第四百八十五話 ケルピー
1月25日に発売した8巻の重版が決まりました!
これもお読みいただいている皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
それから、活動報告のコメント・感想・メールでの皆様からの暖かいお言葉とても励みになっております。時間的な余裕がなく、1つ1つに返信できないことお許しください。
これからも週一更新で頑張りたいと思いますので、今後とも「とんでもスキルで異世界放浪メシ」をよろしくお願いいたします。
『よし、食うぞ』
『うむ。主殿、頼むぞ』
『スイが倒したってのは気に入らねぇけど、俺も食うぞ』
『スイが倒したカニさん、食べるー!』
バーサクマッドクラブを早く味わいたいみんながそんなことを言い始める。
「いやいやいや、何言ってるのさ。ここで食えるわけないだろ。討伐した証拠に持っていかないといけないし」
俺がそう言うと、ドラちゃんが『全部とは言わないから、ちょっとくらいならいいんじゃねぇか』などと言い、その言葉に他のみんなも『そうだそうだ』と言い始める。
でもねぇ……。
「料理するったって、魔道コンロが壊れてるんだからどうにもならないよ」
このバーサクマッドクラブを鑑定してみたら、“茹でると絶品”ってあったんだよな。
このまま丸のまま茹でた方が美味いに決まってるけど、そもそも4トントラックの大きさのカニをどうやって茹でるんだって話だよね。
そうなると切り分けて茹でることになるけど、それにしたって今の手持ちのカセットコンロじゃあどうにも心もとない。
「そういうことだから、まずは冒険者ギルドに持っていって確認してもらってからだよ。味わうのはその後のお楽しみ」
『むぅ』
『残念だのう』
『チェッ』
『ぶー』
「まぁまぁ、みんなそう腐るなって。冒険者ギルドにだって確認のために見せるだけで、すぐに返してもらうからさ」
俺がそう言うと、みんな渋々承諾した。
息絶えたバーサクマッドクラブをアイテムボックスにしまい、さて冒険者ギルドに戻ろうかというところでドラちゃんが待ったをかけた。
『まだまだ時間あるんだろう? だったら次行こうぜ』
『ふむ。さっきの獲物もすぐに食えるわけではなさそうじゃし、儂としては狩りを続けるのもアリじゃのう』
『確かにな。せっかく来たのだし、水生の馬と黒ワニも狩っていくか。ついでに美味そうな魔物がいれば狩っていくか』
『ヤッター! スイがまた倒すんだー』
『おい! 次は俺だからな! スイは手出すなよ!』
「ちょちょちょ、みんな次の依頼もこなす気満々なんだけど、別に今日全部こなさなくてもいいんだからね! とりあえずバーサクマッドクラブの依頼は達成したんだから一回帰ろうよ、な」
そう説得するも、みんなは納得しない。
それどころか、フェルが『帰っても暇なだけだ』と言うと、他のみんなも『そうだそうだ』と同意する始末だ。
「えーっと、そ、そうだ、カニ、カニを食うんだろ?」
『うむ。主殿、もちろんカニは食うが夕飯でいいじゃろう』
そう言うゴン爺の言葉にみんなも頷いている。
すっかり狩りモードのスイッチが入ってしまっているみんな。
そんなみんなを止める術は俺にはなかった。
「ハァ~、分かりました。それじゃあ、ケルピーの討伐依頼やるのね。でも、神出鬼没だって言ってたぞ。水中の魔物の居場所も察知できるのか?」
『むぅ、そう言われるとな……。できなくはないが、水中となると精度は落ちる』
気配察知の達人とも言えるフェルでも、さすがに水中、しかもこの大河となると難しいようだ。
『儂も同じようなものじゃ。近づけばさすがに分かるがのう』
ゴン爺の言葉にフェルも『うむ』と頷いている。
近くまで行かないと察知できないとなると、かなり面倒だな。
対岸が見えないほどの広い川幅があるこのエレメイ川だと、川の真ん中にいた場合はフェルとゴン爺の気配察知に引っかからない場合もありそうだぞ。
そうなると、このケルピー討伐の依頼は腰を据えて挑まないといけないかもなぁ。
そんなことを考えていると……。
『なんだ、そんなことか。そんなら川の中を進んでいけばいいじゃねぇか』
さも簡単だという風にドラちゃんがそう言った。
「いやいや、ドラちゃん。川の中をって、何言ってんだよ。ドラちゃんやゴン爺なら、川の上を飛んでっていうならありかもしれないけどさ。そうすると二人でケルピーを探して回ってもらうことになるんだぞ。それとも、魔物がわんさかいる川の中をびちょ濡れになって進めっていうのか?」
『そうだぞ! そんなことは絶対にやらんからな!』
水嫌いのフェルからも抗議の声があがる。
『儂は飛んで探してやってもいいけどのう。ただ、あまり水面に近づくと水しぶきが上がるし、魔物に逃げられるんじゃがな』
ゴン爺としては飛んで探すのもやぶさかではないようだけど、魔物に逃げられちゃあ意味ないでしょう。
『何言ってんだよ、びちょ濡れになんてなるわけないだろ。スイだよ、スイ! ほら、前に海に行ったときにも……』
『「あ」』
俺とフェルの声が重なった。
そうだった!
