閑話 エルランド、その後……
ちょっと短めです。
気になる方も多そうなあの人のその後を書いてみました。
ドランのギルドマスターの部屋は異様なほどの静寂に包まれていた。
聞こえる音は書類に走らせる羽根ペンの音と書類をめくる音だけ。
そんな静寂の中、ギーッと控えめではあるがイスを引く音が鳴り響いた。
「エルランド、どこへ行くんだい?」
王都からバカマスターの監視にと派遣された重鎮エルフであるモイラ様の問いかけ。
「ト、トイレに……」
「へぇ~、半刻前にもトイレに行ったのにかい。アンタ、年寄のアタシよかトイレが近いんだね。病気なんじゃないかい」
「……や、やっぱり大丈夫です」
モイラ様の鋭い突っ込みにタジタジのエルランド。
席を立つのを諦めて再び席に着く。
「大丈夫って、何だいそれ。行かなくていいなら最初から大人しく仕事を続けてな。アタシも気が長い方じゃないからね、それだけは言っとくよ」
「…………はい」
弱弱しい声で返事をしたエルランドが諦めたように再び羽根ペンを手にした。
コンコン―――。
ドアを叩く音が聞こえてくる。
「ウゴールです。入ってよろしいでしょうか?」
「入んな」
ガチャリとドアを開けて副ギルドマスターのウゴールが入ってくる。
「お疲れ様です、モイラ様。うちのギルドマスターがご迷惑をおかけしてないでしょうか?」
「ハァ……。アンタも相当苦労したんだね。アタシがいるってのに、半刻ごとにトイレに立とうとするバカは初めてだよ」
その言葉を聞いて、ウゴールの額にピキリと青筋が。
「バカマスター、どういうことですか?」
「え? いや、あの、その、そのね…………」
汗を滝のように流しながらウゴールから目を逸らして焦りに焦るエルランド。
「まぁ、今日のところは勘弁してやりな。初日だしね」
思わぬ援軍。
モイラのその言葉にホッと息をついたエルランド。
しかしながら、そうは問屋が卸さない。
「実を言うとね、最初に聞いた話がひど過ぎて、まさかそんな奴がいるなんてって正直半信半疑だったんだ。ましてや同族だ、そんな奴がいるなんて思いたくなかったのもある」
若い頃はさぞや美人だったのだろうと思わせる面影の残る皺の刻み込まれた顔。
そこから発せられる鋭い眼差しにさらされ、蛇に睨まれたカエルのように縮こまるエルランド。
「しかし、今日のこいつの様子を見てよ~く分かったよ。こいつはエルフ一の恥さらしだ。ギルドマスターという要職に就きながら、その仕事を全うしないなんて言語道断だ」
ピシャリと厳しい言葉を浴びせられたエルランドが一層体を縮こませる。
冒険者ギルドでの仕事に相当の矜持を持っていたモイラにとって、エルランドの様子には深い怒りを覚えていたのだった。
「引退したアタシだが、まだまだ仕事はありそうだね。今回は長期の仕事になりそうだよ。ま、引退しているからこそ、どれだけ長引こうが何の支障もないけどね」
「そ、そんなぁ…………」
か細い声で悲鳴を上げるエルランド。
その目は絶望にあふれていた。
「モイラ様。ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします」
ウゴールがモイラに向かって誠心誠意お願いする。
「任せておきな。この際だ、このダメ男を一からみっちり仕込んでやるさ」
「おおっ、是非にお願いいたします!」
盛り上がるモイラとウゴールを他所に、この世の終わりを目の当たりにしたような死んだ魚の目をしたエルランドがいた。
その後、ドランの冒険者ギルドでは、いつもはやんちゃで騒々しかったギルドマスターの生気のない姿が度々目撃されるようになったとさ。