第四百八十一話 デミウルゴス劇場
『オッホン、あ~、儂はこの世界の創造神デミウルゴスじゃ。この世界の最上位神でもある。儂にはここ最近疑問に思うことがあってのう。まずは、その疑問に答えてもらおうではないか。おい、そこの教会の中で縮こまっている教皇とやら、出てくるのじゃ』
頭の中に、俺にとっては馴染みのデミウルゴス様の声が響いていた。
デミウルゴス様との話し合いで、この声は、ルバノフ教信者、すなわちルバノフ神聖王国の支配地域に住む人々と四女神等ほかの宗教の主要教会関係者、そして各国の王族・皇族に届くようになっている。
デミウルゴス様からは『この大陸に住まう人々すべてに届けることもできるぞ』というお言葉があったけど、さすがにそれはやり過ぎという話になり、この範囲にとどめた。
これでも十分過ぎるほどの効果は出るんじゃないかなと俺は思っている。
というか、既に抜群の効果を発揮している。
その証拠に、多くの人が驚愕の表情を見せ固唾を呑み、中には膝を突いて祈りを捧げるものまで出始めていた。
そりゃあそうだよね。
神様の声が頭の中に直接聞こえてくるんだから。
『早う出て来い』
デミウルゴス様に急かされたからか、白地に金の刺繍が施された派手な法衣を着た十数人の集団が教会の中から出てきた。
その中でも、宝石まで縫い付けられたひときわ豪華な法衣を着ているのが教皇っぽいな。
『ようやく出てきたか。ルバノフ教のう~。で、ルバノフって誰じゃ?』
プププ、デ、デミウルゴス様、それをここで聞いちゃうんだ。
あれ?
教皇さんはじめ豪華な法衣を着ている連中は、何故か真っ青な顔して今にも倒れそうだけど、もしかしてルバノフなんて神様いないって分かってる?
『答えぬつもりか?』
「…………ル、ル、ルバノフ様は、全知全能であり、わ、我ら輝ける人族の神であらせられます」
たくさんの人がいるにもかかわらず、静まり返った広場に教皇のか細い声がやけにはっきりと聞こえた。
『全知全能の人族の神の~。ふむふむ。さっき言った通り、儂、この世界の創造神で最上位神なのじゃ。当然、この世界の神々も全て知っておる。そこで言わせてもらうが、ルバノフなんていう神はおらんぞ。そもそも神々は人種によって優劣などつけんわい』
デミウルゴス様がそう断言すると、広場の周りにいた人々からざわめきが。
「そ、そんなはずはっ……」
咄嗟に反論する教皇だが、デミウルゴス様に通じるはずもない。
『神に嘘は通じんぞい。そこにいるお主らルバノフ教の上層部は、その地位に就いたときに教わっているじゃろうが。ルバノフ教がただの金集めのためにできた宗教だということをのう。それを知ったうえでその地位に就いたのじゃから、お主らは全員金の亡者じゃのう』
デミウルゴス様にルバノフ教の正体と成り立ちをバラされた法衣服を着た教皇たち上層部は、青を通り越して真っ白になった顔色でヨロヨロと今にも倒れそうになっている。
『まぁ、それはいい。お主ら人が今の時代を生きていくうえで、金というものは必要なものじゃろうからのう。それが詐欺まがいのことであっても、その程度であれば儂が口を出すことはない。だがのう……』
デミウルゴス様、もしかしてめっちゃ怒ってる?
何か肌がざわざわして鳥肌がたってるんだけど。
『お主らは何をした? 獣人、エルフ、ドワーフをおもちゃにするのは当然、同じ人族でも見目の良い少年少女を見つければ召し上げておもちゃにする。そして、飽きれば奴隷として売り払う。お主らルバノフ教に属する者は、平気でそのようなことをしよる。特に上層部はひどいもんじゃ。どうなるか知ったうえで、売り先が帝国じゃからのう。帝国に売られた者は、戦闘訓練の的になって死ぬことになる。死してなお、口にするのもおぞましい運命が待ち受けているというのを知りながらのう……』
死んでからも口にするのもおぞましいって、どういうことだ?
