第四百七十五話 ドワーフには酒が一番
ちょこっとだけ書籍7巻の巻末小説にリンクしています。
デミウルゴス様からの困ったというか無茶ぶりなお告げのことを、みんなに話そうか迷ったけど、デミウルゴス様が暇なときでいいっておっしゃっていたのもあって、とりあえずは保留ということにした。
なにしろ今はやることが多い。
それをこなしてから、どうするか考えればいいだろうという結論に至った。
まぁ、先延ばしとも言うけどね。
とにもかくにも、やることをやってからだ。
まずは予定していた風呂の拡張工事。
今日は、約束していた工事業者に下見に来てもらう日。
門番担当のタバサとペーターにはその旨を伝えて、工事業者のブルーノさんが来たらここに案内するように言ってあるから大丈夫だろう。
フェルたちと朝飯を済ませて、食休みのコーヒーを飲みながらまったりしていると……。
コンコン―――。
「ムコーダさん、工事業者のブルーノさんが来たよ」
玄関からタバサの声が。
「はーい、今行くよ」
玄関を開けると、タバサとペーター、そして小さいが筋骨たくましい髭もじゃのドワーフが3人並んでいた。
「工事をお願いしたムコーダです。今日はよろしくお願いいたします」
「おう。儂がブルーノだ。こっちこそよろしく頼む。今日は下見ってことで2人ほど連れて来た」
ブルーノさんたちを「どうぞ」と家の中へ招き入れる。
「それじゃ、ムコーダさん。アタシらは仕事に戻るよ」
「ああ」
「アンタ、行くよ」
「ん」
一仕事を終えたタバサとペーターが門の方へと戻っていく。
その二人の姿を見送りながら「んん?」と思う。
……なんか、二人の距離が近くね?
俺は首を傾げるも、今はそれどころではない。
ブルーノさんたちの相手をしなければ。
「それでは早速ですが、風呂場へ」
「おう」
ドワーフ3人を我が家の風呂場へご案内。
「ほ~、なかなか広くていい風呂じゃねぇか。ここをさらに広くするんか?」
ブルーノさんが不思議そうに聞いてくる。
そりゃあそうだよね。
ここでも十分広いもん。
普通ならね。
俺はブルーノさんに家の事情をかくかくしかじかと話して聞かせた。
そして実際にリビングでくつろいでいたうちの従魔ズ、フェル・ドラちゃん・スイ・ゴン爺を見せることもしたよ。
豪胆無比と言われるドワーフも、フェルとゴン爺の姿には驚いていたよ。
「従魔と一緒に風呂とはな。しかもその従魔のために風呂を拡張するとは、さすがSランク冒険者は豪勢だなぁ」
ブルーノさんは俺がSランク冒険者だと知っていたらしく、そんなことをつぶやいている。
まぁ、金を稼げるのもみんなのおかげだからね。
それに、風呂が気に入ってたゴン爺のためだし。
大きくしておけば、フェルが入る時にも楽だしさ。
フェルは風呂嫌いとは言っても、まったく入らないわけじゃあないしね。
その後は、風呂拡張のための打ち合わせ。
まずは現物の風呂だ。
何せこの世界の風呂は高いからね。
特殊な方法で砕いた魔石の粉が練り込まれ焼かれた陶器製で超高額商品。
華やかな色が付いたものや絵付けしてあるものはより高額になるから、下手すると工事費用よりも高い場合もあり、好みもあるので施工主側が用意することがほとんどだということだった。
俺もそれに倣って、自分で用意することにした。
前にランベルトさんの紹介で風呂を買ったイラリオ商会に明日にでも行ってみようと思う。
それから工事だが、方法としては、外壁をぶち抜いて新たに外壁を造るか、隣の部屋の壁をぶち抜いて広くするかのどちらかだという。
外壁をぶち抜いた場合、風呂場以外をいじるわけではないので他の部屋の広さはそのまま確保できるが、新たに外壁を造らなければならないので工期が長くなることと、キレイな形で出来ている家の外壁のそこの部分だけ凹凸ができてしまうので家の外観が損なわれることが難点だという。
そして、隣の部屋の壁をぶち抜いた場合だが、当然その分の部屋が減ることにはなるが、工期はこちらの方が短いとのことだった。
要は広さを選ぶか、工期を選ぶかだ。
俺は工期を選んだ。
隣の部屋の壁をぶち抜いた場合は四日もあれば十分だって言うんだもん。
風呂の隣の部屋は正直あんまり使ってないしね。
ブルーノさんと話して、風呂の拡張工事には明後日から入ることに決まった。
そして、風呂の拡張工事とは別に……。
「ブルーノさん、風呂の件とは別件で相談したいことがあるんですが……」
俺はブルーノさんに奴隷を増やしたいので、その家の建築もお願いできないか相談してみた。
建てる場所はというので、母屋の裏へ案内した。
既に建っている3棟の家の裏手には木が生えているのだが、その木を切って更地にすれば割と広い土地が確保できる。
