第四百六十四話 ベヒモス許すまじ
ガサガサ―――。
枝が揺れる音にビクッとして、音がした方を振り向いた。
「なんだ、風で揺れただけか……」
只今絶賛料理中。
結局、最初に降り立った空き地で一人みんなの夕飯を作りながら待つことになった。
フェルの結界と、同じく結界魔法が使えたゴン爺の結界の二重掛けをしてもらっている。
これならばベヒモスに出会っても大丈夫だろうと、フェルとゴン爺からのお墨付きも得ているし。
だから大丈夫だろう、多分。
信じているからな、フェル、ゴン爺。
とにかくだ、結界を張ってもらって、フェルとゴン爺とドラちゃんとスイのカルテットは狩りに出かけてしまった。
俺だってこんなところに一人は嫌だから渋ったんだけど、フェルの奴が『夕飯を作って待っていてくれた方が腹が減って帰ってきてすぐに食えるだろ』とか『お主がいると全力を出せんしな』とかいろいろと言い訳を言ってさ。
一応気を遣ってなのかはっきりとは言わないけど、そこまで言われれば俺だって察せるから。
本当は足手まといって言いたいんでしょうが。
そこまで言われたら、はっきり言われた方がいいから。
そういう気の遣われ方すると悲しくなるからやめたげて!
というようなことがあって、俺の方から「ここで待ってるよ」と申し出た。
だって、さすがに足手まといとなったら無理に付いていくのもねぇ。
俺の申し出に嬉々として狩りに出発したよ。
早かったわ、ホント。
そんなわけで俺一人なわけだ。
だけど……。
「グアァァァッ……」
遠くから聞こえる何かの鳴き声。
それにもビクッとしてしまう。
こんなシチュエーションに一人だと、少しの物音でどうしてもビクビクしてしまう。
「お、落ち着け、俺。フェルもゴン爺も、この結界なら何が来ても大丈夫って言ってたんだから」
自分に言い聞かせるように声を出す。
「フゥ~。料理に集中、気にしない気にしない」
今作っているのは肉団子。
この間、スイに手伝ってもらってたくさんひき肉を作ったしね。
肉団子の甘酢あんをメインに肉団子を多めに作って肉団子のスープも作ろうと思っている。
ボウルにダンジョン豚のひき肉、タマネギのみじん切り、卵、パン粉、酒、ゴマ油、おろしショウガ(チューブ入り)、醤油、塩胡椒を入れて混ぜているところ。
心を落ち着かせて続きを。
ボウルの中身を粘り気がでるまでしっかり混ぜていく。
無心になってこねまくる。
「よし、こんなもんでいいな」
肉団子の種ができたら、あとは適当な大きさに丸めていく。
油で揚げると少し縮むから、気持ち大きめで丸めていく感じで。
肉団子を丸め終わったら、あとはそれをじっくりきつね色になるまで油で揚げていく。
「うん、いい感じいい感じ」
キッチンペーパーを敷いたバットの上に、こんがりといい具合に揚がった肉団子が。
あとはどんどん同じように肉団子を揚げていく。
フェルたちに食わせるには、とにかく量が必要だからな。
俺は、次から次へと大量の肉団子を揚げていった。
「フゥ、これでよしと」
肉団子を揚げ終えたら、あとは甘酢あんを作っていく。
鍋に水、ケチャップ、酢、醤油、砂糖、酒、みりん、片栗粉を入れて、とろみが出るまで火にかける。
あとはフライパンに肉団子を入れて火にかけたら、とろみのついた甘酢あんを加えて肉団子にしっかり絡めていく。
皿にレタスを敷いて、その上に甘酢あんが絡んだ肉団子を盛り付けて、最後に白ゴマをパラリ。
「肉団子の甘酢あんの完成っと」
味見に一つ頬張ってみる。
「アチッ、フハッ、ホッ……。美味い! 外はカリッと中はふんわりの肉団子と甘めの味付けの甘酢あんがたまらん」
もう一つ食おうか迷っていると、耳をつんざくような咆哮が辺りを包んだ。
「グルォォォォォォォォッ」
ギョッとして振り返ると……。
見覚えのある巨体が木々を押し倒しながら、この空き地へと侵入してきた。
「ベッ、ベッ、ベヒモスだぁぁぁっ!」
慌てふためく俺を他所に、俺をロックオンしたベヒモスは、地響きを立てながら一直線に俺へと突進してきた。
「えっ、ちょっ、待て待て待て待てっ! こっち来んなぁぁぁぁ!」
大事な魔道コンロをそのままにして、走って逃げ出そうとしたが、巨体の割りにかなりのスピードのベヒモスにすぐに追いつかれてしまった。
「グルァァァァァァァッ」
そして、振り上げられた太い前足が頭上に降ってくる。
潰される―――。
万事休すとギュッと目を瞑った。
…………あれ?
