第四百四十七話 イケオジな副ギルドマスターに真顔でとんでもないことを聞かれた
ギルドマスターのトリスタンさんがいきなりぶっ倒れてオロオロしていると、筋肉ムッキムッキだけど暑苦しさがない無精ヒゲを蓄えたダンディなイケオジが俺の下へとやってきた。
「お前がムコーダか。俺はここのギルドの副ギルドマスターのバルトロメオってんだ。よろしくな。お前のことはトリスタンからいろいろと聞いていたが……。それにしてもお前、とんでもないもんを連れて来てくれたもんだなぁ。おかげで免疫のないトリスタンがぶっ倒れちまったじゃねぇか」
そう言った後、近くにいたギルド職員の方を向いて指示を出す。
「おいお前ら、トリスタンを2階に連れて行って寝かせとけ」
バルトロメオさんのその指示によって、トリスタンさんは2名のギルド職員によって回収されていった。
「そんじゃオメー達ムコーダ一行は俺に付いてこい」
そう言われて俺たち一行は、バルトロメオさんの後に続いた。
そうして連れてこられたのは、他の冒険者ギルドではお馴染みとなっている倉庫だ。
フェルだけならまだしも、ゴン爺が加わったからねぇ。
ま、ある程度の広さがあるところでゆっくりと話ができる場所となるとここが選ばれるのも納得だ。
しかし、どこの倉庫も同じようなもんだね。
だだっ広くて、買い取ったものが所狭しと並んでいた。
先に人払いをしていたのか、倉庫にいるのはバルトロメオさんと俺たち一行だけだ。
「で、何でそんなもん連れて来た? 古竜なんだろ? 本来は見上げるほどに巨大らしいけどな」
ゴン爺が古竜っていうのはバルトロメオさんにはバレちゃってるか。
まぁ、副ギルドマスターになったような人だし、身体つきからしても元は高ランクの冒険者だったんだろうから当然か。
というか、何でって言われてもさ、さっきから俺は何度も言ってるよね。
「ええと、何度も言ってますけど、従魔になったからですけど……。それから、おっしゃるとおり古竜は本来は超巨大です。俺がダンジョンの中で出会ったときもびっくりするくらい大きかったです。でも、俺に付いてくるとなって、それだと元の大きさじゃ不便もあるからってことでこの大きさに。そういうことができるってことらしいです、はい」
「そうか。しかしな、ハァ……。ムコーダよー、あんまり馬鹿なことを言っちゃいけないぜ。伝説の竜である古竜が人の従魔になるわけないだろうが。何でかはわからんが今は大人しくしているようだがな」
「そう言われても……」
俺は本当のことしか言ってないんだけど。
『おい、そう主殿を責めるな。儂が主殿の従魔になったのは事実なのだからな。それにだ、伝説の云々と言うならば、このフェンリルのフェルとて同じだろうが』
ゴン爺が声に出してしゃべると、バルトロメオさんが一瞬驚いたように目を見開いたけど「古竜が人語を話すというのは本当のことだったってことか」と何故か納得顔。
そして、今度はフェルの方に顔を向けて「ということはフェンリルもか」とつぶやいた。
『もちろん我も人語を話すことができるぞ。そして、間違いなく此奴の従魔だ。冒険者ギルドにもちゃんと登録してある』
「ったく、それからしておかしいんだよ。伝説の魔獣フェンリルが人の従魔になったってんで、この国の冒険者ギルドの上層部じゃえらい騒ぎだったんだからな。しかも、国の方じゃ何とかしてうちの国に引き入れることはできないかって言ってくるしよ」
バルトロメオさんの話では、エルマン王国内でもそういう話があったらしい。
でも、レオンハルト王国の王様から書簡が来たらしく、要約すると“フェンリルに無理強いして国が無くなってもいいならやってみれば”的なことが書いてあったらしい。
レオンハルト王国の方針としては、どうせフェンリルに対抗しても勝てるはずもないのだから自由にやってもらって、なるべくうちの国に居てもらうっていう方向だから、それについては邪魔しないようにって意味合いのことも書いてあったそう。
それに加えて、フェンリルと敵対するようなことになってもうちの国は知らんからってことも書いてあったみたいだ。
「その書簡で上層部も国の方も冷静になってな。そりゃあそうだよな、フェンリルを敵に回して勝てるはずもないし、下手すりゃあ国自体が無くなっちまうことも十分にあり得るんだから」
そして、ここエルマン王国でもレオンハルト王国に倣って俺たち一行に関しては自由にしてもらうっていう方針になったそうだ。
「ようやくそう決まって落ち着いたってのに、お前はよ~」
「いや、あの、すみません」
フェルもそうだけど、別に俺はゴン爺に従魔になってくれなんて一言も言ってないんだけどさ。
「そしてこれだけは聞いておかなきゃならんことだが……。お前、この大陸に覇を唱えるつもりなのか?」