デミウルゴス様がそこまで言うって、怖すぎるぞ。
『この際じゃ、帝国にも一言言っておくのじゃ。帝国の皇帝よ、聞いておるのう。お主ら帝国人は、帝国人以外は人とは見ておらんな。そのことから今の悪習が始まったのじゃろうが、それは止めるのじゃ。今後一切、そのような悪習は認めぬ。よいか、儂は見ているぞ』
うわ、帝国もデミウルゴス様に目を付けられてるのか。
帝国って、ここ数十年は国境封鎖しているらしくて、俺もバリバリの軍事国家っていうことくらいしか知らないからな。
あとは、国境が接している国とは年中小競り合いしているとは聞いているけど。
もうそれだけで関わり合いにはならんとこって思うけど、デミウルゴス様に目を付けられているようならなおさらだな。
『ルバノフ教に話を戻すが、どうしようもないことに先に言ったこと以外にも星の数ほど悪事を働いておるじゃろう。いもしない神の名を騙り悪行の限りを尽くすお主らに、さすがの儂も看過できなくなったわい』
デミウルゴス様に、悪行の限りを尽くすだなんて言われるとはね。
ルバノフ教って、本当にどうしようもないな。
『そういうことじゃから、お仕置きじゃ。ゴホンッ、フェンリル、そして古竜、やっておしまいなさい。…………ふぉっふぉー、このセリフ一度言ってみたかったのじゃ~』
……デミウルゴス様、心の声がバッチリ聞こえてますよ。
というか、水〇〇門ですか?
あれ見たんですね。
『『ぎょ、御意』』
デミウルゴス様のせいで、フェルもゴン爺も顔が引き攣ってるじゃん。
『おい、お前ら。巻き込まれたくなければ建物から離れるんだな』
『この警告もデミウルゴス様のお慈悲によるものじゃ。お主らが離れようが離れまいが儂らはやるからのう』
フェルとゴン爺がそう告げると、脱兎のごとく離れていく自称聖騎士隊と法衣服の教皇たち。
逃げ足だけは早いな。
『では、行くぞ』
『うむ』
『俺もやるぞ!』
『スイもー』
フェルとゴン爺はもちろんのこと、ドラちゃんとスイもスタンバイOK。
みんながこれから教会へと攻撃に入るその瞬間。
「嘘を言うなぁぁぁぁぁっ! ルバノフ教こそ至高の教義! 我がこの魔剣で穢れた魔物を成敗してくれるわぁぁぁっ!」
剣を手に、そう叫びながら教会の扉から飛び出してきたのは自称聖騎士隊の豪華な鎧を着こんだ騎士だった。
「ま、魔剣?!」
エルランドさんから、ルバノフ教総本山の教会に“魔剣ジュワイユーズ”が保管されていると聞いたのを思い出した。
そして、ヤバいと思った。
もしかしたら、みんなが斬られるんじゃないかと。
そう思ったら勝手に体が動いていた。
ゴン爺の体から滑り落ちるように飛び降りて、アイテムボックスの中にある一番俺の手に馴染んだ魔剣グラムをひっつかんだ。
そして―――。
「うぉぉぉぉぉっ」
ガキンッ。
豪華な鎧を着こんだ騎士の魔剣と俺の魔剣グラムの刃が交差した。
『フン、その程度で我らが傷つくものか』
『そうじゃのう。それに、その剣、魔剣と言われるほどの魔力は感じぬわい。偽物じゃろうて。その証拠に……』
「え?」
騎士の魔剣がポッキリと根元から折れていた。
「何故だぁぁぁぁぁっ」
騎士の絶叫が響き渡った。
『あ、それ魔剣じゃないぞい。100年前? いや200年前か? 忘れたが、当時のルバノフ教の上層部が嬉々として金に換えおったわい』
デミウルゴス様……。
その追い打ちの言葉で、騎士さん膝をついてガックリ項垂れちゃいましたよ。
ガックリと膝をついた騎士は、自称聖騎士隊の面々によって連れていかれる。
『まぁ、気弱なお主にしては良い動きだったぞ』
フェル、褒めるなら普通に褒めてよね。
『改めて、行くぞ』
フェルのその言葉の後―――。
ドッゴーンッ、バリバリバリバリィィィッ―――。
ドッガァァァン―――。
ドシュッ、ドシュッ、ドシュドシュドシュッ―――。
ビュッ、ビュッ、ビュッ―――。
フェルの雷魔法の稲妻が、そしてゴン爺の土魔法の大岩、ドラちゃんの氷魔法の先が尖った氷の柱、スイの酸弾、それらが一気に城のようなルバノフ教総本山の教会に襲いかかった。
盛大な光と土煙が消えると、そこには粉々になった瓦礫が散乱していた。