第四百五十九話 滲み出る怒り
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8巻が来年1月25日に発売予定ですので、引き続き「とんでもスキルで異世界放浪メシ」をよろしくお願いいたします!
『おい、どうするんだよこいつ』
ゴン爺にべったりなおっさんエルフをもの凄く嫌そうに見ながらドラちゃんが念話でそう言った。
『どうするんだって言われても……。帰れって言ったって、この人が素直に帰るわけないじゃんか。そもそも、俺たちと一緒に冒険する気満々なんだぜ』
俺は、困り顔でおっさんエルフを見ながらドラちゃんにそう念話で返した。
『我は別に居ても居なくてもどっちでもいいぞ』
『スイもー。エルフのおじちゃんがいても別にいいかなぁ』
直接の被害を受けてないフェルとスイはそういう反応になるよなぁ。
でも、ドラちゃんはというと……。
『フェルもスイもあいつの被害を受けてないからそういうことが言えんだよ! あいつずっと俺のこと見てくるし、隙あらば触ろうとするし、気持ち悪いったらねぇんだからな!』
ドラゴンへの愛があふれまくっているおっさんエルフを親の仇かの如く毛嫌いしておりますね。
そりゃあ気持ちは分からないでもない。
エイヴリングのダンジョンで行動を共にしていたときは、隙あらばドラちゃんに近づいていたからなぁ。
さりげなく撫でようとしたりしてさ。
『こいつが仲間になるなんて絶対に嫌だからな! 断固反対っ!』
ドラちゃんは頑なに拒否の姿勢だ。
『はいはい、分かってるよ。俺もたまにならいいけど、ずっと一緒にいるとなると正直に言えば勘弁してほしいって思うし。だけど、帰ってって言っても素直に引き下がるような人じゃないのがね……。あ!』
ドランにはあの人、ウゴールさんがいる。
おっさんエルフを熟知したウゴールさんなら、向かう先が俺のいるここカレーリナの街だってこともすぐに分かるはずだ。
ということは、何がしかここの冒険者ギルドに連絡をして手を回しているはず。
『多分だけど、エルランドさんのことで、ここの冒険者ギルドにドランから連絡が来てるはずだ。とりあえず、冒険者ギルドに行ってくるよ』
そう言うと、ドラちゃんが『俺も行く!』と名乗りを上げた。
『今はゴン爺に夢中だけど、こいつと残されたんじゃ何されるかわかんねぇしな』
そう言うドラちゃんから不信感ありありの目で見られているおっさんエルフ。
ドラちゃんからまったくと言っていいほど信用されてないね。
自業自得と言ったらあれだけどさ。
渦中のおっさんエルフは、ドラちゃんの言うとおりゴン爺に夢中だ。
人語がしゃべれるゴン爺に感激して、ここぞとばかりに会話しようとしている。
次々と繰り出される質問の嵐に、ゴン爺もうんざりしている様子。
それでも俺の客ということで、適当ではあるが我慢して話に付き合っているようだ。
申し訳ないとは思うけど、そこを引き延ばしてもらって……。
『ゴン爺、今からちょっと冒険者ギルドに行ってくるから、エルランドさん、そのエルフの相手をお願いな』
そうゴン爺に念話で話す。
『ちょちょっ、ちょっと待て! これ以上このおしゃべりなエルフの相手をするなどうんざりじゃぞ! ドラゴンブレスを食らわせて灰にしてやろうと何度思ったことかっ』
『ドラゴンブレスって、絶対ダメだからね!』
ゴン爺がそんなことしたら、おっさんエルフだけじゃなくこの家も灰になるわっ。
『それならばこのエルフをなんとかせい!』
『そのために冒険者ギルドに行ってくるんだよ。そうじゃないと、この先もこの人がずーっとここに居座ることになるんだからね』
『ずっとじゃと?!』
『そうだよ。だから、それを避けるために冒険者ギルドに行くんだよ』
『ぐぬぬぬ……。本当に冒険者ギルドに行けば何とかなるのか?』
『ああ』
きっとウゴールさんから何がしかの連絡がはいっているはず。
……多分。
『ハァ……。そういう話ならしょうがない。今少し此奴の相手をしていてやろう。じゃがっ、用件が済み次第すぐに帰って来いよっ』
『分かってるって。フェルとスイは、ゴン爺とエルランドさんの見張りね。どっちもやり過ぎないようにしっかり見張りをお願いね』
ドラゴンLOVEなおっさんエルフの暴走も怖いし、それに切れたゴン爺も怖い。
そして、それを止められるのはフェルしかいない。
スイは念のためのサポート役だ。
『しょうがない。見張っておいてやろうではないか』
『スイも見張ってるー』