真顔でそんなことを聞いてくるバルトロメオさんにギョッとした。
「へ? 何言ってるんですかっ! 止めてくださいよっ、そんなことするわけないでしょ!」
今じゃカレーリナの街に家があるし、その家でのんびりしたり、時々こうして旅に出てこの世界をいろいろと見て回ったり、そして何より美味いものが食えれば俺は満足だ。
覇を唱えるなんて滅相もない。
そういうことを切々と語った。
「分かった分かった。……まぁ、お前が本気になれば防ぐ手立てはないんだけどな。フェンリルと古竜に対抗できる戦力なんてどこの国にもありゃしないんだからよ。アッハッハ」
「バルトロメオさ~ん」
何でそういうこと言うのさ。
さっきから覇を唱えるなんてするわけないって何度も何度も言ってるのにー。
『そう此奴をいじめるな。我も今まで通りお主らが手を出してこぬなら、何の文句もないしこちらから何かをすることもないわ。……ただし、此奴に危害を加えるようなことがあればその限りではないがな』
『儂も同じだ。主殿から言われてもいないのに、お主らに手をかけることなどないわ。まぁ儂も主殿に危害を加えられたらさすがに黙ってはいないがな』
「グゥッ……」
フェルとゴン爺にプレッシャーをかけられて呻くバルトロメオさん。
「フェルッ、ゴン爺っ」
辛そうなバルトロメオさんを見て、さすがに止めた。
「フゥ……。扱いも完璧とはな。分かった、信じよう。しかし、頼むぞ。本当の本当に頼むからな」
そうバルトロメオさんに懇願されるように言われ、俺は苦笑いだ。
『むぅ、スイもいるのにー』
『だよなぁ。さすがにフェルとゴン爺と並ぶとは言わないけど、俺とスイだってけっこう強いってのにな』
フェルとゴン爺ばかりが話題に出て、ちょっぴり面白くないドラちゃんとスイ。
『ドラちゃん、スイ、それは俺が一番分かってるから』
念話でそう言って、俺に肩車されていたドラちゃんの背中と抱っこしていたスイをポンポンと叩いた。
その後、バルトロメオさんにギルドカードを渡して、ゴン爺の従魔登録も何とか無事に済ませた。
そして……。
「これだけの従魔を従えてるんだから当然ここのダンジョンも踏破したんだろう? 古竜は最下層のボスだったってことか?」
ある意味そうなんだろうけど、正確には違うかな。
ここブリクストのダンジョンを踏破したこと、そして最下層のボスはブラックドラゴンで、ゴン爺はたまたまというか、ぶっちゃけ寝るためにダンジョンへと侵入していたことをバルトロメオさんに話した。
「こんなどえらいものに侵入されて気が付かなかったとはなぁ……」
「えーと、ダンジョンに入ったのは200年近く前の話らしいので」
その後、41階層から最下層までのことを聞きたいということだったので、だだっ広い荒野のことや砂漠地帯のこと、そして極寒の銀世界のことを話した。
本当ならトリスタンさんに話した40階層までのことも聞きたかったそうだけど、ちょうどそのころは救援要請のあった冒険者のためにダンジョンへと潜っている最中だったそうだ。
何でもバルトロメオさんとトリスタンさんとでは明確に仕事の範囲が分かれていて、ここのギルドの運営に関することやドロップ品やらの売買に関することはトリスタンさんが、そして冒険者への依頼や冒険者への指導など直接冒険者に関することについてはバルトロメオさんが担当しているのだという。
バルトロメオさん曰く「俺には運営とかそういう面倒くせぇ事務仕事は無理だからありがたい話だぜ」とのこと。
それぞれが得意分野を担当することで、このブリクストの冒険者ギルドは非常にうまく回っているそうだ。
それはいいとして、41階層から最下層である47階層までのことを説明し終えると、バルトロメオさんはガックリと項垂れてため息をついた。
「普通の冒険者にゃあ踏破なんて無理だろ、こりゃあよ……」
「あのー、俺が普通じゃないみたいな言い方なのが気になるんですが」
「オメーが普通なわけないだろうが! フェンリルと古竜を従えておいて普通だなんて言ったら他の冒険者からどつかれるわっ」
えっと、すんません。
「ハァ……。魔物は強くてもまともにやり合わず回避すりゃあ何とかなるだろうが、広さはどうにもならねぇ。現実問題、命綱の水や食い物がどれだけ必要になることやら。典型的な5人パーティーで、その中に運良くアイテムボックス持ちがいたとしても、それだけじゃあ到底間に合わん。一つの階層を進むだけでいくつのマジックバッグが必要になるのかねぇ。踏破を考えるとなりゃあ、いくつあっても足りないぞ。それを揃えるだけで途方もない金が必要になる」
まぁそう言われると、確かにね。
「ったく頭の痛い話ばっかりだな」