なんの衝撃もない。
というか、あんなのに踏み潰されたら、即死確実なのにまだ意識がある。
恐る恐る目を開けると、頭上から黒い影が。
上を見上げると、ベヒモスの黒い足の裏が見えた。
「フェルとゴン爺の結界のおかげか! たっ、助かった!」
助かったと一安心したのもつかの間。
ベヒモスは俺を踏み潰せないことに腹を立てたのか、何度も何度も前足を振り上げて踏み潰そうと試みた。
「グルォォォォォォォォッ」
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ―――。
「やっ、止めろ!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ―――。
「いい加減諦めろよ~。ってか、この結界の耐久性、大丈夫だろうな?」
結界のおかげで助かったけど、ベヒモスの執拗な攻撃に今度は耐久性が心配になってくる。
「も~、諦めてどっか行けよー!」
俺の願いが通じたのか、ベヒモスの踏み潰し攻撃が止まった。
「って今度は噛み付きかよぉぉぉぉぉ!」
ベヒモスの鋭い牙の生えた大きな口が迫ってきていた。
しかし、それもフェルとゴン爺の結界に阻まれる。
俺を食い殺そうと四方八方から噛み付ついてくるベヒモス。
「グルルルルルルル」
忌々しそうに俺を見るベヒモス。
「どっか行けー、どっか行けー、早くどっか行けー。みんなぁ、早く帰ってきてよ~」
いつ結界が破られるかと冷や冷やしながら、ベヒモスが去っていくのをジッと待つ。
俺のそんな願いも虚しく、ベヒモスが次にロックオンしたのは、魔道コンロの脇の作業台に置いてあった大量の肉団子だった。
ドスドスと音を立ててそちらに向かったベヒモスは、置いてあった肉団子をバットや皿ごと貪り食っている。
そして、食い終わってようやく去っていくのかと思いきや、何を思ったか、魔道コンロの上にあった油や甘酢あんまで鍋ごとボリボリ食い始めた。
「ギャーーーッ、止めろー!!! 魔道コンロに歯が当たってるからぁぁぁぁぁ!」
俺の大切な魔道コンロが壊れるぅぅぅぅっ!
『フェルッ、ゴン爺っ、ドラちゃんっ、スイっ、みんな早く帰ってきてーっ!!!』
俺は、どこにいるのかもわからない、届くかも分からないみんなに向かって念話を発動した。
その間もベヒモスはやりたい放題で、次に作ろうと用意していた肉団子のスープの材料や、出していた調味料類も根こそぎその腹に収めていた。
魔道コンロに至ってはボッコボコに歪みに歪んで後ろに倒れている始末だった。
あまりの惨状にいい加減腹が立ってきた。
「こんのクソベヒモスがぁ!」
アイテムボックスからスイ特製のミスリルの槍を取り出して突いてやった。
「くっそ、何でこんなに硬いんだよ!」
切れ味抜群のミスリルの槍のはずなのに、ベヒモスの硬く分厚い皮に阻まれて刃先が進んでいかない。
「このっ、この~っ」
何度も何度も刺そうとするが、ダメだった。
そんな俺をあざ笑うかのようにベヒモスが俺に向かって腕を振る。
「ぐあっ」
吹っ飛ばされた俺は数十メートル先でバウンドしてようやく止まった。
「チ、チクショ~」
「グルァッ」
「げっ、もう来た」
既に目の前まで来ていたベヒモスが、もっと食いものを出せとでも言うかのように俺をボールのように転がして弄んだ。
「もう、とにかくどっかに行ってくれよーーー!」
フェルとゴン爺の結界のおかげでダメージはないが、作ったばかりの肉団子を食われ、大切な魔道コンロを壊され、その諸悪の根源であるベヒモスにとにかくどこかへ行けと一心不乱に願わずにはいられなかった。