『むぅ、何故見張られねばならん。何か儂が悪いことでもしそうな感じではないか』
ゴン爺はフェルとスイに見張られる事に大いに不服そうだ。
『いやさ、ドラゴンブレスを食らわせるとか言うし。ゴン爺ならそんなことはないと思うけど、切れて突発的ってこともあるじゃん。それに、どっちかっていうと、見張りはゴン爺よりもエルランドさんメインだから。ドラゴンが好き過ぎる人だから暴走されると困るし』
『お、おい、暴走って、これ以上のことをされるのか?』
ゴン爺がビビってるよ。
『い、いやまぁ、それはわからないけどさ』
エルランドさんのドラゴンへの愛は変態的とすら言っていいくらいだし、この人なら何をやっても驚かないよ。
そんな風に思っていると、その思いを機敏に察知したのかゴン爺が戦慄いた。
『おいフェル、そしてスイ、頼んだからな。このエルフが変なことをしたら、絶対の絶対に止めてくれよっ』
『フハハ。爺からの頼みとは気分が良いな。この我が直々に止めてやろう』
『大丈夫だよ、ゴン爺。スイがちゃぁんと止めるからー』
『ほ、本当に頼んだからなっ』
みんな、健闘を祈る。
こうして俺とドラちゃんは急ぎ冒険者ギルドへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
急ぎ足で冒険者ギルドへと入る。
一目散に窓口に向かい、受付嬢にギルドマスターを呼んでもらう。
少ししてギルドマスターがのん気に「おお、ちょうど良かった。お前に聞きたいことがあったんだよ」なんて言いながら2階から降りてきた。
「ギルドマスター! 非常事態です!」
「非常事態って何なんだよ?」
かくかくしかじかとドランのギルドマスターであるエルランドさんが家に居ること、そして、王都の本部には辞表を送り付けて、ドランの冒険者ギルドにはウゴールさん宛てに手紙を置いてきただけという暴挙の上でドランを出奔してきたことなどを話した。
話が進むほどにギルドマスターも頭を抱えてしまった。
「おーい、何やってくれとんのじゃ……」
「俺に言われても……」
ギルドマスターもドランから連日問い合わせがきて不思議には思っていたらしい。
それでもエルランドさんがこちらに来るという連絡は入っていなかったし、街に入ったという話も聞いていなかったことから、それほど気にはしていなかったのだという。
それが、ドランからの問い合わせが、最初のうちは「うちのギルドマスターがお伺いしてないでしょうか?」だったのが、今日転移の魔法道具で届いた手紙が「うちのギルドマスターがそちらにお住まいのムコーダさんの所にお伺いしていると思いますが、早急に必ずドランへ連絡を入れるように伝えてください」という内容になっていて、俺の名前が出てきたもんだから職員を俺の家に向かわせて確認をとろうかと考えていたところだったそうだ。
「まさか本当にお前のところに居るとはなぁ。しかも、本部に辞表を送りつけてって何だ? 副ギルドマスターに置手紙? それで済んだと思うほうがどうかしてるだろうが」
ごもっともです。
でも、俺に言われてもどうしようもないですよ。
「ギルドマスターの職を舐めてるぜ、ホント」
ここのギルドマスターであるヴィレムさん曰く、ギルドマスターになるには条件もかなり厳しいのだそうだ。
Bランク以上の冒険者でなきゃダメだとか、現役のギルドマスターの推薦がないとダメだとか、元が冒険者でない場合は3人以上の推薦がないとダメとか、いろいろと細かい条件があるらしい。
責任ある立場だから当然といえば当然だろう。
ギルドマスターの職は、責任のある立場でしかも激務とあって、冒険者ギルドでもなり手には苦心しているそうだが、冒険者ギルドだって何もしていないわけではない。
ギルドマスターになればいろいろな面で保障されるものもあるのだそうだ。
街では上から数えたほうが早いくらいの高給取りで、しかも住居も冒険者ギルドから支給される。
そういえば、エルランドさんちも冒険者ギルドから支給されたって話だったな。
考えてみると「社会保障? 何それ美味しいの?」というこの世界にしては、破格の待遇かもしれない。
ケガとか病気で働けなくなって、スラム落ちとか奴隷落ちってことが当たり前のことだし。
「だからこそだ。高給払って住居もそれなりのとこ用意して、そんな相手を冒険者ギルドはそう簡単に手放すと思うか? 本部に辞表を送っただけで辞められりゃあ世話ねぇよ。それこそギルドマスターの職を辞するなんつったら、仕事ができないほどの高齢になるか、病気で仕事を続けられなくなるか、もしくはポックリ死んじまうかのどれかだぞ。その辺の話はギルドマスターになる前に、推薦人であるギルドマスターの先輩方からも聞いているはずなんだがな」
