第四百六十話 おっさんエルフのドン引きの所業にムコーダ怒り心頭
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「あ、よく考えたら、ウゴールさんに来てもらうよりもこっちから行った方が早いじゃん」
ゴン爺がいるんだし。
ドランまでなんてひとっ飛びだよ。
エルランドさんもゴン爺に乗れるとなれば、きっと喜んで付いてくると思うし。
行く先を言わないでおけば、エルランドさんがゴン爺に乗れて感動して喜んでいるうちにドランに到着するだろう。
これ、ありだよね。
というか、今からでもゴン爺に乗って向かうってのマジでいいかも。
ウゴールさんがドランを出発していたとしても、ドランからカレーリナまでの街道は1本道だから向かってくるルートも分かっているわけだし。
うちにはフェルがいるから近くなればウゴールさんの気配でおおよその場所は特定できるだろうから全然問題ないだろう。
よし、帰ったらみんなに協力してもらってそうしよう。
そんなことを考えながらドラちゃんを連れて家に戻ると、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。
エルランドさんはリビングの隅っこで項垂れながらもゴン爺を上目遣いでチラチラ見ているし、そのゴン爺はエルランドさんを怒ったように睨みつけている。
フェルはというとエルランドさんを監視するように見ているし、スイの方は隅っこにいるエルランドさんの前に陣取って左右に揺れていた。
な、何があったの?
「た、ただいま……」
『ようやく帰ってきたか』
フェルがなんだかちょっとホッとした感じなのは気のせいだろうか。
「ねぇ、何かあったの?」
『うむ。大ありだ』
そう言ってフェルが俺がいない間にあった出来事を話してくれた。
その内容というのが、俺でも頭を抱えるとんでもない話だった。
おっさんエルフめ、やってくれたわ……。
俺とドラちゃんが出かけてから、しきりに名前を聞いてくるおっさんエルフにゴン爺が根負けして名前を教えたりって会話があったりしたもののしばらくは何事もなかったそうだ。
とは言っても、絶え間なく話しかけてくるおっさんエルフにゴン爺はとてもウザそうにしていたようだが。
しかしながら、おっさんエルフは自分の話を聞いてくれるゴン爺に気をよくしたのか、とんでもないことを言い出した。
軽い感じで「あの~、ゴン爺様、よろしければ少しでいいので研究用に血をいただけませんか?」などと言ったらしい。
嫌々ながらも話に付き合っていたゴン爺もこれには怒り出してしまい『ふざけるな! 何故儂がお主に血をやらにゃあいかんのだ!』と怒鳴ったそうだ。
その時にしっかりと謝ったうえで話を変えればよかったものを、あのおっさんエルフときたら……。
フェルの話では、その直後に「すみません。やっぱりさすがに血はダメですか~。傷を付けなければ採取できませんもんね。そうだ、それならば唾液はどうですか? ちょっとでいいのでお願いします」などと言い出したのだという。
これにはさすがのゴン爺もドン引き。
そりゃあ当然だろう。
俺もさすがにここまでとは思わなかった。
まさか面と向かって唾液をくれと言い出すとはさ……。
俺から後を任されていたフェルは、ドン引きのおっさんエルフの言動をさすがに看過できないと間に割って入って止めたそうだ。
右前脚で頭から顔面をこうガッとつかんでね。
それで、威嚇しながら『いい加減にせぬか。お前はもう部屋の隅で黙って大人しくしていろ』と言って、おっさんエルフを部屋の隅っこに追いやって今の状態になったようだ。
それでも最初は、おっさんエルフもブツブツ小声で文句を垂れていたらしいけどね。
フェルが睨みをきかせて、ゴン爺にも『お前はもう儂にしゃべりかけるな! 近くにも寄るな!』とピシャリと言われてガックリと項垂れてようやく黙ったらしい。
それでも念には念を入れて、フェルがスイを見張り役に抜擢して今に至ると。
『スイには、彼奴が動いてこっちに来ようとしたら容赦なく酸弾を撃てと言ってある』
話の最後、フェルが真顔でそう言った。
…………ハァ~。
これ、フェルのスイへの指示もやり過ぎとは思えないくらいだわ。
エルランドさん、いやおっさんエルフにはガッカリだよ、本当にガッカリ。
唾液をくれはないわー。
これはさすがにドン引きもドン引きだわ。
リアル変態じゃん。
俺と一緒に話を聞いていたドラちゃんも顔を顰めてドン引きしている。
そしてゴン爺の下へ行って、お互い慰め合っているよ。
ドラゴン絡みでなきゃあ悪い人ではないと思うんだけど、今回のことはちょっと無理。
まったくフォローできないよってか、フォローするところが一つもないわ。
ため息をつきながら当のおっさんエルフを見ると、なんだか俺を期待を込めた目で見ている。
そんな目で見たって今回は無理だから。
ってか、よく見たらエルフ特有のおキレイな顔に猫の髭みたいに傷がついて血が滲んでるけど、あれはフェルの爪痕か?
