第四百八十六話 タイラントブラックアリゲーター
『よっしゃ! この勢いで最後の黒ワニも倒すぞ!』
勢いづくドラちゃんに待ったをかける俺。
「いやいや、次ってもういいじゃない。緊急性があったバーサクマッドクラブは倒したし、犠牲者も出ていたケルピーも倒したんだからさ」
オーソンさんが、タイラントブラックアリゲーターはSに近いAランクの魔物で凶暴だけど、巨体だから姿を確認しやすくて無闇に近づきさえしなければ大丈夫って言ってたんだし。
そんな急いで今日のうちに全部の依頼をこなさなくってもいいでしょうよ。
『お主は何を言うか。ドラの言うとおり、黒ワニも狩るぞ。何せ、黒ワニが近くにいるからな』
『フェルの言うとおりじゃ。この先にいるのう。水の中の魔物なのだ、見つけたときに狩るのが一番効率がいいと思うぞい、主殿』
ぐぬぬ、それを言われると……。
フェルもゴン爺も水中となると、気配察知の精度が落ちるって話だからな。
そういうこともあって、水中の魔物を察知するには近づかないといけないみたいだし。
今回逃したら、またこの大きなエレメイ川を一から探さなきゃいけなくなるってことだよなぁ。
それも面倒な話だし、うーむ……。
「しょうがない、狩り続行だ」
『そうこなくっちゃ!』
『わーい、次はスイがやっつけるー!』
『いや、次は我がやろう。黒ワニは、深い川底にいる。ドラやスイの攻撃では届かないだろう』
『『エェーッ』』
次もと張り切っていたドラちゃんも、次はと張り切っていたスイも、フェルの言葉に不満そうだ。
『ドラもスイもそう言うな。ここは本当に深いんじゃぞ?具体的に言うとな、儂が元の大きさに戻ってすっぽり入っても余りあるくらいにのう』
ゴン爺の言葉にギョッとする。
「え、この川ってそんなに深かったの?!」
『そうじゃ。主殿は落ちないよう気を付けることだのう』
ゴン爺にそう言われて、恐る恐る川を覗き込んでゴクリと唾を飲み込んだ。
泳げなくはないけど、獰猛な水棲の魔物がウヨウヨいるこの川に落ちたら一巻の終わりかも……。
『ドラもスイもゴン爺の話を聞いただろう。だからこそ我がと言っているのだ』
『チェッ。そこまで深いと確かにフェルの言うとおりだぜ。あ~あ、次もって思ってたんだけどなぁ』
そこまで深いとさすがに諦めざるを得ないのか、ドラちゃんは残念がる。
『むー、スイの攻撃も届かない~』
スイは実際に触手を伸ばしてみたのか、底に届かないことにガッカリしている。
「まぁまぁ、ドラちゃんもスイも1匹ずつ倒したんだからいいでしょ」
『確かにな。ま、次のはしゃーないか』
『スイもカニさん倒したから我慢するー』
「ハハ、帰ったらカニ食おうな。きっと美味いぞー」
『だな!』
『うんっ!』
『っつーことで、とっとと倒してくれよー、フェル』
『まったく、調子の良いことだ。スイ、このまま進め。もう少し進んだ先に黒ワニがいる』
『分かったー!』
フェルの指示で、スイがエレメイ川をすいすいと進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『止まれ、スイ』
『ハーイ』
フェルの『止まれ』という言葉にピタリと止まったスイ。
「ここに、いるのか?」
『いるのう。この真下あたりじゃ』
そう言うゴン爺の言葉に、思わず真下を覗いた。
スイの透明な体を通しても水底はまったく見えず、所々に見える魚影の先は真っ暗な闇が広がっていた。
『で、黒ワニって実際どれくらいデカいんだ?』
気になったのか、ドラちゃんがそう聞く。
『先ほどのカニよりも一回り大きいくらいだな』
『おお~、そんなにかよ。くーっ、川底じゃなけりゃあ俺の出番だってのによう』
フェルの答えに残念がるドラちゃん。
って、あの4トントラックのカニより一回りデカいワニかよ……。
改めて異世界怖いわ。
「それでフェル、どうやって仕留めるつもりなんだ?」
『雷魔法で仕留める』
「え? それってまさか……」
『うむ。特大の雷を川に落とす』
は?
「もしかして、川底にいるタイラントブラックアリゲーターの息の根を止めるほどの威力があるやつをか?」
『そうだ』
…………。
「いやいやいや、『そうだ』じゃないからね! そんなの絶対に落としたらダメなやつだろ!」
『何故だ?』
「何故だじゃないよ! 川底にいるタイラントブラックアリゲーターが死ぬほどの威力があったら、川に浮かんでるスイにもその上にいる俺たちにも影響あるだろうが! それだけじゃないぞ! 他にも問題大アリだからな!」
『それは結界を張れば問題ない』
『うむ。儂もそう思うのう。その結界は儂が責任を持って張ろう』
何が問題だという風なフェルとゴン爺。
だけど、フェルもゴン爺もまったく分かっちゃいない。
「確かに俺たちについてはそれでいいかもしれないよ。だけど、他にも問題大アリだって言ってるじゃないか!」
『主殿、他に何の問題があるんじゃ?』
『そうだ。どこに問題があるというのだ』
まったくもう。
フェルもゴン爺も強者の視点でしかものを見てないんだから~。
「いいか、川底にいるタイラントブラックアリゲーターの息の根を止めるほどの威力の雷魔法を落としたら、周りの魔物はどうなる?」
『そりゃあ当然死ぬだろう』
フェルの答えに『だろうのう』とゴン爺も頷いている。
ハァ、分かってるじゃん。
それが大問題だってんだよ。
「フェルの雷魔法、どれくらいの範囲に及ぶかはわからないけどさ、フェルの魔法なんだから、広範囲に影響があるのは間違いなさそうだよな」
『そりゃあまぁ、そうなるだろうな』
ちょっとフェル、何得意げな顔してるの?