海の街、ベルレアンに行ったときには、スイが大きくなってみんなを乗せて沖合まで進んでいったんだった。
「そうだよ! ドラちゃんの言うとおり、スイがいた!」
『うむ! スイがいたな!』
みんなの注目を一身に受けるスイ。
注目されたのが嬉しいのか、当のスイは『スイがどうしたの~?』とポンポン飛び跳ねている。
最近仲間になったばかりのゴン爺だけは訳が分からないという様子だ。
『む。儂にはさっぱり意味がわからんが、スイがどうしたというのじゃ?』
「いやね……」
かくかくしかじかとベルレアンでのことをゴン爺に説明していく。
『ほうほう、なるほどのう。ということは、スイがおれば水中の魔物も難なく仕留めることができるということか』
「そういうこと」
『っつうことで、スイ、大きくなって俺たちを乗せて川を進むんだ!』
『そっかー! 思い出したー! しょっぱいお水のときみたいに、スイが大きくなってお水の中を進めばいいんだね!』
ドラちゃんの言葉で、スイも何をすればいいのか分かったみたいだ。
そして……。
『いっくよー! んん~』
スイがどんどんと大きくなっていく。
『あーるーじー、スイ、大きくなったよ~』
「じゃあ、みんなで乗るからな」
『うーん』
こうして、大きくなったスイにみんなで乗り込み、エレメイ川を探索することとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『あ、お魚ぁー。えいっ』
ドスッ―――。
スイの体から伸びた触手が大魚を貫いた。
『あるじー、またお魚獲ったよー』
「はいよ。よいしょっと、これも重いなぁ」
スイの触手に貫かれて息絶えた1メートル30センチくらいはありそうな大魚を受け取って、アイテムボックスへとしまう。
ゴツゴツの鎧っぽい皮で、ヒゲがあるからナマズっぽい感じもする“エレメイメガロドラス”という魚だ。
エレメイ川ではポピュラーな魚で(一応は魔物らしいが)、鑑定では“白身で淡白な味わい”とあったから、ソテーやフライにして後でみんなで食おうと思っている。
エレメイ川を進みながら、こうしてスイが見つけた魚をちょこちょこ獲っているおかげで、エレメイメガロドラスは既に30匹くらいアイテムボックスに入っているし、他にも“エレメイサラトガ”というアロワナに似た魚(こちらもエレメイ川ではポピュラーな魚らしく、干物にすると美味いらしい)も20匹はアイテムボックスに入っている。
結局何が言いたいかというと……。
「ケルピー、いないなぁ」
『いないねぇ~』
『だなぁ。フェル、どうなんだ?』
『どこにいるのか我の気配察知にも引っかからん。ゴン爺はどうだ?』
『儂の気配察知にも引っかからんのう』
「もう少し進んでみるか」
『うむ。何にしろ見つかるまで移動するしかないからな』
ゆるやかな川の流れに沿って、みんなを乗せたスイが下流へと進んでいった。
下流へ進みしばらくすると……。
『む』
「フェル、どうした?」
『いるぞ』
『ああ。いるのう』
フェルとゴン爺の気配察知に引っかかったようだ。
『左岸寄りにいるようだな。スイ、もう少し左に寄れ』
『わかったー』
フェルの指示によってスイが左岸寄りに進んでいく。
「ん? あそこの岸にいるの、冒険者か?」
5人組の男女が縄をつけた銛のようなもので獲物を狙っている姿が見えた。
『どうやら彼奴らを狙っておるようだのう』
ゴン爺がサラッとそう言った。
「狙ってるって、ケルピーが?」
『うむ』
「ちょっ、それ早く言えよ!」
俺は焦りながら川岸にいる5人組の冒険者に向かって大声で叫んだ。
「そこの5人組ー、逃げろーっ! ケルピーが狙ってるぞー!」
俺の叫び声を聞いて、何事だと5人組がこちらを見た瞬間―――。
ザブンッと水飛沫をあげながら5人組の前に姿を現したケルピー。
「ヒヒーン!」
ケルピーが獲物を前に雄叫びをあげる。
5人組のうち4人は無事に川岸を離れることができたものの、残り1人、女性冒険者が恐怖から尻もちをついて取り残されてしまっていた。
女性冒険者に近づいていくケルピー。
「ヤバい! 何とかしないと!」
焦る俺の影から弾丸のように飛び出していく小さな影。
『俺の出番だ!』
『あー、ずるい~』
「ドラちゃん!」
『お前なんて魔法一発で十分だ!』
ドシュッ―――。
ドラちゃんの氷魔法の先の尖ったぶっとい氷の柱が、ケルピーの背中から腹までを貫いた。
「ヒヒィィィィィンッ……」
絶叫に近いいななきをあげた後、ケルピーが息絶える。
『よっしゃ!』
そう言ってアクロバット飛行をするドラちゃん。
『まぁ、ドラなら当然だろう』
『だのう』
フェルもゴン爺もドラちゃんならケルピーごとき一撃で倒して当然だというように見ている。
『むぅ、スイが倒したかったのにー』
『スイはさっきカニを倒しただろうが。これでおあいこだ!』
みんなが盛り上がっているところ悪いけどと思いながら、そろりと川岸の冒険者を見やる。
一連を見ていた5人組は、口をあんぐりと開けて呆然としていた。
あちゃー、固まっちゃってるわ。
説明するのも面倒だし、このままケルピーを回収して撤収しちゃお。
アイテムボックスへとケルピーを回収すると、その場をそそくさと離れる俺たち一行であった。