そこに建ててほしい旨と、これからのことを考えて3棟か4棟くらいは家を建てておきたいということを話した。
すると、ブルーノさんからは「木の伐採と更地については、他の業者に頼んでくれ。儂のとこはあくまでも建築屋だからよ。更地になってからなら3棟でも4棟でも建てちゃるぞ」とのことだった。
ただ、それでも今は忙しくてすぐにというわけにもいかないそうだけどね。
風呂の拡張工事とは違って、家を建てるとなるとやはりそれなりに工期がかかるとのことだ。
しかも、うちみたいのだと余計にね。
アルバンがちょうど畑仕事をしていたから、断りを入れてアルバン一家の家をブルーノさんに見てもらって、これと同じ感じの仕様でとお願いしたら、「風呂付の奴隷の家なんて初めて見たわ」ってちょっと呆れられたからね。
風呂があれば水回りの工事もあるから、費用も高く工期も長くなるのは当然だって話だった。
ブルーノさんの話では、今請け負っている仕事が片付くのが2か月後くらいだっていうから、実際にうちの奴隷用住宅の工事が始まるのはそれ以降ってことになりそうだ。
ブルーノさんには、それまでには更地にしてすぐに工事に入れるように準備しておけと言われた。
木の伐採と更地か。
その辺は、フェルたちの魔法で何とかなりそうな気もしないでもない……。
まぁ、要検討ということで。
そんなこんなでブルーノさんたちの下見と打ち合わせも済んで、ドワーフと言ったら酒だよねってことで、皆さんが帰る前に付け届けとしてウイスキーを1本ずつ渡したのだが……。
ウイスキーの瓶を見たとたんに、ブルーノさんの目の色が変わった。
「お、オメー、これはっ、“幻の酒店”のっ」
おろ、ブルーノさん知ってるの?
「まぁまぁ、ブルーノさん。その話はしてはいけないって聞いていませんか?」
俺がそう言うと、ブルーノさんがハッとした顔で口をつぐんだ。
そして、お供の2人に「お前ら、すぐ行くから外で待ってろ」と言って、2人を先に行かせたあと……。
「ちょっ、こっち来い」
「何なんですかブルーノさん」
ブルーノさんは周りに人がいないことを確認すると、小声で……。
「店主はSランクの冒険者だろうっていうのはチラッと聞いていたが、あの店の店主はあんただったんだな」
「まぁ。というか、ブルーノさんはその話はどちらで?」
「ん? 儂の弟からだ。これ以上ないくらい美味い酒が手に入ったから恵んでやらぁって、手紙と一緒に送ってきやがった」
旅先の街で時間があるときに、俺が道楽でやっている酒店。
いろいろと規約を設けているし、場所も時間も決まっていない神出鬼没の店だから、ドワーフたちの間では“幻の酒店”と噂されている。
何でドワーフたちの間で噂されているかと言うと、客がドワーフしか来ないからだよ。
別に俺としては、人種をドワーフに限定しているわけじゃないんだけどね。
美味い酒への執念はドワーフに敵う者はいないってことなんだろう。
ま、そんな知る人ぞ知るという俺の店をブルーノさんは知っていたわけだ。
「それで、この街では“幻の酒店”やらんのか?」
そういって期待の込めた目で俺を見つめるブルーノさん。
髭面のおっさんに見つめられてもねぇ。
それに何と言っても……。
「今のところは忙しくて」
俺がそう言うと、この世の終わりみたいに絶望した目をしてガックリと項垂れるブルーノさん。
え、そんなに落ち込むこと?
なんかこっちが悪い事したみたいなんだけど。
「えーと、先ほどの酒と同じのならば何本か都合つけますけど」
そう言うと、ブルーノさんがガバッと顔を上げた。
「本当か?!」
「え、ええ。それくらいでしたら」
「ヒャッホウ! そんなら明後日から入る工事も超特急で2日で仕上げてやるぜ!」
テンションMAXでそんなことを宣言するブルーノさん。
「え? 4日を2日でですか? 急ぎ仕事で手を抜かれると困るんですが……」
「バカを言っちゃいけねぇよ! ドワーフが仕事に手なんか抜くもんかってんだ!」
「それならいいですけど……。でも、大丈夫なんですか?」
「もちろんだ。その代わりと言っちゃあなんだけどよ……。この酒、もう少し都合つけてくんないか?」
「それくらいならいいですけど」
「よっしゃ! 絶対だぞ! 約束だからな!」
そう言って、ブルーノさんはテンションMAXのまま帰っていった。
お供の2人はそんなブルーノさんに訝しげな顔していたよ。
しかし、ドワーフには酒が一番だわ。
これで超特急で工事が終わるならありがたい話だよ。
4日かかるって聞いた時は、アイテムボックスに入っている旅用の風呂を使わないといけないかなって思ったけど、2日くらいなら我慢できるしなんとか使わなくても済みそうだ。
ドワーフに酒、こりゃもう鉄板だね。