褒めてるわけじゃないからな。
「ということはだ、その広範囲にいる魔物を根こそぎ死なせるってことになるわけだ。そうなると、どうなると思う?」
『どうなるって、雑魚がいくら死のうと構わんだろう。もちろん、美味そうなのは確保するが』
『儂もそう思うんじゃがのう。主殿、何が問題なのじゃ?』
「まったくもう、それが大問題なんだっての! いいか……」
まったくもって意味を理解していないフェルとゴン爺にこんこんと説明した。
フェルの雷魔法で、タイラントブラックアリゲーターだけじゃなく広範囲にわたって根こそぎ魔物が死ぬことになる。
そうなるとだ、ここロンカイネンの冒険者たちが困ることになる。
なにせ、この街の冒険者の多くはエレメイ川の魔物を狩って生活しているのだから。
特に冒険者は、その日暮らしをしている者も多いみたいだから、獲物が狩れないっていうのは死活問題。
それでもある程度ランクがあれば他の街へ行く手立てや、川を離れて獲物を狩りに行くこともできるだろう。
でも、低ランク冒険者となると、それもなかなか難しいかもしれない。
「フェルがやろうとしたことはな、最悪、生活に困窮する冒険者を大量に生み出しかねないことなんだ。しかも、そうなったら、生活苦になった冒険者たちからは親の仇のように恨まれるぞ~」
『『むむぅ』』
唸るフェルとゴン爺。
「そういう噂ってのは伝わるのが早いからな。どの街の冒険者ギルドにも行きにくくなる。そうするとだ、お前たちの大好物の肉の供給にも影響が出てくる」
『な、何故じゃ?』
「何故って、ゴン爺、簡単なことだよ。俺も、小物ならなんとか解体できるようになったけど、大物は一人じゃとても無理だ。冒険者ギルドに頼むしかないんだよ。今回狩るタイラントブラックアリゲーターなんて、その最たるものだろ」
…………。
『おいフェル、特大の雷魔法は止めておけ。肉が食えなくなったら、恨むぞ』
『お肉食べられなくなっちゃうのー? いやだよ~、スイ、お肉、もっといっぱい食べたい!』
いつの間にか一緒に俺の説明を聞き入っていたドラちゃんとスイから念話が。
『フェル、特大の雷魔法は中止じゃ。主殿の説明で当然分かっていると思うがのう』
がっしとフェルの肩を前足で掴むゴン爺。
おいおい、ゴン爺の爪が食い込んでるよ。
『分かっておるわっ』
そう言って憮然とした表情で、ゴン爺の前足を振り落とすフェル。
『殺さぬ程度の威力にしておく。ゴン爺、結界を張れ。行くぞっ』
ドッゴーンッ、バリバリィィィッ―――。
ゆるやかに流れる水面に稲妻が落ちる。
「い、いきなりかよ!」
広い川を埋め尽くすがごとくにプッカリ浮いた魚。
そして……。
「う、うおっ」
最後に浮かんできた巨大なワニ。
無防備に白い腹をさらしている。
「こ、これはまたデカいな……」
『お主が言うから威力を弱くした。すぐに止めを刺さねば復活するぞ』
「え? え? マジかよ?!」
フェルの言葉にあわあわする俺。
『ドラかスイにやらせると、また揉めるじゃろう。ここは、主殿が仕留めたほうがいいだろうのう』
「え? 俺? フェルかゴン爺じゃ?」
『お主が言い出しっぺなのだ、最後は責任を持て』
「言い出しっぺって、当然のことを言っただけなのにー!」
『ほれ、早くしろ』
「もーーー!!!」
俺はアイテムボックスから魔剣グラムをひっつかみ、スイから落ちないようへっぴり腰になりながら、仰向けにひっくり返ったタイラントブラックアリゲーターの顎から脳天までを貫いた。
「うぉぉぉぉぉっ」
念には念を入れて魔剣をグリグリと動かす。
飛沫を上げてビクンビクンとした後、巨大ワニ、タイラントブラックアリゲーターから力が抜けた。
「ハァ、ハァ、やったか……」
『ただ最後の止めを刺すだけだというのに、何をやっておるのだお主は』
そう言いながらフェルは呆れ顔だ。
「そんなこと言ったってしょうがないだろう。あんなデカいワニ、いきなり仕留めろって言われてさ。しかも、すぐに復活するーなんて言われたらビビるって」
『そんなのこの場にいる者の中ではお主だけだ』
ぐぬぬ、戦闘狂のお前らと一緒にするなっての。
そんなことよりも、タイラントブラックアリゲーターをアイテムボックスに収納だ。
ぶっとい前足を引き寄せて、みんなに手伝ってもらって何とかアイテムボックスに押し込んだ。
「ふぃ~。それでだ、これ、死んでないんだよな?」
水面を埋め尽くす魚を見ながらフェルに聞くと『もちろんだ』という答えが返ってくる。
『ねぇねぇあるじー、このお魚、全部獲っていいのー?』
『見た目不味そうなのもいるし、美味いのだけ獲ってこうぜ』
「全部はダメだけど、ドラちゃんの言うとおり、美味そうなのは獲っていくか」
その後は、俺の鑑定を頼りに、美味そうな魚を選んでみんなでせっせと獲っていった。
おかげでしばらくは魚に困らないだろう。
まぁ、全部淡水魚だけどね。




