第四百六十一話 ひき肉たっぷり麻婆ナス丼を堪能。そして、待ち人来たり。
嵐のようなおっさんエルフが去ってホッと一安心。
フェルはさっさと横になって昼寝をしているし、ゴン爺とドラちゃんは、ひとしきりおっさんエルフをディスったあと、よくわからんドラゴンあるあるの話で盛り上がっていた。
同じドラゴン種でもあんなに大きさが違うゴン爺とドラちゃんにも共通するものがあるのかどうかはイマイチわからないけど。
俺も気分転換に何かするか。
どうせならば夕飯の支度も兼ねての作業がいいな……。
そうだ、確かひき肉の在庫がなかったな。
ひき肉のストック分を作ったあとに、そのひき肉を使って夕飯の用意をする流れでいくか。
そう考えていると、俺の膝の上に乗っていたスイがゆらゆらと左右に揺れながら俺を見上げていた。
『ねぇねぇあるじー、スイ、ひまなのー。あそんでー』
「うーん、今からお夕飯の用意も兼ねてやらないといけないことがあるんだー。あ、そうだ、ひまならスイも手伝ってくれるかな?」
『うん、いいよー。スイ、お手伝いするー!』
フンスと張り切るスイを連れて、キッチンへと移動する。
そして……。
「よっと」
キッチンにある作業台の上へと、アイテムボックスから取り出したミンサーを置く。
それを見たスイが作業台の上へとポンと飛び乗った。
『これスイが作ったやつだー!』
「そうだよ。スイに作ってもらったひき肉を作るやつ。すっごく便利で助かってるぞー」
『ほんとー? うれしいなぁ』
スイが嬉しそうにブルブル震える。
「これでいっぱいひき肉を作るから、スイも手伝ってね」
『うんっ。スイは何をやればいいの?』
「俺がここにお肉を入れていくから、スイはこのハンドルをグルグル回してくれるかな」
『わかった~』
「じゃあいくぞ~、ほい。スイ、回して」
『はーい!』
触手を使って器用にミンサーのハンドルをグルグル回すスイ。
『うわぁ~、お肉がにゅーって出てきたー!』
「そう。これがひき肉だよ。これがスイも大好きなハンバーグとかメンチカツの素になるんだ」
『ハンバーグー!』
大好物でもあるハンバーグと聞いて俄然やる気を出すスイ。
「そう。ひき肉は他にもいろんな料理に使えるからいっぱい作っておきたいんだ。だからね、スイにはもっともっとグルグル回してもらって、いーっぱいひき肉を作ってほしいんだ」
『スイ、いっぱいがんばるー!』
「ハハッ、お願いね」
張り切るスイと一緒にミンサーを稼動することしばし。
「よし、これくらいで十分かな」
作業台の上には、ダンジョン豚とダンジョン牛のひき肉で満杯になったいくつものボウルが。
『もう終わりー?』
「うん。これだけの量があればしばらくもつからね。でも、なくなったらまた手伝ってくれるかな?」
『うん、いいよ~』
スイに手伝ってもらってたっぷりのひき肉が確保できたし、次は夕飯の用意だな。
夕飯が出来上がるまで、スイにはみんなと一緒にリビングで待っていてもらうことに。
「さぁてと、今晩の夕飯は何にしようかな。いろいろあったから、元気を出すためにもちょっとパンチのあるものが食いたいな。そうすっと何がいいかな……」
そう考えていると、おすそ分けだとアルバンが持ってきてくれた野菜がたんまり入った麻袋が目に入った。
アルバンの畑は毎日が豊作で、毎日何がしかの野菜を届けてくれるのだ。
今日の野菜はジャガイモにキャベツにニンジン、トマトにピーマン……、そういやこれがあったか。
麻袋の中から出して手に取った。
こちらにはない野菜らしく、アルバンにどうやって食うのかと教えを乞われていくつかレシピを教えたんだ。
俺の手にあるのは、艶のある濃い紫色で、瑞々しくハリのある新鮮そのもののナス。
「ナスか……。ちょっと辛めの麻婆ナスなんていいかも。そうだ、それならガッツリ食えるように丼にするかな。肉好きのみんなのためにひき肉はたっぷりにしてさ。よし、今日の夕飯のメニューはひき肉たっぷりの麻婆ナス丼だ。うん、決まりだね」
そうと決まれば、足りない材料をネットスーパーで調達だ。
豆板醤に甜麺醤、生のニンニクとショウガ、あとは顆粒の鶏がらスープの素に鷹の爪……。
どんどんとカートに入れて精算だ。
市販の麻婆ナスの素を使えば簡単なんだけど、今回は辛めに味を調節したいから味付けも自分流で。
もちろん辛いものが苦手なスイには辛味を抑えて作るけどね。
「よし、作っていこう」
まずは、ナスとピーマン、それからニンニクとショウガを切って、合わせ調味料を作っておく。
いつもならばナスは縦に八等分くらいに切るんだけど、アルバンの作ったナスは肥えてデカいので1センチくらいの厚さの半月切りに。