よくやった、フェル。
今回ばかりはざまぁと思っちゃうよ。
それくらいの傷ならたんまりある手持ちのスイ特製下級ポーションですぐにでも治るだろうけど、絶対にあげないよ。
自業自得だ。
頭イテー……、あのおっさんエルフをどうしてくれよう。
ここに着くまでに考えていた、ゴン爺に乗ってウゴールさんの所へってのがおっさんエルフと離れる一番手っ取り早い手段ではあるけど、事ここに至ってはゴン爺がどう思うか。
短時間とはいえ、あのおっさんエルフを背中に乗せていくことになるからなぁ……。
一応念話で聞いてみたけど、やはりというか答えは否。
『そんなことは絶対に嫌じゃ! 短時間だろうがあのような輩を背中になど乗せたら何をされるかわからんだろうがっ』
そう全力で拒否されたよ。
まったくもって同感だ。
特に飛んでいるときの背中となると無防備と言ってもいい状態だろう。
そこにあのおっさんエルフを乗せるなんて、とてもじゃないけど無理だよねぇ。
ゴン爺の言うとおり何をやらかすかわかったもんじゃないよ。
しかし、ゴン爺に乗っていく案がダメとなると、最初に考えていた通りにここでウゴールさんが来るのを待つしかない。
そこで問題になるのが、このおっさんエルフの扱いをどうするかだ……。
ウゴールさんからは絶対に逃さないようにって厳命されているし。
まぁ、ここは一旦お引取り願って、泊まる宿を教えてもらうというのがベストかな。
多分だけど、ゴン爺がいる限りどこかへ行くようなことはまずないと思うし。
「あの、エルランドさん。ここは一旦お引取り願えますか」
「エ、エエエェェ~、ここに泊めてもらえるんじゃないんですかっ?」
「いや、無理です」
俺がきっぱりそう言うと、四つん這いになってorz様態で項垂れるおっさんエルフ。
「じゃ、じゃあ私はどこへ行けばいいのですか……」
「宿に泊まればいいじゃないですか。カレーリナの街にも宿はたくさんありますよ」
「そんなぁ~」
悲壮な声出してるけど、あなたの経済力ならいくらでもいいお宿に泊まれるでしょうが。
「どうか、どうかお願いします! ここに泊めてください~。お願いですからぁ~」
泣きが入ってきたけど無理なものは無理です。
ゴン爺とドラちゃんの忌避感を考えると、ここに泊まらせるのは絶対に無理だから。
というか、今回のことを知っちゃうと、さすがに俺としてもこのおっさんエルフが四六時中同じ家に居るなんて勘弁願いたい。
「無理ですってば。エルランドさん、自分のしたこと考えてくださいよ。面と向かって唾液くださいなんて、正気の沙汰とは思えませんよ」
エルランドさんを睨みながらそう言うと、非常識過ぎたことは自分でも多少は自覚しているらしく俺から目を逸らしている。
「えーと、それはですね~、気分が高揚してついというか。だって、私は人生をかけてドラゴンの研究をしてきたんですよ。そのドラゴンの最高峰である古竜のゴン爺様がいて、仲良くお話もさせていただいて、今の雰囲気ならもらえるかなぁなんて……」
チラチラと俺を見ながらそんなことを言うおっさんエルフ。
美形であってもおっさんにチラ見されるのはキモいだけだからね。
「ついとか言ってますけど、考えてみてください。自分がされたらどうですか? いきなり唾液くれませんかなんていわれたら気持ち悪いだけでしょうが」
「それはそうなんですけどぉ……」
「申し訳ないとは思いますけど、エルランドさんがいると、ゴン爺もドラちゃんも心休まらないと思うんです。だから家に泊めることはできません」
俺がピシャリとそう言うと、いい歳したおっさんエルフがポロポロと大粒の涙を流して泣き出した。
「ゴン爺様とドラちゃんと離れ離れになるのは嫌です~。もうしませんからっ、絶対にしませんから、お願いします~」
