第四百七十一話 予想以上の食いつき
一旦家に帰って、当然のように肉を所望する食いしん坊カルテットに、ギガントミノタウロスの肉に焼き肉のタレを絡めて焼いてそれを白飯の上にたっぷり載せるという簡単だけど暴力的に美味い焼き肉丼を出して、遅い昼飯を済ませたあと、予定していた通りにランベルトさんの店へと向かった。
『さっきの主殿の肉料理も美味かったのう。まだまだ儂の知らぬ肉料理があるんじゃろうな』
肉を食ってご機嫌のゴン爺。
『うむ、当然だ』
『うんうん。変わったところだと、ダンジョンで出た内臓を焼いたのが美味かったよなぁ』
『お肉のダンジョンで出たの~。スイもあれ好きー』
『おおっ、あれか。内臓など不味いに決まっていると思っていたが、予想に反してなかなかの美味さだったな』
『そうなんだよなぁ。内臓ってクセがあるし、食えなくはないけどよっぽどじゃなきゃあ食おうと思わないしよ。それが、あの美味さだもんなぁ。噛むとジュワ~ッとうま味が口ん中いっぱいにさ』
『美味しかったねぇ~』
内臓を焼いたのっていうとホルモン焼きかな。
ホルモン焼きの話で、フェルとドラちゃんとスイが盛り上がっている。
『内臓? 内臓など雑味があって不味いんじゃが……。そんなに美味いのか?』
ゴン爺が訝しげな顔でみんなに聞いている。
『うむ。あれはなかなかに美味かったぞ』
『ああ、美味かったぜ』
『美味しかった~』
フェル、ドラちゃん、スイが一様に美味かったと答える。
というかさ、味を思い出してるのかみんな涎を垂らしているんだけど。
『そうか、美味かったのか。儂も食ってみたいものだの~、主殿~』
そう言いながら俺をガン見してくるゴン爺。
おねだりの主張が激しいよ。
『久しぶりに俺も食いたいな、あれ』
『我も同意見だ』
『スイも食べたい~』
その言葉と共に俺に向けられる視線。
ったく、お前らもかよー。
「はいはい分かりました。今日の夕飯はホルモン焼きにすればいいんでしょ。でも、あれ煙が出るんだから、外だぞ。夕飯だから、暗くなってからになっちゃうし、虫が寄ってこないように結界だけはちゃんと張ってもらうからな」
『主殿、大丈夫じゃ。その仕事は、儂が責任を持って請け負おうではないか』
こういう時ばっかり責任を持ってとか調子がいいんだから。
こうしてみんなのおねだりで夕飯のメニューが決まったところで、ランベルトさんの店に到着した。
ランベルトさんの店は、本日も盛況だ。
特にマリーさんが切り盛りする石鹸やシャンプー等を販売する一角には、年齢問わずの女性客が群がっていた。
熱心な女性客の多さに圧倒されて、なかなか声がかけられずにいると、マリーさんの方が先に俺に気付いて声をかけてきた。
「ムコーダ様、いらっしゃいませ。何かご用でしょうか?」
「実は、マリーさんにお聞きしたいことがありまして……」
この街で食器を買うに当たって、ネイホフで買ったようないい食器が手に入るようなおすすめの店がないか聞いてみた。
「ああ、それでしたらいいお店がありますわ。この通りを真っ直ぐ行って、2つ目の角を曲がってすぐのお店です」
マリーさん情報によると、店主がなかなかの目利きで、年に数回はネイホフまで店主自ら買い付けに行っているのだという。
その店で買うものは間違いがないということで、マリーさん主催のお茶会でもその店で手に入れたティーセットを使っているそうだ。
ふむふむ、なかなか良さげなお店だな。
ランベルトさんもだけど、マリーさんも商人の奥さんだから情報通だね。
そうだ、この際だから、家の風呂の拡張工事をどこに頼んだらいいのかも聞いちゃおう。
「ありがとうございます。これから寄ってみます。それからもう一つお聞きしたいことがあるんですが……」
ついでとばかりに、風呂の拡張しようかと考えていることと、その工事をお願いする場合はどこの業者がいいかも聞いてみる。
それならばとマリーさんが、ランベルトさんの風呂場の工事をしてメンテナンスも請け負っているという業者を教えてくれて、紹介状まで書いてくれた。
「いやぁ、助かりました。ありがとうございました」
「いえいえ、これくらいのことでしたらいつでも聞いてくださいまし」
「えーと、それでですね……」
用意していたお礼の品を、革鞄のポケットから取り出した。
「たいしたものじゃないんですけど、これならマリーさんにも喜んでいただけるかなと思いまして」
そう言いながら見せたのは、ここの店に卸しているヘアマスクを入れているジャムが入ってるような瓶に詰め替えたオールインワンジェルだ。
やっぱりマリーさんへのお礼の品は美容関係が喜ばれそうだと思ってさ。
だけど、化粧水やら乳液やらクリームやらといろいろ用意すると大げさな感じになるし。
だから、考えたのがこれ一つでOKというオールインワンジェル。
お手軽に肌の手入れができるっていうんで流行っているみたいだしさ。
そういうわけで、マリーさんに見せながらオールインワンジェルの説明をしていくと……。
「お顔を洗ったあとに、これを塗ればしっとりとした潤いのあるお肌になるのですわねっ」
「え、ええ」
予想以上の食いつき、というか、マリーさんの目がギラギラしてるんだけど。
「乾燥するからとオイルを塗れば今度はお肌が脂っぽくなり……、悩みの尽きない私の肌もこれでっ……」
あらら、マリーさん自分の世界に入っちゃってるよ。
「ゴホンッ。ええと、どうぞ……」
「あら、嫌だわ。お恥ずかしいところをお見せしてしまって、オホホホ」
恥ずかしそうにそう言いながらも、手渡したオールインワンジェル入りのビンはしっかりと大事そうに抱え込むマリーさん。
「使ってみて気に入ったら、俺に言ってください。それほどの量はないのですが、少しでしたら融通はできますので」
「そのお言葉、信じております。そのときは、是非ともよろしくお願いいたします」
ちょちょちょっ、マリーさん、目がマジだよ。
マリーさんの目力に気圧されて、お礼をいってそそくさと店を後にした。
フゥ……。
オールインワンジェルクリームをマリーさんに渡したのは早まったかな?