ピーマンもいつもは細切りにするけど、アルバンのナスに合わせて乱切りにした。
その方が見た目が良さそうだしね。
ニンニクとショウガはみじん切りにしておく。
合わせ調味料は、水に顆粒の鶏がらスープの素、豆板醤、甜麺醤、醤油、砂糖少々を入れて混ぜ混ぜ。
このとき、辛みの好みによって豆板醤の量は調節する。
野菜と合わせ調味料の準備ができたら、あとはどんどん炒めていくだけだ。
フライパンで油を熱したら、先にナスを炒めてある程度火が通ったところでピーマンも加える。
全体に火が通ったら、ナスとピーマンをいったん取り出しておく。
同じフライパンに今度はゴマ油を熱して、ニンニクとショウガのみじん切りを炒めて、香りがたってきたところでダンジョン豚のひき肉を投入。
ひき肉にしっかり火が通ったら、合わせ調味料を入れて一煮たちさせる。
そうしたら、炒めておいたナスとピーマンを入れて炒め合わせる。
最後に水溶き片栗粉を回し入れてとろみをつけたら出来上がりだ。
辛いのが苦手なスイの分は辛み抑えめ、辛いのはそこそこなドラちゃんと辛いのがイケるのかまだ不明なゴン爺の分は普通、辛いのが全然大丈夫というか好みのフェルと辛めのが食いたかった俺の分はちょい辛めに仕上げてある。
フェルたち用の皿に、アイテムボックスに常備している炊き立ての白米をよそったら、その上にダンジョン豚のひき肉たっぷりの麻婆ナスをあふれんばかりに載せて……。
「よし、ひき肉たっぷり麻婆ナス丼の完成だ」
みんなに声をかけると、ワラワラとダイニングに集まってきた。
『今日の夕飯はなんだ?』
フェルが待ってましたとばかりに聞いてくる。
「麻婆ナス丼だよ」
そう答えながらみんなの前に丼を置いていく。
『ぬ……』
ナスとピーマンを見て顔顰めるフェル。
「ダンジョン豚のひき肉がたっぷり入ってるんだからそんな顔しなさんなって。味はものすごくフェル好みだと思うぞ」
『そうなのか?』
「うん。ピリ辛で美味いぞ。スイの分は辛み抑えめで、ドラちゃんとゴン爺の分は普通、フェルと俺の分は辛めで調節してある。ま、とにかく食ってみろよ」
『そう言うならば……』
みんなが麻婆ナス丼に口をつけた。
『お、辛いけど美味いな、これ』
『うむ、このなんとも言えぬ辛みがたまらんのう』
ドラちゃんとゴン爺の辛さはこれでバッチリだったようだ。
『ピリッとするけど美味し~』
スイも辛さ抑えめにして大正解だったよう。
『むむむ、確かにこの口の中がピリピリする辛さは我好みだな。もう少し辛くてもいいくらいだ』
けっこう辛めにしたんだけど、フェルはもう少し辛くてもなんて言っているくらい。
「そんなら、これかけるといいぞ。辛みが増す」
『なんだ、それは?』
「ラー油っていう調味料。かけてみるか? って、もうないじゃん」
『うむ、おかわりだ』
『俺もおかわり!』
『儂もじゃ』
『スイも~』
「まったくみんな早いなぁ」
みんなにおかわりを用意する。
『この辛み、さらに食欲が増すようじゃな』
麻婆ナス丼をガツガツと頬張りながらそんなことを言うゴン爺。
『それ言えてるな。下にある米とこの辛いのが合うもんだから、どんどんいっちゃうよな』
ドラちゃんが小さい口でゴン爺に負けじとガツガツ頬張っている。
『この細かいひき肉っていうの、スイがお手伝いして作ったんだよ! すっごく美味しい料理になったね~、あるじー』
「スイのおかげでしばらくはひき肉に困らないよ」
『おお、そうなのか。スイ、良い仕事をしたではないか』
『やるじゃん、スイ』
『エヘヘ~』
ゴン爺とドラちゃんとスイと念話で話していると、フェルが割って入って来た。
『おい、我のことを忘れるな! 早くそのラー油というのをかけろ!』
おお、そうだった。
フェルの丼にはラー油をかけて辛みを追加だ。
一応最初は少なめで。
「これでどうだ?」
待ちかねていたフェルがバクッと麻婆ナス丼を頬張った。
『うむ、悪くないが、もう少し追加してくれ』
「え? 大丈夫?」
けっこう辛めに作ったところに、追いラー油をしたからかなり辛いはずなんだけど……。
少なめのラー油とはいえけっこうな辛みだぞ。
『大丈夫だ。早くしろ』
フェルに急かされてさらに追いラー油をかける。
そして、それをフェルがガツガツとかっ込んだ。
『うむ、美味い! 我好みの味になったぞ! この舌にガツンとくる刺激がたまらん。たまにこういうのが食いたくなるのだ』
フェルがそう言いながら嬉しそうにガツガツと食い進めていった。
「ハハ、辛そうなのに、よくそんな勢いで食えるよな」
フェルの様子をちょっと呆れつつ眺めた。
「おっと、そんなことより俺も食うぞ~」
ということで、ダンジョン豚のひき肉たっぷり麻婆ナス丼を俺も食らった。