腕を組んでしかめっ面のバルトロメオさん。
ここブリクストのダンジョンは難関ダンジョンと知られているだけに比較的高ランクの冒険者が集まっている。
その中には本気で踏破を狙っている冒険者もそれなりにいて、その連中にこの情報が知れ渡れば踏破は無理だと判断してここから引き上げて他の街へと移動するだろうことが予想される。
バルトロメオさんとしてはそのことを懸念していた。
「本気で踏破狙ってるようなヤツはよ、冒険者としてイキのいい脂の乗った連中なわけよ。俺らとしても、そういう連中にごっそり去られるってのは困るわけよ。とは言っても、情報を秘匿するわけにもいかないしな。この情報については、上と協議してしかるべき時に発表することにするわ。お前もそれまでは聞かれてもはぐらかしておいてくれよ」
「はい、それくらいでしたら」
それから、ゴン爺が従魔登録されたギルドカードを受け取ってようやく解放された。
とは言っても、また明後日にはここに来ることになるけどね。
ドロップ品やらの買取りのことやらを話したら、バルトロメオさんがそういうことはトリスタンさんの方が専門だからってことになってさ。
明日には復活するだろうからって話だったけど、前回と比べてドロップ品の品数は少ないものの一応は確認しておきたいし、明後日こちらに伺うように話をつけた。
その間にバルトロメオさんがトリスタンさんにもいろいろと説明しておいてくれるってことだった。
「それじゃあ次は商人ギルドだな」
今晩泊まれる家を確保しないとね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
商人ギルドまでの道のりを再び「俺の従魔ですから! 大丈夫ですから!」と声を張り上げて練り歩いた。
着いた先の商人ギルドでも当然のように一騒動あったけど、冒険者ギルドのギルドカードを見せながら「俺の従魔ですから」と説明してなんとか押し通した。
豪胆な商人からは「鱗の1枚でも何とか取引できないだろうか」なんて言葉がチラッと聞こえたりして、ゴン爺を目の前にしてそんなことが口にできるなんてずいぶんと肝が据わってるなぁなんて感心させられたりもした。
そんなこんなあって、何とか商人ギルドの職員の人に全員で泊まれる家を借りたい旨を伝えて探してもらったところ、この間借りていた屋敷よりさらに広い18LDKのお屋敷に空きがあるということで、即決。
職員の方の説明によると1つ1つの部屋も広いので俺たち一行にはうってつけとのことだ。
1週間の家賃が金貨160枚というから、こちらもどうやら家賃が高すぎて借り手が現れなかった物件のようだ。
それでも俺たちにとっては泊まれる物件が見つかっただけでもありがたい。
くれぐれも中は傷つけないようにと何度も念押しされたけどね。
代金を支払い鍵を預かって、早速借り受けた屋敷へと向かった。
ごつい面子の増えた俺たち一行の案内役を商人ギルドの職員に頼むのは酷だろうと思って、場所だけ聞いて俺たちだけで来てみたはいいけど……。
「ここで間違いないよな?」
これもう城じゃね? と言いたいほど豪華でデカい屋敷を前にして、思わずポカンと口を開けて見上げてしまう俺。
『うむ。なかなか良いではないか』
見るからに豪華そうなお屋敷に満足そうなフェル。
『おおー、この前より豪華で広そうな家じゃねぇか』
ドラちゃんもなんだか嬉しそう。
『お庭も前より広ーい!』
スイも鞄から飛び降りて、芝生の生えた広い庭でポンポン飛び跳ねてはしゃいでいる。
『ほ~、人間の感性も悪くはないな。儂好みの館だ』
ゴン爺もフェルと同じく満足気にしている。
中に入ると、さらに豪華さが際立った。
広々としたエントランスに、豪華なシャンデリア、そして細工の施された螺旋階段。
「何だか豪華すぎて落ちつかないな」
そう思うのは俺だけのようで、フェルとドラちゃんとスイとゴン爺はさっさとこれまただだっ広いリビングに移動して既にくつろいでいる。
それに苦笑いしながら「それじゃあ俺はキッチンで夕飯の準備にとりかかるからな」とみんなに一声かけた。
『おおっ、いよいよ美味いと噂のから揚げじゃな! 大いに期待しているぞ!』
ゴン爺のテンションの上がった声を聞きながらキッチンへと移動した。
「うっひゃー、ここも広いねぇ」
魔道コンロに至っては四つ口どころか六つ口もある。
「さてと、ゴン爺にはえらい期待されてるし、しっかりとから揚げを仕込んでいきますかね」
味はいつものとおりに醤油ベースと塩ベースのものだ。
やっぱりスタンダードなこの2つが飽きがこなくて一番美味いと思うんだよね。
俺は気合を入れて、コカトリスの肉を中心に大量にから揚げを仕込んでいった。