ま、まぁ、渡してしまったものはしょうがない。
うん、次だ次。
紹介してもらった食器の店に行こう。
風呂拡張のための工事業者へは後日向かうことにして、とりあえず今日は当初の目的どおり、ゴン爺のための食器を仕入れに行くことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェルたちには店の外で待ってもらい、マリーさんに紹介してもらった食器を売っている店の中へと入る。
「いらっしゃいませ」
店主らしき中肉中背のチョビ髭が特徴のおじさんが笑顔で出迎えてくれた。
「どのようなものをお探しでしょうか?」
「ええとですね……」
アイテムボックスからフェルたちの陶器の皿を取り出して店主に見せた。
「ネイホフで手に入れたものなんですけど、こんな感じの器の色違いを探していまして」
「一つ拝見できますかな?」
チョビ髭の店主に青緑色の皿を渡す。
「ふむふむ。これは、フィルミーノ工房の作品ですかな」
どこの工房の作品かまでははっきりと覚えてないけど、そんなような名前だったかも。
「ちょっとお待ちを。確かフィルミーノ工房のこの形の作品は……」
そう言いながらチョビ髭店主が店の奥へ。
少しして戻ってきた店主は、フェルたちのと同じような深皿を手にしていた。
「これがそちらの物と同じフィルミーノ工房の作品で形も同じだと思うのですが、どうでしょうか?」
店主の持ってきた深皿は、からし色でこれまた渋い良い色合いだ。
「いいですね~。色合いも、今手持ちのものと同じく渋い色合いなのがいい」
ゴン爺専用の深皿として、当然これは買いだね。
気に入ってくれるといいけど。
買うつもりでからし色の皿の値段を聞くと、金貨21枚。
ネイホフで買ったときは金貨20枚もしなかったけど、さすがに産地で買うのと同じようなわけにはいかないか。
輸送費やら経費がかかってるわけだから、当然割高にはなるわな。
それはもうしょうがないということで、この深皿は買うつもりで確保。
他にも、特に大量に食うフェルたち用の大皿が欲しい旨を話して見せてもらう。
「こちらは最近人気上昇中のローレンス工房の作品です」
見せてくれたのは、オフホワイト地に金の縁取りが特徴の陶磁器のような大きな平皿だ。
大きさは申し分ないし、悪くはないけど、厚みが薄いから割れやすそうなのが気になるな。
何せ使うのはフェルたちだからな。
特にフェルだと、この薄さだと歯が当たったらすぐに割れそう。
「もうちょっと厚みのある皿の方がいいですかね」
「ふむ、それならば……」
そう言った店主が次に出してきたのは、色は同じく白なのだが、透明感のある白である程度厚みのある皿だった。
「これはこの間仕入れてきたばかりの新進気鋭のルドヴィーク工房の作品です」
うんうん、これはいいんじゃないの。
白磁っぽい感じで料理も映えそうだな。
これも買いだな。
これは、新進気鋭の作品ということもあり、1枚金貨7枚とのこと。
5枚同じものがあったので、全部確保。
その後もなんやかんやといろいろと見せてもらって、ベージュっぽい色合いの深めの大皿5枚と茶色の大きめの丼ぽい器があったのでそれも5個購入した。
〆て金貨96枚。
ネイホフで買うよりも割高なのはしょうがないとして、気に入ったものが買えたしなかなかいい買い物だった。
支払いを終えて、食器類をアイテムボックスへとしまって店を出た。
チョビ髭店主もニッコニコで見送ってくれたよ。
「みんな、お待たせ」
『おせーよ!』
『そうだ、遅いぞ!』
『今か今かと待ちくたびれたわい。スイは儂の頭の上で寝てしまうしのう』
『Zzz……』
「ごめんごめん。買い物も終わったし家に帰ろう」
『うむ。そして、約束通り内臓料理だ』
『うんうん。ジュワ~ッとうま味が口ん中いっぱいに広がるやつな!』
『主殿、楽しみにしているぞ』
『ンン……、ごはん? ごはん~!』
夕飯の話題が出た途端に、目を覚ましたスイ。
「スイ、ご飯はまだだよ。家に帰ったらご飯にしような」
『うん!』
嬉しそうにプルプル揺れるスイ。
さて、家に帰ったら、ホルモン焼きの準備だな。