「フハッ、辛いけど美味い!」
舌にピリピリとくる辛み。
でも、辛いだけはない後引く美味さもあって、どんどん箸が進む。
「ヒー、お茶お茶」
途中、アイテムボックスにストックしておいた冷えたお茶を出して飲みながら完食。
「美味かった~」
『おい、次だ次。それもラー油をかけてくれよ』
『俺ももうちょい食いたい』
『儂もまだまだ食うぞ』
『スイももっと食べる~』
「はいはい」
俺たちは嵐のようなおっさんエルフのことなど忘れて、辛みの利いたダンジョン豚のひき肉たっぷり麻婆ナス丼を堪能したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おっさんエルフのことは、元冒険者組に任せて、食事なんかもそちらで取らせるようにお願いしたんだけど、ドラゴンLOVEな執念の人だからねぇ。
いろいろと問題をおこしてくれたよ。
元冒険者組に厳重な監視をお願いしていたものの、あのおっさんエルフは曲がりなりにも元Sランクの冒険者だからさ。
隙を見せると母屋の窓に張り付いていたり、ちょこっと庭に出た俺たちを木の陰からジト目で見ていたりして。
それでも「母屋の中に一歩でも入れば、二度とゴン爺にもドラちゃんにも会えなくなりますからね」って事あるごとに脅してたから、それが功を奏してさすがにあのおっさんエルフも母屋に入ろうとはしなかったけど。
それでも、ウザいものはウザい。
おっさんエルフが窓に張り付いていたりする度に、フェルとスイと俺で撃退してた。
しかし、災い転じて福となすというか、あのおっさんエルフの襲来以降、俺たちの絆が一層深まった気はする。
というのも、あのおっさんエルフの奇行というか変態っぷりが明らかになったことで、みんなで一致団結して対抗しようという機運が高まったというか。
いつもならば狩りに行きたいと騒ぐフェルとスイも、今回ばかりはゴン爺とドラちゃんをおもんぱかってか『狩りに連れていけ』と強くは口にしなかった。
何度か『行きたい』と言うようなことはあったけど、俺からしてみたら騒がないだけすごいというか成長したというか。
周りに気を使うことができるようになったんだなって、俺としてもちょっと感激だった。
狩りの代わりと言っちゃなんだけど、奇行を繰り返すおっさんエルフをフェルとスイと俺でことごとく撃退するのが日課になっている。
そのおかげで、ゴン爺とドラちゃんも母屋ではそれなりに安心してのびのび過ごせているようだしね。
そうは言っても、外出できずに家の中に籠り切りなのも時間を持て余すものだ。
ということで、娯楽の一環としてネットスーパーでリバーシを購入。
ルールも簡単だから、みんなしてハマっているよ。
今もフェルVSゴン爺で対戦中だ。
ただフェルとゴン爺の場合は手が大き過ぎて駒をひっくり返すのが難しいもんだから、俺が付きっきりになるのが難点だけどね。
それでもまぁ、そのくらいはね。
そんなわけで俺も家の中に籠り切りで、出かけたのは1回きり。
スイと一緒に冒険者ギルドへ行っただけだ。
ギルドマスターに、ズラトロクの毛皮とエメラルドの指輪、エメラルドのネックレス、エメラルドのブローチという王様への献上品をお願いしにね。
ダンジョンから戻ってきてから、そろそろお願いに行こうかななんて考えてた矢先におっさんエルフが襲来してそのままになっていたからさ。
ギルドマスターに、ブリクストのダンジョンの戦利品である献上品を見せたら「またこんなとんでもねぇ品持ってきやがって……」とかため息つかれたけどね。
ギルドマスターもウゴールさんが来ることは知っているから、ウゴールさんが来て一段落してから、また王都に向かってくれるって話だ。
ちょうどその頃にランベルトさんが王都に向かうらしく(例の育毛剤【神薬 毛髪パワー】が売れまくっているからその補充という話だ)、それに便乗するそうだ。
ランベルトさんの所に卸してるのはうちだからね、帰ってきてからうちの奴隷に言われて材料を大量補充させられたよ。
あとは、個人的にはデミウルゴス様へのお供えなんかもして。
まぁ、そんなこんなで家に籠ること2週間弱。
門番をしてくれている元冒険者組には、ウゴールさんの名前や人相を伝えて、俺を訪ねてきたらすぐに母屋に連れてくるようにお願いもしている。
早ければあと数日でウゴールさんがやって来るだろうと、ウゴールさんの来訪を心待ちにしながら過ごしていると……。
「おーい、ムコーダさん。待ち人来たりじゃぞ!」
玄関からバルテルの声が聞こえてきて急いで向かう。
「ウゴールさんっ」
聞いていたよりも早い到着とは言え、心待ちにしていたウゴールさんの姿を見て安心して体の力が一気に抜けた俺だった。