そうして弄ばれることしばし。
ベヒモスの動きが急に止まった。
そして、踵を返すと一目散に森の中へと走っていってしまった。
「な、何なんだよ?」
ようやく去ったベヒモスにホッとしながら立ち上がる。
そして、再び目にした惨状にガックリと肩を落とした。
「もぉ~、どうすんだよコレェ」
料理はまた作れば済むことだけど、ボコボコに破損した魔道コンロはどうしようもない。
「ここまでくると修理っていうのも無理だろうな……」
ここまで大切に愛用してきた魔道コンロだっていうのに。
ガックリと肩を落としているところに、フェルたちが帰ってきた。
『早く帰って来いと念話が届き、ゴン爺に乗って帰ってきたが……、何があったのだ?』
ボコボコになった魔道コンロの惨状にフェルたちも驚いていた。
「ベヒモスだよ、ベヒモス」
夕飯の用意をしていたら、ベヒモスが現れてやりたい放題していったことをみんなに話した。
「俺自身はフェルとゴン爺の結界のおかげで何ともなかったんだけどね」
『当然だ。我とゴン爺の二重結界だぞ。ベヒモスごときの攻撃で破れるわけがない』
『うむ。その結界を破れるとしたら張った当事者の我らくらいのものじゃろう』
「でも、夕飯に用意した肉団子は食われたし、魔道コンロを壊された」
『なぬ?! 我らの夕飯を食っただと!』
「ああ、ベヒモスがな」
『オノレェ~、我らの飯を食うとは、絶対に許さんぞっ』
『うむ。我らの夕飯を勝手に食うとは万死に値するのう』
『ムカつく。殺っちまおうぜ』
『のう、フェル、ドラ、スイはあまり理解しておらんか。とにかく、明日はベヒモス狩りといこうではないか』
『当然だ、ゴン爺。我らのものを横取りしてただで済むわけがないということを身をもって思い知らせる必要があるからな』
『ハハハ、言えてる。俺らを舐めるとどうなるかってのを思い知らせてやろうぜ』
フェル、ゴン爺、ドラちゃんが不敵に笑みを浮かべていた。
ちょっと、怖いぞみんな。
でも、ベヒモスに対しては俺も業腹だから止めないけどね。
ハァ、にしても疲れたわ。
みんなが帰ってきて安心したらどっと疲れが押し寄せてきた。
『ねぇねぇあるじー、大丈夫ー?』
疲れから腰を下ろして地べたに座っていると、スイが寄って来た。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっとだけ疲れただけだ」
『あのね、スイ、お腹空いちゃったのー』
「そっか。でも、ごめんね。お夕飯、用意してたんだけどベヒモスに食べられちゃったんだ。だから、今日のお夕飯は甘いパンね」
ネットスーパーを開いて、菓子パンを大量に買っていく。
『え~、スイ、甘いの好きだけど、お夕飯はお肉が食べたかったのにー』
「ごめんねぇ、スイ。明日お家に帰ったら、今日食べるはずだった肉団子を作ってあげるから、今日は我慢してね」
『ぶぅ~』
『拗ねるなよ、スイ。俺らの夕飯を食ったベヒモスが悪いんだ。明日はそのベヒモスを倒しに行くぞ』
『スイのお夕飯を食べちゃったべひもすは悪いべひもす! 悪いべひもすはいーっぱいビュッビュッてして倒しちゃうんだから!』
ベヒモス退治にフンスッとスイもヤル気を見せる。
「そうだ、明日は俺も付いていくからな」
『む、来るのか?』
「ちょっと怖いけど行く。だって大事な魔道コンロを壊されたんだぜ。一太刀だけでも浴びせないとムカッ腹が収まらないよ」
こうして明日のベヒモス狩りには俺も付いていくことが決まり、俺たちは明日に供えて夕飯に久しぶりの菓子パンをたらふく食って眠りについたのだった。