涙を流すおっさんエルフに懇願される。
けれど、ここは心を鬼にする。
家の中で仕事中だったセリヤちゃんに頼んで元冒険者組5人を召喚。
「な、なんなんだよ、これは……」
おっさんエルフが大泣きしているリビングの惨状を見て5人ともポカンと口を開けて唖然としている。
「えーと、気にするな。気にしたら負けだ」
俺がそう言うと、逸早く気を取り直したタバサが「ね、ねぇ、その人って、もしかしてドランの冒険者ギルドのギルドマスターじゃないの?」と言い出した。
「ああ。知ってるの?」
「弟たちとパーティーを組む前に一度だけドランに行ったことがあるんだよ。……というかさ、何でドランのギルドマスターがここにいるのさ?」
タバサの問いに他の4人もうんうんと頷いている。
「いやぁ、それが……」
かくかくしかじかと今までの経緯を5人に話していった。
「いや、ヤベェな……」
「ヤベェってもんじゃないぜ」
「いきなり唾液をくれって、意味がわからない」
「ドラゴン好きってのは噂でチラッと耳にしたことはあるけど、まさかここまでとはね……」
「昔からエルフにゃあ時々おかしな奴がいるんじゃ」
俺の話を聞いた5人ともが、おっさんエルフの所業にドン引きしている。
「そういうことだから、お引き取り願いたいんだけど、なかなか出ていってくれなくてさ……」
「それで困って俺たちを呼び出したってわけか」
「そういうこと。悪いけど強制的にでも連れ出してどこかの宿に預けてきてもらいたいんだ。曲がりなりにもギルドマスターだから、それなりに金は持ってるだろうから、そこそこの宿にさ」
「でも、大丈夫なのかい? ドランのギルドマスターっていったら、元Sランクの冒険者だって聞いてるよ」
そうなんだよね、一応このおっさんエルフも元Sランクの冒険者だ。
タバサの心配もわかる。
でも、5人いればなんとかなると思うんだよね。
それにね……。
「エルランドさん、いい加減にしてくれないと、二度とゴン爺にもドラちゃんにも会わせませんからね」
大泣きのおっさんエルフに向かってそう言うと、一瞬ピキリと固まった。
「ウワァァァン、それだけは嫌です~。だけど、宿に泊まるのも嫌なんです~。ゴン爺様とドラちゃんから遠ざかってしまうではないですかぁぁぁっ。私はゴン爺様とドラちゃんの近くにいたいんですー。ムコーダさん、お願いしますからぁ」
そう言いながら鼻水まで垂らしながら号泣するエルランドさんが俺へと迫ってきた。
「ちょちょちょっ、近付かないでください! ってか、君たち助けなさいってば!」
「そ、そんなこと言ったってよう」
おっさんエルフのあまりの姿に、元冒険者5人は顔をヒクつかせて腰が引けている。
「あーもうっ、それならうちの敷地にいることは許します! でも、この母屋に勝手に入ってくることは絶対に許しませんからね! そんなことをすれば、本当にゴン爺とドラちゃんには二度と会わせないですからっ」
ハァ~ッとため息をついた後、元冒険者5人組に声をかけた。
「悪いけど、みんなのところに泊めてやって」
ルークとアーヴィンの双子からブーイングが起きるが、そこは無視だ。
「ドラゴン絡みじゃなければ、悪い人じゃないんだよ。ドラゴン絡みじゃなければ……」
そしてタバサだけにコソッと伝える。
「ドランから迎えが来るから。それまでの間だけお願いね」
俺の苦労を察したタバサは「了解」と短く答えた。
その後は5人組におっさんエルフを回収してもらい、ようやく我が家に平穏が訪れた。
『おい、本当に彼奴は大丈夫なんだろうな?』
おっさんエルフが出ていった方を見ながらフェルがポツリとこぼす。
「わからん。でも、ゴン爺とドラちゃんには二度と会わせないって脅しといたから効いてることを願うよ……」