルゴス様……」
『儂にくれてもいいんじゃぞ』
あ~、欲しいんですね。
日本酒のお供えはロンカイネンに来る前にささっと済ませてあるから、酒は手元にあるだろうけど、それに抜群に合うつまみと聞いて出てきちゃったわけか。
「あーはいはい。それじゃあお裾分けに」
デミウルゴス様の分の甲羅焼を急いで作ってお供えした。
『ふぉっふぉ~、ありがとうの~』
淡い光と共に甲羅焼が消えていく。
『フハハ、主殿の前では神の威厳もへったくれもないのう。ま、それを言うなら儂らもじゃがのう』
ガッフガッフとカニの身を美味そうに食らうフェルに目をやるゴン爺。
「フフ、まぁ、神様にも楽しみは必要ってことだからさ」
『あ、この前の謝礼は、もう少し後に手に入るはずじゃから、楽しみに待っておるんじゃぞ~』
デミウルゴス様、謝礼とか言っちゃってるし。
も~、本当にこの世界の神様は自由だね~。