おおぅ、そんな話になっているのか。
そうなると、エルランドさんがやったことはまずいどころの話ではないじゃないか。
「あ、あの、この話を収拾できそうな方、ドランの冒険者ギルドの副ギルドマスターのウゴールさんなのですが、連絡を取ってもらっていいですか?」
「ああ、もちろんだ」
転移の魔法道具で送る連絡の手紙を書いてもらおうとしたら「今回は緊急事態だ。一番事情に詳しいお前が手紙を書くのがいいだろう」ということになって、ウゴールさんへの連絡の手紙は俺が書かせてもらうことになった。
転移の魔法道具で送る手紙は、B5の半分くらいの用紙で簡潔に書くのが鉄則だそう。
これだと手紙というよりメッセージカードに近いかもしれない。
俺は考えてこんな風に書いてみた。
“ムコーダです。エルランドさんが我が家に押しかけてきました。早急に連れて帰ってほしいです。そうでないとうちの従魔たちがストレスでどうにかなりそうです。よろしくお願いします。”
その手紙を冒険者ギルドが所有する転移の魔法道具を使ってドランのウゴールさん宛てに送ってもらう。
転移の魔法道具は、見た目は小さいフタ付きの質素な木箱で、その中に手紙を入れて、フタの中央にある凹みに魔石を置くことで起動した。
俺、簡単に連絡を取ってくださいとか言っちゃったけど、転移の魔法道具を起動するのに魔石(中)が必要だったとは。
手持ちに魔石(大)しかなかったから、それを渡そうとしたんだけど、ギルドマスターが「お前にはいろいろと儲けさせてもらったからいい」って言ってくれたよ。
それよりも「指名依頼が来たらどんどん受けてくれよな」だってさ。
まぁ、そこはみんなと相談しながらほどほどにね。
少しすると、転移の魔法道具の箱からカサリと音がした。
「お、ドランから手紙が返ってきたぞ」
ギルドマスターが箱を開けて手紙を取り出した。
その手紙を俺にも見せてくれた。
“お手数をおかけします。すぐにそちらに向かい、私が直に引き取りに伺わせていただきます。つきましては、あのバカを絶対に逃さないでください。絶対にですよ。”
…………。
俺とギルドマスターとの間にしばし無言の時間が。
「……相当怒ってらっしゃるようですね」
筆圧とインクの滲み具合からも、ウゴールさんが相当頭にきていることがうかがえた。
「そりゃあそうだろう。辞めるって置手紙だけでいなくなっちまったんだからよ」
そうだよね。
それじゃなくてもウゴールさんは常日頃からエルランドさんには苦労掛けられっぱなしなのに、この仕打ちだもんね。
ウゴールさんの怒りの度合いを考えるだけで恐ろしい。
『お、おい、なんとなく話の流れは見ていて分かったけど、なんて書いてあったんだ?』
ドラちゃんにも所々で念話を飛ばして流れを説明していたけど、さすがに文字は読めないから気になって仕方がないようだ。
『あのね、ドランの冒険者ギルドの副ギルドマスターのウゴールさん、エルランドさんのことを怒ってた人ね、あの人が引き取りに来てくれるってさ。だからそれまでに絶対に逃さないでくださいってよ』
『おお、あの人間か。あの人間なら任せて大丈夫だな』
ウゴールさんが来るってことで、ドラちゃんもホッと一安心したようだ。
『それで、いつ頃こっちに着くんだ?』
『あ……』
それがあったか。
俺たちはフェルがいたから通常よりも短時間で移動できたけど、普通はそうはいかないもんな。
「ギルドマスター、ドランの街からカレーリナの街まで普通はどれくらいかかるんですか?」
「ん? ああ、お前にはフェンリルがいるもんな。普通というか順調にいって23、4日ってところだな」
3週間ちょいか。
でも、あのウゴールさんなら急いでこちらに来ると思うんだよな。
「急いでだとどれくらいですか?」
「少数精鋭でとにかく速度重視で急ぐのなら、そうだな15、6日ってところだろう」
急いでも2週間ちょいか。
この間はエルランドさんと過ごすしかないけど、これはもうしょうがないよな。
『ドラちゃん、そういうことだ』
『…………』
ドラちゃんが数歩歩いてパタリと倒れる。
「ド、ドラちゃん?」
『もうしばらくあいつと過ごさなきゃなんないなんて……』
気持ちは分かる、分かるけど、ここは何とか凌ぐしかないよ。
俺は気力を失ったドラちゃんを抱えて冒険者ギルドを後にした。